月の光射す神殿の裏庭に、彼は一人立っていた。 降り注ぐ月光をすべて受け止めているかのような金の髪は、闇の中で鮮やかに浮かび上がる。 暗い道、それを目印に近付いてきたもう一人が声をかける。 「シルフィス」 呼ばれた彼が振り返ると、やはり月を溶かし込んだかのような銀の髪が目に入った。 「ガゼルも来たんだね」 「そりゃあな。ここが始まりだったような気がするんだ、俺」 「私もだよ」 白い息を吐きながら、二人は並んであたりを見回す。 あれは何年前の冬だったろう。 夜中に宿舎を抜け出して隊長の後をつけた。予想通り、王女と駆落ちしようとしていた。ところが意外にも皇太子殿下が現れて。 夜明け前の神殿で繰り広げられた一幕。 シルフィスとガゼルにとって、忘れ得ない出来事だった。 直後にお礼を言ってくれた隊長と、二言三言言葉を交わしたきり、その次の日から隊長にも姫にも会うことができなかった。 さよならも言えず、もう二度と会うことができないかと思っていた。 「殿下、いや陛下って、すげえ人だな。まるで奇蹟みたいだ」 「信じていればいつか夢はかなう、って本当だったんだね」 昼から何度も繰返した言葉をまた交わし合う。 あの二人が帰ってくる。 騎士団で知らせを聞いたときは耳を疑った。 昼の間は、みんなの手前平静を装っていたけれど、二人とも、内心ではまさに狂喜乱舞、大声で町中に知らせて回りたいくらいだった。 「あの時もこんな月の夜だったね」 「俺は馬車を調達して塀の外で待ってたんだよな。やけに寒かった」 「あの頃は若かったね、お互い」 「なに年寄りくさいこと言ってんだ」 「だって」 「ああ、お前は分化前だったっけ」 大きな目をさらに大きくして、シルフィスの顔を見つめたガゼルに、シルフィスはゆったりと微笑む。 「私たち、姫はもちろん、王族になった隊長にも、近衛騎士として仕えることができるんだね。こんなことになるなんて、想像もつかなかった」 「そうか、そういうことになるんだな。俺たち近衛だもんな」 それから、ふと何か言いたげにしたガゼルだったが、 「隊長もディアーナも、お前が男になったの見たらびっくりするだろうな」 それだけ言うと月を見上げた。 「そうかな」 シルフィスは自分のことはどうでもいい、という風に肩をすくめる。 「なんだかあれから、とてつもなく長い時間が経ったような気がするよ」 「長かった」 ガゼルは月を見上げたまま繰り返す。 「ほんと、むちゃくちゃ長かった」 シルフィスも黙って月を見る。 思い出は美しいと言うけれど、あの二人と過ごした日々を思い出すと、胸が痛まずにはいられなかった。 過ぎた時間のかけらを拾い集めるような真似をしてもしょうがないと割り切って、前だけを見て生きてきたつもりだった。 昔と同じ日々が戻ってくるとは思わない。けれど新しい日々は、きっと今度は違う色で輝いていることだろう。 夜の空気から朝の空気へと変わる気配がする。 この夜明けが新しい時代に繋がっていることを、二人は信じている。
どうでもいいポイントその1 場面は冒頭と同じ場所に戻って終わります。実はタイトルも戻ってます。 全4話のそれぞれのタイトルは漢字でしりとりになってて、戻ってるんです。誰にも言ってもらえなかったので、自分でばらす。 その2 全体のタイトルをどうするか、ものすごく考えました。上のしりとりは決まっていたんですが… ロンド(輪舞)というのも最後まで候補だったんですが、同名のファンタ創作があるのを知っているので、やはり使えません。 悩んだ挙げ句見つけたのがフーガ(遁走曲)。これも主題がぐるぐる回るし、主人公逃げる話だし(爆)これだ!ということになりました。 その3 上で「とりあえず」完結と言ってますが、なぜかというと、パラレル続編があるからです。 同人誌『黄金の林檎』に書いた「月暈」がそれです。あくまでもパラレルですので無視してもオッケーです。 |