寝るために着替えようと思ったメイだったが、もういちど鏡を覗きこむ。 明日、もう一度ダリスへ行く。多分これが最後になるだろう。 北の砦での戦いも、アリサとダリスへ行ったことも、遠い昔のことのように思えるが、すべてはついこの間の出来事だ。 鏡の中の自分は、少し大人びたように見える。 まったく、ここしばらくは激動の連続だった。 ダリスのことだけではない。 降誕祭の夜、好きだったあの人から告白された。唐突な展開だったけど、あれは彼なりに精一杯の告白だったんだと思っている。 思いがけない形でかなった恋を素直に喜んだ。 成り行きとはいえ、ダリスとのことに首を突っ込んだのも、彼が忠誠を誓うクラインという国の役に立ちたい、という気持ちが心の 底にあったからだろう。 恋する乙女の顔をしているとは思わないけれど、やはり以前とはどことなく違った自分がいるような、そんな気がして鏡を見る。 突然、窓を叩く音がした。 そういえば、前回ダリスに行く前夜にも、友達が不意に訪ねてきた。 また同じ人物かと思って窓へと立つと、意外にも、外にいたのはたった今頭に思い描いていた恋人、その人だった。 「隊長さん?」 慌てて窓を開けると、無表情の振りしてかすかな照れをにじませるいつもの顔で、レオニスがそこにいる。 「…夜分にすまない」 「いいけどさあ。どうしたの?何かあった?」 「いや…」 「表に回って中に入る?」 「いや、すぐに帰る」 窓の桟に手を付いてメイが身を乗り出すのを制して、レオニスは外から窓枠にもたれかかる。 「何か急用ってわけじゃないんだね」 「ああ。明日の出発前には会えそうもなかったので……どうしても顔が見たくなった」 「嬉しいけど、面と向かって言われるとけっこう恥ずかしいな」 「そうか」 「隊長さんてさ、普段は落ち着いてるのに、突然思い切ったことするよね。リミッター解除ってやつ?」 「……」 まっとうに考えれば、こんな時間に女性の部屋を窓から訪問するなんて非常識なことを、レオニスがするはずはなかった。 だがメイの言う通り、彼をいつも抑制している倫理もあるところまで来ると、特別の感情の前にはふっとんでしまう瞬間があるらしい。 恐らく降誕祭の夜の告白も、計算されたものではなくて、本人にとっても意外なものだったに違いない。 「そういうの、あたしの前だけって、うぬぼれちゃっていいのかな」 「……そうだな」 それ以上は、いつもの彼に戻って、もうほとんど自分から口を開かない。 そんな沈黙も心地よくて、メイは大きく深呼吸して、湿った夜の空気をいっぱいに吸い込む。 その拍子に見上げた夜空は、月もなく満点の星空で、星の光のせいか、真っ暗ではなくてとてつもなく明るく見える。 「見て。夜の空って、黒だと思ってたけど青いんだね」 「…光の加減ではないのか」 「ううん。ぜったい青いよ。そうだ、まるで、隊長さんの瞳の色みたい」 そう言いながら、メイはもう一度窓から身を乗り出して、レオニスの顔を覗き込む。 その視線を真っ正面から受け止めて、 「メイ、私は……」 何か言いかけたレオニスだったが、そのまま言葉を切って顔を背けた。 「なに?」 「いや、いい。明日、お前がダリスから戻ってきたら、その時に言おう」 「今じゃだめなの?」 「大事な仕事の前だ。終わってからにしよう」 「そう?」 「寒くないか」 「平気。もうちょっと一緒にいてほしいな」 「……ああ」 そうして二人は、今度は黙ってサファイア色の星空を見上げる。 わざわざ来てくれた彼の想いも、それが嬉しくて引き止める彼女の想いも、お互いの心を暖かくする。 言葉がなくても、二人で過ごすこの時間が幸せのすべてだ。 明日、メイがしなくてはならない身を切るような選択を、二人は知らない。
メイがする選択とは、もちろん、元の世界に戻るかクラインの残るか、の選択。 恋人がいるなら必ず残るだろうって? そうかもしれません。 でも、16歳の彼女が家族や友達と二度と会えなくなる、ということを一瞬で決断しなくちゃいけないんです。かなりきついと思います。 メイって「彼がいればそれだけで幸せ」っていう恋愛体質じゃないと思いますし。 残ると決めても、身を切るような決断でしょう。 最後の1行を書くために作ったお話です。タイトルに名前負けって感じもします。 レオニス=クレベールFCの隊長誕生日企画に投稿したものです |