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1989.1.12 ミュージック・シティ

萩原: こんばんは、萩原健太です。ミュージックシティ、木曜日はヒット・ポップス・アンコール、1950年代から現在まで、さまざまな時代のヒットチャートを賑わしてきた素敵なポップ・チューンをたっぷり詰め込んでお届けする45分間です。さて、前回の放送に続きまして、お約束のとおり、今週も大滝詠一、山下達郎両巨匠をお招きしての新春放談、その第2回目をお送りします。今週もどんな話が飛び出して、かつどんなふうに話が広がって、どんなふうにオチがつきますことやら。楽しんでいただきたいと思います。さて、その前にとりあえず、今週1曲目のリクエスト曲をお届けいたしたいと思います。なんたって、新春ののっけには、この曲しかないだろうという感じでですね、ドッとリクエストいただいております。東京都世田谷区のカールスモーキー・ロビンソンさん、岡山の高梨啓一郎さん、宇都宮市の斎藤ゆかりさん、大阪のえっちゃん、同じく大阪の坂之上守さん、それからですね、広島の桑原良子さん、奈良県のペンネーム、ヒット・ポップス・ラブ・コールさん、福島県の平島香さんなどなどですね、もう読み切れないぐらい来ておりますけど、これはもう、去年の暮れからリクエストたまっていたんですが、ただこの曲はですね、確かに1月にはぴったりなんですが、前回、以前ですね、1回かけちゃってますんで、ちょっと遠慮しまして、新春2度目の放送のトップに選ばせていただきました。1975年の全英ナンバー1ヒットです、パイロット、「ジャニワリー」。

 曲:

PILOT/JANUARY

萩原: さて、それでは、今週も来ていただきました、大滝詠一先生、

大滝: どうも、たびたび、

萩原: 山下達郎さん、

山下: 再び、

萩原: 再びですが。えー、先週はね、それぞれワークを中心にですね、いろいろ聴かしていただきましたのでですね、今週は去年やったのと同じようにですね、またあのー、再発されたものとかね、

山下: すごいですね、しかし、これはね。

萩原: いろいろと出てますんで、その辺をだっと、こう持ち込んで、よもやま話をしてみようと思います。

山下: しかし、こうCDが、オールディーズのものが出ると、お金がいくらあっても足りませんね、これね。

大滝: たくさん出てますよね。

山下: すごいですね。

大滝: うん。

山下: で、なんか、えらい死ぬような思いをしてね、手に入れたようなものが、ぽっとレコード店に並んでたりするわけですよね、最近は。

萩原: そうそう、そうそう、やになっちゃいますよね。あのー、ここにたまたま、一番上にぽこっと置いてあるんで、いうわけじゃないんですけど、ロジャー・ニコルス、

山下: あぁ、「スモール・サークル・オブ・フレンド」。

萩原: これは、結構みんな一時、あのー、必死に、

山下: 大滝さんちにそれがあってね、

萩原: 探し回ったというね、

大滝: 日本の人で、当時60、これ7年か8年のレコードですよね。

山下: そうだね。

萩原: そうです。

山下: 僕、大滝さんちで見たのは73年の話だから。

大滝・萩原:あぁ。

大滝: 67,8年ぐらいのレコード。

山下: そうでしょう。

大滝: だから、日本の人、日本に当時100人いなかったんじゃないかな、当時ね。

山下: 100人なんていないでしょう、二桁でしょう、きっと。

大滝: ね、20人。

萩原: ハハハ。

大滝: いや、ほんとに。

山下: だって、あるっていうこと、

萩原: うん、そうですよね。誰も聴いてなかったし、

大滝: 当時ね。

山下: すごいですよね。

大滝: そういうもんが、もうCDでぽっとね、普通の店の。

山下: なんつったってこれですよ、私の一番のショックは。

萩原: スパンキー&アワー・ギャング。

山下: グレイティスト・ヒッツ!

萩原: フフフ。

山下: あなたね、これをね、私はどんな思いをして、手に入れたかね、ほんとに。

萩原: ひょろっと出ますね、こういうのがよくね。僕なんか、子どものころはですね、スパンキーとアワー・ギャングってのは、音楽聴いたことなかったですが、ピンキーとキラーズという名前の元が、これだというのをね、

大滝: これだっということを、

萩原: それでしか、知らなかったですけどね。

大滝: 知識がね、深い。

山下: 私は、高校の時にね、クリス・ノエルという有名なFENの女のDJがいましてね、「ハイ・ラブ」といって始まる人がいましてね、この人もこれが好きで、曲をたくさんかけたんですけど。このね、スパンキー&アワー・ギャングっていうのは、LPのつくりが凝ってってね、やっぱりレコーディング・テクノロジーのほら、凝り方の時代だったから、全部テイクが違うんですよ。これのテイクと、LPのテイク、シングル・テイクと全部違うじゃない。

萩原: はぁーん。このベストCDってのは、基本的にシングル・テイクを集めたもの?

山下: じゃないんです、これが。

萩原: 違う?

山下: 実をいうと、違うんです。「サンデー・モーニング」とかね、「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」とかはね、編集が全然違うんですよ。

萩原: はぁー、そう?

山下: 「サンデー・モーニング」は、えっらいエンディングが長かったりね。

萩原: あー、そう。その分だけ、なんとなく「俺はCDが出ても恐くないぞ」と、

山下: だから、グレイテスト・ヒッツ買って、「このやろー」と思ったんだよ、そうそう。だけどね、まぁでも、オリジナル・アイテム出なかったら意味ないんですよ、だから。

萩原: なるほどね。

大滝: 当時、山下君がスパンキー&アワー・ギャングを縮めて、スパキャンというふうにいってたのが、非常に印象的でした。

萩原: スパキャン!

山下: ヘヘヘ。

萩原: なんか、話が来ちゃいましたから、スパキャンを、

大滝: スパキャン、いいですね。

山下: いいですね。

萩原: 1曲いきましょうよ。

山下: じゃぁ、「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」かけましょうかね、これ。

萩原: そうですね。あのー、この番組ではね、「サンデー・モーニング」と「レイジー・デイ」はもう、

山下: かけたんですか?

萩原: かけたことがありましてですね、

大滝: 「サンデー・ウィル・ネバー・ビー・ザ・セイム」はかかってないの?

萩原: かかってます、かかってます。

山下: やっぱり、これは「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」ってのがあれですからね、ハル・ブレインですからね。

萩原: ハル・ブレインね。また、去年に引き続いて、

大滝: 山下さんのフェイバリットということで、

山下: このエンディングのサイケデリックな、そのエンディングというのが何ともいえないという。

大滝: LPってエンディング長くなかったでしたっけ?

山下: これ、だからあのー、LPは「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」って2枚目のLPのタイトルなんですが、これはだから、全曲続きなんですよ。

萩原: あー、なるほどね。

山下: で、「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」のこのサイケデリック・エンディングがないんです。それがなくて、「スターダスト」かなんかにつながって、

萩原: あっ、次の曲にいってます、うん。

山下: それで、B面の一番最後にそのサイケデリック・エンディングが登場して、

大滝: パート1とパート2みたいな感じでね、

山下: そうそうそう、終わっていくというね。

萩原: なるほどね。

大滝: 出てましたよね。

山下: 凝ってたんですよね。それで、LPのレーベルが、そのなんていうのかな?曲目の折り込みの文章なんですよね。だから、例えばほら、Aという土地に行ったら、

萩原: あっ、なるほどね。

山下: ABCDEという曲のタイトルがあって、Aという土地に行ったら、Bという人に出会って、なんとかかんとか、

萩原: 文章になってるわけですね。

山下: それが渦巻状になって、レーベルに書いてあるというね。

萩原: でもこれ、時代的にそういう、ちょっとサイケっぽい方の時代の、

大滝: 時代でしたね。

萩原: ポップ・ミュージックというね、それがなかなか面白いところかもしれませんね。

山下: これ、マルコム・ヘイルというね、このリーダーがいまして、この人がアレンジを全部やって、シックス・ボイシーズのアレンジでね。この人は心臓麻痺かなんかで急死しちゃって、それで分解しちゃったんですよね。

萩原: なるほどね。

山下: 1人カラーで写ってるこの人がね、死んでしまった。

萩原: それでは達郎さん、じゃあ、曲紹介してください。

山下: これはもう、私の高校時代の思い出の、こんなのばっかりだな、「ライク・トゥ・ゲット・トゥ・ノウ・ユー」。

 曲:

SPANKY & OUR GANG/LIKE TO GET TO KNOW YOU

萩原: スパンキーとアワー・ギャングでありましたけどね。

山下: 感慨無量ですな、しかし。

萩原: 達郎さん、ギター・コピーしたんでしょ?

山下: このギターの、エンディングの。

萩原: さっき、いろいろ話が出ていましたが、ロジャー・ニコルスも出てしまうし、レフト・バンクも出てしまうしですね、

山下: レフト・バンクねぇ。

萩原: ブルー・チアーまで出てしまうしですね、もう、どうなってしまうんでしょうね。

大滝: ちょうど20年前のものですよね。

萩原: あっ、そうなんですよね。

山下: そうですね。

萩原: 大滝さん、この前ちらっと、お話してくださったんですけど、

大滝: ちょうど20年前は二十歳でね、私も。

山下・萩原:ハハハ。

大滝: だから、二十歳のころに聴いてた、

萩原: もの。

大滝: ものですよね。

萩原: なんかでも、20年周期ってのが、こう、あるみたいで。

大滝: うーん、なんかね、ちょうど。

山下: 大滝さんは20年ぐらいのとき、なに聴いてたんですか、二十歳のとき?

大滝: ちょうど、だから1969年っていうのはクロスビル・スティルス・ナッシュが出た年なんですよ。

萩原: マラケッシュ・・・、すみません。

大滝: バッファロー・スプリングフィールドからC.S.N.&Y.へと移行する年ですよね。

山下: そんときは、もう東京に出てきてたんですか?

大滝: 出てきてますね。もう、

萩原: もう、はっぴいえんどやってますね。

大滝: いや、69年って、はっぴいえんど始めた年なんですよ。だからちょうど、はっぴいえんどから20周年でね。

萩原: あー、そうですね。

大滝: いよいよ。

萩原: いよいよ。

大滝: ぐっと。

山下: でも、はっぴいえんどってのは、若かったんですよね、最初。

大滝: 若かったですよ。

山下: ねぇ、始めたときは。じゃあ茂なんか、まだ18とか19。

大滝: 17から18にかけて。

山下: なるほどね。

大滝: 私が二十歳で、細野さん21というね。

萩原: なるほどね。

大滝: そういう、

萩原: 去年買ったCDで、ヤング・ブラッズっていうのがあるんですけどね、

大滝: ヤング・ブラッズ!

萩原: ヤング・ブラッズ。

大滝: ヤング・ブラッズも当時聴いてましたしね。

山下: シュガー・ベイブつうのは、ヤング・ブラッズのタイトルからとったんですからね、なんてったって。

萩原: そうそう、そうですね。細野さんちに初めて遊びに、

大滝: 私が、

萩原: 行かれたときに、

大滝: 行ったときに。

萩原: ヤング・ブラッズの「ゲット・トゥゲザー」が置いてあったという。

大滝: 「ゲット・トゥゲザー」というシングル盤が、細野さんの、あのー、なんていうか、あのー、ターン、

山下: テーブルね。

大滝: LPのね、LPじゃねぇ、なんだ?プレーヤー、ステレオの前にね、飾ってあって、「おっ、ゲット・トゥゲザーがある」、

山下・萩原:フフフ。

大滝: 私は当時LP持ってたんですよ。シングル・バージョン持ってなくて、で、珍しくて。それでなんか、話があったというか。

萩原: はーん、なるほどね。

大滝: そういうようなもんでね、そういう時代ではありませんでしたか。

山下: まさにそうですね。

大滝: 何のレコードを持ってるかという。

萩原: 達郎さんは、

山下: 何ですか?

萩原: 何聴いてたんですか、その頃?

山下: 68年ですか?

萩原: 69年。

大滝: 当時15才ですよ、この人。

山下: スパンキー&アワー・ギャング。

大滝: 考えられないね、恐怖の15才。

萩原: 恐怖の15才。

山下: あとは、そうですねー、スパンキー&アワー・ギャングとラスカルズですね、やっぱり。

萩原: はぁー。

山下: ビーチ・ボーイズがちょっと低迷してたときでしょ、「ワイルド・ハニー」とか。

萩原: 僕は初めてビーチ・ボーイズはね、その頃なんですよ。69年ぐらいに「アイ・キャン・ヒア・ミュージック」やってましたからね。

山下: 「トゥエンティ・トゥエンティ」が出た年ですよね。

萩原: そうそう、そうそう。

山下: そうですね。

萩原: もうなんか、ぐしゃぐしゃな時代でしたね、あの頃は。

山下: だから、巷はもう、ほとんど、ジミヘン、クリーム、バニラ・ファッジ。

萩原: ニュー・ロック、アート・ロックでしょ?

大滝: ですよね。

山下: でしたね。ブリティッシュ・ブルースと。

萩原: そうですよね。

大滝: だから、ポップス受難時代、まさに。

山下: まったく。

萩原: そうですよね。まあバブルガムっていうのがいましたけどね。

大滝: ありましたけどね。

萩原: もう、私がそこにのみ、望みを託していたという。

大滝: あぁ、健全な若者の行くところだったんじゃないですか?

山下: 健全な!

大滝: 光GENJI的なね。

萩原: そうかもしれない。

大滝: 健全ですよ、それは。

萩原: でもだから、以前、ちょっと前から、これはよくいわれることなんだけど、再発っていうと、だいたい60年代前半のものを中心に、オールデイズっていうのは再発をされていたんだけど、

大滝: 最初はね。

萩原: やっぱ、さすがに今ともなってみれば、その69年とかが20年前なわけで(ここで、ライターをつける音がしています。大滝さんはたばこを吸わないので、達郎さんでしょうか?)、

大滝: ねぇ。

萩原: その頃の再発が非常に増えるというね。

大滝: 多くなりましたね。

山下: やっぱり、当時のメジャー・フィールドっていうか、日本でのね。メジャー・フィールドなものってのは、メジャーな会社から、ちゃんと日本盤が出ていますよね。

萩原: そうですね。

山下: ね。ロックなんとかシリーズとかさ、永遠の名盤シリーズとか、そういうのがあって、こういうようなスパンキー&アワー・ギャングは、

萩原: 出ない。

山下: 全部外盤で入ってくるという。

萩原: えー、ちょっとなんか、他のも聴いてみたいなと思っておりますが。

山下: やっぱ、ロイ・オービソンが死んだということで。

萩原: あっ、そうだ、そうそう。

大滝: あー。

萩原: これはね、あのー、去年の一番最後に1曲ね、ちょっと偲ぶ意味を込めてかけたんですが、やっぱり、ロイ・オービソンは、

山下: 大滝さんって、ロイ・オービソンってどうだったんですか?

大滝: ロイ・オービソン、大好きでしたよ。

山下: 大滝さんって、エルビスからだったでしょ?

大滝: エルビスから来て、で、ロイ・オービソンに来たのは、えーっと、「カム・バック・トゥ・ミー」なんですよね、やっぱり。

山下: あー、日本でヒットしましたね、あれ。

大滝: 日本でのみヒットして、外盤のものには一切入ってないという、

山下: そうですね。

大滝: 曲で、それから、「ミーン・ウーマン・ブルース」ってのが出て、そのB面に、

大滝・山下・萩原:「ブルー・バイ・ユー」。

大滝: その「ブルー・バイ・ユー」が、とっても好きでね。中学2年だったんですけど、当時。2年から3年にかけて。で、その頃、とっても好きで、リンダ・ロンシュタットがカバーしたときは、ほんとに涙出ましたけどもね。

山下: ほー。僕が中3のときに、アマチュア・バンドやってたときに、「ミーン・ウーマン・ブルース」やってた。

萩原: あら!

山下: ロイ・オービソンのやつで、「ガララララー」っていうね、ああいうの。「ミーン・ウーマン・ブルース」かけましょうか?

萩原: 「ミーン・ウーマン・ブルース」いきましょうかね。14曲目に入っておりますけどね。

大滝: 「ミーン・ウーマン・ブルース」も、やっぱりエルビスで聴いて、あのー、シャッフルだったんですよね、エルビスは。

山下: なるほどね。

大滝: で、ロイ・オービソンは、すごいロックンロール・タイプだったんで。で、その当時も2派に分れましたね。

萩原: どっちがいいかね。

大滝: エルビスがいい人と、ロイ・オービソンがいいっていう人と。

萩原: でも、ロイ・オービソンって、いわゆる今のリスナーがいきなり聴いたらね、ロックンロール的なものを、もしかしたら、あまり感じない人がいるかもしれないんだけど、

大滝: はーん。

萩原: 今回、ああいうかたちで亡くなって、記事が向こうで一杯ばーっと出て、それを見ると、アメリカ人の間での、このロイ・オービソンの歌のうまさに対する評価の高さっていうのは、すごいですね。

山下: だって、やっぱり60年代中期のアメリカで、最も表現力のある歌手っていうさ、それがこの人。

萩原: ザ・シンガーって書いてありますね。

大滝: あー、ほんとに。

山下: ここに、ブルース・スプリングスティーンのコメントがあってね、要するに「ボーン・トゥ・ラン」をレコーディングしたときには、要するに「ボーン・トゥ・ラン」ってのは、ボブ・ディランみたいな歌詞のね、スペクターみたいなサウンドの曲だったの。

萩原: うん。

山下: だけど、僕はほんとはロイ・オービソンみたいに歌いたかったんだって。書いてあるもん、ここに。

萩原: なるほどね。

大滝: 欲張りだね。

萩原: ハハハ。じゃあちょっと、そのロイ・オービソンを、まあ偲ぶ意味も込めてですね、1曲聴いてみたいと思います。「ミーン・ウーマン・ブルース」

 曲:

ROY ORBISON/MEAN WOMAN BLUES

萩原: ロイ・オービソン、「ミーン・ウーマン・ブルース」でしたけど。

山下: 僕ね、さっき曲の間話したんだけど、ロイ・オービソン、僕聴いたの66年ぐらいですけど、それでもずいぶんあとなんですよね。

大滝: うん。

山下: で、はじめベンチャーズが「オー・プリティ・ウーマン」やってるのを聴いて、それがロイオービソンの曲だつってね、ロイ・オービソン、レコード屋に買いに行ったけど、その頃、レコード屋に行けば、レコードあるもんだと思ってたから。

萩原: フフフ。

山下: で、ロイ・オービソンくださいっていったら、廃盤だといわれて、それは偶然、そのー、当時は返品というか、レコード会社に返品してきたシングルを穴あけて、

萩原: 穴あけてね。

山下: 100円で、要するにバーゲン品で売ってるっていうのが、よくあって、そこで見つけて、5〜6枚シングル手に入れて、それから聴くようになったんだけど。そのときでもね、ビートルズの全盛期でしょ。要するに、ブリティッシュ・ビートと、要するに、いわゆるロック・グループというかね、今のね。長髪のロック・グループが全盛のときだけど、こういう、要するになんというのかな、テッズというかな?そういう頭、髪型、グリースであげた。こういうのって、すごい古く見えたんですよね。だから、ベンチャーズの髪型みたいなさ。で、今の人、だからこういうの見ると、若い人、どういう印象持つのかなとか思ったりしてね。

萩原: あの「トラベリング・ウィルベリーズ」で、こう、ビデオがあるでしょ?

山下: えぇ。

萩原: ジョージから順番に映っていって、ロイ・オービソンが歌うとこになると、ぱっと移って、あの顔を見て、どう思うんでしょうね、ほんとにね?

山下: ほんとにね。すごくそれ、興味があるな。

大滝: 今の日本の若い人たちに、一番あれじゃないですか?わかられにくいというか、

萩原: うんうん。

大滝: そういう種類の音楽と、容姿も含めて。

萩原: 容姿も含めてね。かもしれないですよね。

大滝: じゃないですかね。

萩原: でもあのー、これ、やっぱ僕も最初に聴いたとき、「ロイ・オービソンって、なにが?」みたいなね、若干そういうのが。例えば「オンリー・ザ・ロンリー」なんかでも、テンポがよく分んなくなっちゃったりとか、するでしょ、あれ?こう2拍で裏行っちゃったりとか。そんなんがあるんで、「なんだか、とっつきにくいな」とか思ってたんですけどね。やっぱり、だんだん来るもんですね、この方は。

大滝: じわっとね。

萩原: じわっと。

山下: 昔から来てましたけどね。

大滝: フフフ。こういう人もいるんですよ。

萩原: でも、「プリティ・ウーマン」とか、頭がどこだかわかんなくなっちゃうんだもん。

大滝: ハハハ。

山下: もう1曲かけましょうよ。

萩原: そうですね。

大滝: やっぱりあれじゃないですかね。「カム・バック・トゥ・ミー」をかけるべきじゃないですかね。

山下: かけたいですか?じゃあ大滝さん、

萩原: そうですね。

大滝: なぜかというと、今日本でロイ・オービソン出てないんですよね。

山下: そうですよね。

萩原: うん、そうですね。

大滝: で、外盤を、欲しい人は外盤を聴くしかないんだけど、外盤に入ってない曲っていうのが、何曲か、

山下: ありますね。

大滝: どうしても入ってない。で、なぜかっていうと、日本でしか流行らなかった、いわゆる洋楽のローカル・ヒットっていうのがね、あるけども、最近日本であるパターンとしては、例えば、そんなにメジャーじゃないグループが、日本でものすごくメジャーになって、それからあとで世界的に評価されるとかいうパターンはあるけどもね、曲が、外国曲が日本でのみのローカル・ヒットになるというのは、ほんとに珍しいことだと思うんで、一応。

山下: 稀ですよね。

萩原: そうですね。これはあれですよね、大滝さんが以前選曲なさって、出したときの、あのロイ・オービソンのベストというのがあって。

大滝: えぇ、私が選曲して、VOL.1、VOL.2っていうんで、ロイ・オービソン、昔選曲して、出したことがあるんですけど、そのレコードの中に、強引に、

萩原: ね、見事に入っていたという。

大滝: 強引に!

萩原: ビックリしてしまったという。

大滝: 強引に入れた。

山下: このグレイテスト・ヒッツって、こういうあの、レーベルのコピーでね、シングル盤が10何枚写真に写ってるあれだけど。これで昔ベストが出たときに、やっぱり「カム・バック・トゥ・ミー」入ってましたよね。

大滝: はーん。

山下: それは僕持ってますけど。

萩原: やっぱさすがに、日本ならではの。

山下: それがA面の1曲目だった。

大滝: はーん、なるほどね。

萩原: でもやっぱり、日本では、その当時は評価があったの?

大滝: いや、なにもない。

山下: ない、ない。

大滝: 「カム・バック・トゥ・ミー」だけが、突然に。

萩原: あー。

大滝: 「カム・バック・トゥ・ミー」で初めて出てくるって人も珍しいけどね。なんのシャレにもなんないんだけども。

山下: それ以外はヒットらしいヒットないですよね。

大滝: それからだから、「ミーン・ウーマン・ブルース」がちょっとあって、「オー・プリティ・ウーマン」で、そのあとにヒットするんだけども、「カム・バック・トゥ・ミー」が日本のこう、洋楽ポップス・ファンを好きな、何というのかな、そのー、及ぼした影響?洋楽に引き込んだっていう、この名曲なんですよね。

萩原: なるほどね。

大滝: うん。だから、そういう歴史がちょっと分らないと、ロイ・オービソンが、

山下: なんなのかね。

大滝: ちょっとわかり難いんじゃないかなと思うんだけど。

萩原: じゃあ、この曲は大滝さんから紹介してください。

大滝: そうですね。で、エルビスと同じスタジオで、この人は録音してるんですよ。エンジニアもエルビスを録ったエンジニアなんですよね。そういう、エルビス・プレスリーとの、質的な共通項みたいなとこから入っていってもらえると、少し入りやすいかなというふうに思うんですけどね。ロイ・オービソンで「カム・バック・トゥ・ミー」。

 曲:

ROY ORBISON/COME BACK TO ME

萩原: よいですね。

大滝: やっぱりね。

萩原: これですよ、日本人の心には。

大滝: 40を越えるとね、よくなるんだ、こういうのが。

萩原: 「オンリー・ザ・ロンリー」というのも、このタイプの曲で、それへのオマージュみたいな形で、ジョン・デビット・サウザーが、

大滝: サウザーがね、

大滝・萩原:「ユア・オンリー・ロンリー」、

大滝: っていうのを、80年か79年か、そのへんにやりましたよね。

萩原: そうですね。まあ、そういうことをされる対象の人だったんですよね。

大滝: この人は、ほんとうに。この人こそ、やっぱり、春日八郎さんのような人ですよね、間違いなく。

萩原: はぁー。

大滝: 存在的に。

山下: レーザー・ディスクが出てますよね、だから。ジャクソン・ブラウンとね、

萩原: いろんな人がね。

山下: コーラスやりながら。すごい、なんかバラバラの面子が後ろにいて。

萩原: だから、あの曲なんかにしても、要するに、JDサウザーの曲にても、なんか、この「オンリー・ザ・ロンリー」とか知ったうえで、アメリカの人達が受け止めてるっていうのと、日本で、こうなんとなくAORブームに乗って流行ったのと、やっぱりちょっと、状況としては違っちゃうわけですね。

大滝: あの人達の年代も、だいたい30半ばから40ぐらいの人達だから、ほんとに、それ聴いて、育った人達ですからね。

山下: そうでしょうね。

萩原: そうですよね。

大滝: それが多分、音楽をやる動機のひとつに、間違いなくなっていると思うんですよね。

萩原: なるほどね。そうですね。

山下: まだ52だってね。

萩原: ねぇ。

大滝: ほんとにね。これから新曲とか出てくるだろうと思ってたんだけどね。

山下: この人、ほんとに不遇な人で、こどもが火事で死んで、あぁ、交通事故で死んで、あっ、奥さんが交通事故で死んで、こどもが火事で死んじゃったのね。天涯孤独な人でね。

萩原: あのー、なんの映画でしたっけ、あれは?「イン・ドリームス」っていうか、

山下: 「ブルー・ベルベット」?

萩原: 「ブルー・ベルベット」。それで、ちょっと脚光を浴びて、「トラベリング・ウィルベリーズ」で光があたって、再びね。これからっていうときでしたからね。

大滝: でも、よかったんじゃないですかね。

山下: うん。

大滝: 70年代は、ほんとに不遇だったと思うんですよね。60年代の栄光すらも、なにもないところで、ああいう若者が取り上げてくれて、ビデオなんか見てても、嬉しそうでしたもんね。

山下: そうね。

萩原: そうですね。

山下: よかったね。

萩原: ま、ヴァン・ヘイレンのカバー・バージョンもあるぐらいですからね。

大滝: そういうのもあるし、楽曲が残ったっていうことで、十分なんじゃないですか。

山下: うん、自分の曲ですしね。

萩原: そうですね。えー、ロイ・オービソンね。

大滝: フォーエバー、まぁ、毎年毎年ね、毎回毎回かけていきたいっていうタイプのシンガーと曲だと思うんですけどね。

萩原: そうですね。

山下: いいですね。

萩原: しんみりしてしまいましたけどね。

大滝: しんみりしましたね。

萩原: ちょっと、この辺でですね、話題を変えてですね。

大滝: ぐっと。ブルー・チアか?

萩原: 再びですね、注目を集めたといえば、これか?

大滝: ビーチ・ボーイズね。やっぱり、ブライアン・ウィルソンの復活というのもすごいんじゃないですか?

萩原: そうですよね、ブライアン・ウィルソン。

山下: 私は一言いいたいですけどね。

大滝: いって。まかした、どうぞ。

萩原: 何かありますね、どうぞ。

山下: いや、今度原稿書きますから、某雑誌に。

萩原: ちょっと、じゃあ予告編として。

山下: 今まで、ほら、夏と海とビーチ・ボーイズがさ、今度は「スマイル」と「ペット・サウンズ」のビーチ・ボーイズになるんですよ。伝説がね、すりかわって行くんですよ。それが気に入らないんですよ、僕は。

萩原: あの、「スマイル」の本が出たでしょ。

山下: えぇ。

萩原: スマイルの当時の雑誌記事とか集めた。あれ見てて思ったんですけど、あの人は、あれ編集した人はね、ブライアン・ウィルソンのソロ・アルバムが出たから、あれ出したっていうんですよ。

山下: でしょ。

萩原: なんかね。要するに、「スマイル」は、過去であるというね。それがはっきりしたうえで、出したというね。だからその姿勢を、これからみんなが貫くとですね、結構いいんじゃないかと思うんですけどね。未だに、「スマイル」ってのは、どうなのかっていう論議しかないでしょう。

山下: そうですね。

萩原: 「スマイル」があったとしたらどうだった、どうだろう、今組み立てるとしたら、どうなるんだろうみたいなね。

山下: 少なくとも、全国的なそういう、ほら、いわゆるポップ・ミュージックのムーブメントにはなっていないけど、ブライアン・ウィルソンっていうのは、なんか一種神格化されてるわけで、それをやるんだったら、10年前にさ、まだ10年前だったら、全カタログ出てたわけですよね。その時代に、そういうことやって欲しかった、ぜひとも。

萩原: うーん、確かに、そうですね。

山下: 今はだって、CDはおろか、アナログ盤でも、要するに、コレクションね。ビーチ・ボーイズのカタログって、全然パーフェクトじゃないんですよ。

萩原: そうですね。まぁ「ペット・サウンズ」はなんとかね。

山下: CDはわずかに3枚、「ペット・サウンズ」は、やっと出すようなこといってますけど。だから、そういう「ペット・サウンズ」のライナー、私書いたんで、読んでみてください。

萩原: この番組では有名です、もう既に。

山下: なんていうかね、そのー、一番悪いのは、リアル・ストーリーという本でね、

萩原: あー。

山下: スティーブン・ゲインズっていう。あれの、スティーブン・ゲインズって人が書いた本っていうのは、いっちゃあ悪いけど、いわゆるスキャンダル本なんですね、すべて。ビートルズの「ラブ・ユー・メイク」っていう本が前にあって、今度の「リアル・ストーリー」ってのがあるんだけど、ああいう本っていうのは、「英雄と悪漢」っていう原題がついてるんですけど、あの「ビーチ・ボーイズ・リアル・ストーリー」ってのは、某大、大手メーカーの出版社から、上下巻でね、出たあれは、

萩原: 私、昔いたとこですね。

山下: そう。いわゆる暴露本でね、音楽の本じゃないんですよ。で、音楽的な資料というのは、その前になんらかの研究書がたくさん出てるわけで、それからの全部丸写しで。あの本が結局ね、驚くべきことに、日本でそういうビーチ・ボーイズに関して出された、邦訳された本の最初なんですよ。

萩原: なるほどね。

山下: 今まで邦訳されたことないの。で、ああいう暴露本が邦訳されて、一般誌が飛びついて、これがロックンロールの真実だとかね。そういう、要するにプロパーで始まってることが、非常に僕は我慢がならないというか。

萩原: なるほどね。ちょっと、その怒りを静める意味ででもですね、ブライアン・ウィルソンから1曲いきたいんですけど。達郎さん何?あんまり好きじゃない?

山下: あんまりねー。

大滝: 私1曲かけて欲しいものが。

萩原: なんと。何が出てくるか?

大滝: 「(何か歌ってます)」っていう、これがブライアン・ウィルソンのなれの果てですから。

萩原: ホッホッホッホ。

山下: だから、僕はビーチ・ボーイズ好きだし、ブライアン・ウィルソンってすごく影響を受けた人なんだけど、よくやっぱり、廃人同様だったんですよ、ほんとに。

萩原: ほんとにね。

山下: よくもリハビリして、レコードが1枚つくれるようになったって、それだけでもめでたいことだと。

萩原: そうですね。

山下: それで十分じゃないかと。

萩原: あのー、というか、その思いで聴く場合の、このアルバムの評価っていうのと、これだけポコって聴いた場合とは、だいぶ違うと思いますよね。

山下: 違いますよ、それは。それは歴史と伝統を踏まえたうえでの、そのブライアンに対する接し方というんですか。

萩原: あんまり、これだけ聴いて、素晴らしいハーモニーとかいわないで欲しいような気がする。

山下: そうそうそうそう。

萩原: ちょっと待ってみたいな。

大滝: ただね、ただ一つだけ、歴史とかそういうの全部抜いた、例えば、もし新しいファンが、もしね、例えば10才や14,5才の人が、例えばブライアン・ウィルソンなんの気なしにポッと聴く場合があるでしょ。これを聴いて、ブライアン・ウィルソンを聴いて、それでビーチ・ボーイズを聴きはじめるとすれば、これは結構なことじゃないかなという。

萩原: そりゃあ、そうです。

大滝: その面だけは、だからブライアン・ウィルソンが復活したことによって、少し賑やかになったんですよ。

萩原: そうですね。

大滝: まるでなんにもなかったといってもいいくらいの部分がありましたからね、ここ何年か。

山下: あるような、ないような。

萩原: ほんとにそうですよ。それは事実ですね。

山下: でもさ、結局さ、今レコード専門紙とか、レコ評に語られてるのが、ヘタするとさ、80年代の「ペット・サウンズ」とかさ。

萩原: うん。

山下: もう、そういうレトリック嫌なんだよね、僕は。

萩原: あー、そうですね。そういういい方は、まあ。

山下: 嫌いなんです、僕は。なんか大事なものを踏み付けにされてる感じがして、。

大滝: お任せします。

萩原: 難しいですね。それじゃあね、

大滝: 難しい人だね。

山下: なんなの?

大滝: じゃあ、アルバムに入ってなかったところの、長いタイトル。

山下: 入ってますよ。「ワン・フォー・ザ・ボーイズ」でしょ?

萩原: 違う違う違う。

山下: 違う方?

萩原: うん。

大滝: シングル盤のB面の曲です。タイトルが長いんで忘れましたから、かけてください。

 曲:

BRIAN WILSON/HE COULDN'T GET HIS POOR OLD BODY TO MOVE

萩原: ブライアン・ウィルソンで、「ヒー・クドゥント・ゲット・プア・オールド・ボディ・トゥ・ムーブ」というね、なかなか悲しいタイトルですけど、これ。

大滝: 悲しいタイトルなんですよ。非常に自虐的な人でね、やっぱり、あのー長い間、ずーっとベッドと冷蔵庫の間しか動かなかったという。

萩原: 朝からチョコレート・パフェ食べてたという。

大滝: だから、人なわけでしょう。向こうのニュースなんか見てると、ベッドから動けなくなって、窓からクレーンで出る人とかいますよね。それ、非常になんか、象徴的なもので、自分でまた活動再開して、するときに、まあこういう自虐的な感じの歌を、歌にするっていうのは、なかなかに。

萩原: まあね。

大滝: えぇ。

萩原: あのー、有名なお付きのセラピスト、ユージン・ランディ先生との共作で、リンジー・バッキンガムがプロデュースしてますけどね。

大滝: なんだかよく分りませんけどね。

萩原: すごい人脈になってますけどね。

大滝: まあ、アルバムに入ってないというだけで、単純に。

萩原: というわけでですね、本日はそろそろ時間がやってきてしまいました。

大滝: どうも。

山下: すぐ終わっちゃうんですね。何曲かかった?

萩原: 4曲ぐらいしかかかってないですね。

大滝: たくさんかかりましたね。

萩原: というわけで、またあのー、このままじゃ終われないということでですね、来週も来ていただくということで、ひとつよろしくお願いいたします。

大滝: すいません。

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