India Exploration@Indo.to【FOOD CULTURE】

未熟マンゴーの怪

 じりじりと太陽が焦げはじめる三月の末、昼下がりの惰眠をむさぼっていた僕に、友人の妹のジャネキがおやつを持ってきてくれた。

「これ、マンゴーです。食べて下さい」 か細い声と一緒に、

 アルミの小皿に盛られた青いマンゴーの切り身を差し出した。

「うわあー、おやつを持ってきてくれたんだね。サンキュー、ナンドゥリ(^o^)!」

 僕はバレンタインデーにチョコレートをもらった時みたいにはしゃいだ。しかし、目の前にあるおやつはどうやら甘いものではないらしい。マンゴーの果肉はまだ淡い黄緑色をしていて、あの熟しきって甘味をたたえた橙色にはほど遠い。マンゴーの旬は三月から六月。それは若い未熟な実で、人々は細かく角切りにして唐辛子で漬け込んだピクルスとして食間に食べることが多かった。

 よく見ると、アルミ皿に端に小さじ一杯くらいの紅白の粉末が添えられている。なめてみたら、なんのことはないただの塩とチリ・パウダーだった。僕はマンゴの切り身の端にちょこっと紅白の粉をつけて一口かじってみた。

「オエー! なんだこりゃ(@_@)(*_*)(*_*)!」

 そのとたん、まったく予想もしなかった味覚が舌を直撃した。エグイのだ。重々しい苦みと渋みが渾然一体となってじりじりと舌にしみわたり、タバコのヤニみたいにこびりつくのだ。その上、チリの辛さがピリ(*_*)! 塩味がじわーん(@_@)と別々に襲ってくる。とても人間の食べられる代物ではない。僕は思わずジャネキを睨みつけてしまった。(いったい全体、何でこんなものを食べさせるんじゃ(`_´)...!)と言いたげな僕の視線に反して、なんと彼女はクスクスと笑っているではないか(-.-)(-o-;)????

 当惑している僕を前に、ジャネキは微笑みながら、マンゴーの切り身を僕に渡すと、両手でチリと塩だけが盛られたアルミ皿を、大海を船で航行するときに味わう波のローリング運動のような動きで揺らし始めた。時折、フライパンでピラフを炒める時みたいに軽くあおったりする。それを10分ほど続けると、はじめは「紅白に分かれていた山」がいつのまにか「みごとなピンク色の山」になる!! ジャネキの10分間の労働が単なる「チリと塩の山」を「チリ塩のマサーラー」に変えたのである。

「これでもう大丈夫よ。さあどうぞ召し上がれ(^^)(^^)」とタミル語で言いながら微笑む彼女。

 僕は半信半疑で、先ほどと同じように、エグイ味のマンゴーに「チリ塩のマサーラー」をちょっぴり付けておそるおそるかじってみた。その途端、口の中にまったく予想外のとんでもない味覚が広がった。

「ひえー!! すっぱい!!(×_×)(×_×)」

 まるで、お酢と梅干しとワサビを同時に味わうような強烈な酸味が、口から鼻にぬけ耳から拡散してゆく。目も汗をかいて潤んできた。お婆ちゃんが漬けてくれた梅干しでもこんな酸味は出ない。梅干しはしょっぱい酸味だが、これは生っ粋の酸そのものといった感じ。近頃の化学合成酢の味とも、タマリンドの淡い金属的なすっぱさとも違う、きわめて野生的でしかもずばぬけた刺激を秘めた酸味なのである。その刺激はワサビが鼻にぬけてゆく刺激度に匹敵するほどだ。しかし、まさにこれぞ一口食べたらやめられない味! 舌はもちろん、鼻も目もそろって「また欲しくなる味」なのだった。

 それ以来、僕のおやつはウルトラ・スーパー・ワンパターン。未熟なマンゴーの激烈な酸っぱみが昼下がりの眠気を爽やかに吹き飛ばしてくれた。しかし、残念なことにこの悦楽は長くは続かなかった。一ヶ月もすると、市場に行っても黄緑色の未熟マンゴーの姿はなく、熟して豊満な甘味を蓄えたあのつややかな橙色に化身してしまったのである。

 塩とチリ---この単純きわまりない組み合わせが、未熟マンゴーのエグイ味を脳ミソが飛んでいってしまうような酸味に変えた。ただの塩とチリのままでは、エグイ味はエグイ味、塩は塩味、チリは辛味のみを別々に主張して口の中で喧嘩してしまう。塩とチリが「チリ塩のマサーラー」になった時はじめて、エグイ味が酸味に生まれ変わることができる。

僕はこの「チリ塩のマサーラー」に、インド料理の根本概念を観たような気がする。

それは、「よーく、混ぜる」ということである。

ジャネキちゃんに会いたい人は「女性スケッチ 2000-01」