校長室の前の梅の木が花をつけている。だから今日は卒業式なんだとわかる。 入学式には桜。卒業式には梅。それが毎年の恒例だ。 「メイ!」 同じクラスのナナミだった。 「みんな、あっちで先輩のボタンもらってるよ」 急かされて、講堂の方に走り出す。見れば、友人たちが、学ランの男子と話をしている。 ちょって待って。うちのガッコって、女子高じゃなかったっけ。 卒業式に憧れの先輩から第二ボタンをもらう、というシチュエーションは、マンガで見るたび憧れだったけれど、女子高じゃあ縁がないと諦めていた。 そういえば今日は誰の卒業式なのだろう。中等部の時の自分の卒業式だろうか。それとも去年見た高等部の卒業式だろうか。 多分、これは夢にちがいない。その証拠に、小学校の時の友達までいるもの。 「メイ、早く早く」 名前を呼ばれて慌てると、友達が指差す先に、学ラン姿が見える。 先輩だ。先輩から第二ボタンをもらわなくちゃ。 自分より頭ひとつ高い背。 肩を過ぎた銀の髪。 ゆっくり振り返って自分を見つめる瞳は金色で。 それは。 もしかして。 「ガゼル〜〜〜!?」 ***** 目の前で忙しげにウェイターを勤めるガゼルを、メイはストローをくわえながら見ていた。 ガゼルが見習いの訓練の合間をぬって、喫茶店の手伝いをしている時には、なるべく店に行って売上に貢献することにしている。店がひまになれば二人でお茶を飲んで話もできる。とはいえ、マスターがいる前では、完全なデート気分にはなれないのだけれど。 「あーあ、今日はお客が多かったなー」 メイの前の椅子に、どんとガゼルが腰をおろす。どうやら一段落ついたようだ。 「商売繁盛でけっこーじゃない」 そうやって他愛無い話をするだけでも、充分楽しい、というのも本当だ。 「なあ、さっきの話の続きなんだけど」 「なんだっけ」 「卒業式ってやつを夢で見た話だよ」 客がたてこんでくる直前まで、メイは今朝見た夢の話をしていた。 いつもめまぐるしく話題をかえるのはガゼルの方なのに、何かよっぽど気になることがあったのか、前の話題に戻ろうとするなんて珍しい。 「あーうんうん。あっちにいたらそろそろ卒業式の頃だもんね。あっちに戻らないって決めたから、だからあんな夢みたのかな」 「どうして?」 「あっちの世界からの卒業っていうイメージかな。どうせ夢だから、なんとなく、だけど」 メイは微笑みかけたのに、ガゼルは笑わないで、口をへの字に結んだまま首をかしげた。 「あのさ、それって、もしかして、なんだっけ、しんそーしんりとかそういうのじゃないのか」 「え?」 「この間教養の授業で習った。夢には願望が表れるんだって」 一瞬、ガゼルが何を言いたいのかわからなくて考え込む。 「やっぱりメイも、年上で背の高い男が好きなのか」 そこでようやくメイにもわかった。 ガゼルは大らかに見えて、コンプレックスの強いところがある。とりわけ年令や身長には。 夢の中のガゼルがメイより年上で、しかも背が高かった、というのを聞いて、それがメイの希望なのだと思い込んでいる。 「そうかもね。あたしの願望かも」 「そっか」 あっさり認めたメイを恨めしそうに見上げる。 「願望は願望なんだけど、ポイントはそこじゃないんだと思うなー」 「え?」 「好きな人から第二ボタンをもらう、っていうのが大事なんだからさ。ボタンをくれるっていうことは、相手もあたしのことが好きだってことなの。第二ボタンは特別なのよ。先輩っていうのは、まあ、単なるお約束ってことで」 だから。 自分が第二ボタンをもらいたい相手が、ガゼルだった、ということが一番大事なのに。 「…じゃあ、あんまり深く考えなくてもいいのかな」 しかも夢の中で、結局ボタンはもらえなかったのだ。 これがメイの深層心理だというのなら、不安を感じているのはメイの方なのであって、ガゼルは喜びこそすれ、悲しむ必要などないのだ。 (でもまあ、こういう鈍いところがガゼルらしいのかもね) 「あたしの夢に出演できただけでも、感謝しなさいよ」 メイはそう言って笑う。今度はガゼルも、大きく口を開けて笑った。 この話は、メイにとってはこの日限りの、他愛無い夢の話に過ぎなかった。 ***** パレードに相応しい、よく晴れた日だった。 今日は国境警備に行っていた部隊が帰ってくる日。 半年ぶりの勤務を終えた部隊が王宮に入るまでの道筋を、王都の人々が歓迎して迎える日で、儀式というより祭りのようなものだ。 色とりどりの旗や布が飾り付けられた街角で、メイは部隊の中にガゼルを探す。 制服の一団は整然と行進しているわけではなく、沿道に手を振るのはもちろん、出迎えの家族と抱き合ったり、恋人の名前を叫んだり、実に賑やかだ。 「メイ!」 自分の名前が大声で呼ばれたのでびっくりすると、先にガゼルがメイを見つけて手を振っている。 「ガゼル!おかえり!」 お祭り騒ぎの人々をかき分けて、二人とも駆け寄る。 「迎えに来てくれたんだな。さんきゅ」 「あったりまえでしょ。なんか背が伸びたねー!半年ぶりだもんね!」 「わかるか?30センチは伸びたぜ」 「それはサバよみすぎー!」 声をあげて笑った後、言いかけたメイを制して、ガゼルが微笑んだ。 「俺、戻ったらメイに渡そうと思ってたものがあるんだ」 なに、と問う間もなく、ガゼルは自分の胸に手をやる。 ぷつり、と音を立てて、制服の正面、上から二番目の飾りボタンをむしりとると、メイに向かって差し出した。 「俺がお前より年上になるのは無理だけど、背が高くなったら、これを渡そうと思ってた」 そうして深呼吸から一気に言った。 「結婚してくれないか」 メイは目を見開いたまま、ガゼルを見つめた。 ガゼルの顔と、握りしめた右手を、まじまじと交互に見比べる。 何も言わないメイに不安になったガゼルの方が口を開いた。 「本気で好きなんだ。結婚してほしい」 それでも返事がないので、勢いを失った声色で続ける。 「メイとずっと一緒にいたいんだ」 「なんで…」 ようやく口を開いたメイの問い。 「なんでボタンなの?」 クラインでは、結婚の申込みの時には、ボタンを贈るものなのか? 真顔で尋ねるメイに、ガゼルは動揺の色を隠せない。 「お前がいた世界では、第二ボタンって好きな人に告白する時に贈るものなんだろ」 「第二ボタン? なんでそんなこと…」 知ってんの、と言いかけて、メイは思い出した。 ほとんど1年前になろうかというあの日。 まだ見習いだったガゼルに話した卒業式と第二ボタンの話。 「覚えてたんだ」 「当たり前だろ」 怒ったような声は、照れ隠しだ。 「嬉しい……けど」 「けど?」 またガゼルの顔が曇る。 「第二ボタンは別れの記念にもらう物なのよー!」 「えっ、そうなのか」 「もう、人の話全然聞いてないんだから」 「うっ……そんなこと言ってなかったぞ。いいんだ、別に。俺はお前が好きなんだから、いつ贈ったっていいんだ! それよりさっきの答えはどうなんだよっ」 むきになって声を大きくしたガゼルに向かって、 「ついでにほんとに鈍いんだから」 笑い出すようにも泣き出すようにも見える風に表情を崩すと、 「答えはイエス」 そのまま、メイは相手の胸に飛び込んだ。 「イエス。イエス。イエス。何回でも言ったげる」 「ありがとう。絶対に幸せになろうな」 背中に回したガゼルの手に力がこもる。 「おめでとう」「おめでとう」 びっくりして二人が顔を上げると、まわり中の人が拍手をしている。 側にいた女の子が、メイに花をくれた。 ガゼルは同僚たちから手荒い祝福を受け、頭となく背中となく、どつかれた。 青空に紙吹雪が舞っていた。 ***** 神殿の鐘が鳴っているのが聞こえる。 ウェディングドレスにヴァージンロード。 あたしも主役のはずなのに、現実感がなくて、なんだかまるで夢を見ているよう。 招待客の人たちが、きれいね、と言ってくれている。とても嬉しい。 騎士の礼服を着た介添役のシルフィスが、小さな声で言った。 「ほら、花婿が待っていますよ」 白い服を着た彼の後ろ姿が見える。 自分より頭ひとつ高い背。 肩を過ぎた銀の髪。 ゆっくり振り返って自分を見つめる瞳は金色で。 それは。 あたしの最愛の人。 「ガゼル」 小さく呼んだら微笑んでくれた。 「メイ、すっごくきれいだ」 あたしたちの結婚式。
結婚という言葉が似合わないガゼルですが(私の中では)、ガゼルメイPUSHのためにがんばってもらいました。 少女まんがテイストを意識してます。ははは(←笑ってごまかす) 同時期の別企画のテーマ制服からインスピレーションを得ましたが、これはシルフィスじゃなくてガゼルだと思ったです。 実はタイトルがちょっと不満……いいの思いついたら変えるかもしれません。 |