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真夏の太陽の力強さは、地平線の陰に姿を隠してからもその光を遠く投げかける。 窓の外の明るさを信じていると、いつのまにか夕餉の時間を迎えている。 「あ、やば、もうこんな時間?」 メイは呪文を写す手を止めて、窓から空を見上げた。 「あたしがうっかりしてると絶対夕ご飯食べないからな、あいつ」 あいつというのは同居人のキールのことだ。 普段から、面倒くさいとか言って寝たり食べたりという生活の基本をほったらかしにしてしまう奴なので、メイがうるさく言わないといけない。 特に夏場はそれではバテてしまうと思って、メイの方で気を付けていた。 夕食の支度をしなくては、と魔法修行の道具をそのままに、メイは部屋を出た。 台所へ行く前にキールの作業場を覗こうかと思ったが、ふと外の景色にひかれて、庭に降り立った。 既に東の空は暗くなり始めていたが、西の空は黄金色の残照で輝いている。 その中に明るく光る星がひとつ。 「一番星だ」 メイはそんなに星に詳しかったというわけではない。 元の世界でも、特別明るい星しかわからなかったし、星座もオリオンとか北斗七星とかメジャーなものしか知らない。 この世界の星の並びはどうも元の世界とは違うようで、見慣れたその星座すら見分けられなかった。 「そう言えば、七夕が過ぎちゃったな。この世界にも、織姫と彦星ってあるのかな」 暮れていく空をぼんやりと見上げていると、後ろに人の気配がした。 「なんだ、それは」 「あたしのいた世界の伝説だよ」 キールだとわかっているから、メイは驚きもせず、空を見たまま答える。 お互いの独り言にツッコミを入れるのがいつもの二人のコミュニケーションだ。 「恋人同士の星が無理矢理別れさせられちゃうんだけど、一年に一日だけ会うのを許されるっていう話」 「ふうん。お前にしてはわかりやすい説明だな」 隣りに立って、キールも空を見た。 西の空の輝きは徐々に色を失い、降りてくる宵闇とのはざ間で、最後の白い光が家々の屋根や木々を浮かび上がらせている。 「年に一度二人が会えるその日に、願い事をすると叶うっていうのも伝説なんだよ」 「願い事?」 キールは眉を寄せてメイを見た。 「今日がその日なのか」 「ううん。もう終わっちゃった」 首を振って答えた後で、そっか、8月にやるとこもあったなー、とつぶやいたメイの横顔の表情は、夕闇にまぎれてよくわからなかった。 何か星に願いたいことがあるのか、とキールは尋ねたかったけれど、それを口にしてはいけないような気がして、そのまま口をつぐむ。 不意にメイがまっすぐにキールの顔を見た。 「あたしが元の世界に返りたいと思ってんじゃないかなー、って思ってるでしょ」 図星を指されて思わず動揺が顔に出たキールに、メイは勝ち誇ったように嬉しげな、それでいて優しい笑顔で言った。 「あたしの願い事はもう叶ったの。だから全然気にしないで」 つられて微笑んでしまいそうになるところをぐっとこらえて、キールは無理に話をそらす。 「だ、だいたいだな、なんで別れさせられた恋人が願いを叶えてくれるんだ。関係ないじゃないか」 「あんたねえ、何でそういうツッコミ入れるかなあ。ロマンチックな話なのに」 「ロマンチックって柄か、お前が」 「なによう。乙女のロマンくらいあたしだってあるわよ」 そのとたん、ぐうーっと音がした。メイのお腹だった。 「うっ…」 「ほうー、どう考えても、色気より食い気って感じだけどな」 ぐぐーっ。 今度はキールのお腹が鳴った。 「……俺もお前の食い気が移ったみたいだ」 口はへの字のままで、少しだけ照れた顔で、キールが言った。 「それはあたしの手料理が食べたいってサインかな」 「別に、食えれば何でもいい」 「じゃ、遅くなっちゃったけどこれから作るね」 「ああ、俺も手伝う」 お前だけじゃ心配だからな、と付け加えた言葉に、とかなんとか言っちゃって本当はあたしと一緒にいたいんでしょー、などとまぜっかえしながら、二人は室内に入っていった。 夏の夜空は青く、西の空だけでなくあちらこちらに星が瞬き始めている。 こうして恋人たちの夜が訪れる。
No.17000th hitを踏んだ麻生司さんのリクエストは「レオシルかキルメイ」「夏至祭」でした。 遅くなってしまって夏至に間に合わず、七夕ネタにしようと思ったものの、やはり遅れました。すみません 17001番リクエストのレオシル作品と対になってます。構成が同じなのもわざとです。企画物ということで見逃してください。 レオシル「Morning Star」は水瀬しのぶさんのPremier amourにあります |