ガゼルのバレント・デー
 
 
  夕方の買い物客でにぎわう大通りを、道に迷ったような風情でうろうろしているガゼルを見つけたのは、シルフィスだった。  
  日ごろから街中を自分の庭だと言って駆け回っているガゼルにしては珍しい。  
「やあ、ガゼル」  
  声をかけられるまでシルフィスに気付いていなかったガゼルは、びっくりしたように振り返ると、照れた顔をした。  
「あ、シルフィスか。誰かと思ったぜ」  
  見れば、ガゼルがいたのは、王都でも有名なお菓子屋の店先で、明日のバレント・デーを前に、若い女の子たちでごった返している。そんな中に男の子が一人でいれば、いやでも浮いてしまうというものだ。  
「お菓子屋に用事なの?」  
「うん……買いたいんだけど、とても俺には買える雰囲気じゃなくて……。そうだ、シルフィス、俺の代わりに買ってきてくれないか?」  
「いいよ。女の子ってわけじゃないけど、姫やメイのおかげで、こういう雰囲気はガゼルより慣れてるからね」  
「わりい。助かるぜ」  
  ガゼルは思いっきりほっとした表情で、シルフィスにお使いを頼んだ。  
  込み合う店内に入っていったシルフィスは、ほどなく頼まれた小さな包みを持って戻ってくると、微笑みながらそれをガゼルに手渡す。  
「ありがとう! 恩に着るよ」  
「でもガゼルがそれを買うとはね」  
  ガゼルは満面の笑顔で大事そうに包みを受取ると、くすくすと笑い続けるシルフィスに片目をつぶってみせ、二人で肩を並べて騎士団へと帰って行った。  
  
  
  次の日。  
  ガゼルが出かける支度をしていると、ノックの音もそこそこに、いきなりドアが開いた。  
「ちょっと〜! ガゼルいる!」  
「うわあっ、なんだよメイ?!」  
  あせりまくるガゼルに、メイはずんずん近づいてくると、その顔にずいっと指をつきつけた。  
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、昨日のことで」  
「なんだよ、俺が何したって言うんだよ」  
「シルフィスからチョコレートもらったでしょ、昨日」  
「はあ〜?」  
「隠してもダメ、あたしの情報網を甘く見ないでよね」  
  ちっちっと指を振りながら、メイは胸をそらせる。  
「大通りで待ち合わせして、シルフィスが買ったチョコもらったの、ちゃんと見てた人がいるんだから」  
  シルフィスは街中でも目立つから、昨日のことを誰かが見ていてメイに教えたのだろう。別に待ち合わせしたわけでもないのに、そんな風に見えたのか。  
「なんで俺がシルフィスからチョコレートもらわなくちゃいけないんだよ」  
「だからそれを聞きに来たんでしょーが。一日早いバレント・デーってこと?」  
「そんなんじゃねーよ。だいたいあいつ、まだ分化してねーだろーが!」  
  ガゼルは冷や汗が流れる思いだった。シルフィスとの間にそんな噂が流されたら、シめられそうな相手が何人もいる。おそろしい。  
「ふーん。でも昨日大通りでチョコもらったのは本当でしょ」  
「もらったっていうか……」  
「やっぱりもらったんだ。今の時期にチョコって言ったら……」  
  横目でにらむメイの顔は、疑わしげな表情だ。  
「違うよ。俺があいつに頼んで買ってきてもらったんだよ」  
「買ってもらったって……ガゼルがチョコレートを?」  
「そうだ。悪いかよ」  
「なによ、それ。まさか、今日一個ももらえないとカッコ悪いから自分で?」  
「そんなことするか、ふつー!」  
「えっ、じゃあ、まさかまさか誰かにあげるとか? はっ!もしかして隊長さん? うぎゃあ〜〜!」  
「勝手に想像すんな〜〜〜!」  
  絶叫の後、ぜえぜえと息を切らしながら、ガゼルは真っ赤な顔で言った。  
「そーじゃねーよ、これは、メイにあげようと思って……」  
「へ?」  
「だって、お前が言ったんじゃないか。バレント・デーは不公平だって。ちょっとでも自分のことが好きならチョコレートよこせって……」  
  突然メイは思い出した。そう言えばそういうことを言ったような気もする。ディアーナからバレント・デーのことを聞いた時に、自分だって好きな人からチョコもらいたい、と言ったのだ。その直後ガゼルに出会って、冗談半分に「チョコよこせ」と言った。確かに言った。  
「うそ、じゃああたしのために?」  
「うん……でもどうしても店に入れなくて、だからシルフィスに頼んだんだ」  
  そう言ってガゼルは、きれいにラッピングされた小さな包みを取り出した。  
「これ、やるよ。お前のこと好きだから。……ちょっとじゃなくて、けっこう好きだ」  
  顔を赤くしたまま包みを差し出すガゼルの手に、メイもまた小さな箱を押し付けてきた。  
「さんきゅ。あたしも、大好きだよ。だからこれ」  
「!」  
「ガゼルからチョコもらえてすごくうれしい。えへへ、シルフィスに先こされたかと思ってあせっちゃった」  
  メイは小さく舌を出す。昨日のチョコレートのことを気にしていたのには、そういう理由があったのだ。  
「ありがとな。へへへへ、もてる男はつらいぜ」  
「このー、しょってるんだから!」  
  そうして二人は声をあげて笑った。  
  好きな者同士、プレゼントしながら恋の告白。これがほんとの幸せなバレント・デー。  
  
  
  ちなみにこの日のことは騎士団の宿舎中に筒抜けで(あれだけ大声で騒いでいれば当然だ)、シルフィスとの仲を誤解されることはなかったけれど、ガゼルがみんなから冷やかされまくったことに変わりはない。  
  一足早く春が来たガゼルとメイに女神の祝福がありますように。  
  

    ガゼル×メイです。恋人未満が恋人になった、というイメージです。  
    片加凪さんのサイトのバレンタイン企画の告知に刺激されて出来ました。  
    凪さんのバレンタインガゼルスペシャルに投稿したものです。 
    本当は、メイが「自分の世界では男がチョコを贈る」と騙す設定にしようかと思ったんですが、  
    ガゼルが自発的に贈る方がいいかな?と思ってこうなりました。この二人もお似合いですね。 
 
 
 
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