花を恋する瞬間〜  美幸様
 
「寄って集って恥ずかしくねえのかよ!」 
「なんだ、テメェは!!」 
「口挟むんじゃねぇよ」 
「お前ら、このガゼル様を知らないとは、さては余所者だな!?」 
「ガゼルだぁ? しらねーよ、んなモン」 
「んじゃ、躯で覚えて帰ってもらおうか」 
「やっちまえ!!!」 

  事の起こりはホンの数刻前、いつもの様に通りをブラついていたガゼルの耳に、嫌がる女の声が聞えた。元来、正義感の強いガゼルの事、すぐさまその場に駆けつけていた。ガゼルより若干、年下なのだろうか、やや幼い顔立ちをした少女が数人の男達に囲まれていたのだ。一瞬ガゼルはドキリとした。長い金色の髪、その風景は以前見たものと同じ物であったから...。 
  然し、囲まれている少女はやはり別人なのだ、怯えて口も利けない風体に、ガゼルはその少女の前に割って入っていた。 
  昔の彼とは違い、殴り掛かる数人の男達を上手くあしらいながら、確実に一人ずつ、足元へと沈めていった。触れる一瞬の内に関節を外され、呻くように地面へとへたり込んでゆく仲間を見、ひとりがナイフで斬りかかろうとした瞬間、すかさず蹴り出された足と、長剣とにその動きを封じられていた。 
「ん?」 
  カゼルが剣の主を振り返った。 
「強くなったね、ガゼル」 
  そこにはにっこりと微笑うシルフィスが立っていた。 
「シルフィス、帰ってたのか!?」 
「うん。今しがたね」 
「そっか。お帰り、久し振りだよな」 
「そうだね。ところで、彼等はどうするつもり?」 
「あぁ、放っとけばいいさ。当分、何も出来ないだろうしさ」 
「そう? 君がそう云うのなら、私は何も言わないけどね」 
「クラインに帰って来たんだろ?」 
「うん...、否、姫に御懐妊のお祝いを延べに、一時下がらせて頂いたんだ」 
「そう...、か。ま、仕方ないよな。でも、暫くはいるんだろ?」 
「うん。2〜3日は戻らないつもりだよ」 
「そっか、じゃ、また後で会いに行くよ」 
「待ってる」 
「さて、と。送っていくぜ」 
  くるりと振り返ったガゼルが少女に笑いかけた。 
「え...?」 
「ひとりで帰るの、怖いだろ? 送ってってやるよ。確かアンタ、教会の向うの方のでっかい家のお嬢さんだよな?」 
「わたしのこと、ご存知なんですか?」 
「ん〜、まぁ、ね」 
「でも...、ご迷惑なんじゃ...」 
「送ってもらった方がいいですよ、彼等が戻って来ないという保証は無いですからね」 
  優しく微笑まれ、少女は真っ赤になって俯いてしまった。 
「はい...。よろしくお願い致します」 
「よっしゃ! じゃ、行くか。後でな、シルフィス」 
「ああ、待ってるよ」 
 
 
「姫、ご機嫌麗しくあられ...」 
「いやですわ、シルフィスったら。わたくし達、お友達ですのよ? そんな堅苦しい挨拶なんていりませんわよ。ね?シルフィス」 
  前と少しも変わらない優しい笑顔にシルフィスはホッとしたように微笑った。 
「はい、姫」 
「お帰りなさい、シルフィス」 
「御懐妊、おめでとうございます、姫」 
「ありがとう。でもね、まだわたくし、実感がありませんの。でも、みんなが煩いのですわ」 
  シルフィスはやわらかく微笑んだ。 
  ひとしきり話しをした頃、 
「シルフィス、まだ決心はつきませんの?」 
「はい、まだ...」 
「?????」 
「ふふッ、アルムレディンから手紙を貰ってますのよ」 
「は?あ、あの...、なんと...」 
「わたくしからも是非に、と」 
「ひ、姫!?」 
「それと、あまりシルフィスを引き止めないで欲しいんですって」 
  悪戯っぽく微笑うディアーナをシルフィスは困ったように見つめていた。 
「好きなのでしょう?」 
「......」 
「どうして、お返事を拒みますの?」 
「私はアンヘルです。その様な貴い血筋に望まれるなど...」 
「シルフィス!!まだそのような事を言っているんですの!? シルフィスはシルフィスですわ!! そんなの関係無いですわ!」 
「ですが...」 
「わたくし、そんなシルフィスは嫌いですわ! どうしてそんな哀しい事を言うんですの? アンヘルだとか王族だとか、みんなおんなじですのに...」 
「ひ、姫...」 
「余り、興奮させないで欲しいんだけどね。ただでさえ、情緒不安定なんだ」 
  オロオロとするシルフィスに声が掛けられた。 
「ディアーナ、少し落ち着いて話した方がいい」 
「キール...ぅ」 
「そんなに興奮すると、お腹の子に障る」 
「はいですわ...。でも...」 
「大丈夫、シルフィスだって判っている。ただ、踏ん切りがつかないだけなんだ、あの頃の俺のように、ね」 
  そっとディアーナの涙を拭ってやりながら、キールが優しげに囁いた。 
「キール...。ホントですの?シルフィス?」 
「はい。お慕いする気持ちは本当です。ただ、...」 
「あのね、シルフィス。わたくし、本当に血筋なんて関係無いと思いますのよ? シルフィスは優しくて聡明で、とても素敵なのですもの。自信を持って下さいですわ」 
「はい。ありがとうございます、姫」 
「嫌いなんて言ってしまってごめんなさい。本当はとっても大好きなんですのよ、シルフィスのこと...」 
「はい。わかっています、姫」 
  少しはにかんだようにシルフィスは微笑んだ。 
「あ、あのさぁ、オレ、良くわかんないんだけど...。シルフィスがどうかしたのか?」 
「カゼル、その言葉遣い...」 
「いーじゃねーか、友達なんだし」 
「それはそうなのかも知れないけれど...、」 
「ガゼルは昔から変わりませんものね」 
「ほら、ディアーナもああ言ってる...、テッ」 
「いい加減、呼び捨てはやめろ!何度も言っているだろう。お前には記憶力が無いのか!?」 
  ディアーナを指差したガゼルの手をキールがビシリと払い落とした。 
「殿下が御婚姻されるまではディアーナは皇位継承権第2位のクライン国の王女であり、その子は第3位継承権を持つ。名実共に彼女は国母となる身なんだぞ。ガゼル、王宮付きの騎士位を拝した以上、儀礼を忘れるな!!」 
「チェッ、なんだかんだと言ったって、ただの焼きもちじゃんか。ディアーナ、俺達、友達だよな?」 
「そうですわよ、ガゼル。わたくしの大切なお友達ですわ」 
  クスクスと微笑いながら、ディアーナは言った。 
「ほ〜ら、見ろ。キール、オレの方があんたよりディアーナとの付き合いが長いんだからな」 
  ベ〜ッと舌を出すガゼルをキールが苦虫を噛み潰したような顔で睨み付けていた。 
「ガゼル、キール様はクライン国の...」 
「シルフィス、俺に尊称は必要無い」 
「いえ。お言葉ですが、キール様はシオン様と並ばれる魔導士であられ、クライン王家の...」 
「嫌いなんだ、そう呼ばれるのは...」 
  キールは不機嫌そうな表情のまま、ボソリと言った。 
「好き嫌いの問題では無いでしょう、キール殿下」 
  ニヤリと笑ってガゼルがその名を呼んだ。 
「......」 
「意地悪ですのね、ガゼルったら」 
  楽しそうに笑うディアーナの声がその場の空気を和ませる。 
「いいんですのよ。お兄様の前では流石に駄目ですけど、ディアーナと呼んで下さいな。ね?キール」 
  ディアーナにジッと見つめられ、キールは慌てて視線を外らした。未だ馴れないその眼差しに僅かに顔に朱が注している。 
「ですが姫...」 
「シルフィスもね、もう姫と呼ばずにディアーナと呼んで下さいな」 
「ひ、姫!??」 
「だって、シルフィスはダリス国の王妃になるんですもの。ね?」 
  にっこりと微笑む未だあどけなさを残すディアーナの笑顔にシルフィスはドキリとした。 
  曾て___、恋をしていた。 
  未分化だった頃、この笑顔に恋をしていた。 
  正確に言えば恋では無かったのかもしれない。憧れや思慕の情にも似た想いでディアーナを見つめていたあの頃。少女の笑顔が守りたくてダリスへ潜入していた。少女が恋慕う青年との婚姻を許された時、シルフィスは心から祝福を贈っていた。そしてその身はクライン国有史以来初の女騎士としての称号を称えられ、ディアーナの達ての願いもあって彼女は隣国のアルムレディン王の身を守るべく、ダリスへと派遣されていたのだった。 
  ガゼルはそんなシルフィスをずっと見ていた。 
  好きだと思った。 
  シルフィスが男でも女でも関係なく、好きだと思っていた。恋なのか恋でないのか、ガゼル自身にも分からなかった。 
  分化後、シルフィスは直ぐにダリスへと派遣されていたし、こうして久方ぶりに見るシルフィスは以前にも増して綺麗になったと思える。 
  けれど...、特別な想いと云うモノが実はガゼルには解らない。 
  シルフィスは大好きだ、ディアーナも大好きだ。 
  そして今はメイ=クレベールと名を変えた少女も大好きだった。 
  けれど、誰にも渡したくない!! 
  そう強く思える程の自信が無かった。 
  ディアーナを見つめているキールの眼差しは同性ながら、胸が痛くなる程に切ない。尊敬しているレオニスですら、メイを見つめる瞳は強く激しいと思う。 
  自分は誰かをあんな目で見る事が出来るのか? 
  ガゼルはずっと考えていた。 
  そして今、こうして久方振りにシルフィスを見て、胸が騒ぐ気はするが、彼等のような激しさを感じる事が出来無かった。 
  誰かに恋をする。それはガゼルには理解出来るようで出来ない感情でもあった。そして、それこそが彼の純粋さから来ている事に彼自身が気づいてはいなかったのだ。 
「どうかしたのか、ガゼル」 
  何やら物思いに耽っているガゼルを気遣うようにシルフィスが声を掛けた。 
「え?」 
  顔を上げると、ディアーナやキールまでが自分を見つめていた。 
「え? あ、いや、その、シルフィスがどうしたのかな?って...」 
  慌ててそう答えた。 
  こんな事を聞くことすら出来ない自分に内心、苦笑いしながら....。 
「シルフィスはね、アルムレディンに求婚されてますのよ」 
  嬉しそうにディアーナが言った。 
「求婚? え? アルムレディンって、もしかして...」 
「ガゼル、アルムレディン陛下だろう。ダリス国王なんだぞ!」 
「え?ええっ!? ほ、本当なのか!? シルフィス...」 
「う、うん...」 
  真っ赤になって俯くシルフィスをガゼルは凝視していた。 
 
 
  これもやっぱり失恋って言うのかなぁ? 
  ディアーナの時も思ったんだけど、オレって失くすまで気づかないんだもんな... 
 
 
  シルフィスをダリスへと送った帰り道すがら、ガゼルは考えていた。 
  結局、シルフィスの婚姻は決定した。ダリス国王の事を話すシルフィスは今までガゼルが見た事も無い程に綺麗な横顔で____。 
  嬉しいような泣きたいような不可思議な感情の中、ガゼルは遠くクラインを目指していた。 
 
 
  ガゼルは気づかないのだが、彼自身、女性に結構な人気があった。 
  気さくな人柄と明るく物怖じしない青年は、騎士団に憧れる多数の少女達の憧れの的でもあった。が、如何せん、彼はそう云う事にはとんと疎く、注がれる眼差しに気づく事は先ず、皆無といって良かった。 
  あのガゼルが助けた少女が実はガゼルに恋心を懐いているのだと、ガゼルが知るのには、もう暫くの時を要する事となる。 
  そして、もう数年後には彼はクライン一の剣士として、広く他国に知れ渡る事になるのだった___。 
 

                                                             FIN.
  


  
    美幸さんのサイトでキリ番を踏んで、リクエスト創作をいただきました。 
    これからつらく苦しい恋を経験して、ガゼルも大人のいい男になっていくのですね、きっと。 
    実は陰で豪華なカップリングが展開されてます。
    ありがとうございました。
 
 
 
ガゼルの部屋に戻る  創作の部屋に戻る