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1999.1.17 サンデー・ソング・ブック

山下: みなさん、こんにちは。ごきげんいかがでしょうか、山下達郎です。毎週日曜日、午後2時からの55分間は、私、山下達郎がお送りいたします「ジャックスカード・サンデー・ソング・ブック」の時間であります。東京FMをキー・ステーションといたしまして、全国35局ネットでお届けしております。えー、もう成人の日も過ぎてしまいました。早いもので、1月も後半に差し掛かってまいりました。私の7年ぶりのツアー、「パフォーマンス1998〜1999」、年を越して続行中でございますが、いよいよラスト・スパートでございます。昨日、今日とですね、土日で、東京はNHKホール、生まれて初めてNHKホールのステージに立ちますがですね。今日のNHKホール終わりますと、もう、残すところあと10本。「あっ」というまでございます。今週は水曜日の20日に福山に伺います。福山芸術文化ホール。初めて行くホールでございますが。週末23日、土曜日は、大分県立総合文化センター。えー、今週末から来週にかけて、残りの九州ツアー、宮崎、鹿児島伺うことになります。今週はとりあえず福山と大分に伺います。おいでくださるみなさま、お待ち申しあげております。えー、さて、新春恒例の「新春放談」、大滝詠一さんをゲストにお招きいたしまして、先週、先々週、2週間お送りいたしましたけども、今週も引き続き、「パート3」でございます。え、昔からの「濃いい」ナイアガラ・ファンの方にはですね、たまらない。普通の、「パッ」とラジオをつけた方には、「何をいってるんだか全然わからない」、この落差が激しいというですね、これは毎年のことなので。今年は特にですね、えー、なるべくカットを少なくしてですね、素のままで行こうというようなあれなので、ますますわからないと。えー、いいんです。たまにはそういうことあっても、えー、いいです。「しょっちゅうじゃないか」といわれると、身も蓋もありませんが(笑)。そういうわけで、えー、「新春放談パート3」。今日は、はっぴいえんど関係のことなんかも、いろいろと出てくることと思いますがですね、また今日も「濃い」い「新春放談パート3」、お楽しみいただきたいと思います。さて、えー、竹内まりやの「カムフラージュ/Winter Lovers」、ニュー・シングル、えー、発売してはやふた月たちましたけどもですね、旧年中は、「カムフラージュ」のプロモーションでいっておりましたが、年明けて、えー、「もうひと押ししよう」と、「Winter Lovers」、カップリングの方もプロモーションしようじゃないかという感じでございましてですね。それ用のグッズなんかができてまいりましてですね、大変でございますが。何が大変だか、よくわかりませんけど、「Winter Lovers」のプロモ・グッズでできましたのがですね、ニット・キャップ。要するに、ウール・ハットでございますね、毛糸の帽子。これをつくりましたのでですね、これを今日はプレゼントさしあげたいと思います。「Winter Lovers」のニット・キャップ、10名の方にプレゼントさしあげたいと思います。ふるってご応募ください。2月いっぱいぐらいまでお待ち申しあげております。えー、最近、この番組宛ての住所をなかなか申しあげる機会がないので、久しぶりでございますが、「郵便番号102-8080、東京FM 山下達郎サンデー・ソング・ブック」、「竹内まりや『Winter Lovers』プロモ・グッズ、ニット・キャップ希望」とわかるようにお書きくださいまして、ふるってご応募ください。抽選で10名の方にさしあげたいと思います。というわけで、えー、東京あたりはですね、一番寒い季節でございますがですね、この季節に、今日もお聴きいただきましょう。まだまだがんばる竹内まりや、ニュー・シングル、「Winter Lovers」

 曲:

竹内まりや/Winter Lovers

山下: 今、僕、「ヒストリー・オブ・ジャパニーズ・ロックス」ってやってるんですよね。

大滝: やってるね。

山下: えぇ。で、時間がないので、もう、ちょっと相手がでかすぎて、

大滝: だって、いまだだからさ、

山下: 「ヒー、ヒー」やってますけど。

大滝: 息子が聴いてるんだけどさ。

山下: えぇ。

大滝: 君の番組。

山下: えぇ。

大滝: なんか、高田渡がかかったんで、違う番組だと思ったらしいよ(笑)。「今日やってないんだ」って、「ほか回した」っていってたよ。

山下: で、よくよく考えたら、大滝さんって、URC、ベルウッド、エレック、

大滝: そうみたいね。

山下: 全部かかわってる、ただひとりの人でしょ?

大滝: うん。

山下: 考えたら。

大滝: 「I was a one」(歌ってます)

山下: (笑)。

大滝: ただひとりの男(笑)。

山下: オンリー・ワン?

大滝: それで、「ナイアガラ」がインディーズだから。だからさ、いったじゃないの。俺は、はなっからインディーズなんだよ。

山下: だよね。

大滝: うん。

山下: だけど、今から考えると、結局、あれですね、やっぱり、あのころの日本のフォークとか、ロックって、大滝さんもそうだし、細野さんもそうだし、ああいった、たくさんプロジェクトがあるけど、メジャーなレベルでは、結局、誰もまじめには、まともに、「これが売れる」とは誰も考えてなかったんですよね。

大滝: 考えてない。考えてないです。

山下: ねっ。

大滝: えぇ。

山下: ほんとに考えてたら、あんなやり方しませんもんね。

大滝: しないね。

山下: ねっ。

大滝: だから、自分たちで、だから、見付けようという、

山下: うん。

大滝: そういう、そのー、前人未到のいばらの道だったわけだからさ。

山下: なんか、結局、要するに、遊び、少し遊ばせてやってるっていう、なんか、恩着せがましい世界じゃないですか、レコード会社の対応とかでも。

大滝: あー、うんうん。

山下: 「まぁ、どうせ2〜3年でも、遊んで、まぁ、なんかあれしろ」みたいな(笑)。

大滝: 10年間いわれてたけどね、俺なんかね。

山下: うん。

大滝: あー。

山下: 「Let's Ondo Again」のアルバムって、確かにすごくマイナーな、サブ・カルチャーなアルバムだけど、

大滝: うーん。

山下: でも、今のサブ・カルチャーの方が、もっとサブでしょう?

大滝: あぁ。

山下: 今の、要するに、インディーものの、あの、わけのわからない。すごいのありますからね。

大滝: うんうん。

山下: それがだけど、「タワ・レコ」で、例えばチャートで、上、あがってるんですよ。もう、全然ね、だから、20年前の、あの、「Let's Ondo Again」の時代に、サブ・カルチャーだといわれたようなものなんて、もう、まとももまとも、超まともで。

大滝: うん。

山下: それがだから、そのときの主流と、要するに、その、違ってるというだけでね、

大滝: うーん。

山下: いわれたでしょ?でも、今はそんなものじゃないから。そう考えたら、なんで20年前にさ、あそこのレコード会社はもうちょっとね。だから、それだけの、やっぱり、契約期間とさ、枚数契約したんだったら、もうちょっと、やり方、他になかったのかな?っていうさ、

大滝: うん。

山下: 今から考えるとね。

大滝: 無理だったんじゃない?

山下: そうなのかしらね。

大滝: まぁ、でも、あれはさ、実験作だよ。あれがもし、100万売れるとかしたら、却ってやれないだろうな。

山下: そうですけどね。

大滝: だから、結局ね、

山下: えぇ。

大滝: だから、そういうもんなんだよ。だからあれが、1000枚とかさ、それでいいんだよ。

山下: (笑)。

大滝: で、だから、そういうもんじゃないかと思ってるけどな、俺は、そろそろ。

山下: うーん。

 曲:

布谷文夫/Let's Ondo Again(フェード・アウト)

山下: あのね、だから、自分のいた、僕、RVCという、まぁ、ビクターのRCAの冒険会社(?)なんですけど、

大滝: うーん。

山下: そこにいたんですよね。そこでは、なんで要するに、その、いわゆるロック、フォーク、ニュー・ミュージックやり始めたかというと、僕とか、例えば、吉田美奈子とか、桑名正博とかいたんですけど、

大滝: うん。

山下: RVLの8000番台っていうレコード番号だったのね。

大滝: うん。

山下: いわゆる、ニュー・ミュージックの番号で。そこを要するに、その、在庫調査というのを毎年やるじゃないですか。

大滝: (笑)。

山下: で、たいして売れないんですよ。2万、1万の世界なんだけど、返品率が異常に少なかったの。

大滝: あー、そうだろうね。

山下: そこのセクションだけ。

大滝: あー、そうだろうね。

山下: それで、やっぱり、歌謡曲って、下駄を履かせるから、ものすごい返品率なんですね。

大滝: はいはい。

山下: そういうところに比べると、グロスは少ないんだけど、

大滝: あー、はいはい。

山下: 返品が少ないから、健全在庫なんですよ。

大滝: 純益が高いのね。

山下: えぇ。というもので、「じゃぁ、このRVLの8000番台をもうちょっと強化しよう」というところから、ニュー・ミュージックが始まったの。

大滝: あー、なるほどね。

山下: えぇ。

大滝: はーん。

山下: それで、桑名君とか、越美晴とか、要するに、竹内まりやとか、そういうのがだんだんヒットするようになってきて、

大滝: ふーん。

山下: それで、全体的に底上げができてくるっていう、そういう歴史があったんですよ。

大滝: やっぱりね。

山下: えぇ。

大滝: だから、やっぱり、上げ底をやってくと、あのー、いつかは破綻するんだよ。

山下: 破綻するんですよ。

大滝: そんなもん。経済がとっくにいってるんだもん、だって。

山下: うん。だから、そういう意味では、だから、ナイアガラのカタログだって、あのころはさ、今みたいに、そんなにほら、むちゃくちゃなオーダーつけないから、

大滝: うん。

山下: 専門的な話しになりますけど。そういう意味では、返品率なんて、ほとんどゼロに近いと思うわけ。

大滝: うん、近いと思うね。

山下: ねっ。

大滝: まぁ、中古であれだけ売れてるんだからさ(笑)、返品率はほぼ「皆無」といってもいいんじゃないの?

山下: そうでしょ?

大滝: うーん。

山下: だから、そういうぐあいに、こう、販促的にさ(笑)、考えたら、もうちょっと、

大滝: (笑)。

山下: 「たら、れば」ですけど、あくまで。

大滝: うーん。まぁ、あの音楽は、ああいうもんだったんじゃないかと思うけどなー。

山下: そうかな?(笑)。

大滝: だから、固有のもので、だから、いつもいってっけどさ、「あったのかな?なかったのかな?」っていうようなところで終わるところが、

山下: (笑)。

大滝: よいとこでしょう。で、それで、もう、あのー、君は君でいるわけだからさ、そのー、ある種の精神は、そこに受け継がれてるわけだから。

山下: (笑)。

大滝: これでもう、「バトン・タッチして、渡した」っていうようなことで、世代的にいいんじゃないですかねぇ?

山下: だけど、まぁ、大滝さんは歌がうまいから、やっぱり、「歌を聴きたい」というのはあるよね、みんな。

大滝: 俺はさ、だから、戦前でいえば、堀内敬三だと自分で思ってるわけ。堀内敬三さん、自分で歌わなかったからね。楽だったなと思うなー。

山下: (笑)。

大滝: なんか、だから、さっきの話しに戻るんだけどさ、なんかね、「歌」ってもんだけ特別にみんな思ってっからさ。

山下: うーん。

大滝: で、「うまい」とか、なんとかじゃないんだけど、とりあえずなんか、歌うとさ、それなりのものらしいんだけど。なんか、どうしてもそっちから来るから、

山下: うーん。

大滝: 「なんだよ、歌うたいが」っていうことで。「歌うたいのわりには理屈いうな」とかさ。なんか、そういうことなんじゃない(笑)?

山下: じゃぁ、大滝さんは、自分のなかでの、「歌」ということに関して、「自分が歌う」という行為に関して、それほど、自分のなかではプライオリティがないっていうことですか?

大滝: あのー、だから、はっぴいえんどで終わってるんだと思うんだけどな。

 曲:

はっぴいえんど/はいからはくち(途中まで)

山下: でも、はっぴいえんどの歌って、大滝さんのなかではさ、

大滝: 俺のもんじゃないんだよ。

山下: うん。「大滝さんの歌であって、ない」っていう。

大滝: ないね。

山下: ねっ。

大滝: ない。

山下: すごく恣意性が高いっていうか、

大滝: うーん。

山下: ねぇ。

大滝: まっ、バンドのボーカリストだから。

山下: えぇ。

大滝: 要するに、固有のもんじゃないからね。

山下: あぁ。

大滝: なんだけど、ちょうどそのころが、自分としては、ボーカリストっていうか、「歌うたい」としてはちょうど、一番声が出てた時期ていうか、一番よかった時期なんだよね。

山下: ふーん。

大滝: だから、そことズレてんだよね、もう。

山下: (笑)。

大滝: だから、こう、常に、ズレズレの状態で来てるんだよね。

山下: (笑)。

大滝: だからさ(笑)。今は、だから、あのー、10何年やってやれてるのもね、あれだよ、君のおかげだよ。

山下: なんなんだ、それ(笑)。そこにもってっちゃったの?

大滝: いや、こう、継続しているような感じのように、見せてくれていたっていうところがポイントなんだと思うよ。

山下: いや、だけど、やっぱりね、毎年おんなじこといってますけど、ナイアガラのファンっていうのは、それで度肝を抜かれてね、こう、既成の概念が破壊された人は、みんな業界に入ってくるんですからね。業界の人で、今、活動している、もう、30代の中堅、例えば、テレビ・ディレクターとか、

大滝: うん。

山下: プロデューサーとか、ラジオのあれとか、放送作家とか、

大滝: うん。

山下: そういう人たちが、要するに、ナイアガラのあれで育ってるから、結局、大滝さんは今でもあれなんですよ。それはもう、まごうかたなき事実ですからね。

大滝: いや、だってさ、この番組なんか、業界向けなんだから。

山下: そうですよね(笑)。

大滝: はっきりいって。

山下: そうですね。

大滝: 一般の人聴いても、何にもわかんないんだから。

山下: わからないです(笑)。

大滝: これ、業界向け放送。

山下: だけど、今日、

大滝: 俺、放送やるときは、だって、いつも業界向けにしかいってないよ。

山下: (爆)。

大滝: ただインターネットで、例えば、どっかで対談するとかたって、みんな、業界向けにしか語ってないもん。

山下: うん。

大滝: だから、そこにさ、一般の人がさ、同次元で入ってきてもらっちゃ困るのよ。

山下: (笑)。

大滝: はっきりいって。

山下: 排他的、浅草の天ぷら屋だな、これ、ほんと。

大滝: あのー、で、そこで、なにがしか、そう思って、「なんだ?」と。「いや、俺は…」。だったら、入ってきてやって欲しいわけ。

山下: (笑)。その、エレック、ベルウッド、URCの話しになりますけど、

大滝: ほーほー、インディーズ・レーベルね。

山下: その、

大滝: 「はからずも」だよ、いっとくけど。

山下: 体験者として、

大滝: 「はからずも」だよ。俺、好きで渡り歩いたんじゃないんだよ(笑)。

山下: (笑)。体験者として。

大滝: かといってさ、でもさ、例えばさ、えー、コロムビア・レコード、ビクター・レコード新人オーディションで、

山下: えぇ。

大滝: 「次のスターのために」っていうような、例えば、オーディションなんかで、受けた人なんていっぱいいるわけでしょ?

山下: えぇ。

大滝: ビクター出た平野愛子さんとかさ、

山下: うん。

大滝: あのー、新人オーディションなわけじゃない。

山下: うん。

大滝: で、そういうのがあって、そこへ出て、あのー、「歌手になりたい」とかっていうようなことと、まるで逆なんだもんね、よく考えてみればさ。

山下: (笑)。あの時代だけでしょうね?

大滝: ん?

山下: それこそ、そういう、この、上がピック・アップしたんじゃなくて、下から出てきたっていうのはね。

大滝: まぁ、だから、その、なんか、ものの始まるところっていうのは、まぁ、そういうもんで、

山下: まぁ、全部そうですけどね。

大滝: うん。で、あの時代は格別、なんか、ほんとに「下から」だったよね。

山下: うん。だけどあのー、ベルウッドの設立した第一弾というのが、「赤色エレジー」だったんですってね。

大滝: うん、そうなの。

山下: それがめちゃくちゃ売れたわけでしょ?

大滝: もう、大ヒット。すごかったんだよ。

山下: それもすごいですね、でも。

大滝: 「隠し芸」出たんだよ、あがた森魚は。下駄はいて。

山下: 僕も見たことありますよ、それ。

大滝: 見た(笑)?

山下: えぇ、見ましたよ、それ(笑)。

大滝: ほんとか嘘か知らないけどさ、ベルウッド・レーベルの直前だったのが「恋の汽車ポッポ」なんだよ。

山下: あぁ、あれキングですもんね。

大滝: あれ、キング・レーベルなんだ(笑)。

山下: そうですね。

大滝: キングの最後から何番目かに近いんだけど、

山下: じゃぁ、はっぴいえんどの、例えば、シングル?

大滝: うん。

山下: あれもキングじゃないですか。

大滝: キングなんだよ。

山下: あれんときは、ベルウッドはなかったんですね、まだ?

大滝: ないの。

山下: ふーん。

大滝: で、「恋の汽車ポッポ」のときもなくて、

山下: うん。

大滝: で、ほんとか嘘か、三浦光紀は、だから、「ベルウッド」にするか、「汽車ポッポ」レーベルにしようか、最後まで迷ってたとかいってたけどね。

山下: へぇー。

大滝: だから、あのへんのところが、だから、まぁ、気分的には、はっぴいえんどの「12月」のあたりから、もう、ベルウッド的なものではあったんだろうけどね。

山下: ふーん。

大滝: 「空飛ぶくじら」はもう、ベルウッドだったから。

山下: ふーん。

 曲:

大滝詠一/恋の汽車ポッポ

山下: ちょうど端境(はざかい)期なんですね?

大滝: ちょうどそういう時期。

山下: で、なんで、じゃぁ、「ファースト」はURCなんですか?そもそも、なんではっぴいえんどは、なんでURCから出たの?

大滝: そこしか声かけてくれなかったでしょ。

山下: (笑)。あぁ、そう。そういう簡単な問題なの?

大滝: そうそうそう。

山下: 要するに、メジャーが声かけてくれなかったの?

大滝: だから、小倉エージが、あのー、細野と僕と、あのー、二人で、「チェルシー・モーニング」を歌ったときに(笑)、終わったときに、あのー、歩道橋のところで、声をかけてきて、「どっかと契約してるか?」みたいな聞き方を、小倉エージがしてきて、

山下: どこの歩道橋で?

大滝: 目黒か、目黒区民会館かどっかだったんだよね。

山下: あー。

大滝: なんか、どっかでして、そのー、横断歩道のところで、「君たち!」みたいな感じでいってきたんだけど。細野さんは、なんか、違う印象があるらしいんだけどさ、僕のなかでは、そういう記憶があって。で、どっちにしても、小倉エージが声かけてきて。

山下: ふーん。

大滝: で、彼がURCの、なんか、やってたんだよ、当時。

山下: ふん。あの人、関西の人ですよね?

大滝: うん、そうそうそう。

山下: なんかね。

大滝: で、ちょうど、そういう意味合いではね。高石音楽事務所だよ、当時は。

山下: あーはー。

大滝: 高石友也の事務所。

山下: あー、そうなんだ?なるほど。

大滝: 高石友也さんの事務所なんだよ。

山下: うん、そうですよね。

大滝: で、「受験生ブルース」なんかが出てたから。

山下: うーん。

大滝: だから、はっぴいえんどはずっと、URC。URCはだから、関西のもんだと思われてたのね。

山下: あー、そうですよね。

大滝: うん。だから、「はっぴいえんども関西のグループだ」っていうふうに思ってた人は多かったみたい。

山下: まぁ、そうですよね。岡林さんといっしょにやってたしね。

大滝: そうそうそう。

山下: してましたからね。

大滝: うーん。で、それだっていっても、他に誰も声かけてくれないし。たぶん、持ってってもダメでしょう。

山下: (笑)。

大滝: だって、ナイアガラ、シュガー・ベイブのときだって、東芝とか、コロムビアとか、

山下: 確かにね(笑)。

大滝: 持ってって、

山下: 確かにね(笑)。エレックですもんね(笑)。

大滝: 「うーん」って、みんなうなってた。「ナイアガラ・ムーン」のときだって、

山下: そうですよね(笑)。

大滝: そのー、「CM」持ってったときだって、他の会社みんなうなってたんだもの。

山下: (笑)、確かにそうですね。

大滝: 考えられないだろうね、今の人なんか。

山下: その5年前なんか、推して知るよしでね。

大滝: ねぇ。

山下: 確かにそうだね(笑)。で、あの、はっぴいえんどが出た当時ってね、そうやって、日本語でロックン・ロール、ロックをやろうとかいう人たちっていうのは、そんなにいなかったじゃないですか。

大滝: うん。

山下: で、なんで、みんな、要するに、その、はっぴいえんどってグループはね、ああいう形でやろうっていうぐあいにさ、全員意思統一して始めたんですか?

大滝: 意思統一した。3人はね。

山下: それは、要するにその、かなり目的意識があって、やったんですか?

大滝: だから、まぁ、日本語のロックというのは、多少の、まぁ、ある種のね、あのー、「いいがかり」っていうんじゃなくてさ、ちょっとした「思いつき」なだけであって、別にそれが、その、「ロックだったか、どうなのか」っていうことに、いまだに、

山下: 「日本語で歌ったらおもしろいだろう」っていうような世界なんですか?

大滝: まぁ、いまだにこだわってるやつはいるけどさ、どうでもいいんだよ、そんなことは。

山下: ふーん。

大滝: 要するに、ただ、そのー、えーっと、なんだ?その、「ロックは英語圏のものだから、英語でやるのが当然だ」っていうような、

山下: うん。

大滝: あのー、ことがあったことに、そのー、反抗しただけの話しなんだよね、単純に。

山下: うーん。

大滝: っていうよりも、「それを日本語でやったら、おもしろいんじゃないか」っていう、単なるアイディアでしょう?

山下: ふーん。

大滝: で、そういうようなことが前々からあったんだけれどもさ。で、まぁ、いつもいってっけど、唱歌にしろ、なんにしろ、その、「外国曲に日本語のせる」なんてのは、長い間の伝統があるわけだからさ。

山下: うん、長いものがありますよね。和訳ポップスもそうですしね。

大滝: で、それで、そういうのをつくっててから、「オリジナルの方にいかしていく」っていうのも、山のようにあるわけだから。

山下: うーん。

大滝: あとで考えてみりゃぁさ、長い伝統のなかの、やり方の非常に伝統的なことのひとつでしかなかったんだけれども。まぁ、とにかく、風潮としてはさ、あのころ、そのー、「英語でやって、世界にでていく」っていうバンドの人もいたから。

山下: うん、国際進出をかなり見込んで、英語ですもんね。

大滝: いたからね。まさに、だから、明治のときといっしょだったんだよ。

山下: うーん。

大滝: だから、そのー、あんときはだから、「日本語捨てて、英語にする」っていう議論が文部省のなかで、まじめに語られたわけだからさ。

山下: (笑)。

大滝: で、その都度、その都度出たし、「ローマ字にする」っていう運動もあったし。

山下: ありましたね。

大滝: ローマ字で書いた小説家もいたし。読まないわりには、そういう知識だけはあるんだよ、いっとくけどね。

山下: (笑)。

大滝: (笑)。

山下: しょうがねー(笑)。

大滝: あったんだけれども、だから、「あのころはあのころ」で、だから、あっちの派閥の方が主流っていうか、すごい大きな動きだったんで、「じゃぁ、そんなかで、日本語で」っていうようなことはだから、前にも何度もいってるけど、

山下: うん。

大滝: 俺と細野さんは、そういう考えなかったんだよね。

山下: うん。

大滝: だから、エイプリル・フール見れば、聴きゃぁわかるけど、

山下: そうですよね、えぇ。

大滝: 小坂忠は英語で歌ってるわけだから。

山下: そうですよね。

大滝: だから、そういうような流れだったんだよね。

山下: だから、あのー、僕、松本さんとこのあいだ仕事させていただいて、

大滝: うん。

山下: あのー、初めてそういう話ししたんだけど、松本さん自体が、でも、「単なる思いつき」だっていってましたよね。あのー、岡林信康のバックをやって、

大滝: うん。

山下: 彼の歌を聴いて、「こういうやりかたもあんのか」つって、それで結構、彼は、

大滝: でも、「12月」とか、「春よ来い」はとっくにできてたよ。岡林のバックやる前は。

山下: あー、そうなんだ。

大滝: うん。

山下: で、それで、だけど、彼自体もだから、別に、それがほら、それほどだいそれたね、

大滝: うん。

山下: あのー、

大滝: 遠藤賢司の「夜汽車のブルース」は、あのー、前にあったと思った。

山下: ふーん。

大滝: あれの影響っていうか、「ああいうやり方があるんだ」っていうふうには思ったけどね。

山下: たった3年ぐらい前であっても、彼らもバニラ・ファッジとかやってたんですもんね。

大滝: うん、そうそうそう。

山下: ジミ・ヘンとかね。

大滝: そうそうそう。ねぇ。で、松本の日本語の詞を英語に直すとかいうようなことでやってたんでしょ?

山下: そうでしょ?

大滝: で、あっ、日本語の詞は1曲あったか。エイプリル・フールはね。あのー、小坂忠の、あの、実験作も、あれも大きかったんじゃないですか?

山下: ほー。

大滝: うーん。「あっ、こういうのせかたもあるのか」っていうね。で、遠藤賢司があって。まぁ、もちろん、そのー、高田渡や岡林信康は当然あるわけだけど、

山下: ふーん。

大滝: 俺、聴いてないからさ(笑)。

山下: (笑)。

 曲:

岡林信康/家は出たけれど(途中まで)

山下: 大滝さん、岡林さんといっしょに何十本かやったわけでしょ、はっぴいえんど?

大滝: えぇ、やりました。やりました。

山下: あれ、どう思いました?

大滝: うーん。「なんなのかな」って思ってたんだけどね(笑)。

山下: そういう、洋楽的な接点とか、全然感じなかった?

大滝: おもしろい人だったんだよね。

山下: へぇー。

大滝: で、最後なんか、あのー、「家は出たけれど」っていう、クレイジーのようなコミック・ソングが、あのー、「くたばれ無責任」みたいな感じのね、自己否定みたいなのもあったりしてね。おもしろい人だったんだけれども、「やっぱり、無理してるんじゃないか」って思ってたなー。

山下: うーん。

大滝: だから、それはだから、今の、常に、「無理はよくないよ」と。

山下: (笑)。時代と、だから、共振しちゃったら、そうなっちゃうんだ。

大滝: そうそうそう。無理する時期とか、若いころとか、「無理したい」っていうときは、当然あるわけ。あるのはわかってんだけどさ、延々続けるとね、やっぱり副作用が出るんだよ。どっかで。だから、岡林さんは、今、「エンヤトット」の世界に戻ってるってのはね、

山下: えぇ。

大滝: 当然の帰結だと考えてるんだよ。

山下: 確かにね。

大滝: うん。

山下: (笑)。

大滝: で、あんときからずっとそう思ってた。だから、あれはだから、あの人の、俺ね、友也にしろ、チューリップのあれにしろ、前から「エンヤトット」だったんだと思うよ、俺。

山下: うん、僕もそう思いますよ。

大滝: あれ、全然別のもんじゃないんだよ。

山下: えぇ、そうですよね。

大滝: ただ、自分のなかでは違うと。「いやいや」みたいに思ったかもしれないけど。

山下: エレクトリック幻想ってのがあってね。

大滝: うん、あったんだよね。

山下: えぇ。

大滝: だから、まぁ、もちろん彼は、今、それ、わかってて、それ今、やってるんだと思うけどね。

山下: うん。

大滝: そう思ったんだ。で、我々はですね、無理はなかったんだよ。

山下: うん。

大滝: ただ、日本語の、あの当時の歌としては変な歌だったんだよ。

山下: 確かにね。

大滝: 単純にそういうことだよ。

山下: 内容がね。

大滝: うん。

山下: (笑)。

大滝: (笑)。

山下: それで、ほら、むかーし、僕、大滝さんと初めてお会いしたところにね、

大滝: はい。

山下: そういう、その、はっぴいえんどの悲惨なツアーの歴史っていのをさ、

大滝: 悲惨なツアー!

山下: いろいろ聞いたじゃないですか。体育館で雪がバンバン降っててね、

大滝: うん。

山下: そのー、

大滝: 松本君が、ドラム、タムタム叩いたら、「ボコッ」と一発目で割れたとかね。

山下: (笑)。

大滝: あるんですよ。

山下: アンプがなくて?

大滝: アンプがなかったりね。で、ボーカル・アンプに全員、ギターとベース、全部入れたりとか。やってるうちに、ベードラ、前出て、落っこちたとかね。

山下: (笑)。

大滝: やってたら、もう、ドラムが途中で止まってんだよ(笑)。「どうした?」と思ったらさ、だんだん前へ出てってさ(笑)。

山下: (笑)。よくある、

大滝: ドリフじゃないんだからさ(笑)。

山下: よくある話(笑)。

大滝: ベードラ前へ落っこっちゃって(笑)。

山下: はっぴいえんどは、ライブを、解散するまでの期間の間、どのぐらいやったんですか?

大滝: うーん。

山下: 結構、全国ツアーやったんですか?

大滝: 最後んときはね。最後のときは、

山下: 長崎とかまで行ったでしょ?

大滝: 行きましたよ。最後のときはどうなんだろ?2〜30ぐらいやったのかな?

山下: ふーん。

大滝: まぁ、とにかく、でも、ほら、繰り返しになるけど、作家性がやっぱりみんな強いからね。

山下: うん。

大滝: どう考えたって、「ライブで何とかしよう」とか、誰も思ってなかったと思ったけど。

山下: そのときは、やっぱり、はっぴいえんどって、ほら、レコーディング・グループじゃないですか?

大滝: うーん。

山下: だから、ライブに対しては、そういうようなことで、意欲ってはないんですか?

大滝: ないと思ったよ。

山下: (笑)。

大滝: だから、そのころだから、レコーディング・グループって認められてないからさ、必ずだから、「レコードはいいが、ライブはへただ」とか、

山下: うん。

大滝: 「レコードはいいが、ライブはへた」とかいうような書き方ばっかりするんだよね、みんなね。

山下: うん。

大滝: で、いまだになんか、そう書いてある活字、そのまま写してさ、「どうのこうの」いってるけどさ、レコーディング・バンドなんだし。

山下: うん。

大滝: で、みんな作家の集団なんだからさ。

山下: なるほどね。

大滝: あとみりゃぁ、わかんじゃん。

山下: うん。

大滝: あのころだから、例えば、レコードだけで、それで商売になってたら、ライブなんかやってねーだろ、だって。

山下: (笑)。ライブをやらないバンドね?

大滝: うーん。

山下: なるほどね。

大滝: あるんだよ、そんなこと。いっぱい。

山下: はっぴいえんどって、3枚レコード出てますけど、

大滝: 出ましたね。

山下: 未発表テイクってあるんですか?

大滝: ありますね。未発表っていうか、だから、テイク1、テイク2とかね。

山下: あー、そういうやつね。

大滝: ダビング前とか。

山下: あのー、作品的に。

大滝: えーっと、デモ・テープ段階ではありますね。

山下: じゃぁ、もう、それは要するに、

大滝: 何曲、ほんの数曲。

山下: そのー、フィックスされたものしか、レコードしてないんですね?要するに、

大滝: そうね。

山下: 予算の関係でしょうね?

大滝: っていうか、やったら、もう、「即出す」っていう。なんか、「これはだめ」っていうようなのは、あとにも先にも「風をあつめて」だけでしょ、細野さんの。

山下: ふーん。あのー、なんか、質問大会になっちゃったね。

大滝: 質問大会に、はっぴいえんど特集。

山下: はっぴいえんどの、1枚目の、あの、「ゆでめん」に入ってる「12月の雨の日」と、

大滝: うん。

山下: えーっと、シングルとテイク違うんですか、あれ?

大滝: スタジオが違うから。録音が全然違う。

山下: 録音が違うんですね。

大滝: 違う。

山下: 全く違うやつなんですね?

大滝: ふーん。

山下: それで、えーっと、あっちの方は、アコースティックが左右に振れてるじゃないですか。あれ、2本入ってるんですか?

大滝: 2本入ってますよ。

山下: あれ、じゃぁ、4トラ?

大滝: えーっと、シングル盤?

山下: えぇ。

大滝: シングル盤は12弦だったもん。12弦を4回だか、6回重ねたのかな。

山下: へーぇ。それは、あの、トラック数は、マルチ・トラックは?

大滝: 結局、だから、あのー、

山下: サウンド・オンサウンドなんですか?

大滝: えーっと、4-2-8かな、あんときは?8-2-8。8を一回2チャンに戻して。で、また、

山下: また、やりながら。

大滝: 8のなかに入れて、4だったかな、まだ?そういうような、ダビング、ダビングだから、最初に入れてたドラムが、えらい遠くになっちゃってね(笑)。

山下: ほー。でも、あれがいい味なんですよね。

大滝: まぁ、結果的には、

山下: あれがフロート感というか。

大滝: そういうような感じになりましたね。

山下: あれは、エンジニアは誰なんですか?

大滝: あれは、キングの山崎さんという人。

山下: あー、そうなんですか?

大滝: うーん。

山下: あれは、でも、いい音していますね。

大滝: あんときの、アコースティックはね。

山下: 僕は、あれのシングル・ヴァージョンの方が、なんか、好きなんですよ。

大滝: シングルはよく、あのー、よくできてると思う。アルバムはデモ段階なんだから。

山下: でも、あのー、ギターのなんていうのかな、フレーズっていうのが、もう、イントロのリフとして完成してるじゃないですか。

大滝: 完成してたねー。俺、ほんとに、鈴木茂の天才性って、で、初めて、連れてきて、細野さんが連れてきたんだよね、ほんとにね。で、最初に弾いたフレーズなんだってよ。

山下: へぇー。

大滝: すごいね。「ぱっ」とデモ・テープ聴いてだよ。一回目にはあのフレーズ弾いたんだって。

山下: へー。いたんですよね、あのころ、そういう人が(笑)。

大滝: だからさ、それ、ほんとに、歴史的な必然っていう、出会いっていうのは、「そういうことなんだな」と思うしね。

山下: うーん。

大滝: あのイントロ入ってなきゃね、どうでもない曲だよ。

山下: (笑)。

大滝: はっきりいって。あのイントロが持つところの、あの歌をよくしてるって、ほんとにすごいと思うな。

山下: うーん、なるほどね。

大滝: うん。

 曲:

はっぴいえんど/12月の雨の日(イントロ部のみ)

大滝: つくづく思う。聴けば聴くほど、いいイントロだ。

山下: (笑)。

大滝: いや、ほんとに(笑)。あるんだよ、そういうのが。

山下: うーん。

大滝: だから、その、ベートーベン、例えばね、まぁ、、わかりやすい「ジャジャジャジャーン(運命)」とかいうような、その、あれも出だし、イントロでしょ?

山下: そうね。

大滝: だから、そういうのに匹敵すると、個人的なレベルでは考えてる。

山下: でも、ベートーベンは、あそこに持ってくまでに、すっごい推考重ねて、

大滝: イントロ。

山下: やってますからね。

大滝: あー。

山下: だから、そうやって、「ぱっ」と座って、「さっ」と弾いて、それが出てくるというのは、やっぱり、そりゃすごいです。

大滝: うん。それ、あのー、「ビー・マイ・ベイビー」のイントロもずいぶん時間かかって、

山下: そりゃ、そうでしょ。

大滝: 3時間ベードラかけたって。吉田忠さんは、「有楽町で逢いましょう」もずいぶん時間かけたっていってたね、イントロ。

山下: へぇー。

大滝: うん。やっぱりね、みんな、イントロはみんな考えてるのよ。

山下: そうでしょうね。

大滝: うーん。それはね、細野、松本、大滝で考えあぐねたわけだよね。

山下: うーん。

大滝: バックがあって、やっぱり、リード・ギター入らないとしまらないことは、もう、みんなわかってたけれども、この3人の英知を持ってしてもだね、

山下: (笑)。

大滝: できなかったんです。そこに、「ぽこらん」と鈴木茂が現れて、「ひょっ」とああいうことをやって。それ、全員が思ってる。

山下: その前には、リード・ギターの候補ってのはいなかったんですか?

大滝: 「いたんじゃないのかな」と思うけどね。でも、ずいぶん、やっぱ、茂に絞られてたんじゃないですか。

山下: ふーん。その、「エイプリル・フールから、はっぴいえんどにいく」っていう意志は、細野さんでしたか?

大滝: 細野さんですね、完璧に。うん。完璧に、細野、あのー、100%。

山下: なんで、忠さん使わないで、大滝さんだったの?

大滝: だから、「ヘアーいった」っていってるじゃん。

山下: あー、そう?

大滝: うん。

山下: ふーん。

大滝: だから、あのおっさん、ヘアーいってなけりゃぁ、俺、はっぴいえんどは小坂忠だったの。

山下: はー。それも運命ですね(笑)。

大滝: 運命だね。でなきゃぁ、だから、あんなこと、俺、やってないんだから。

山下: (笑)。大滝さん、じゃぁ、はっぴいえんどやんなかったら、何になってたと思います?

大滝: 何だろうかな?何になる?

山下: (笑)。高田文夫さんみたいになってたかもね(笑)。

大滝: (笑)。考えられないんだよね。はっぴいえんどの価値って。

山下: 本質的に芸能界向きではないですもんね。

大滝: 向いてませんね。

山下: ねぇ。

大滝: はっきりいって、向いてません。かといって、日常生活っていうか、社会生活は不適合ですよ。

山下: そうですね(笑)。

大滝: で、あんまり興味がないんだ、いろんな雑事に。

山下: うん。

大滝: うーん。

山下: わかりますよ。

大滝: 思うでしょ?

山下: えぇ。

大滝: 音楽は好きですよ、芸能ごと全般は。

山下: そうでうね。

大滝: うーん。

山下: 芸事は好きなんだけど、

大滝: 芸事は好きですね。

山下: うん。だから、いわゆる、芸能というシステムがだめね。

大滝: うん。まぁ、表立ってやるっていうのは、やっぱり、不向きだと思ってますから、

山下: (笑)。

大滝: ひとつ、ご勘弁のほどをよろしくお願いいたします。

山下: (笑)。ほんとにだけど、そうやって、こう、25年たって、大滝さんの人生を、こう、聞くと、数奇な運命っていうか、

大滝: 僕はね、

山下: 不思議なあれですよね。

大滝: なんかね。

山下: えぇ。

大滝: 綱渡り的な。なんか、なかったかのような感じですよね。君らの世代っていうのは、なんか、わりあい、なんか、ちゃんとあるべくしてあるように思うんだけどね。我々の横みてても、なんかみんな、結構、みんな数奇な運命をたどってるんだよ。

山下: うーん。だから、やっぱ、あのー、はっぴいえんどっていうのは、茂だけはいわゆる「ミュージシャン」っていう、その、なんつうのか、佇まいってあるんだけど、他の、細野さんと松本さんと大滝さんは、3人ともなんか、ちょっと変わってるんですよね。

大滝: 変わってるね。

山下: 変わってる。

大滝: 僕は、まぁ、横においても、あの2人は変わってると思ってる(笑)。

山下: うん。すごく変わってる。

大滝: 変わってるよねー。いやー、ほんっとに天才だと思うよ。

山下: (笑)。

大滝: まちがいなく、うん。

山下: だけど、例えば、松本さんは、やっぱり、僕、よくわかったのは、心の底から、あの人は歌謡曲が好きね。

大滝: 好きだね。

山下: うん。

大滝: 才能あるもの、やっぱり。

山下: でも、あの血筋(?)が、そういう世界で花開くというのは、またこれは、すっごくおもしろいじゃないですか。

大滝: うーん。

山下: 他にそんな人いないですよ。

大滝: やっぱり、あれでしょ?西條八十だと思うよ、僕は。彼は。で、西條八十はだから、純粋詩から入って、

山下: はーはー。

大滝: 「芸者ワルツ」まで書く人だから。

山下: そうですね。

大滝: その幅からいってね、あれは戦後の西條八十なんだと思うな。

山下: そうですね。それはもう、いい詩ですね。

大滝: うーん。で、ねぇ、向こうは早稲田で教えてたりもしてたんだから、

山下: (笑)。

大滝: 結構ワイルドなんだよね。

山下: なるほどね。

大滝: 今でやりゃぁ、ずいぶん、あのー、芸能ネタかなんかにされるでしょう?

山下: うーん。

大滝: 早稲田で教えててさ、それで、ああいう「芸者ワルツ」書いちゃうんだからさ。

山下: (笑)。

大滝: まぁ、当時もずいぶんいわれたみたいなんだけどね。

山下: あー、そうですか。

大滝: うーん。

山下: なるほどね。

大滝: そういうような形からいけば、まさに。

山下: ふーん。

大滝: 君がある意味あいで、三波春夫の流れの部分もあるのとおんなじように、あの人は、完璧に西條八十だと思う。

山下: うーん。

大滝: 俺は、もう、自分で、「堀内敬三」だって。

山下: (笑)。

大滝: 「歌う堀内敬三」だと。だから、これはわかりにくいだろうなと思うんだ。

山下: なるほどねー。

大滝: 細野さんは細野さんでね、あれは変わってるよ。

山下: 変わってますね。

大滝: うん。

山下: 細野さんは、ある意味での、この、日本のフォークとロックというもののね、

大滝: うん。

山下: やっぱり、音楽家としての、その、なんていうのかな?「スタンス」っつうのを定義付けてるところが、すごくありますからね。

大滝: あるね。ある。

山下: えぇ。

大滝: うん。

山下: それはもう、ほんとにそうだと思います。

大滝: だから、あの人を研究した方がいいと思うね。

山下: (笑)。

大滝: そういう意味あいでは。俺はだからさ、横にいる人間なんだよね。

山下: うーん。

大滝: あの人は、ちゃんと真ん中にいる人だから。

山下: そうですね。

大滝: そうそう。

 曲:

細野晴臣/チャタヌガ・チュー・チュー

山下: この人はやっぱ、全てのインストゥルメンタル・プレーヤーっていうか、いわゆる、「ティンパン系」といわれたね、

大滝: うん。

山下: 全てのインストゥルメンタル・プレーヤーは、要するに、細野さんを目標としてね。

大滝: そう、みんなやってたし。

山下: みんなやりましたからね。

大滝: やってたし。ある意味合いでは、プレーヤーとしてだよ、

山下: えぇ。

大滝: あの人が自分自身として、プレーヤーだけではないっていうことは、よく、我々はわかってるんだけれども、

山下: うん。

大滝: あのー、総合としてみてだよ、あの人を超える、総合力を持った人はいないんだよ。

山下: いませんよ。あの人は、ベースは日本一っていうかね、戦後の、最もうまいベーシストのひとりでしょ。

大滝: もう、今となっては、世界の中でも、

山下: ですよね。

大滝: ずいぶんだっていうふうに考えるけどね。

山下: ですよね。

大滝: うーん。

山下: まぁ、だけど、そういう、あのー、

大滝: ああいう、だから、偉人の人たちと巡り合えて、

山下: (笑)。

大滝: 僕は非常に、あのー、だから、そういう話しをしてね、

山下: うん。

大滝: んで、よく、だから、そのー、岩手から「ぽっ」っと出てきて、「どうやって知り合ったんですか?」っていうふうに聞く人がいるわけですよ。で、えーっと、東京で知り合った2番目の人なんですよね(笑)、細野さんっていうのはね。

山下: あー、そうなんですか?

大滝: 中田君が最初の人で。

山下: あー、そうなんだ。

大滝: うーん。まっ、その前に布谷さんと知り合ったというのもありますから、順番からいくとね、まぁ、布谷さん1番の、中田君2番の、細野さん3番なんだけど、東京の人っていう意味あいからいくとね、中田君の次が細野さんだったんだけれども、

山下: うん。

大滝: で、そういうと、「ラッキーでしたね!」っていわれるから、

山下: (笑)。

大滝: 「いやー、ほんとにラッキーでした」

山下: すごい、でも、変わってる人と、最初に会ったから、やっぱり、最初に見たのを親だと思ってしまったんですね。

大滝: (笑)。親なんですかね、あの人は。

山下: 僕と、僕と同じなんですよ。えぇ。最初に見た人だから、それがミュージシャンだとかね、そういう一般化するじゃないですか。

大滝: うーん。

山下: だから、大滝さんというのは、日本のフォークとロックでやってる人だから、それが最初に、だから、その前に、本多信介っていうのが1人いたんだけど(笑)、

大滝: (笑)。

山下: そうじゃなくて(笑)、

大滝: 布谷さんみたいな人だね、シンスケはね(笑)。君にとって。

山下: そうですね(笑)。

大滝: 「おいといて」ってやつだね。

山下: それで、そんなもんだと思うじゃないですか。

大滝: だから、あのー、すべからく、昨年のことにしろ、何にしろ、私は「ラッキー」で生きておりますから。

山下: (笑)。

大滝: 出会いから含めて。ただ、それ“だけ”のものですから、あまり。

山下: さぁ、あと、来年が2000年の、えー、「新春放談」でしょ。

大滝: そうですね。

山下: 再来年が2001年の「新春放談」だから、

大滝: えぇ。

山下: あと2回やって、3回目になってどうなってる、どういう話しをしているかっていうのがですね、

大滝: 2001年のときには、もう、ニュー・アルバムを「じゃんじゃん」かけりゃぁいいんでしょ。

山下: そうです。

大滝: なに嬉しそうな顔してんだよ(笑)!

山下: 2002年の、だから、「新春放談」ですね。

大滝: 来年は、でも、誰かの、

山下: 来年は2000年でしょ?

大滝: うん、2000年です。

山下: だから、2001年の「新春放談」じゃなくて、2002年の、

大滝: 2001年にはできあがってるんですよ。正月には。

山下: 2001年にはできあがってるんですか?

大滝: そうそう。だって、2001年の3月発売だもん。

山下: あっ、そういうことになってるんですね?

大滝: なってる。

山下: はい。

大滝: でね、少なくともね、4曲はあがってる。

山下: あっ、そう(笑)。

大滝: 青図。でね、4曲は年内に出しておくから。

山下: 今年の?

大滝: いや、だから、2000、

山下: あぁ、2000年?なるほど。

大滝: 2000年の後半に4曲は出てることにね、

山下: 期待できますね。

大滝: なってるんだよ。

山下: うーん。

大滝: これがね、ほんとにね、

山下: 「期待は失望の母」ですね。

大滝: 申し訳ないけどね、申し訳ないけど、だから、それがもう、最後のつもりで。

山下: それはあれですよ。

大滝: ご奉公で、ひとつ。

山下: お手伝いさせていただきますよ。

大滝: いや、だから、楽しみだね。

山下: えぇ。

大滝: 今、これから、もう、2001年の録ってもいいぐらいだよ。

山下: (笑)。

大滝: 絶対そうなるから。ひとつ、まぁ。

山下: とりあえず、そのー、2000年は、「再来年のことをいうと鬼が笑う」じゃなくて、「逆立ち」しますんでね、

大滝: えぇ。

山下: えー、今年はとりあえず、どういうご予定なんですか?

大滝: なんにもないですね。

山下: (笑)。しょうがねー。

大滝: なんにもない(笑)。

山下: いや、だから、その、市川実和子さんのアルバムどうするの?

大滝: あぁ、それは出るんじゃないですか?

山下: なんだそれ(笑)!

大滝: できあがれば。

山下: 人任せ?

大滝: まぁ、だから、自分の分だけ、っていうか、だから、ほら、あのー、自分は自分の担当だから。

山下: だって、そのー、コンセプトがあったわけじゃないですか。要するに、

大滝: コンセプトありました。

山下: 99年の「ナイアガラ・カレンダー」っていうの?

大滝: そうです、そうです。

山下: 10年ぶりの。

大滝: えぇ。

山下: ねぇ。で、曲は、全曲大滝さんというわけじゃないんでしょ?

大滝: ないですね。僕は2〜3曲。

山下: で、編曲は、あのー、やっぱり、

大滝: 井上鑑が。

山下: 分業して?

大滝: だいたい分業して。あとは、各々の人たちの。僕はお手伝いですから。

山下: でも、いちおう、「製作総指揮」ってやつでしょ?

大滝: そうじゃないですけどね。

山下: スピルバーグよろしき。

大滝: あのー、パート指揮(笑)。

山下: なんなの(笑)。あとは人任せ?

大滝: まぁ、だから、他のものはね。っていうようなことですから、まぁ、ほぼ、何にもしないに等しいでしょ。

山下: じゃぁ、今年はだから、とりあえず、その、パーとり(?)、製作、指揮。

大滝: そうですね。

山下: えぇ。

大滝: そうです、そうです。

山下: だけど、

大滝: 1個あるっていうだけで。あとはない。

山下: だけど、路線としてはあれでしょ、こういうロックン・ロール・パターンじゃなくて、あのー、例えば、その、いわゆるナイアガラものとか、

大滝: まぁ、いろいろありますけど。

山下: エコーの世界とか。

大滝: 細野さんも1曲書いてくれたしね。

山下: あぁ、そう?

大滝: そう!

山下: へー、これは期待できますね。

大滝: いや、これはおもしろいよ。

山下: へー。

大滝: 僕はね、そっちの方がおもしろい。

山下: (笑)。

大滝: うん(笑)。自分のはどうでもいいが。

山下: あー、そうなんですか?

大滝: うーん。これはね、おもしろいもんになりそうですね。

山下: 他に、あのー、めぼしい作家は?もし、差し支えなければ。

大滝: えーっとですね、いや、差し支えは全然ないですよ。えーっと、杉君が1曲。

山下: えぇ。

大滝: 杉君が16歳だか、18歳だったかな?

山下: えぇ。

大滝: えーっと、平松愛理さんが20歳だったか、

山下: へぇー。

大滝: それから、そのー、多幸福さんも曲は当然書いてるしね。

山下: はいはい。

大滝: えー、京平さん。

山下: えーっ!

大滝: 京平さんがね、34だか36の最後の締め。

山下: へぇー。

大滝: やっぱりね、その、30いくつっていうと、京平さん以外ないよ。

山下: なるほど。

大滝: で、お願いしたんですよね。

山下: へぇー。

大滝: だから、それはね、変わった歌。

山下: そうそうたる作家陣ですね、でも。

大滝: 作家的にはね。で、たいてい、よく、ほら、「並べた」ってのがあるけどさ、

山下: ふん。

大滝: 違うんだよ。先に、珍しくね、全部、詞先なんだから。

山下: へー。

大滝: 全曲、詞があって。で、最初にテーマがあって。で、そっから作家を選んでって。

山下: 「女の一生」ですね。

大滝: そうそう。だから、あのー、杉村春子の(笑)。

山下: (笑)。

大滝: そのわりにはね、歌がなかなか至らないんだけど、

山下: (笑)。

大滝: まぁ、それはいいじゃないの。企画倒れは俺の得意だよ。こんなもんは。

山下: (笑)。

大滝: ねっ。毎回、企画倒れのものをつくっていますが。

山下: (笑)。

大滝: 来年はそれ1個です。あとは何もないです。で、いっときます。再来年も何もないですから。

山下: (笑)。

大滝: 再来年は、その、後半に新曲の4曲が、多分アルバムのうちの4曲が出るっていうものですから。いっときますから。

山下: まぁ、相当あれですね、それは。あのー(笑)、

大滝: 滅多にこういうこといってないですからね。

山下: だいたい、「これはあれだろうな」と。「リップ・サービスだろうな」、「これは、まぁ、半分本音だ」とか、「非確定(?)だな」って。

大滝: そろそろだって、君もあれでしょう。見分けつくでしょう、もう。

山下: いや、僕は見分けつきますよ。

大滝: うん。つくんだよね、どういうわけだかね。

山下: それは、いえませんけどね。

大滝: うん、いわないで。

山下: (笑)。

大滝: (笑)。

山下: いっちゃうと、もう、身も蓋もないというね。

大滝: まったく、まったく。

山下: えぇ、そうですね。

大滝: 含みを持ちながら、この新春放談もまた、

山下: 意地悪く(笑)。

大滝: 来年へと続いていくわけですな、これが。

山下: そうですね。

大滝: はい。

山下: ひとつ、今年も、

大滝: よろしくお願いいたします。

山下: よろしくお願いしたいと思います。

山下: お送りいたしてまいりました、「山下達郎サンデー・ソング・ブック」。お正月恒例、「新春放談」。大滝詠一さんをゲストにお招きいたしまして、今年の「新春放談」は3週間、みっちりとお聴きをいただきました。いかがでございましたでしょうか?えー、来年あたりはですね、先週あたりの番組でも出ておりましたけど、もうちょっと、洋楽的な話題も、多くしようというですね。あんまり、なんか、ボケと突っ込みの、まるっきり、あのー、北野武さんと高田文夫さんとの、ああいう雰囲気にだんだんなってまいりましたがですね、もうちょっと、音楽的な、そのー、オールディーズ関係の話題もですね、「来年はもうちょっといこうか」なんていう具合に、収録が終わってからですね、2人でしゃべりましたけどですね。えー、また、来年の2000年でございましてですね、2000年にはどんな話題が飛び出しますか、また、来年の「新春放談」をお楽しみにお待ちいただきまして、とりあえず今年はこれでお開きということでございます。えー、そんなわけで、来週は、去年一旦、小休止いたしました「ヒストリー・オブ・ジャパニーズ・ロック」、継続して、来週第6回目。引き続きお送りいたしたいと思います。えー、去年の一番おしまいが、はっぴいえんどのとこまで来ましたけれども、はっぴいえんどの細野晴臣さん、それから、大滝詠一さん、鈴木茂さん、松本隆さん、いろいろなところで分派をいたしまして、その、はっぴいえんどの流れから生れた、ふたつの大きな流れ、「ティン・パン・アレイ」と、それから「ナイアガラ」。このふたつの流れを、来週はお届けすることにいたします。70年代中期の、「ティン・パン・アレイ」と「ナイアガラ」。「ヒストリー・オブ・ジャパニーズ・ロックVol.6」。来週ご期待ください。

(誕生日メッセージは省略します)

山下: 「山下達郎サンデー・ソング・ブック」、来週は「ヒストリー・オブ・ジャパニーズ・ロックVol.6」、お楽しみに。来週もセイム・タイム・セイム・チャンネルで。みなさん、ごきげんよう、さよなら。

 2000年も1ヵ月が経過しましたが、やっと昨年までの「新春放談」が終わりました。昨年は、98年が終わった時点で、「リアル・リゾート」の掘り起こしに取り掛かったのですが、これが、99年がのびのびになった大きな原因になってしまったようです。また、実際のところ、この時代の「新春放談」ともなると、「ほとんどのナイアガラ・フリークの面々は実際に聴いているだろう」(それほどの需要はないだろう)と思っているのも、作業がすすまない原因のひとつでもあります。
 乗りかかった船(ナイアガラ観光船にも乗っちゃいましたし)なので、最後までやり遂げる覚悟はありますが、次回、90年の「新春大放談」(大滝さん、達郎さん、佐野元春)を起こしたのち、「新春放談」は小休止します。とはいうものの、99年分も98年から1年以上あいていますので、もうすでに小休止していたのですが…(笑)。
 果たして、来年、2001年、大滝さんの宣言どおり(新譜とはいってませんが)、4曲できあがるのでしょうか?「期待は失望の母」という格言も、「企画倒れ」させたら右に出る人がいないことも重々承知していますが、期待せずにはいられません。達郎さんの応対を聴くと、「とても4曲は無理」という感じですが、じっと待ちましょう。半分でも、1曲でもいいじゃないですか。「EACH TIME」からはや16年。残り1年なんて、待つうちにも入りませんよね。最悪、1曲もできないとしても、「待つ」ことがこんなに楽しいのを教えてくれた大滝さんに感謝できるよう、今のうちから修行を積んでおきましょう。


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