たとえばそれもひとつの合コン?
 
 
「今なんと言ったんだい、ディアーナ?」  
「だから、合コンというものをするんですわ、お兄さま」  
  得意そうにそう言って胸をそらす妹の顔を、セイリオスはしみじみと眺めた。  
  またメイから異世界の話を聞き込んできたのだな、と思ったものの、とりあえず黙って最後まで聞いてみる。  
「年頃の男性と女性がいっしょにお食事をするんですの。お友達を増やすためにするんですって。おしゃれしたりして、とっても楽しそうなんですのよ。わたくしも一度やってみたいんですの」  
「ただのお茶会と何か違うのかい」  
「メイの話だと、重要なのは男女の数が同じこと、知合いの人を連れてくるので男性同士や女性同士は友達だけど、異性の方は初対面なのが普通だそうですわ」  
「…もしかしてお見合いなのか、それは」  
「違いますってば! あくまでもお友達を作るのが目的なんですの。でも時には、ロマンスが生まれることもあるんですって。ステキですわね」  
「お前にはもう王子さまがいるのではなかったかい」  
「それはそれ、これはこれですわ。わたくし、ずっと離宮にいたから、今でも同い年のお友達が少ないんですもの。お友達を増やすためなら、いいでしょう、お兄さま」  
  セイリオスは考えた。  
  お願いの形をとってはいるが、妹はもうやると決めているのだ。大した理由があるわけでもなく、とにかく面白そうだからやったみたいだけなのに違いない。こういう時に無理にやめさせようとすると、かえってむきになってしまう子供っぽいところがある。ここは素直に許した方がいいだろう。  
  結局自分が妹に甘いだけだということは、まだ微妙に自覚が足りないセイリオスである。  
  とはいえ、妹に甘いセイリオスだからこそ、見逃せない一点があった。  
  初対面の年頃の男女が同じ人数! そんな破廉恥なことを認めることはできない。  
  セイリオスの頭の中では、合コンというのは形式ばらないカジュアルな集団見合いということに翻訳されていた。あながち外れてもいないかもしれない。  
  怜悧と評判の皇太子の明晰な頭脳が弾き出したところによれば、最初のコーディネイトが肝心だ。わけのわからん男どもに妹を引き合わせるわけにはいかない。  
「いいだろう、ディアーナ。ただしいくつか条件があるよ」 
 
      ***** 
 
「はあ〜? 何よ、それ!」  
  今度はメイが声を上げる番だった。  
「全部お兄さまがセッティングしてくださるそうですわ。これがらっきぃ☆ってことですわよね」  
  中庭でばったり出会ったディアーナの台詞に愕然とする。  
「それって殿下が合コンの幹事ってこと?」  
「いいんですのよ、お兄さまも出たいっておっしゃったんですもの」  
「う〜〜〜……」  
  うきうきと楽しそうに語るディアーナを前にして、メイは頭を抱えた。  
  何気なく合コンの話をしたらディアーナがものすごく乗り気になって、やりたいと言い出した時、実はけっこうおいしい話かもしれないと思っていた。  
  クラインに来てしばらく経って、知合いは増えたが、なんかとっても偏ったメンバーのような気がしている。美形揃いなのはうれしいけれど、妙に一癖も二癖もある連中ばかり。性格が悪いのがステイタスという第一印象は、実感として深まってきている。そんな中で出てきた合コン企画。新しい出会いを期待してしまうのも無理ないではないか。  
  合コン。胸ときめく言葉。それなのに。  
「ねえ、ちょっと、ディアーナ」  
「なんですの、メイ」  
「あのさ、合コンっていうのは、もっとこう、なんていうか、気楽で解放的でうきうきなイベントなの」  
「ええ」  
「女子高なんかにいるとね。いい男に偶然出会える確率なんてとーっても低くなっちゃうの。日頃の努力が大事なのよね」  
「ええ」  
  わからない話なのに真剣に聞いて相づちを打ってくれるディアーナは、とてもいい友達である。  
「合コンだってお金かかるし、そんなにいつでもできるってもんじゃないわけよ」  
「ええ」  
「どこの世界に保護者がついてくる合コンがあるってのいうよー!」  
「今、ここに」  
「うきゃあっ」  
  さらっと割って入った涼しげな声は、いつのまに近付いていたのか、皇太子セイリオスその人だった。  
「そんなふうに驚かれるのは心外だね」  
「あは、あはは」  
  さわやかなロイヤルスマイルも、メイにはなぜか不気味に思える。  
「あのね、殿下、合コンなんて、皇太子が出るようなもんじゃないのよ」  
「それは聞き捨てならないな。それでは王女であるディアーナも出すわけにはいかない」  
「メイったら、余計なこと言わないでくださいですわ!」  
「いや、えーと、だってね」  
「二人とも、心配することはない。ディアーナが気を許してもいい相手を私が厳選しておいた」  
(だからっ!保護者が選んだ相手と合コンしてどうすんのよっ!お見合いじゃないんだからさっ!)  
  メイは情けない気持ちでいっぱいになった。セイリオスはお見合いのようなものだと思っているのだから、しても詮無いツッコミである。  
「私もそんなに目くじらをたてるつもりはないよ。せっかくの機会だ、ディアーナとメイが楽しんでくれればいいと思っている」  
「じゃあ、気楽な宴会にしてくれるの?」  
  もしかして殿下って意外と話がわかるかも、と思ったメイの淡い期待は、すぐに砕かれる。  
「とはいえ、すべてメイの希望通りにはならないと思ってほしい。男女同数で全員カップルになるなんて、いつもそううまくいくとは限らないし」  
「……?……」  
  やはり何か誤解があるようだ。フィーリングカップル5対5じゃあるまいし、とツッコミを入れたいところだが、多分メイは知らない番組だろう。  
「それに、王族と食事を共にするのだから、正装が望ましいだろう」  
「正装って……じゃあ、あたし出られないじゃない!」  
「君はそれが制服だから、そのままでいいんだよ」  
「制服……そりゃそうだけどさ……」  
  皇太子と王女と一緒に、正装して合コン……めまいがしてきた。  
「それよりお兄さま、いつ、誰とやるんですの」  
  そうだ、ここまで来たら重要なのはメンツだ。  
「わたくし、シルフィスも誘いたいって申し上げましたわよね」  
「もちろんだよ、ディアーナ」  
「えー、でもさあ、シルフィス、きっと服装気にするよ」  
  礼儀正しく、なおかつ人見知りするところのあるシルフィスは、正装だと言ったらきっと尻込みするに違いない。  
「それなら大丈夫だ、騎士の正装で来てもらうことにしよう」  
  見習いなのにいいの、とメイが聞くより先に、頭の上から声が降ってきた。  
「あれはまだ見習いですから、ご容赦願います」  
「隊長さん!」  
「まあレオニス、いつのまに?」  
  驚いているのはメイとディアーナだけで、  
「いつでもお側に」  
「かまわんが、合コンにお前の席はない」  
「わきまえております」  
  淡々とこういう会話をする主従関係って、かなり気になるんだけど、どうよ。  
  メイが腐女子ならいろいろ妄想かましてくれそうなんだが、ここは横道に逸れず、話を元に戻す。  
「いいじゃありませんの、レオニス。堅苦しいことを言わないでちょうだい。シルフィスが合コンに出てもいいでしょう」  
「……」  
「私が命じれば、反対できないだろう」  
「ご命令とあれば、その合コンとやらにシルフィスが出るのはやむをえませんが、制服の件は……見習いに着せるわけにはまいりません。規律が乱れます」  
「しかし」  
「ちょっと待って!」  
  メイの頭には、どうしても引っかかるものがあった。  
「その前に、メンツをはっきりさせてよ、メンツを」  
「メンツ?」  
「殿下厳選のメンバーってやつよ。まさか、殿下とディアとシルフィスとあたしの4人ってつもりじゃないでしょうね」  
「そんなことはないよ。合コンというのは男女同数なんだろう」  
「そりゃあまあシルフィスは未分化だけどさ」  
  このとき妙にもやもやしたものがあったのだが、とりあえずメンバーの方が気になる。  
「いや、ちゃんと他の参加者も考えてあるよ」  
「もう決めたんですの? だったら教えてくださいな、お兄さま」  
「当日会ってからのお楽しみの方がいいんじゃないかい、ディアーナ」  
「うーん、それもそうですわね」  
「だめよ、騙されちゃ」  
「騙す?」  
「このあたしの第六感が教えるの。何か裏があると見た。今すぐ教えて。殿下の選んだメンツを」  
  セイリオスはいかにも残念そうにためいきをついてみせる。  
「人聞きが悪いね。何かたくらんでいるわけではないよ。ディアーナは王女だし、メイは研究院の重要機密だ。その二人と親しく合コンをしても差し障りがない人物というと、最初から限定されてくる」  
  メイはいや〜な予感がした。  
「ディアーナの家庭教師のセリアン文官と、研究院のセリアン魔導士を選んだ。我ながらベストな人選だ」  
  アイシュとキール。皇太子の考えでは、それが人畜無害な人選のつもりらしい。当たっているかどうかはともかく。  
「違う! 全然違う!!」  
  誰よりも早く電光石火で口を開いたのは、もちろんメイだ。  
「そんなの全然合コンじゃない! 殿下、合コンのこと全然わかってない!」  
「わかっているとも」  
  メイの絶叫もロイヤルスマイルで軽くかわされる。  
「アイシュが古文書で調べてくれた。合コンというのは、もともとは合同コンパという言葉で、古くは男子専門学校と女子専門学校とが合同で行った会費制のカンパニーなのだそうだ。類義語に合ハイ、すなわち合同ハイキングというのがある」  
「……そんなの知らない……」  
  現役女子高生のメイは知らなくて当然だが、半分くらいは真実である。  
「つーか、そーゆーことじゃなくて! 合コンっていうのは知っている人だけでやってもしょーがないの!」  
「ねえ、お兄さま」  
  吠えるメイの隙をついて、ディアーナが口をはさんできた。  
「それでシルフィスはどうなりますの?」  
「は?」  
  メイにとっては論点がずれているのだが、ディアーナには、合コンの真実なんてある意味どうでもよかった。アイシュやキールと親睦を深めることは、別に悪いことではないと思っている。  
「合コンて男女同数なのでしょう。お兄さまは男の子組ですわよね。じゃあ、シルフィスは…」  
「決まっているだろう。お前たち3人は女の子組だよ」  
「シルフィスは男の子組がいいですわ。わたくし、そういう合コンがいいですわ」  
「だめだ、シルフィスが女の子で3対3だ」  
「未分化なんですから、男の子でもいいでしょう」  
「いいや、女の子だ。そうだろう、レオニス」  
「……」  
  今まで存在を無視されていたレオニス、いきなり振られても返事のできようはずがない。  
「騎士団に入れたのはお兄さまでしょう。シルフィスは男の子になるんですのよ」  
「そうとは限らないだろう。これから女の子になるかもしれないじゃないか」  
「お兄さま、ずるいですわ」  
  もはや、この兄と妹の考える合コンには、アイシュもキールも、そしてメイもいないかのようだった。メイはため息をつく。  
「わかったわよ、殿下。さてはシルフィスを女の子席に座らせて、騎士服着せて口説くつもりだったのね」  
「口説くとか、そういう問題ではない」  
  そんなことで引き下がるメイではない。セイリオスの設定そのものに不満なのだから。  
「だいたいさあ、ディアーナの家庭教師なら、アイシュだけじゃなくてシオンだってそうじゃない。なんでシオンを入れないのよ」  
「シオンはだめだ」  
  遊び人とわかっていて、なぜ大事な妹の家庭教師にしたのか。謎が多い。  
「なんか私情が入りまくりだよ、殿下!」  
「当たり前だ、私の感情で選んでるんだ」  
「そんなの勝手すぎる!」  
「メイ、がんばって、ですわ」  
「殿下おーぼー、どくさいはんたい!」  
「そーだ、そーだ。セイル、俺もシルフィスと合コンさせろ」  
「ぎゃ〜っ!」  
「シオン!」  
  またこの展開か。中庭は人通りが多いからしょうがないということで。  
「よう、セイル、途中から聞いてたぞ。萌えるのはやっぱり騎士服より女官服だろう」  
「そういう趣味はない」  
「わかってないな?。あのきゃしゃな体と流れるような金髪。騎士服なんて無粋なものより、ウエストのきゅっとしまった黒い女官服を来たシルフィスの方が、絶対そそるって」  
(シオンが言うと、おもいっきりえっちくさい…)  
  メイの心の声をよそに、このとき一番にツッコミを入れるべきレオニスは、輪から離れて遠くを見ていた。彼は彼なりに、シルフィスは男の子組か女の子組か、真剣に考えていて、他人の話を全然聞いていなかった。  
「ったく! 服なんかどうでもいいんだって言ってるでしょ!」  
  ついにメイはキレた。なまじ最初に期待してしまったばっかりに、裏切られた時の反動が大きい。  
「あたしは普通の合コンがしたかっただけなのに?!」  
「嬢ちゃん、普通の合コンて何するんだ?」  
「合コンっていったら、カラオケとか、ケータイメール教えたりとか、そういうことなのよ?」  
「カラオケ?」  
「ケータイ?」  
「確か前に言っていた歌合戦のことだろう。やってもいいんだよ」  
「もちろん酒はOKなんだろ」  
「アイシュが来るならケーキを作ってもらえたら嬉しいですわね。楽しみですわ、合コン」  
  それはもう、メイが知っている合コンとは、名前が同じでも中味は全然違うものだった。  
「……だから、合コンがしたいんだってば……」  
  がんばれメイ。いつかはクラインで、合コンができる日が来るかもしれない。 
 

    2001年冬コミの時のオフ会でできた企画のために書きました。 
    あみだで組んだrosegardenさんとペアで、お題は「シルフィスメイン」「制服」「くじでひいたキャラのどちらかを使う」 
    私たちがひいたキャラはセイルとメイ。 
    お題をほとんど無視した私の文に、roseさんが素敵なイラストをつけてくれました。Rose House 
 
 
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