今宵月を見てる 〜華月〜  みゅう様
 
 
 窓の外には大きな宵の月、ほんのりと照らす柔らかな光・・・・
 執務室で書類を片付け終ったレオニスは窓際で月を見ていた。
 「もうすぐ帰ってくる頃だな。」
 彼の者の笑顔が浮かぶ・・・・・・・・。
 
 
 シルフィスは今朝、彼に問い掛けてきた。
 夜に催される騎士団仲間の祝い事に招待されたのでガゼルと共に行ってもいいか、という。
 私は仕事で行けそうにないが、というと少女は残念そうに小さな顔を傾けていた。
 やがて、お土産持ってきますね・・・・・そう言って微笑んだ。
 
 
 いつのまにか女性に分化した彼の者は、清らかなその微笑が柔らかい光に包まれたように優しくなっていた。
 誰がその微笑を独り占めできるのかと、騎士団で話題に上らない日はなかった。
 もし、その者が現れたら袋叩きにされるに違いない。そういう話になっている。
 
 
 レオニスは美しい月から視線を外すと、小さく溜息を漏らす。
 男性になっても女性になっても、彼の者が話題をさらったであろうことはわかっている。
 しかし華やかな女性騎士になった今では、彼の者をなんとか振り向かせようと躍起になっているものが多い。
 そんな中に行かせた事で心を煩わせている自分が確かに居る。
 保護者だとか、上司だとか・・・・・・それは言い訳なのだろうか。
 
 
 執務室を出て騎士団の廊下を一人歩いているレオニス。
 少し頭を冷やそうか・・・・。
 
 
 
 数本の木の緑の下で彼は月見にちょうど良い場所を見つけた。
 柔らかそうな草の上に腰を下ろす。
 宵闇の澄んだ空気がいろんなものを詰め込んだ頭に染み透ってゆく。
 上を見上げると、先程と同じ柔らかな光がレオニスの精悍な輪郭を映し出した。
 お前は知っているか?この光のように私を照らす、その微笑が見たくてここにいることを・・・・・・・。
 レオニスは自分を笑った。そう思う気持ちを戒めようとしていたのに、真上を見上げると心は騒ぐ。
 
 
 そんな彼の元に、嬉しそうに走ってくるものがいた。
「隊長〜〜〜!」
 シルフィス・・・・・・酔っているな?
 ・・・そう呟けば、不思議と体の力は抜けて楽になっていく・・。
 レオニスは待っていたように、長い両手を広げた。
 その腕に勢いよく、彼の者が飛び込んでくる。
「シルフィス=カストリーズ! 只今帰りましたぁ〜!」
 シルフィスは勢い尽き過ぎて、レオニスを押し倒してしまった。
「・・・大丈夫か・・・・・」
 草の上に寝転びながらもしっかり抱きとめた少女の顔を覗き込む。
 シルフィスの頬が上気して薔薇色に染まり、にこにことレオニスを見ている仕草が眩しい。
「隊長〜〜〜!」
 そう言いながらしがみついてくるシルフィス。
「やけに楽しそうだな。」
 レオニスは彼女の小さな頭をくしゃっと撫でた。
「はい〜〜〜!」
 その手を待っていたのか頬を崩して笑うシルフィス。
 レオニスの胸の上で両手を重ね、火照った顔をちょこんとを乗せている。
 可愛らしい小さな頭に置いた掌をそのままに、レオニスは彼女に問う。
「それで・・・・・いつまでこうして寝てるんだ?」
「ずっとです〜〜!」
 どうやら離してくれないらしい。
 
 
 ためらいなく答えた彼女に、レオニスは観念すると両手を投げ出して真上を見上げた。
 今夜は彼女の思うようにさせてやりたい・・・・。
 酔っているのは確かだが、それもいいと思った。
 遠くの村からたった一人で誰も知った者のいない王都にやってきて、シルフィスは弱音も吐かず頑張った。
 周りの者も驚くような速さで力をつけ、自分の力で華やかな女性騎士の称号を勝ち得た。
 その裏にある苦労は決して軽く口に出来るようなものではなかった筈。
 彼女の淋しそうな瞳を、見たことがないとは言わない。それでも・・・・・。
 真直ぐに前を向いて歩く彼女は素直だが、強い。その強さはどこからくるんだろうか。
 こんなに可憐で華奢なシルフィスのどこに・・・・・・。
 
 
 長い睫が影を落とす、その美しい翡翠の奥にある、本当の彼女の気持ちは一体なんだろう・・・・・。
 真上に浮かんだ丸い月に問い掛けてみても返ってくるのは、ほのかな優しい光だけ。
 
「隊長〜〜〜! 考え事ですかっ!」
 シルフィスはレオニスの服をしっかり掴んで胸元を揺さぶった。
 彼女に呼び戻されて視線を向けると、紅差す頬は輝いてレオニスの顎の下にあった。
 潤んだ眼差しで、レオニスをぼんやり捉えているようだ。
 明日、シルフィスが真面目で控えめな普段の彼女に戻ったら、これをどう思うか考えるとおかしかった。
 レオニスはくすりと笑うだけで、黙ってまた両手を投げ出して月に見入る。
「あ〜? 笑いましたね?」
 シルフィスは満足しなかったのか、上体を起こすとレオニスの顔の真上に自分の顔を持ってくる。
 彼女の後ろに蒼く輝く月が重なり、シルフィスが美しい光に縁取られる。
 豊かな金色の髪がふさりと揺れて、レオニスの頬にかかった。
「ああ。そんなに楽しいなら、行きたかったな。」
 薄っすらと自分を包む彼女の香りに思わず目を閉じる。
「もっと楽しいのは帰ってからでした〜」
 そう言ってレオニスの上にふっと倒れこむシルフィス。
「ガゼルと2人楽しいお出かけでしたけど、隊長の後ろ姿が見えたから追いかけて来ましたよ? 隊長が腕を広げて待っていてくれたから・・・。」
 シルフィスは俯いているので、仰向けになったレオニスからは顔が見えない。
「シルフィス?」
 僅かに金色の髪が小さく震え、力を抜いて委ねられた体は鼓動の速さを伝えてくる。
「隊長・・・・・・帰る場所があるって・・・・幸せ・・・ですね。」
 彼女の声が篭っている。両手を彼女の体にまわすと、細い体がいっそう小さく感じられた。
「あぁ・・・・そうだな。」
 シルフィスは淋しかったのだろう。誰かに甘えたくて、弱音を吐きたくて、そうしないともう前には一歩も進めないほど、淋しかったのかもしれない。
 レオニスはシルフィスの頭を撫でながら、まっすぐ上を向いている。
 シルフィスも俯いたまま顔を上げようとしない。
「焦らなくていい・・・・・お前は・・・」
 そう言い掛けたとき、シルフィスがはっと顔を上げる。
 いつの間にか頬は白さを取り戻し、その柔らかい丸みの上を涙の跡が走っていた。
 彼女の前髪がふわりと風に揺らされると、美しい額が露になり潤んだ翡翠を際立たせる。
「焦ってません・・・・・ただ・・・・・」
「・・・・・ただ?」
 シルフィスはレオニスから体をす離すと、くるりと背中を向けた。
「追いかけても、追いかけても、辿り付かない丘があるんです。どんなに頑張ってもそこには行けない。だって私は・・・・・・・・・・」
 黙ってしまったシルフィスの背中・・・
 いつから滑らかな線を描いているのか、それはどんなに美しいのか、そんなことをお前は知っているのか?
「・・・・・子供、ですから・・・・・。」
 レオニスは立ち上がると黙って歩き始めた。シルフィスの居る所より少し高くなってる場所。
 大きな木の下に彼は行き着くと、シルフィスに声をかけた。
「シルフィス。来い。」
 彼女は振り向く。長い髪が揺れた・・・・・・。
 そして自分が最も欲しかったもの、望んで望んで止まなかったものを見つける。
 レオニスが月明かりを背に、長い両腕を広げて立っている。
 大きな木の下で、両手を広げて待っている。
 自分をそこで、待っている。
 
 
「隊長・・・・・・・・。」
 レオニスは両手を広げた。
 そんな彼の元に嬉しそうに走ってくるものがいた。
 その腕に勢いよく、彼の者が飛び込んでくる。
「ゆっくり大人になれ、シルフィス。私は・・・ここに居る。」
 シルフィスは彼に抱かれて泣いていた。
 彼女を抱くレオニスと、2人を照らす真上の丸い月だけが、そのとても幸せそうなシルフィスを見ていた。
「年の差は生きた時間の差だ。生きる時間の差ではない。
 お前も同じ時間を、時を生きているのであって、今差し出す私の腕に辿り付かない訳ではない。」
 レオニスは彼女の髪に手を差し入れ、両手で頬を包むと自分に向けた。
「はい・・・・・。」
 微笑んだシルフィスは美しい。
 心に溜まった蟠りが、彼女を大人にしたように輝くばかりの華やかな笑顔を見せている。
 その笑顔を傾けると、彼女は上目遣いに問い掛けた。
「それは・・・・私の保護者としての意見・・・・だと仰いますか?」
 潤んだ翡翠は小さな光をちりばめて妖しく揺れている。
 少し不安げに、少しからかうように・・・そんな表情をするのは初めてだった。
「不満そうだな?」
 レオニスは笑って涙の跡を撫でると、包んだ頬を引き寄せ微かに震えるようなシルフィスの唇にいきなり重ねた。
 強く、深く、言葉では語り尽くせない何かを求め、2人は重なった。
 
 
 月はゆっくり満ちて、ゆっくり欠けて行く・・・。
 太陽に対する位置によってその形をゆっくりと変えてゆくのだ。
 そうして輝く月は美しい。
 待ってでも、それを眺めたいと思わせる程に・・・・・・・・・・・。
 だからゆっくり、大人になれ。 
 
 
    ゆっくり大人になれ。いい台詞ですねえ〜。こちらは二人だけのきっちり甘い物語になっております。
    押し倒したりしないところがいいんですよ。今はまだ、ね。
    みゅうさんのセンスが光ります。
    こちらも、サイト改装の時にいただいてきました。ありがとうございました。
 
 
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