シルフィスは、窓を開けて大きく息を吸った。 空は晴れ上がり、春の暖かい日差しが満ちている。 先ほど、隊長から正式に騎士団のメンバーになれると知らされた。 見習い期間は今日で終わり。 明日からは、近衛騎士としての新しい日々が始まる。 見習い用のこの寮も出なくてはならない。 すぐそばとはいえ正騎士用の部屋に移るのだ。 晴れやかな気持ちで空を見上げていると、扉を叩く音がして、 「よう」 ガゼルが入ってきた。 「なんだ、すっかりきれいになってるな」 「どっちにしろ、部屋を出ることにはかわりないから、夕べのうちに荷物まとめておいたんだ」 「どっちにしろって、お前が騎士になれないはずないって言っただろ」 「でも今まで女の人で騎士になった人っていなかったから」 シルフィスはいまや、誰が見ても女性とわかる姿に分化している。 あの日、無謀にも一人で北の砦を目指して騎士団を抜け出したガゼルを追いかけて、そこで二人は互いの想いを確かめ合った。 その後しばらくしてシルフィスは分化したのだ。 「お前がならないで誰がなるんだよ。俺以外の見習いの中で一番強いのは、お前なのに」 俺以外の見習いの中で、とつけるのはガゼルの口癖だ。 以前は、自分を入れたら一番は自分だから、という自負心がこめられていたのだが、最近は、自分とシルフィスを比べない、ということにしたらしい。 「世の中、絶対ってことはないからね。可能性の問題だよ」 女性になったら騎士になれないかもしれない、という可能性を考えたのは嘘ではない。 とはいえそれほど深刻に悩んだわけでもなかった。 初めての例だからこそ、一人で悩んでもしかたがない。 王都に来た目的である分化はしたし、大きな任務を果たしたことで自分なりの達成感もあったし、むしろさばさばと決定を待つつもりだった。 「絶対はある。お前は絶対騎士になるって、俺にはわかってたよ」 ガゼルは心にもない気休めを言うタイプではなく、本心からそう思っている。 シルフィスが女性化したのは自分のせいだから、彼女が騎士になれなかったら自分のせいかも…なんてどうしようもないことを考えて悩んだりしない。 「ってことで、一緒に騎士団に入れてうれしいぜ」 「私も。これからもよろしくね」 「こっちこそよろしくな。で、これがお祝いだ」 「お祝い?」 「前に、お前が女になったらひらひら着てほしいって言ったろ、俺」 ここでガゼルの頬が少し赤くなる。 あれは夏だったか秋だったか。 休みの日にシルフィスを街に連れ出したガゼルは、未分化のシルフィスに半ば押し付けるような形でドレスを贈る約束をした。 「騎士になってこれからもまた一緒にいられるわけだし、お祝いにあれを贈ろうかと思ったんだけど、まだ金がたまってなくてさ…それに、騎士のお祝いでドレスってのも変かなと思って…」 ガゼルが差し出した右手には、片手からはみだす大きさの細長い箱だった。 「あらためて、シルフィス、おめでとう」 「ありがとう、ガゼル!」 シルフィスは素直に喜んで受け取ると、包みを解いて箱を開け、大きく目を見開いた。 「これは…! ペーパーナイフですね」 「騎士になる俺たちだから、そのうち自分の剣が持てればいいんだけど、今はそうもいかないだろ。せめてこれくらいなら、俺にも買えるかなって」 見習い時代から、帯剣にこだわっていたガゼルらしいと言えるかもしれない。 「うれしいよ、ガゼル。私からも何かプレゼントしないとね」 「いいんだ、それは。俺が贈りたいから贈っただけなんだから…」 最後の方の台詞を恥ずかしそうに口の中でもごもご言う様子は、さっきまでのはきはきした態度とはうってかわっていて、シルフィスはおかしそうに微笑んだ。 「ふふふ、じゃあ同じ物を私が贈るっていうのはどうかな」 「え、いいのか」 「うん。これが私の感謝の気持ちだよ」 「そういうのって考えたことなかった。ありがとな」 照れた顔のガゼルが言葉どおり嬉しそうだったので、シルフィスの笑顔も大きくなる。 「ガゼルがうれしいと私もうれしいから」 「お、おう、俺もだぜ」 贈り物そのものよりも、相手の気持ちが嬉しい。 こんなふうな他愛無い言葉のやりとりが、二人の心が通じていることを教えてくれる。 「じゃあ、私からナイフを贈ってもいいいんだね」 「ああ、さんきゅ」 だんだんにやけてきたガゼルに、シルフィスはにっこりしながら言った。 「でも知ってる? 新しい門出に刃物を贈るって縁起が悪いんだよ」 「へ?」 「刃物で『切る』は縁を『切る』を通じるからって教わったよ」 笑顔のままのシルフィスを前に、ガゼルはあんぐりと口を開けて固まっている。 「まさか私との縁を切りたいんだとは思わないけど…」 シルフィスの笑顔がなんだか恐い。 「そ、そんなっ! ごめん、知らなかったんだよ!」 あわをくって弁解するガゼルに、今度こそシルフィスは声をあげて笑った 「あはは…」 「あっ、お前、だましたのか!」 「嘘じゃないよ。本当のことだよ。他の人のお祝いには贈らない方がいいと思うよ」 「他の奴になんか贈らねーよ!」 ガゼルがむきになるのがおかしくて、シルフィスは楽しそうに笑いつづけた。 もちろん意地悪のつもりではない。 真面目さ半分、照れ隠し半分、といったところか。 せっかく恋人らしい雰囲気になりかけたのに、結局は友達のノリに戻ってしまう二人。 甘い生活にはまだまだ修行が足りないようだ。 同僚としての騎士団の生活も、きっと愉快な日常になることだろう。
多分、ガゼルの方はずっとシルフィスが好きだったのです。 恋も実ったし、念願かなって騎士にもなれたし、浮かれている状態です。 そういえば、このネタ、メイのバレントデーねたや制服の第二ボタンねたと、はっきり言ってかぶってますね。 これが私のガゼルイメージってことで…(沈黙) 2001年秋に出た「猫のなる木」さんの全カップリング本に投稿しましたで。 |