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日の曜日。
ルヴァは、朝食のお味噌汁の香りを楽しみながら、昨日の定期審査のことを思い出していた。昨日は女王陛下が、守護聖の意見をお聞きになったのだが、二人の女王候補を支持する守護聖がそれぞれ四人づつで、優劣がつかなかったのだ。 「あのようにみなさんの信頼を得ているなんて、ロザリアもアンジェリークも、私の知らないところで努力していたんですねえ。」 そう、ルヴァだけが意見を保留したのだ。自分は少し慎重すぎるだろうか、とルヴァは考えてみる。まだまだ女王試験は続く。それを思えば、そんなに急いでどちら、と決めることもあるまい。春になれば自然と花が咲くように、どちらが女王にふさわしいかは、いずれ明白に決するはずなのだから。………自分と女王候補の親密度が低いのかもしれない、などと、ルヴァはまったく、全然、少しも、思い付かない。 さて、今日は天気もいいし、何の予定もないので、釣りに行くつもりである。釣竿を持って出発したが、思索にふけっているうちに、ルヴァの足は公園へと向かっていた。考え込みながら歩きまわっているので、アンジェリークとロザリアがやって来たのにも気付かないでいる。 「こんにちは、ルヴァ様!」 「ごきげんよう、ルヴァ様。お部屋にいらっしゃると思っておりましたのに。」 「問題は竿ではなくて…ああ、お二人とも、ごきげんよう。おや?うーん…」 その時ルヴァは、並んで立っている二人の女王候補を見て、天啓を得る思いがした。 「…どうなさったんですか?」 「なんでもないんですよー。お二人を見ていたら急に閃きましてねー。マクスウェルの方程式ってご存知ですかー?双子のリコーダー理論にこれを応用すれば、デュエット・マクスウェル説が証明できるかもしれません。すごいことですよ、これはー。」 すでにルヴァの頭からは、釣りのことも目の前の女王候補たちのことも、すっかり追い払われている。 「あの、ルヴァ様……?」 「はい、ごきげんよう。歩きながらですみませんが、考え事をしているもので…。私のことはお気になさらずに。」 アンジェリークとロザリアは、あきらめてその場を立ち去るしかなかった。ルヴァは、たった今思い付いた新しい考えに夢中になり、そのまま噴水の前を行ったり来たりしているうちに、一日が終わった。 月の曜日 ルヴァが、昨日の思考の成果をシュラトンの原理に応用した論文が書けないか、と朝早くから執務室にいると、アンジェリークが訪ねてきた。 「こんにちは、ルヴァ様!」 「えー、地の力は人々に知恵をもたらすものです。あ、こんなことは知っていますよね。 私に何か用があるんですか?」 「お話に来ました!」 「えー、何の話をしましょうか?」 この後、二人は物の考え方について話し合うのだが、内容は省略する。 「まあ、今日話したことで、私もあなたのことをより知ることができてよかったですよ。」 「はい、ルヴァ様。またお話して下さいね!」 アンジェリークがそう言った時、ドアをノックしてロザリアが入って来た。 「あ、ロザリアも来たのね。私、今帰るとこなの。それじゃ、ルヴァ様、さようなら。」 部屋を出ていくアンジェリークにあいさつを返すロザリアに、ルヴァは話しかける。 「えー、地の力がもたらす知恵について、考えてみたことがありますか?ぜひ、考えてみてくださいね。」 どちらに対してのあいさつも、あいさつにしては説教調であることは否定できない。この後、ロザリアと共に他の守護聖について話し合っている間に、ルヴァの執務時間は過ぎていった。 火の曜日 今日もまた、ルヴァが執務室に詰めていると、ジュリアスがやって来た。聖地に戻る守護聖の日程とローテーションを確認していると、ノックの音とともにロザリアが部屋に入って来た。 「…というわけなのだ。ああ、ロザリアか。…では、私は失礼するぞ。それではな、ロザリア。」 あっさりと帰っていくジュリアス。だがこの時、もともと高くなかったジュリアスとの親密度が、さらに数ポイント下がったことに、ルヴァは生涯気付くことはない。 ロザリアと、女王試験に臨む心構えについて話し合った後、ずっと執務室にいたルヴァは、さすがに気分転換がしたくなって聖殿を出た。あちこちふらふらしながら、占いの館へ来ると、そこでばったりとアンジェリークに出会った。 「あー、偶然ですね、アンジェリーク。えーと、私になんか用があるんですか?」 「こんにちは、ルヴァ様。」 「あー、こんにちは。うーん、やはりあいさつは人の心をなごませますね。」 「あの、ルヴァ様。」 「あれ、アンジェリーク。ええと、今日はよく会いますねー。えーと、私になんか用があるんですか?」 たった今会ったばかりなのに、「今日はよく会いますねー」とは、あんまりな言い方のような気がするが、女王候補は、そんなこと、気にも留めない。 「お願いがあります。」 「ここでは対人関係を良くすることができますが…?」 「仲良くしたいんです。」 「ええと、では誰と仲良くしたいんですか?」 「ルヴァ様とです。」 「ええと、私と仲良くなりたいんですねー?」 「ええ!」 「あなたのお願いは忘れずに、しっかりと覚えておきますよ。」 自分に関わる重要なお願いをされているというのに、まるで他人事のような冷静な態度。やはり守護聖たるもの、これくらいの神経でなくては勤まらないのだろう。こうして火の曜日も暮れていった。 水の曜日 週の半ばというのは、真面目に仕事をしていれば疲れてくる頃である。この日、ルヴァは朝から公園のベンチで、ぼんやりしているような考え事をしているような、贅沢な時間を過ごしていた。すると、向こうから、アンジェリークとロザリアが、ものすごい勢いで並んで走って来るのが見える。 「おや、かけっこですね。二人は仲がいいんですねえ。うんうん。」 二人の女王候補は、同時にルヴァの前に立つと、ゼエゼエと肩で息をしながら叫んだ。 「あ、あの、ルヴァさまっ…! こ、今度の日の曜日…!」 「うーん、やはり、徒競走という表現よりも、かけっこという言葉の方が好ましいですね。徒競走というといかにも競い合う、という感じがしますから。そもそも徒という字の意味はですねえ…」 博識な地の守護聖も、二人が何のために自分に向かって走って来たのか、については全く考えが及ばないと見える。いつものルヴァの長広舌に、女王候補が話をするタイミングを失っていると、三人の姿を見つけたマルセルとランディが駆け寄って来た。 「ルヴァさまーっ。あっ、アンジェリーク、君も来てたんだ!! ぼく、公園好きなんだ。」 「やあ、ロザリア! ここって、いい所だよね。」 フリスビーと紙飛行機のどちらが遠くに飛ぶかでもめていた、という二人のペースに巻き込まれ、アンジェリークもロザリアも、もはやルヴァに用件を告げることができなかった。こうして、女王候補がお互いに相手よりも早く申し込もうとダッシュした用件が何だったのか、ルヴァは聞くことがないまま、公園を後にしたのだった。 木の曜日 ルヴァが朝から執務室で調べ物をしていると、リュミエールが新しいお茶の葉を持ってきてくれた。最近のクラヴィスは元気そうですねえ、などと世間話をしていると、足音をはずませてアンジェリークが飛び込んできた。 「…とのことだそうですよ。おや、アンジェリーク。…私は失礼させていただきます。それでは、アンジェリーク。」 こうしてリュミエールとの親密度も下がってしまうルヴァ。なんというシステムだ。 「あー、そのですねー…なんか、私が話をすると、どうも説教になるなー。うーん、困ったなー。私に何か用事があるんですか?」 「力を貸して下さい!」 「私の力が必要なんですね。で、何に使うんですか?」 「育成をお願いします。」 「どのくらい力を送ればいいんでしょうか?」 「たくさん育成をお願いします。」 「たくさん育成するんですね…わかりました。忘れずに地の力を送りますよ。」 用事が済んだアンジェリークは、部屋を出るとそのまま戻って来て、また育成を頼んで、ルヴァを驚かせた。 「今日は、もうあなたから育成の計画を聞いてますけど。前の依頼を取り消しですか?」 「はい!」 「えー、では前の依頼のことは忘れますから。うーん、そうするのならもう一度あなたのお願いを聞かなくちゃいけませんね。」 「少し育成をお願いします。」 「少し育成するのですね、わかりました。忘れずに地の力を送りますよ。」 今度こそ、アンジェリークは笑顔で帰っていった。 「うーん、今のはどういうことなんでしょうかー。間違えたのでしょうか。よく確認してあげればよかったですねえ。彼女には悪いことをしました。」 ひとしきり反省してから、ルヴァは家路についた。女王候補の目的は大陸の育成しかない、と思っているルヴァには、とても想像のつかないことだが、賢明な女王候補ならすぐわかる通り、アンジェリークの行動は、もちろん計画的なものである。 金の曜日 この日、ルヴァは何となく落着かなかった。どうも、どこかでだれかが呼んでいる〜、というような気がしてしかたがない。仕事も手につかないので、あきらめて執務室を出てふらふらと歩いていると、いつのまにか森の湖に辿り着いていた。すると、滝の方から人の声がする。見れば、女王候補たちが何やらわあわあと騒いでいるではないか。 「楽しそうですねえー。仲が良くて何よりです。お邪魔しちゃ悪いですね。」 そうしてルヴァはにこにこと、今来た道を引き返した。もう少し近づいていれば、 「早くあっちに行きなさいよ!」 「えー、わたしだってお祈りしたいのにー!」 という二人の会話がはっきり聞こえただろうに、何とも残念だ。 土の曜日 今日もルヴァは、湖へ続く森の小道をうろうろしている。昨日に続いて何とも所在ないのである。いや、するべきことはたくさんあるはずなのだが、手につかない。自分のことながら困ったものだ、とルヴァが思っていると、突然ゼフェルが木の上から飛び降りてきた。 「よお、ルヴァ、何やってんだよ。土の曜日にこんなとこいてもいいのかよ。」 そういうあなたはどうなんですかー、などと突っ込む余裕は、ルヴァにはない。 「あー、ゼフェル、それがですねえ、女王候補の部屋に行かなくちゃいけないような気がするんですが、どちらの部屋に行ったらいいのか、わからないんですよー。それに今日は土の曜日ですから、そもそもお誘いに行ったら迷惑なような気もしますしー。」 「そんならロザリアんとこへでも行っとけよ。っと、待てよ、アンジェリークが仲良くなっといた方がいいかな、この間の定期審査では…確か………ブツブツ」 ゼフェルは、いつになく真剣に考え込みながら、ルヴァの後をてくてくと連いてくる。 「私のために、そんなに一生懸命になってくれるなんて、いやあ、うれしいですよ、ゼフェル。」 ゼフェルが一生懸命なのは、ルヴァのためではない、と思われる。ゼフェルでさえわかっている女王試験の原理原則を、ルヴァはいまひとつ把握していないらしい。こうして、いつまでも森の中をうろうろし続けるルヴァであった。 その頃、女王候補生寮では、二人の女王候補が、女王試験でのイニシアチブをとるために、今や必要不可欠の存在となったルヴァとの親密度を上げようと、必死で念を送っていた。次の定期審査では何としてもハートをゲットしなくては、というこの熱い想いが、女王のサクリアを強化していくに違いない。明日からもまた、ルヴァの多忙な日々は続く。執拗につきまとう女王候補たちから解放される日は、果たして訪れるのであろうか…。 これでおしまい☆
構想2日、執筆2日のお手軽小品。台詞を集めるためにゲームをして、ルヴァ様に日の曜日公園で会うのが一番苦労しました。 |