街の広場に毎月市が立つ。
不要品や手作りの品を並べた店が並ぶのだ。
そんなある市の日。
シルフィスは一人、ぶらぶらと店を見回っていた。
珍しく非番と市の日が重なり、純粋に買い物を楽しむのは久しぶりのことだった。
季節は秋になり、これから段々と寒さが増す。
目的の暖かそうな手編みのストールを手に入れ、あとはただ店をひやかして回るシルフィスだった。
もう帰ろうかと思ったとき、シルフィスは一つの品物に目をとめた。
鮮やかな瑠璃色の陶器の一輪挿しだった。
「あの人の瞳の色に似ているな」
シルフィスが憧れ焦がれる、静かな深い青の瞳。
想いは告げていない。
でも、女性に分化したのは彼への想いのため。
じっと一輪挿しを見つめるシルフィスに店主が気付き、声をかける。
「それが気に入ったかね、嬢ちゃん」
「あ、はい、きれいな色ですね」
シルフィスは考えていたことを見透かされたように思って顔を赤らめ、答えた。
「うちにあった一輪挿しなんだけどね、よかったらあげるよ」
「え? そんな……」
あげると言われて断ろうと手を振りかけたシルフィスに、店主は微笑む。
「いいんだよ。もう使う者もいないし。大事に使ってくれるならあげるよ」
「でも……」
「娘のものだったんだ。同じ年頃の娘さんに使ってもらえるなら嬉しいんだ」
「娘さんの?」
おうむ返しに言ってしまってから、シルフィスはしまったと思う。
過去形、ということは、店主の娘さんは……。
シルフィスの気まずそうな表情を見て店主は笑って首を振る。
「気にしないでおくれ。娘が亡くなったのはもう1年以上前のことだ。今は気持ちの整理もついているよ。だからこうして遺品を手放しているんだ。大事に使ってくれそうな人にね」
「そうだったんですか」
シルフィスは一輪挿しを手に取る。
「それなら大事に使わせていただきます。私の好きな人の瞳の色に似ているんです」
「そういえば、あの子もそう言って大事にしていたね。亡くなる少し前に相手も死んじまって娘は想いを告げられなかったけど、あんたの恋は実るといいね」
「ありがとうございます」
シルフィスは店主に深々と頭を下げ、一輪挿しをストールにくるんで帰途についた。
「隊長、ちょっといいですか?」
騎士団の執務室へ向かう廊下で、レオニスはガゼルに呼び止められた。
「どうした?」
ガゼルは顔を曇らせしばらく言い淀み、思い切ったように話始める。
「シルフィスのことなんです」
「ん?」
レオニスは訝しげにガゼルを見る。
シルフィスのことはレオニスも気にかけていた。
数日前から、どうも訓練中にぼんやりすることが多くなっているのだ。
人一倍努力家のシルフィスだったから、訓練に身が入っていない様子をおかしいとレオニスは心配していた。
「あの……庭に亡霊が出るって噂、ご存じですか?」
「夜中、庭の木の下で見たという噂のことか?」
「あれ、シルフィスなんです」
「シルフィスが?」
「といっても、本人は全然意識がないみたいで。今日もその話を本人にしたら『そんなことはない』って怒られるし」
「でも、確かにシルフィスなのだな?」
「はい、はっきりと見ましたから。俺、シルフィスが夜中に部屋を抜け出すところを見かけて、気になって追いかけたんです。で、木の下であいつに話しかけたら『あなたじゃない』と言って、またふらふらと部屋へ帰っていったんです。それをあいつは昼間憶えてなくて」
「夜ごとそれでは、訓練中にぼんやりするのも無理はないな」
「それなんです。なんだか疲れているみたいだし、このまま続くとあいつは……」
そう言ってガゼルは爪を噛む。
同期のシルフィスが何か困った事態に陥っているというのに、何もできない自分が悔しい。
レオニスは少し考え、言う。
「最近、何か変わったことはなかったか?」
「シルフィスにですか? そういえば、この間、何か大事そうに抱えて帰ってきましたけど」
「何だ?」
「さあ。なんか市でもらってきたとか言ってましたが」
「市か……古い物には念がこもるというからな」
「憑かれているっていうんですか?」
「そう考えられるな」
「隊長?」
ガゼルは情けない声をあげる。
そういう類の話は苦手だったのだ。
「とにかく、このままにはしておけないな。私が説得してみよう」
「お、お願いします」
強ばった表情でそう言うと、ガゼルはそそくさとレオニスの前を去る。
「しかし……」
レオニスは考え込む。
どうすれば、シルフィスに取り憑いた亡霊を説得できるというのだろう。
とりあえず、その一輪挿しの出所を突き止めようと、レオニスは出かけた。
白い夜着の裾を、風がふわりと乱す。
焦点の定まらぬ瞳は空を見上げる。
今夜もシルフィスは庭の木の下に来ていた。
昼間の彼女は知らない。
しかし、眠らない身体は、確実にシルフィスの体力を奪っていた。
「ごめんなさい」
シルフィスの紅い唇から言葉がこぼれる。
「ごめんなさい、でも、もう少しだけ」
謝っているのは彼女に憑いた亡霊。
心根は優しい少女だったのだ。
しかし、恋する心は夜ごとシルフィスの身体を借り、さまよう。
あの人は木の下で待っていると言った。
約束の木はここではなかったのだろうか。
でも、彼女は信じていた。
ここで待てば必ず彼に会えると。
かさり
落ち葉を踏む足音に、彼女はどきりと胸を高鳴らせる。
あの人だろうか?
今度こそ、あの人が来てくれたのだろうか?
彼女は足音をゆっくりと振り返る。
「来てくださったんですね」
彼女は微笑む。
「遅くなった」
レオニスは彼女の前に立ち、愛おしそうに目を細めて彼女を見つめた。
彼女はレオニスの胸に飛び込む。
「お待ちしておりました」
翡翠の瞳が潤む。
彼女は幸せに酔ったように顔を紅潮させ、レオニスの青い瞳を見つめた。
レオニスは彼女の肩を抱き寄せる。
そして彼女の耳に囁く。
「シルフィスを、返してくれないだろうか」
翡翠の瞳が見開かれる。
「この方を愛しているんですね」
「ああ」
「ごめんなさい。この方には悪いことをしました。でも、どうしても会いたかったんです。……連れてきてくださったのですね」
レオニスは黙って懐から彼のものではないペンダントを取り出す。
彼女はそれを受け取ると、ロケットになっていたトップの蓋を開ける。
翠の目の女が微笑んでいた。
生前の彼女の姿らしい。
密かに描かれた細密画。
彼の彼女への想い。
「嬉しいです」
彼女はペンダントを大事そうに握りしめる。
「私の想いは伝わっていたのですね」
彼女は微笑んでレオニスの首に手を回す。
「あなたとこの方に感謝します」
レオニスの頬に口づけし、シルフィスの身体は崩れた。
レオニスはシルフィスの身体を支える。
「逝ったか」
力無いシルフィスの手から、ペンダントは消えていた。
しばらくして、シルフィスは意識を戻した。
目を開けたとたん、青い瞳に視線がぶつかり、驚く。
「た、隊長?」
起きあがろうとするシルフィスを、レオニスの手が押し止める。
「疲れているだろう。そのままでいろ」
自分がレオニスの腕の中にいることに戸惑い、シルフィスは顔を赤らめる。
「あ、あの……」
「何も言うな」
今更意識したのか、レオニスも顔を赤らめ、それを悟られまいとするように顔を背ける。
「はい」
シルフィスは微笑み、レオニスの胸に頬を寄せる。
レオニスの腕に少し力が込められたことを感じ、シルフィスは目を見開く。
が、すぐに瞳を閉じる。
想いを伝えたら、この人は迷惑に思うだろうか。
拒絶されるかもしれない。
だから、何も言わずにもう少しこのまま。
風が2人の上に枯れ葉を舞わせる。
シルフィスの部屋で、消えた一輪挿しの謎解きをレオニスが腕の中の彼女に語るのは、もう少し先のこと。
fin
誕生日のお祝いに、沙月さまからいただきました。ありがとうございます。
私たち、とっても趣味が似ているみたいです。
あと髪の毛も似ているらしいです。顔のことは不明です。
という訳で、マリーレイン1号2号の仲です(もちろんにせマリーレインです)
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