父、母、夫、私の4人家族。
昼食は両親を交え4人での食事。 夕食は夫婦のみの食事である。 昼食は忙しい農作業の合間にサッと食べる、味には保守的な両親のことを思った料理。 夕食は夫婦でゆっくりと酒を呑みながら食べるので酒の肴でもある料理だ。 二つの台所を行き来し、二つの食事の傾向を行き来している。 |
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2006/2月 | |
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2月1日 |
2月が始まった。「さあゆこう!」という気持ちに反して、熱を出してしまった。 晩酌時に『仁義なき戦い』を鑑賞する。こちら側食卓で骨付き鶏肉にむしゃぶりついているまさにその時に、ブラウン管内では手首が切り落とされ、耳が、鼻が切り落とされる…。うへぇ。 |
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2月2日 |
昨夜はスーツ姿の怖い人がたくさん出てくる夢を見た。本日も懲りずに、まぐろのカマの塩焼きをほじくりながら、『仁義なき戦い』を鑑賞する。 |
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2月3日 |
だいぶ日射しが強くなり、春めいてきた。そうなるとこの地では、からっ風が狂ったように吹き始める。家が壊れるのではないか、というほど騒々しいガタピシ音。なにもそこまで頑張って吹かなくても…と呆れるほど吹き続けていた。しばらくこういう日が続くのだろう。
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2月4日 |
病院からもらった薬は効いているようだが、少し体を動かすと頭がぼーっとしてうっすらと痛い。そして熱っぽくなってくる。今日こそは画廊巡りに出かける予定だったが、断念して寝ていた。窓からさし込んでくる、春めいた日射しがうらめしい。 |
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友人のホームページで、昨年の個展の様子をアップしてくれました。 こちらの画像は“肉眼の記憶”に近いようだ。 そして、私の横顔が私の弟にそっくりなことに気づき、驚いた。 |
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2月5日 |
昨夜の冷え込みは相当厳しかったようだ。S家の台所では水道管が凍ってしまい、昼頃まで水が出なかった。お母さんによるとこんなことは十数年ぶりらしい。 |
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2月7日 |
外はだいぶ春めいてきて暖かかった。でも家の中はまだまだ底冷えがする。 |
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2月8日 |
昨日作ったカレーは会心の出来だった。しょうがのすりおろしとカルダモンを多めに入れたので、とてもさわやかだ。この味を数日維持しようと、今日も再び玉ねぎを炒めて加え、増量した。 |
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2月9日 |
風はうるさいほど強く吹いているが、気温はずいぶん暖かくなったように感じる。数日前に凍っていた畑の土もふかふかだ。ほうれん草は一回り大きくなったようで、収穫用のカゴがすぐにいっぱいになった。 夫が借りてきたDVD、『仁義なき戦いー完結編』を鑑賞。アキラさんのセリフの恐ろしさと美しさに背筋がぞわっとした。まるで歌のようだ。あまりの美しさについ目を閉じてしまう。こうしてしまう感触は、11代目團十郎の『助六』のセリフを聴いた時に似ている。 |
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2月16日、夫がシュウマイを28個ももらってきた。 |
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2月19日 |
暖かい日がやってきた後に再び寒さが戻ってくると、心身共にこたえる。それが冬から春へと移り変わる時季の特徴だとはわかっていても、ひどくがっかりする。せっかく緩んだ体をまた縮ませる。そのせいか、ここ数日は疲れ気味。そして強烈な眠気がやってくるのだ。 |
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2月20日 |
相変わらず足首が痛いほどに冷えて、強烈に眠い。 |
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2月22日 |
アイスダンス・フリー、女子ショートプログラム。 昨日今日とトリノ・オリンピックのフィギュアスケート鑑賞に夢中になっている。 |
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2月23日 |
“豚の角煮”は大好きな食べ物だが、ここ数年はあまり作らなくなっていた。何故かというと、材料費が決して安くはないうえに時間をかけて煮込むのでガス代がかかる、というケチな考えから。そして、そこまでして作ったとしても、脂ぎった料理は夫の体質にはよいはずはない…という配慮もあったからである。 |
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2月の終わり以降はビデオ録画してあるオリンピックのフィギュアスケートを見る日々だった。 |
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