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マルセルは、森の中で呆然としていた。 今見たのは何だったんだろう。 わけがわからない。わからないものは恐い。 思わずその場でしゃがみこんでいると、明るく声をかけてくる者がいた。 「やあ。マルセル」 ランディは、振り返ったマルセルの顔が白いのを見て、急いで駆け寄った。 「どうしたんだい? 具合でも悪いのか?」 「ランディ……ぼく見たんだ……」 仲良しに出会った安心感で、マルセルの目が潤んでくる。 「ジュリアス様が……ジュリアス様が、卵を産んだんだ〜っ!」 「ええっ!? なんだって!?」 目を丸くするランディに、 「ジュリアス様の服の裾から、卵が出てきたんだ。ぼく見たんだよ。どうしよう〜っ」 マルセルは涙ながらに、自分が見たことを語った。 「お前、自分が言ってることが何だかわかってるのか?」 「もちろんです、オスカー様!」 ランディの真剣な表情に、一応話を聞いてはみたものの、オスカーには信じられなかった。 「だってマルセルがちゃんと見たって言ってるんですから! すごく泣いちゃって、大変だったんですよ」 とりあえずオスカーに知らせに来た、というランディを、「よい判断だ」と誉めてからマルセルのもとへと帰した。 泣きたいのは俺の方だ、とオスカーは思った。 なんでそんなことになるんだ。ジュリアス様が卵を産んだだと? 「ふーん。それが本当なら、さすが首座の守護聖。誰にも真似できないねえ」 突然、背後からオリヴィエの声がした。 「なんだ。びっくりするじゃないか。いつからそこにいた」 「だって、あのボーヤが、オスカー様〜、オスカー様〜って呼びながら走り回ってんだもん。こりゃなんかあったと思って、あとつけてきたんだよね」 厄介な奴に聞かれちまった、と思ったオスカーだったが、ここは腹をくくって相談してみることにする。 「何か誤解があると思うんだが、どうしたらいいんだろうな」 「本人に聞いてみれば〜? 卵をお産みになりましたか〜ってさ」 「馬鹿。そんなこと聞けるわけないだろうが」 オスカーは渋い顔をする。 「マルセルが見たっていうのが、一体どういうことなのかわかればな……」 ジュリアスにあまりにも間抜けな質問をしたら、怒られるかもしれない、と弱気になるオスカーに対して、オリヴィエはあっけらかんと言った。 「おおかた、野○そでもしてたんじゃないの〜?」 どすっ! スイートネオロマンスを台無しにする台詞に、オスカーの肘がオリヴィエの腹に決まった。 「んもう〜、オスカーの奴、冗談が通じないんだからっ!」 ぷんぷんと髪の毛を振り立てるオリヴィエに向かって、リュミエールが苦笑する。 「それはオリヴィエが失礼というものですよ」 「ふーんだ。悔しいからこうやってあんたに告げ口に来たんだもんね。ねえねえ。まじでどー思う?」 「さあ……ジュリアス様には今日お会いしていませんし……卵を産んだと言われましても……」 「子供を産んだ、じゃなくて、卵ってのがねえ」 「……子供でも困ると思うのですが……」 「冗談だって! なんで卵なのかなあ?」 「……結石でしょうか」 「結石って落として歩くようなもんなわけ?」 「どうでしょう……」 卵の大きさを聞いていない彼らが考えれば考えるだけ、真実から遠ざかっていく。 もっとも、大きな卵だったと聞いても謎は深まるばかりだっただろう。 「あー、それはきっと、卵がかえったんですよー」 あっさりと断定するルヴァを前にして、リュミエールは何だか気が抜けた。 にこにこと丁寧に、ルヴァは、ジュリアスの庭に落ちていたという大きな卵の話をしてくれた。 「そうだったのですか。ジュリアス様も意外にかいがいしいところがおありなのですね」 言ってしまってから、失礼な言い方だったか、とリュミエールは後悔したが、ルヴァは気に留めていなかった。 「ええ、なかなかどうして進んでできることではありませんよ」 リュミエールは、卵を服の下に抱えたジュリアスの姿を想像して、なんとも言い難い気分になった。 誇りを司る日頃の彼に似合うとは思えない。その姿を見たマルセルは泣いてしまったらしいし。 それを見ても動じなかったルヴァはさすがだ、と思うリュミエールだった。 そんなルヴァが面食らったのは、ゼフェルが卵のおもちゃの話をした時だった。 「ええ〜、あれはおもちゃだったんですか〜?」 「へへっ、あんたも見たのか。よく出来てただろ?」 得意げに言うゼフェルに、ルヴァは慌てて尋ねる。 「その卵、今はどうしたんですか?」 ジュリアスがあれをおもちゃだと知ったらどう思うか、と考えると気が気ではない。 「クラヴィスが欲しいっていうからやったぜ」 「は? クラヴィスですか〜?」 ゼフェルも、よくわかんねえんだけどよ、と言いながら、さっき出会ったクラヴィスの話をした。 森の中で巨大うずら卵もどきを跳ね回らせて喜んでいたゼフェルだったが、ただ動き回るだけのおもちゃではじきに飽きてしまう。 もっとパワーアップしようか、それとももうバラしてしまおうか、と思ったゼフェルの前に現れたのは、さきほど別れたはずのクラヴィスだった。 「……要らぬのなら、私にくれぬか」 自分の気持ちを見抜かれていたことにビビりつつ、ゼフェルは精一杯胸をそらして言った。 「なんだよ。気に入ったってんなら、やらないこともねーけどよ」 「気に入った」 いつものクラヴィスからは期待できない明快な答えに、自作品が気に入られたことが嬉しかったせいもあって、ゼフェルはその場で卵もどきをあげてしまったのだ。 上から見下ろされて気圧されたわけじゃない、と本人は思っている。 そして今、巨大うずら卵もどきを手にしたクラヴィスは、ジュリアスの前に立っていた。 「…………」 「…………」 しばしの間無言でにらみ合って、いや、見詰め合っていたが、沈黙を破ったのはジュリアスだった。 「何だ、これは」 「これは、おもちゃだ」 「何?」 「ゼフェルが作ったと言っていた。もらってきた」 「どういうつもりだ」 「お前にやろうと思ってな……お前のかえしていた卵によく似ている」 ジュリアスには、事の顛末がわかってきていた。 あれは卵ではなかったのか? この私としたことが、なんという失態! だがここに卵もどきを持って来たクラヴィスの考えはまったく読めなかったので、眉間にしわを寄せたまま黙っている。 「お前の卵がどうなったかは知らぬが、これを他の者が持っているよりも、お前が持っていた方がよいと思ってな」 「……そうか。ありがたくもらっておこう」 このことは他には誰も知らぬ、なんて恩着せがましいことをクラヴィスは言わない。 そなたのおかげでうまく誤魔化せそうだ、なんてこともジュリアスは言わない。 ジュリアスの邸宅の豪華な調度品の中に、灰色地に黒い斑点のあるダチョウの卵くらいの大きさの物体が加わったのはこの時からである。 マルセルは、鳥の卵を暖めていた、というジュリアスにちょっぴり親近感を持った。 オスカーは、卵を暖めたり、変な球体をコレクションに加えたりしたジュリアスの趣味に、卵型がお好きだったのか、と見当違いな分析をした。 ゼフェルは、ジュリアスと卵をめぐる噂話になんか興味がない。 ルヴァは全部わかったけれど、やっぱり黙っている。 すべて世はこともなし。
ジュリアスとクラヴィスの関係って、仲が悪いようでいて固い絆で結ばれているという、あの微妙な部分が好きです。 それがうまく出せたかどうかは置いておいて、無事にオールキャラにできてよかった! |