レオニス隊長のブルーな中庭
 
 王宮の中庭は要所である。近衛騎士にとって、ここでの警備を任されることは晴れがましくも名誉なことである。
 中庭に賊が侵入することはまずありえないし、あってはならないことだが、ここでの任務は気が抜けない。
 何事もないように見えても、某文官が書類を撒き散らしたり、某筆頭魔導士が女官を泣かせたり、中庭は波乱万丈である。
 実に騒々しい。
 そんなハードな中庭勤務を、第三部隊のレオニス隊長はほぼ毎日のようにこなしている。
 さすがクライン一の剣豪と目される騎士は違う。
 今日も朝から万全の態勢で中庭に立っている。
 今しも、じゃじゃ馬姫と評判の王女ディアーナが姿を現したところだ。
「まあレオニス、おつとめごくろうさまですわ」
「・・・・・・恐れ入ります」
「シルフィスは今日は来ないんですの?」
「今日は休暇の日ですので、予定は把握しておりません」
「むう。教えてくださらないんですのね。意地悪ですわ」
 なぜ、シルフィスの予定を知らないことが意地悪なのだろうか。考える暇もなく、
「まあいいですわ。レオニスもこんないいお天気なのに遊びに行けないなんて、かわいそうですものね」
 ディアーナの話題は次へと移っている。
「そうだ、いいことを教えて差し上げましょう。メイが召喚した本に書いてあったのを教えてもらったんですの」
 それを聞いただけで、レオニスは嫌な予感がした。
 メイが異世界の文化だと言って持込むものは、トラブルを巻き起こすことが多い。
 すべてが、そのもの自体のせいやメイの責任ではなかったとしても。
「レオニスのお誕生日はいつでしたかしら」
「・・・・・・」
「レオニス?」
「・・・・・・12月だったかと」
「12月生まれの今週のソウゴウウン・・・・・・まあまあですわね。あら、でもレンアイウンは最高ですわ」
 レンアイウン。レンアイウンとは何のことだ。とレオニスは思った。
「ついでにラッキーカラーはイエロー。ラッキーアイテムはケイタイですって〜。わたくしのラッキーな場所は公園。きっと広場のことですわね」
 ディアーナの言葉は意味不明な点が多かったが、王宮を抜け出すつもりらしい、ということだけは完璧に察知できた。
「姫、お忍びは・・・・・・」
「あわわ〜、え〜とですわね〜、あら6月生まれのレンアイウンも最高ですわ」
「6月・・・・・・ですか?」
「いやですわ、シルフィスの誕生日でしょう」
 なぜここでシルフィスが出てくるのか、理解できない。
「すてき、やっぱりですわね。よかった。わたくしもうれしいですわ」
 何がやっぱりで何がよかったなのか。
「それではさようならですわ〜」
 本当は困惑しているのだが全く表に出ていないレオニスを残して、ディアーナはそそくさと立ち去って行った。
 姫がお忍びで外出なさるかどうか、各担当者に警戒させよう、と思ったところで、回廊の方が騒がしくなった。
「ひどいですう〜メイ、返してください〜」
「だって、せっかくなのにメガネで隠すのもったいないよー」
 見れば何かを片手で掲げ持って走るメイの後を、アイシュがふらふらと追いかけている。
 断片的に聞こえてくる会話を考えるまでもなく、メイがアイシュのメガネを持って逃げているのだ。
 逃げると言っても、完全に振り切ろうとはしておらず、遊んでいるようにしか見えない。
 このような時、中庭警備の騎士は何をなすべきか。
 答え。黙殺。
 口うるさく取り締まる者も中にはいるようだが、王族方が中庭におられる時ならともかく、そうでなければ余計な手出しをしないのがレオニスの主義だ。
 思った通り、二人は中庭の方には出てこないで、ばたばたと回廊を曲がって行ってしまった。
 ふう、と小さくため息をついたレオニスの背後に、近づいてくる気配。
 振り向きながら敬礼の構えを取った。
「殿下・・・・・・」
「相変わらず精が出るね」
 そこにいたのは皇太子セイリオスだった。いつものロイヤル・スマイルが心なしか引きつっている。
「さっき、ここにディアーナがいたようだが。何の話を?」
 恐らくどこかの窓から中庭の様子を見て、早速降りてきたのだろう。妹姫のことになるとわき目もふらない皇太子だ。
「シルフィスの今日の予定をお尋ねになりました」
「それから?」
 それから。レオニスは思い返してみた。
 なんだかレンアイウンがどうのこうのと言われた。自分がよく理解できていないものを他人に説明することができるだろうか。いや、できない。姫がわけのわからないことを言っていた、と答えるのも失礼に当たるだろう。
 レオニスは簡潔に答えた。
「お答えいたしかねます。」
  セイルの頬がぴくりと動く。
(答えられないだと? 答えられないとはどういうことだ〜〜〜!)
 とあからさまに顔に書いてある。
「レオニス、まさかとは思うが・・・・・・」
 こめかみをぴくぴくさせて皇太子が続けようとした時、突然右手の繁みから飛び出してきた者がいた。
「おお〜っとセイル、いいところで会った。ついでにレオニスも、俺をかくまってくれっ!」
 そう叫んだ筆頭魔導士が二人の背後に身を潜めると、今度はがさがさと繁みを鳴らして近付いてくる足音が聞こえた。
「シオンさま! どこにおられるんですか?」
「隠れても無駄ですわ、出てきてくださいませ!」
 今度は女官たちがシオンを追いかけているようである。
 シオンの名を呼びながら繁みから出てきたのは三人。そこに皇太子の姿を認めると、慌てて深々と頭を下げた。
「し、しつれいしましたっ!」
「いや、構わないよ。シオンに用があるのかい」
「いえ、ええと、あの・・・・・・」
 くちごもる女官たちに向かってセイリオスは、
「今日は私に免じて見逃してやってくれないかな」
 にっこり、とでも効果音の入りそうなほど上等なスマイルを見せた。
 その効果はてき面で、彼女たちはぽーっとなりながらお辞儀をしてあたふたと駆け去っていった。
「ふう〜助かったぜ、セイル」
「シオン、今度は何をやらかしたんだ。二股はかけない主義じゃなかったのか」
 一転、眉間に縦しわを寄せて、セイリオスはシオンに向き直った。
「その通り! 二股なんてもんじゃねーの。あれはまあ一種のおっかけみたいなもん。もてる男はつらいのよ」
 悪びれる様子もなくシオンは答えると、今度は皇太子と近衛騎士の顔をかわりばんこに見た。
「それより俺が見るところ、二人ともしけたツラして、なに険悪になっているのかなー?」
「険悪なんて気のせいだよ、シオン」
「・・・・・・はい・・・・・・」
「ふーん」
 シオンは顎に手を当てる得意のポーズでにやりとすると、セイリオスに向かって言った。
「どうせお前さんのことだから、姫さんのことでとやかく言ってたんだろうが、こいつにあたるのは無駄ってもんだぜ」
「そんなことではない!」
「いーからいーから。ま、このおっさん、自分でもイマイチわかってないみたいだけどな」
 シオンにおっさん呼ばわりされて、さすがのレオニスも仏頂面が三割増しになるかと思われたが、そうではなかった。
 その時レオニスの視線は目の前の貴人たちの背を通り越したあたりを中途半端に見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「んんー? どうした、レオニス」
「あれは・・・・・・」
 レオニスにつられて二人も振り返りながら上の方を見る。
 中庭の反対側に立つ建物の上を、見慣れた人物を乗せてへろへろと飛んでいくほうき。しかも二人乗り。
「ディアーナッ!」
「あーあ、嬢ちゃんも大胆になったもんだ」
 アイシュと戯れていたはずのメイがなぜディアーナを乗せて空を飛んでいるのか。
 どうせ中で出会って、姫のお忍びを手伝うと称して自分も遊びに行くことにしたのだろう。
 どっちがどっちに便乗してるんだか。
 飛んでいる二人はバレていないと思っているようだが、中庭からは完璧に丸見えなのだった。
「レオニス! すぐ連れ戻すんだ!」
「私の持ち場は中庭ですが・・・・・・よろしいのでしょうか」
「そうだったな。ならばいい」
 さっきのいきさつを思い出したセイリオスは、誰にも任すことはできない、自分で行こう、と勝手に決めて、ほうきが飛び去った方向へ走って行ってしまった。
 その皇太子の後を追いながら、
「待ち人いまだ来たらず、か。じゃあな」
 シオンは意味深な笑いとともにレオニスに手を振った。
 待ち人とはどういうことだろうか、とレオニスは真面目に考えた。
 別に自分は誰も待っているつもりはないのだが。
 しかしそれにしても、中庭は本当に人通りが多い。今日はこれで一段落ついただろう。
 さすがのレオニスも疲れを感じた。
 中庭勤務が名誉とはいっても、異常な程気苦労の多いポジションなのだ。
 なまなかの者に任すことができないのはこういう事情なのだった。
 レオニスがまた気を引き締めて任務に臨もうと再認識したその時。
「隊長」
 それはさしずめ草原を渡る風のようにさわやかな声。陳腐な表現だがいたしかたない。
「ここに来ればお会いできると思っていました」
「・・・・・・シルフィスか」
「はい!」
 軽やかに近付いてきたシルフィスはにこにことレオニスの傍らに立つ。
「私に用があったのか?」
「いいえ。ただお顔を見たかっただけです」
「そうか」
 意外に素っ気無いレオニスとけっこう恥ずかしい台詞を臆面もなく口にするシルフィス。
 この二人、中庭で会うたびにこの手の会話を繰返していた。
 答えがわかっているのに何回も尋ねてしまうレオニスもレオニスだ。
「・・・・・・今日の勤務はもうすぐ終わる」
「はい隊長」
「・・・・・・」
 沈黙と微笑みと。
 こうしてレオニス隊長のハードでブルーな中庭勤務は、本人の自覚のないままに、ほんのり薔薇色になって終わる。
 

    2000年の12月に発行した『Allegresse−喝采−』のために書いたものです。
    このネタはサイトにもアップしている「Happy Lucky Pink」の続編として持っていたアイデアを、レオシルのネタがなかったのでこっちに流用しちゃったのです。
    だから、見たことがあるようなエピソードが入っています。ご了承ください。
    これを書いていた時は「これってレオシル?」「レオシル本にこんなの書いていいの?」とかなり悩みました。
    当時の後書きを読むと、これが私のレオシルだ、と言い訳がましくしつこく書いてます。
    そうしたら、クレームはゼロで、ごく少数の人に好評だったので、自信をもってというか、開き直ってというか、今後もこの路線で行くことが確定しました。
    いいんです。ついてこられる人だけついてきてください…
    そういえば、やっぱり殿下が微妙に壊れてるでしょうか。
 

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