近所じゃ有名
 
 
 ずどーーーーーん!
 轟音と共に床が揺れた。
「あちゃー、またやっちゃったー」
 もうもうと立ちこめる白い煙の中に尻もちをついて、メイは小さく舌を出した。
 キールと二人でラボを始めてから数週間。これがない日はない。
 最初はびっくりして様子を見に飛び出してきた近所の人たちも、今はもう慣れっこになってしまった。
 最近は近所で交わされる挨拶のなかで、「今日は派手だったねえ」「今日はいまひとつ地味だったねえ」という会話が、天気についてを抑えて一位を獲得している。
 それでも一人だけ、必ずすっ飛んでくるのが同居人のキールだ。
 この日もやはり、別の部屋から靴音を響かせてやって来て、部屋の入り口に立った。さっきまでそこにあったはずの扉は、今は枠しか残っていない。
「メイ! 生きてるか?」
 立ち上がってスカートをはたきながら答える。
「うん、全然平気」
「“全然”と言ったら最後は否定の“ない”がくるんだ。正しい使い方をしろ。…ってそんなことじゃなくてだな」
 キールはため息をつきながら額に手を当てた。
「お前の場合、うまくいかないのは仕方がないとして、どうして人並みの失敗で終わらないんだ。爆発させないと気が済まないのか」
 こめかみには青筋が浮いていて、これでもかなり我慢しているのがわかる。
「いやー、わざとじゃないんだけどさー」
 昔だったら「そんな言い方しなくてもいいじゃない」と言い返すところだが、今のメイは何を言われても気にならない。キールがこういう言い方しかできない奴だとわかっているから。
「近所に迷惑だろう…それに自分の家なんだぞ」
 そうなのだ。去年は何を壊しても、王宮の金を湯水のように使って修理していたのだが(もちろんそのための書類には皇太子の冷や汗や文官たちの涙の跡がたくさんついていた)、二人暮らしの今、修理代は生活費を直撃する大問題なのだ。
「あはは…(汗)もうドアとか直さないってのはどう? どーせまた壊れるんだし」
「だめだ。そういう甘えがまた失敗を生むんだ。修理代はすべてお前の将来の稼ぎにツケておく。いいな」
 今このラボで稼いでいるのはキール一人。メイはまだお代をもらえるような仕事ができる腕ではない。
「ごめん。新しい食器棚買うの、また延期かなあ」
「ま、お前とラボをやると決めた時から、こうなることはわかってたからな。別に気にしてない」
 怪我がなければそれでいい、と小さくつぶやきながら、キールはぽんとメイの頭に手を置いた。
 そうやって、メイの魔力が暴走しないようにといつも彼女の周りの魔力を安定させている。
 異世界人のメイの魔力は、実は底知れない。キールの魔法が被害を最小限に抑えていると言っていいだろう。
 キールのため息も、眉間のしわも、厳しい言葉も、すべてメイを思えばこそ。
 甘い言葉がなくても、その想いはちゃんとメイに伝わっている。
「あたし、がんばるから。少しでも早くキールの手伝いができるように」
「それで無茶するから失敗するんだ」
「だーいじょーぶ! キールが側にいてくれたら、あたしきっと、なんでもできる」
「ばか、恥ずかしいこと言うな」
「恥ずかしくなんかないもん。ほんとのことだもん」
 キールが照れるのが嬉しくて、メイは何度でも繰返した。
 あなたが側にいてくれるなら。
 キールも少し笑って、メイの頭をまたぽんぽんと叩いた。
 それだけで幸せが満ちていく二人の時間。


 爆風で吹き飛んだ窓のせいで会話がすべて外に筒抜けで、外を歩いている通りすがりのご近所の皆さんが、「いいですねえ、若い人たちは」「今日も熱々ですねえ」などと挨拶し合っていることに、二人はまだ全然気付いていない。
 


    2001年ファンタの旅記念キリ番企画によるリクエストで書きました。
    No.15000th hitを踏んだ麻生司さんのリクエストは「キールメイ」「コミカルでラブラブ」
    初めて書いたキルメイでしたが、メイが引っ張ってくれてなんとかなりました。
    キールはちょっと別人かもね〜でも麻生さんが気に入ってくださったのでオッケーということで。
    書いているうちに最初の構想と違ってしまったため、最初のネタが宙に浮いている・・・ 
 

 
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