理想の姿   熊野沙月様

「シルフィス!」
 シルフィスが訓練中に倒れた。
 ガゼルは慌てて駆け寄ろうとする。
 だが、その前に彼女と打ち合っていたレオニスが、シルフィスの身体を支えていた。
 さりげない動作で、レオニスはシルフィスの膝の裏に手を入れ、片手は背中を支えて立ち上がる。
 俗に言う、お姫様抱っこというやつである。
 身長差がないとなかなか様にならないものだが、背が高いレオニスは難なくそれをやってのけていた。
「誰か、水を」
 慌てて一人が宿舎へと走っていく。
 レオニスは木陰に歩み寄り、シルフィスを木の幹にもたれさせて座らせた。
「熱射病だろう。十分な水分を取るのを忘れたな」
「は、はい、すみません」
 意識を取り戻したシルフィスが、朦朧としながらもはっきりとした声で答えた。
 レオニスは頷き、なすすべもなく立ちつくしていたガゼルに声をかける。
「ガゼル、しばらく彼女についていてやれ」
「は、はいっ」
 レオニスは彼らに背を向け、訓練場の中心へと向かった。
 その間、わずか数分。
 鮮やかだった。
 その後ろ姿にガゼルが見とれていると、シルフィスが弱々しい声で呟く。
「やっぱり、隊長は凄いね」
「ああ、そうだな。凛々しくて、格好いいよな」
「うん、そうだね」
 そう返事して、シルフィスを振り返ったガゼルの笑顔が凍り付く。
 シルフィスもまた、うっとりと隊長の姿を見ていた。
 それが、ガゼルに何かを決意させた。

 数日後。
「ガゼル、ちょっと来て」
 シルフィスにガゼルは呼び止められた。
 普段温厚なシルフィスが、怖い顔を作ってガゼルを睨んでいる。
「シルフィス?」
 訳が判らないまま廊下の隅に引っ張られながら、シルフィスはどうして怒っているんだろうとガゼルは考えた。
 思い当たることがない。
 だから、無邪気な笑顔でシルフィスの前に立つ。
 「どうしたんだ?」
 シルフィスは怖い顔のまま、口を引き結び、ガゼルの頬を平手打ちした。
「なっ……」
「目、覚めた?」
 シルフィスは腰に手を当て、ガゼルを睨み付ける。その瞳には、うっすらと涙を浮かべていた。
「ガゼル、ここんとこ、隊長の真似ばかりしてる。急に背伸びしたって意味ないのに」
 シルフィスの言うとおり、あの日以来、ガゼルはレオニスに影の如くつきまとい、その真似をしていた。
 気づかれていない、とガゼルは思っていたようで、突然シルフィスに平手打ちされて戸惑った。
「シルフィス……俺」
 シルフィスは顔を歪め、ガゼルに抱きつくと、彼の肩で泣き始めた。
「私たちはまだ修行中じゃない。経験を積み重ねてきた隊長の影を追うのではなく、隊長の姿から自分の道を見つけなければならないんじゃないの。なのにあなたってば……あなたってば!」
 ガゼルは呻いて宙を仰ぐ。
 シルフィスの言葉が図星なのと、彼女を泣かせてしまったこと、二重に辛かった。
「シルフィス、ごめん」
 しゃくりあげるシルフィスの肩を撫で、ガゼルは呟いた。
「目標は隊長のような男だと思っている。でも、隊長を目指すっていうのは、真似じゃなく、理想としてさらに自分を磨くってこと。そんな簡単なこと、見失ってた」
「うん」
 シルフィスは顔を上げ、にっこりと笑った。
「気づいてくれたなら、いい」
 ガゼルはシルフィスの頬の涙の後を拭い、肩を竦めてみせる。
「だって、シルフィスが隊長をうっとりと見ているから、俺、隊長のようになればもっとおまえは俺を好きになってくれるかな、なんて思って」
 ガゼルの告白にシルフィスは彼の顔をきょとんと見る。
「そりゃあ、隊長は格好いいけど、ガゼルはガゼルでしょ?」
「うっ、そうだけどさぁ……鈍っ」
「何か言った?」
「いや、いいんだ。俺の成長、おまえだけはしっかり見ていて欲しい」
 うん、一緒に歩こうね。私も私なりに成長するから」
 まだ先の話。
 だが、二人にはそんな未来が見えているかのように、微笑みあっていた。


    沙月さんのサイトのリクエスト企画に応募していただきました。
    お題は「背伸びして隊長の真似をしようとするガゼル」という感じでした。
    こんな風に料理されてきました。わあい♪
    かっこいいレオニス隊長と同じにはなれるはずもありませんが(おい)、
    ガゼルはガゼルらしくあれば、それが一番かっこいいのです。
    沙月さん、ありがとうございました。
 

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