ガゼルの告白


 身体を動かすのはもともと好きだったし、うちは兄弟が多かったから、小さい子供と遊ぶのは苦じゃなかった。
 だから学校のボランティアで、老人ホームに行くか子供のお守りをするか、どっちかを選ばなけりゃならなかった時、俺は迷わず子供の方を選んだ。
 お年寄りと話すのもけっこう得意だけど、歌を歌ったり劇をしたりっていうのは、どう考えても俺の柄じゃない。
 それよりはガキ共を相手にしている方がずっといい。
 そう思ってこっちを選んだはずだったんだ、俺は。
 

 俺のイメージでは、幼稚園か保育園の手伝いだと思ってたんだけど、相手は小学生だった。
 先生の話をちゃんと聞いてないからだ、とシルフィスに怒られてしまった。
 放課後、家に誰もいない小学生が一人で留守番するより大勢で遊んだ方がいいってことで、子供を集めてるらしい。
 小学生なら言葉も通じるし(幼稚園児には通じないのを、俺はよく知っている)、高学年ならけっこう身体も大きいし、スポーツとかできるかなって風に考えて、俺はちょっとうきうきした。
 いつもそこに通っているシルフィスに連れられて行ってみると、思ったより子供は大勢いて学年もバラバラだった。
 俺たちの姿を見ると、わあっと駆け寄ってきて、なかなかかわいい。
 一人一人自己紹介するような手間もかけないで、俺はすぐにガキ共の輪の中に入った。
 一応ね、男で体力もあるわけだし、いわゆる力遊びとか、ケンカしてる奴をしばくとか、そういうことを期待されてると、俺なりに考えてたわけだ。
 だいたいのところでは想像通りだった。
 新顔の俺にもガキ共はよくなついてくる。
 どちらかというと華奢なシルフィスよりは、俺の方が見た目迫力もあるから、怒るとかなり恐いらしい。
 俺としてはやりがいのある、ついでに楽しい時間を過ごしてたんだ。
 

 そう、あいつらが来るまでは。
 

 もちろん、あいつらがただの小学生だってのはよーくわかってる。
 だけどあいつら、ちょっと違うんだ。
 例えばあいつだ。
 割とおとなしめなんだけど、まわりの奴等は確実に一目置いてる。
 後から合流してきたのに、木陰で一番いい場所、譲られてるじゃないか。
 言葉づかいや態度は、どうもかなりいいとこの坊ちゃんらしい。
 よくわかんねーけど、多分すごくいい服来てると思う。
「君に会うのは初めてだね。よろしく頼むよ」
 妙に上品な笑顔で俺に言いやがった。
 つーか、なんで年下のガキにこんなこと言われなきゃなんねーわけ?
 もともと優等生タイプって苦手なんだよ。
 それからそいつにくっついてるへらへらした奴がいる。
「へえ、新入りか、ま、仲良くやろうぜ」
 一瞬、肩でも叩かれるかと思った。
 お前ら、小学生だろーが! 態度でかいぞ。
 こっちの奴は、優等生って感じじゃなくて、むしろノリは軽い方だ。
 別に、女子がみんなこいつのまわりに集まってるからって、妬いてるわけじゃない。
 調子いい感じが気に入らないんだ。
 むかつくってんじゃないけど、やりづらいってゆーか…
 

 だけど、やりづらいって言ったらあいつが一番だ。
 妙に目つきの悪い背の高い奴。中学生かと思っちまった。
 もしかして俺より背が高いとか……な、並びたくない。
 他の奴等と遊ばねーで、隅っこからじっーっと俺のとこ見てて、気になる気になる。
 ガンつけてんのかと思ってこっちもガン飛ばしてやったら、子供を睨むなってシルフィスに注意されちまうし。
 俺はガキの頃から体が小さかったけど、ケンカするのはいつも年上の奴等だった。
 年上のガキ大将にだってタイマンはってきた。
 その代わり弱いものいじめは絶対にしない。
 その俺が、こんなガキにびびるなんてことがあるか。そんなことあるはずがない。
 

 それなのに、俺をへこます事件がその日の最後の最後に起こったんだ。
 

 もう少しで終わりの時間が来るって時になって、メイがやって来た。
 当番の日じゃなかったみたいだけど、顔を出しに来たらしい。
 シルフィスと話してるから走って行ったら、メイは子犬を抱えていた。
 どうしたのかと聞いてみると、ディアーナに頼まれて近所の家から預かったんだと言う。
「俺にも抱かせてくれよ」
「いいけど、落とさないでよ」
「大丈夫! こう見えても犬の扱いには慣れてんだぜ」
「そうだね、ガゼルは犬の大将って感じだね」
「なんだよ、シルフィス、それって馬鹿にしてんのか」
 口をとがらせた俺だけど、犬の大将っていうのはかなり真実かもしれない。
 俺んちの近所の犬はみんな子犬の頃から知ってる。あいつらも俺の言うことはみんな聞く。
 メイから渡された犬は、ちょうどすっぽり両手で抱えられる大きさで、さっそく俺の顔をべろべろなめ始めた。
「おっと、くすぐってーぞ、こら、静かにしろ」
 そう言っても、子犬は両方の前足を俺の胸にかけて、容赦なくべろべろ攻撃を加えてくる。
 俺のことが好きでなめてくるってのはよくわかるんだけど、あんまりひとなつこいんで、さすがの俺も持て余し気味になった時、突然その犬が俺の腕から飛び降りた。
「ちょっとガゼル! 逃がさないでったら!」
 ケガでもさせたらディアーナに迷惑がかかる、ってことはメイに言われなくてもわかるんで、俺は急いで犬の後を追った。
 

 ぴゅーっと走って行った犬が立ち止まったのは、無愛想で目つきの悪い例のガキの前だった。
 俺やメイやシルフィスが追いつくと、ちょうどそのガキが犬に命令してるところだった。
「お座り」
「お手」
「伏せ」
 命令の通り子犬はしっぽを振って従っている。
「ありゃまー、さっきとはずいぶん態度が違うじゃん」
 メイがちらりと俺を見る。
 俺の言うことはちっとも聞かなかったくせに、というのは自分でも思った。
 正直びっくりだ。
 そいつの声にはなんていうか、有無を言わせぬ迫力みたいのがあって、つい命令された通りにしたくなるような……。
 だいたい小学生のくせに、そのドスの利いた声はなんだ。
 声変わり…前だよな? 俺はいちおー声変わりしてんだぞ、これでも。
 いかん、いかん。ここで引き下がってどうする。
「さっきははしゃいでただけだよな、よし、お手」
 ちょっと気負って手を出した俺に、子犬の奴、足を乗せるどころか、またさっきみたいに飛びついてきやがった。
「うわっ、だから、そーじゃねーって」
 のけぞる俺の正面で、あいつがまた言った。
「伏せ」
 ぱっと子犬は俺から離れて、伏せの姿勢になる。
「ガゼル〜〜だめじゃん〜〜」
「お、おまえの犬なのか?」
 できすぎてる、と思って俺はそいつの顔を見た。
 そいつはにこりともしないで一言。
「犬は、集団の中での力関係を見抜く」
 そう言うと、そのまま他の連中のところへ行っちまった。
 俺の苦手な奴等。あいつらみんなつるんでたのか。
 優等生の奴とか、妙に調子がよくて女子に人気がある奴とか、とにかくすかしてやがる奴ばっかだ。
 だいたい何だよ、今の台詞は。
 犬から見て、俺の方が小学生のお前より格下ってことかー?
「気にすることないよ。あの子、ああ見えても根は優しいんだから」
 シルフィスがにっこりとしながら俺の背中をぽんぽんと叩いた。
 メイも、そーそー、と気楽に相づちを打ちながら、また犬を抱えている。
 ちょっと待てよ。
 なんで二人とも否定しないんだ。
 あいつの方が格上だってのか? そうか? そうなのか?
 

 俺はケンカを売られているのかもしれない。
 言っておくが、小学生相手にまじになるほど、俺はガキじゃない。
 あんなガキ、いちいち気にするもんか。
 だけど俺はこの後もまたここに来ることになっている。
 少なくとも、どっちが強いか、はっきりさせておく必要がある。
 あいつの名前くらいは聞いておかないとな。
 そうさ。俺の方が、強いんだ。強いはず。強いとも。
 弱気になるなんて俺らしくない。
 ……後でこっそりシルフィスに名前を聞いておこう。


    ある初夏の日、roseさんが熱く語っていた学童保育ネタ。
    その時ガゼルへの愛で満ちていた私の心にただちに浮かんだのが、このお話です。
    私にこれを書かせたのは間違いなくガゼルへの愛なのです(←必死に主張するあたりがあやしい)
    出てくる小学生は誰だかわかりますよね。
    ちなみに、作中のガゼルは最初から完全に負けてます。
    隊長は生まれた時から隊長の属性なので、隊長の声を聞くと言うこと聞きたくなってしまうのです、ガゼルは(爆)
    (だってガゼルも犬っぽいし?)
    PSでファンタをしていたら、ガゼルとシルフィスの会話で
    「大通りでなにしてるの」「ガキの世話してるんだ、これでも人気あるんだぜ」
    という感じのがあって笑いました。
    ここのシルフィスはかなり未分化な感じです。
 

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