静寂とは破られる為にあるのかもしれない。 休みの日は平日と違い時間に追われる事はない。普段ならば朝早く稽古に出かけたりするのだが、休みともなれば別だ。のんびり部屋ですごすのも個人の勝ってだし、朝早く遊びに行くのもまた手だ。 シルフィスはというと、シオンから分けてもらった紅茶をゆったりと啜っている。 別にこのまま部屋にずっと居るつもりもないがあくせくしても勿体無いような気がする。だからこうして朝はゆっくりして午後になったら郊外にでも散策に出かけてみようと思う。 その空気はけたたましくやってくる足音によって破られた。 そして響くノック音。 「ガゼルは居ない?」 開けると同時に噛み付くように聞いてくる。予期せぬ事態にシルフィスは面食らう。 「ガゼルの部屋は隣ですよ、メイ。」 間違いは正しておかねばならぬだろう。シルフィスは呆然としながらも認識を正す。 ここはシルフィスの自室である。 自分の部屋は角部屋だったのでよもやガゼルの部屋と間違えられるような事態が起ろうとは思っていなかったのだが、人生とかく不測の事態は多いもの。そういう事もあるのかもしれない。 「ちっがーう。居ないからここに居るのかもって聞いてるの。」 足音は真っ直ぐ自分の部屋に向かってきたような気がしたが・・・・シルフィスは扉から顔を出して驚いた。ガゼルの部屋の扉は開いていて空しく空気をこいでいる。 ・・・・いつのまに。 扉を閉めて行ったのを彼が見ているので、今しがたメイが開けたのだと知れる。 惜しい。研究院で魔法をやらせておくには惜しい腕だ。 シルフィスは思わず感心してしまう。 「ガゼルが何処行ったか知らない?」 シルフィスが外を窺っている間にメイは部屋の中を窺ったらしい。部屋にガゼルが居ないのを確認して今度はそういう質問に変えた。 「いえ。」 そういえばガゼルも先程慌てたように出かけたのを思い出し、今のメイと重ね合わせくすりと笑う。 行動パターンが驚くほど似ているな、この二人。 きっとお似合いという事なのだろう。 「どうしたんですか、凄い勢いで。」 今でも埃が舞っているだろう廊下を指差しシルフィスは事態の説明を求める。これから他部屋の住人の苦情処理を受けなければならないシルフィスには相応の要求に思える。 「・・・・・会えないの。」 ポツリとメイが呟く。小さな音で紡ぎ出されたそれは嵐の前の静けさを連想させた。 「先週も先々週も、すれ違ってばっかで全然会えないのよー。!!!」 案の定、天高く響くだろう声は咄嗟に耳を塞ぐ事によって回避できた。 ガシャン。廊下から微かに音が聞こえた。きっと今の音に驚いた人が食器でも取り落としたのだろう。 「落ち着いてください。彼なら少し前に出かけてしまいました。ここにはいません。」 第二・第三の被害が出てはな適わないと宥めにかかる。 「今日こそはとダッシュで来たのに。」 メイは目を潤ませ悔しそうだ。 う・・・・泣かれるのは困る。 「ガゼルの行くような場所なら大通りとかではないんですか? 今日は人も少なそうですし行けば会えるかもしれませんよ。」 因みにシルフィスは今日まだ外に出ていない。バザーや記念行事がないので確実に人が多いとは言えない、ただそれだけの認識しか持っていない。 「ほんと?じゃあ、行ってみるね。」 シルフィスの助言に快くしたようでメイはにっこりと笑った。 ズキリ。心が痛む。 それでも笑顔でメイを送り出したシルフィスの目の先で近所の部屋の扉が次々と開かれた。 生焼けの目玉焼きを何故か頭に乗せている人。結構高そうな、でも割れているカップを持った人。何かの下敷きにでもなったのだろうか頭から血を流している人・・・・ うわーーーー。どうしよう。 シルフィスは勘弁してくれと思ったがメイはもう行ってしまった後だ。 皆はどんどんシルフィスに迫ってくる。 「メイなら居ないぞ。さっき慌てて出ていった。」 その頃の研究院。扉の前でノックし続けるガゼルを見かねたのか、煩かったか。キールが出てきて教えてくれた。 「えーー。この頃こればっか、ちっとは部屋で大人しくしててくれよ。」 居もしない部屋の住人に向かって文句をたれるガゼル。自分が棚に上がっている事には気が付いていない。 「あいつなら大通りじゃないのか?騒がしいところが好きなようだしな。」 別にそういう訳ではないのだろうが、キールにとってはどうでもいい事である。 肩を落とすガゼルに面度くさそうに言うと部屋に引っ込んでしまった。これで魔法書の続きが心置きなく読めるというものである。 ガゼルは「そうか」と頭を上げ、来た時と同じように元気よく出ていった。 さて、彼らが会えたのか会えなかったのか、 本人達以外にはどうでもいいことである。
同人誌用にいただいた原稿でしたが、空葉月さんがご自分のサイトには アップなさらないそうなので、こちらに掲載させていただきます。 空葉月さん、ありがとうございました。 |