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真冬ならばまだ真っ暗なはずの時刻でも、この季節は東の空が白むのが早い。 夜の帳を追い払う太陽の先触れは駆け足で、地平線から中空まであっという間に色を染め変えていく。 シルフィスは夜着のまま窓辺に立っていた。 天頂では夜と朝とがせめぎあっていたが、星々の姿はもはやなく、ただひとつだけ、背の高い庭木の上で輝く星がある。 「羊飼いの星だ」 故郷の村では、日暮れと夜明けとに光る最初と最後の星を目印として用い、羊飼いを導く星と呼んでいた。 王都のように鐘も時計もなかった村では、太陽や月や星で時間を計っていた。 2年前の夏には、自分はまだ村にいて、あの星を見ながら水汲みに行ったこともあったのだ。 そんなことを思いながら、その白い光を見つめていると、 「シルフィス」 不意に後ろから名を呼ばれ、慌てて振り向いた。 「どうした、眠れないのか」 この春から一つ家に暮らしているレオニスだった。 「なんだか目が冴えてしまって。でも気分はとてもいいんです」 レオニスもシルフィスの隣りに立って空を見上る。 「…もう朝だな」 「はい。最後の星です」 「そうだな」 「そういえば、前にメイが言っていました。メイの世界ではお星様に願い事をすると叶う日があるんだそうです」 「そうか」 「いつだったか忘れちゃったんですけど、確か夏でした。とってもドラマチックなお話だったんですよ」 「…何か…」 「え?」 「何か願い事があるのか」 その言葉に、それまで饒舌だったシルフィスは怪訝そうな顔をして隣りを見上げた。 レオニスはそんな彼女の顔を覗きこむようにして静かに続けた。 「田舎のことを思い出していたのではないのか。故郷の家族のことを…」 お前には負担をかけているような気がしてならない、といういつもの口癖が出る前に、シルフィスはぎゅうっと相手の腕にしがみついた。 「私幸せなんです」 そして今度は自分からレオニスの目を見て笑顔になった。 気遣いは嬉しい。なんでも気に病む質のこの人を少しでも楽にしてあげることができるのは、きっと自分だけ。そう思えることもまた幸せだった。 「だからあなたもそれを信じて、幸せでいてください」 「そうか……そうだな」 微笑んだレオニスが再び空を見たので、シルフィスも目を上げると、白から薄紫に変わった東の空で最後の星がひときわ瞬いたような気がした。 「夜が明けたな……せっかくだから朝食の前に馬に乗るか」 「え、今からですか」 「仕事には充分間に合う」 「そうですね。一緒に乗るのは久しぶりですね」 窓辺を離れた二人を追いかけるように、朝の太陽の光が床に射しこんでくる。さっきの星の光は、夜明けの空の明るさに飲み込まれて見えなくなっていた。 窓から見える木々の葉も色を取戻し、鳥のさえずりも聞こえ始める。 朝だ。恋人たちの一日が始まる。
No.17001th hitを踏んだ水瀬しのぶさんのリクエストは「レオシル」でした。 同人誌以外にレオシル書くのは珍しいです。がんばって甘くしてみましたが、どうでしょうか。 17000番リクエストのキルメイ作品と対になってます。構成が同じなのもわざとです。企画物ということで見逃してください。 同じものが水瀬しのぶさんのPremier amourにあります |