あたらしい季節
 
  
「では、宿舎のあなたの部屋に案内しましょうね。」 
 彼女は、鮮やかに微笑みながら、私に言った。 
 シルフィス=カストリーズ。アンヘル族から初めて騎士団入りし、救国の英雄となった、史上初の女性騎士。 
 国中の男たちの賞賛の的であり、国中の女たちの憧れである彼女がいなければ、私がこうして騎士団の見習いになることはなかった。 
 そうしてもう一人、公私共にわたって彼女のパートナーであり、支えでもあるあの人、レオニス=クレベール。 
 もしもあの人がいなかったとしたら…。 
 そう、初めての女の騎士見習いとして、私がここにいられることは、まさに奇跡だ。 
 自分でもいまだに信じられない。ずうっと願っていた夢が叶った。あの日から心に抱いた夢。 
 
 
 あの日のことは忘れない。 
 何年前のことかも、はっきり覚えている。 
 酔っぱらいに絡まれていた私を助けてくれたその人に、私は素直にお礼が言えなかった。 
 つい、子供っぽい反抗心と照れ隠しで、「助けてくれと頼んだ覚えはない」なんて啖呵を切ってしまった。 
 その人は、怒りもしないで、 
「これからは、女も強くなくてはな。」 
 そう言うと行ってしまった。 
 冗談だったのかもしれない。笑っているように思ったから。 
 でも、街のみんなは、その人が笑っているのなんか見たことない、と言っていた。 
 本当のところは、なんだかもう、よくわからない。 
 あれから私は、いつもあの人を見ていた。 
 あの人が街を巡回するときも、式典のパレードのときも、騎士団の一般公開のときも、いつもいつも。 
 そうして思った。あの人と同じ、騎士になりたいと。 
 
 
 同期になった見習いたちの視線を背中に感じる。 
 彼女に向けられるのは賛美のまなざし。 
 私に向けられたのは好奇のまなざしだろう、多分。 
 軽侮が込められていないことを祈るけれど。 
 私は彼女の後について訓練場を出る。 
 目の前で揺れる黄金色の髪には、女の私でも見惚れてしまう。 
「騎士になりたての私が指導係だなんて、不安に思われるかもしれませんが、精一杯努めますので、これからよろしくお願いしますね。」 
「い、いえ、こちらこそ…どうぞ、よろしく、お願いいたします。」 
 どきどきしてしまって、うまく喋れない。 
 失礼な態度を取っていやしないか、心配でならない。 
 私があがっているのが伝わるのだろう、彼女はくすりと笑いながら振り向いた。 
「そんなに固くならないで下さい。女の人が見習いで入ってくるなんて、私もとても嬉しく思っているんですよ。騎士団に、女性は私たちしかいないんですから、仲良くやっていきましょうね。」 
 彼女の翠の瞳に間近で見つめられて、私は一層くらくらしてくる。 
 私にとっても特別の人であることには変わりない。 
 その彼女から「仲良く」なんて言われたら舞い上がってしまう。 
 彼女がいたから、それまでの慣習が破られて、平民や女が騎士団に入ることができるようになったのだ。 
 彼女がダリスとの戦争を回避したから、彼女の上官がそのまま騎士になることを認めたから、そして皇太子殿下が騎士団の門戸を貴族の息子以外にも開くことを決めたから。 
 
 
 騎士団に入りたいと言ったら、みんなに笑われた。 
 女が騎士になれるわけがないって。男だったとしても、平民では騎士団には入れないって。 
 馬鹿な私は、それまで、そんな当たり前のことにも気付いていなかった。 
 普通の女の子なら、彼のお嫁さんになりたい、とか思うんだろうけど。 
 私って変わっているかな、やっぱり。 
 あの人は、私を特別扱いしたわけじゃない。そんな勘違いはしなかったつもりだ。 
 あの人はいつも周囲に気を配って、誰にでも助けの手を差し伸べる。 
 でもそのくせ、誰にも関心を持っていないようにも見えた。 
 周りの女の子たちがあの人を、かっこいいけど恐い、と言っていたのは、多分正しい。 
 あの人の世界は閉じていた。 
 私はあきらめなかった。他の人の前では、二度と口にしなかったけれど、いつかきっと、騎士になれる日が来る、そう思っていた。 
 それまで私にできること、ただ身体を鍛えておくこと。 
 子供の考えることとはいえ、自分でも笑える。 
 いいの、あの人が「女も強くなくては」って言ったんだから。 
 
 
 宿舎へ向かう間も、彼女は、 
「騎士団への入団が広く開かれたとしても、どんな人が応募してくるか、正直不安だったんですよ。女性の応募はないんじゃないかって、事前にはそういう噂だったんです。」 
 気さくに話しかけてくれる。 
「女子は、年齢制限が少し上だったので…私のような成人した者に、入団試験を認めてくださって、感謝しています。」 
「未成年の女子では、体力的に難しかったでしょうからね。あなたはすばらしい成績で合格なさったんです。自信を持ってくださいね。」 
 そうして彼女は、ちょっと照れくさそうに笑って言った。 
「私たち、だいたい同い年ですけど、私、女性歴が短いので、女性としてはあなたの方が先輩です。いろいろ教えてくださいね。」 
 つられて私も笑ってしまう。女性歴っていったい…。 
 そうか、最初はアンヘル族として苦労して、今は女性としての苦労があるのか。 
 大変ですね、なんて、ありきたりの慰めを言うつもりはない。 
 だって、あなたには、私なんかより心強い味方がついているのだから。 
 …ちょっとひがみかな。 
 
 
 一年前、アンヘル族から初めて見習いが入ったと聞いても、最初は何とも思わなかった。 
 だって当然男に分化すると思い込んでいたから。 
 私って頭固い。 
 でも、いつの頃からだったろう。あの人だけを追っていた私の目に、必ずあなたが入ってくるようになったのは。 
 あなたとあの人が自分たちの想いに気付くより早く、私にはわかった。 
 それはまるで昔話のロマンス。「そして二人は恋に落ちた」と一言で片づいてしまうような。 
 あの人の世界が開かれていくのが、私には見えた。 
 悲しくはなかった。強がりじゃない。 
 それよりも、悲しくない自分が寂しかった。 
 心の奥底で私は、あの人が、決して手の届かないところにいる人だと知っていた。 
 騎士になろうなんて、不可能な夢に自分の心をごまかしてすりかえているような、そんな気がした。しょせんは見果てぬ夢なのか… 
 私は賭けをした。 
 あなたはきっと女になる、そして騎士になって、あの人と結ばれる。 
 私は私の人生を賭けた。 
 一番実現が難しそうな三つの条件。 
 結ばれない、という方に賭けるべきだったのだろうか。 
 でも、なぜだかそれはできなかった。 
 あなたができないのなら、私もあきらめる。 
 もう騎士になりたいなんて思わない。あの人を見つめるのもやめる。 
 その代わり、もしも、私の夢をあなたが叶えてくれるなら… 
 
 
 騎士団宿舎の部屋は、想像していたより広く、下町育ちの私を驚かせた。 
 大きな姿見があるのも意外だったが、考えてみれば、ここで剣を振る稽古もするのだから、当然なのだろう。 
「本当は、騎士と見習いは別な区画なんですけど、女同士ということで、隣同士の部屋になりましたから。」 
「え、え、そうなんですか? 光栄です。」 
 慌てて返事をしてから気付いた。ちょっと待って。あなたたち、一緒に暮らしてないの? 
 もともと慎み深いというような性格ではなかったが、舞い上がっていたせいで、私は、よせばいいのに、思った通りのことを口に出してしまった。 
「隊長とご一緒ではなかったのですか…」 
 言ってしまってから赤面したがもう遅い。 
「…失礼しました……」 
 私の無礼な物言いに動じる気配もなく、 
「隊長は宿舎には入りませんから。一緒にいたくても駄目なんです。残念ですね。」 
 にっこりして言うあなたに、どう答えていいのかわからない。 
 これって…のろけなのか? 
「あ、あれ、私、何か変なことを言いましたか?」 
 私はよっぽど妙な顔をしているらしい。 
「いいえ。騎士団の隊長を勤める方々は、皆様立派なお方だと思っております。お近付きになれれば、これほど光栄なことはありません。」 
 ここは無難にかわしておこう。 
 考えてみると、私はあなたを遠くから見ていただけで、性格までは知らないのだ。 
 さっきのことといい、もしかして、愉快な性格なんだろうか。 
 …それはそれで嬉しいけれど。 
「そうですよね!騎士団の先輩方は素晴らしい方が多いですから。」 
 今気付いた。あなたって、いつでもなんだか嬉しそうな喋り方をしている。 
「隊長ほどではないにしても、私が隣室にいれば、トラブルが起きることもないでしょう。そんな不埒な輩がいるとも思えませんが。」 
 そりゃあそうでしょう。 
 私はともかく、あなたにちょっかい出す勇気のある男がこの世にいるなんて、考えられないもの。 
 
 
 私は賭けに勝った。 
 あなたは私の夢そのままを実現した。 
 だから今度は、私が私の夢を叶える番。 
 あなたが私の代わりに夢を叶えてくれたからって、それで満足して引き下がるつもりはない。 
 あなたのおかげで、私も騎士団の入団試験を受けることができるようになった。 
 チャンスをつかんだのは私。 
 私もきっと騎士になってみせる。 
 さっきの訓示で、軍団長が言っていた。騎士の命は王家のものだと。 
 違う。私は王家のために騎士になるんじゃない。 
 私の命はあの人のためのもの。そしてもう一人、あの人が愛した、シルフィス、あなたのためのもの。 
 
 
 開けっ放しになっていた扉をノックする音がした。 
 私たちが振り返ると、年若い銀髪の騎士が立っていた。 
「よっ、シルフィス。それが噂の新人か?」 
「ガゼル、いきなり失礼ですよ!」 
 彼のことも知っている。彼もまた、あの人の後を追っていた一人。 
「わりい、わりい。ガゼル=ターナだ。これからよろしくな。」 
 私をまっすぐに見る金色の瞳は、むしろ清々しい。 
「こちらこそよろしくお願いします。」 
「シルフィスがいきなり指導係につくんだからなー。こいつ、限界知らないからきっと厳しいぜ。がんばれよ。」 
「そんなことをわざわざ言いに来たんですか、ガゼル。」 
「何だよ、ほんとのこと言われて怒ったのか。」 
「そういうわけじゃ…」 
 気の置けない同期の会話。 
 私にも、こんな風に話せる仲間ができるのだろうか。こればっかりは少し不安だ。 
「おっと、用事を忘れるところだった。レオニス隊長が呼んでる。新人騎士に指導を任せるのが心配で、先に一度会っておきたいってさ。」 
 かっと、頭に血が上るのがわかる。 
「今年も隊長が全体の責任者ですものね。では、荷物を置いたらすぐに行きましょう。」 
 そんな、にこにこしてる場合じゃないでしょう!と心の中で叫んだが、私の方こそ動揺している場合じゃない。 
 騎士団に入団した以上、いつかはこの日が来るとは思っていた。あの人の人生と私の人生が再び交わる瞬間。 
 先に廊下に出て待っている彼女に向かって、私は歩き出す。 
 見習い騎士としての私の時間は、今始まったばかりだ。 
 

    1999年の夏に書いたものです。これが初のレオシル創作です。 
    ネタそのものは、その前の冬、ファンタを最初にプレイした直後に思いついたものそのままです。 
    翌年の春に書いて某所に投稿しようと思ったのですが、間に合わず、季節外れのまま、自分の同人誌初掲載作品となりました。 
    新入学シーズンによせて、期間限定でアップしたこともあります。 
    レオシルなのにレオニスが全然出てこないなんて(一応回想シーンで出ますが)、大胆不適ですね。 
    いきなり、オリジナルなキャラクタの独白というのも、反則のような気もします。でも、気にしない。 
    これは、まさに当時の私の心の叫びそのものです。主人公を成年に設定してみたりして。 
    私のレオシルへの最初の思いが込められている、そういう意味で大変恥ずかしい作品です。 
    あまりにも心情告白に近いせいか、逆に主人公の気持ちが説明不足かもしれません。 
    なぜ恋は叶わないのに、騎士になりたいのか? そうすればあの人の少しでも身近にいられるから。 
    相手が振られるのを待つとか、仲を引き裂いてやる、という積極性はないんです。それほどの自信もないし。 
    構成としては、主人公の過去と現在をかわりばんこに見せていく、というのが工夫のすべてでしょうか。 
    これを場所でやってみたのが、「決戦〜ノーチェを倒せ〜」の本編です。 
    あとは、レオニスのこと、ひたすら「あの人」と呼ぶこと。ザ・あの人。あの人と言ったら一人しかいない、心の中では。 
    完全一人称なので、できることですね。 
    よく見ると、最後にちゃんとガゼルがいました。この後、私の中にガゼルブームが到来するわけですね〜 
 
 
 
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