復讐と愛と 沙月様
「こんにちはーっ」 平穏を破る元気な声に、イーリスは顔を顰める。 「騒々しい」 イーリスはそう呟くと、読んでいた本から顔を上げ、パタンと閉じた。 「え、何? イーリス、何か言った?」 イーリスの渋い表情を気にもとめず、メイは笑顔で言った。 溜息を一つ吐き、イーリスは肩をすくめてみせる。 「いえ、あなたの前では、深い恨みも無意味ではなかろうかと」 メイは訳がわからず、首を傾げてイーリスを見る。 「一体、何の話よ」 イーリスは手にした本を示し、静かに話し始める。 「一人の男が無実の罪で孤島の牢獄に閉じこめられました。長い時が経ち、彼は脱獄。隣の牢に居た男の遺産で大金持ちになりました。そして、自分を牢獄へと送った男たちへの復讐を始めました」 静かに話を聞いていられず、ついメイは口を挟む。 「何だかねぇ、復讐だなんて、暗いんじゃない。そんなもん忘れて、前向きに生きりゃいいのに」 話の腰を折られたにもかかわらず、今ではそれに慣れてしまったイーリスは軽く頷く。 「それだけ恨みは深かったということですよ。彼を陥れた男の一人は、彼の恋人を奪って結婚していたのですから」 「その男って、好きな女性を手に入れたいがために、彼女の恋人を無実の罪で牢獄に送ったってわけ? 陰険だわ」 メイにかかれば、名作と言われる物語も『暗い』『陰険』となるらしい。あまりに前向きなメイの感想に、イーリスは苦笑する。 「まあ、『恋すれば他には何も見えない』という言葉もありますから。思い詰めると人間何をするか判りません。それはまあ、脱獄した男にもいえますが」 「それでも復讐なんてね。自分が空しいだけじゃない?」 メイは大いに不満そうだった。 イーリスは静かに笑いながら答える。 「ええ、男も最後にはそれに気付きました。そして、復讐に目が眩んでいた頃には見えなかった愛を見出し、旅立ったのです」 それを聞き、メイはにっこり笑う。 「よかった。彼に救いはあったのね」 「そうです。だから、私はこの話が好きなのですよ。いえ、結末は好きではなかったのですが、最近考えを変えました。結末を含めて、彼の人生に共感を覚えます」 満足そうに穏やかな表情で、イーリスは目を閉じ、本を胸に抱えた。 今更ながら、メイはイーリスの静かな読書を邪魔したことに気付く。 「ごめん、読書の邪魔をしたわね」 妙に謙虚なメイに、イーリスは目を開け、彼女の顔をじっと見て微笑む。 「いえ、何度も読み返したものですから。それに、今の私の喜びは、元気なあなたの姿を見ていることなのですよ」
ちょうど「モンテ・クリスト伯」の芝居を観た直後で、沙月さんもこの小説がお好き、とうことでリクエストしました。 最初は「エドモン・ダンテス」でリクエストしようかと思ったんですが、岩窟王のパロ書けっていうのもねえ? それで、イーリスが、ヒロインの誰かと、あの小説を話題にしつつ愛について語る、みたいな感じでリクエストしました。 そうしたら、私の中で漠然とあったイメージそのもののお話をいただきまして、大感激!イーリスの台詞なんか、まさにツボです。 沙月さん、ありがとうございました。 |