メイはクラインでレオシルの夢を見るか


「よう、嬢ちゃん、あんまり綺麗になるなよ」
「挨拶レベル五」
  異世界人のメイだからと思って、多少の奇怪な言動には目をつぶることにしている、むしろどちらと言えば面白がっているシオンは、この不可思議な返事にも動じない。
「最近あんまり真面目に授業受けてないらしいじゃないか。キールがぶつくさ言ってたぞ」
「そんなことないよ。それなりに授業は受けてるって」
  言い返したが、シオンやキールの言う通りだというのも、メイにはわかっていた。もうすぐ冬になろうという頃だが、ここのところずっと、成績は横ばいである。
「嬢ちゃんの場合、試験を受けるってんじゃないから、ガリガリ勉強する必要もないんだが、せっかくの機会だ、魔法がうまく使えるようになった方がいいだろ」
「わかってる。北の砦のこともあるし、役に立てるようになりたいとは思ってる」
  北の砦という単語に、かすかにシオンは反応したが、それ以上突っ込んでくることはなかった。
「でもね、シオン。まだ駄目なの。パラメータ上げちゃいけないんだって」
「あん?」
「隊長さんのお見合いのタイミングを計らないと駄目らしいわ」
  さすがのシオンも、これには頬が引きつる。
「最近、謎な独り言多いぞ。疲れてんのか」
「え、なに? あたし何か言った?」
「レオニスの見合いがどうとか言ってたが」
「お見合い。えーと。ねえシオン、騎士団の軍団長さんて、どんな人か知ってる?」
「そりゃあ、もちろん知ってるが」
「隊長さんも、そろそろお見合いとかしてもいいお年頃かもね」
  メイの意味ありげな口調に、シオンは少しの間黙っていたが。
「何かたくらんでるな」
「あたしなんかが何考えても無駄でしょ。やっぱ他人を動かせるチカラがある人でないと」
「へえー」
  シオンはシオンなりに、何かと思いを巡らしているようだった。
  こうしてメイが押したスイッチが、まわりまわってイベントを引き起こすとは、台詞をしゃべっている本人でさえ、思い至ることはあるまい。あとはまた、レオニスに会った時に、守ってあげたいと思うのが愛だとかなんだとか、いろいろ吹き込んでおかなくては。
  この成果は、数週間の後に表れてくる。
  いつも無意識のうちに一週間の予定を組んでいるメイだが、その週は気が付くと授業がたくさん入っていた。一日だけの休みをはさんでしっかり勉強すると、たちまちのうちに皇太子殿下と会うことになり、再び北の砦へと潜入することになった。出発は一週間後。しかも今回は、キールの他にシルフィスとレオニスを加えた四人行である。
  賢明な読者諸君ならおわかりであろう。シルフィスとレオニスが一緒に出て来てしゃべってくれる、ファンには感涙もののイベントである。
  一週間、自分の身とクラインの未来を守るため、メイは力の限り実技の勉強をして魔法の力を上げた。その甲斐あって、任務は無事に成功した。
  行きの馬車の中では、緊張を隠すかのように、かえって明るく振る舞っていたところがある。帰りも、重大な仕事を為し終えたという充実感とともに、まだ何も終わってはいないという疲労感とがあって、手放しで解放的な気分にはなれない。
  それでもメイには、どうしても確かめたいことがあった。
「ねえねえ、シルフィス」
  馬車で隣りの座席に座っているシルフィスに、声をひそめて話し掛ける。
  レオニスは、入手した情報を一刻も早く報告するために、馬を飛ばして一人先に帰ってしまった。今馬車の中にいるのは、メイとシルフィスの他にキールだけだが、そのキールは魔法兵器のことでも考えているのだろう、黙り込んで窓の外を見つめたままだ。
  彼には聞かれたくないメイは、内緒話モードだ。
「なんですか?」
「しーっ。こんな時になんなんだけどさ。隊長さんとはどうなってんの?」
「・・・・・・こんな時に、ですね・・・・・・」
「つーか、こんな時だからこそ、ってゆーか。クラインの未来も大事だけど、乙女の未来も大事だよ。で、どうなのさ」
「どう、と言われても、別に何もないです」
  シルフィスはさらりとそう言ったけれど、メイには納得できない。
「隊長さん、あたしたちのこと、まとめてサル扱いしてたけど、なんかちょっとヤケっぱちな感じがしたのよね。プライベートで何かあったんじゃないのかな」
「ヤケっていう意味がわかりませんが、隊長は隊長で、ご自分の身の回りのことをいろいろと考えておられるようですから・・・・・・」
「身の回りって、あれのこと? お見合い?」
「メイも知っていたのですか?」
  驚いて声を大きくしたシルフィスに、もう一度「しーっ」と言ってから、メイは小さな声で言った。
「知らないけど、なんだかそういう単語が頭に浮かんだの。ガゼルと一緒に殴り込みをかける予定はないから、安心して」
「そこまで知っているのですか」
  シルフィスは、心底感嘆したように息をつく。
「ガゼルは一人でも見合いをぶち壊すと言って・・・」
「シルフィスは? まさか一緒に行ったりしないよね?」
「迷ったのですが・・・・・・私は隊長を信じていますから」
  そう言ったシルフィスの面持ちには、どこか晴れ晴れしたところがあって、前向きな感情が伝わってくるような気がした。
「そっか。それでわかった。なんだかシルフィス、すっきりした感じがするなーと思ってたんだ」
  見合いを邪魔してはいけない、と事前に入れ知恵などする必要はなかった。シルフィスは当然に正しい選択をしたのだ。
  たとえ段取りはわからなくとも、メイにも、シルフィスの行動の正しさだけはわかった。
「それで、確認したいんだけど、そのお見合いはいつなの?」
「来週だと聞いていますが・・・?」
「アリサのイベントの前ね。オッケー。いいタイミングよ」
「え? 何の話ですか?」
「あわわ、今、あたし、何て言った?」
 見合いの話はなんとなく見当がついたが、今度の単語はメイにとってまさしく意味不明だったので、思わず大きな声を出してしまったところ。
「うるさいぞ」
  思った通り、キールに怒られた。
「まったく、他人のことに首を突っこんでないで、お前が少しは大人になれ」
「なによ・・・・・・って、え?」
  もしかして、キールは今の話を聞いていたのだろうか。
  再び窓の外を見つめる彼の横顔を見ても、メイには判断がつかなかった。
  キールが聞いていようが聞いていまいが、物語の進行には関係がない。もはや、あるひとつのエンディングに向かって、運命は一筋の糸のようにその道を走り始めたのだから。
 

  それから一週間ほどが経った、冬の初めの寒い日。
  メイはシルフィスから、一組の恋人たちの誕生を知らされる。
  穏やかな笑顔のシルフィスに、分化の日が近いことをひしひしと感じた。
  一緒にいたディアーナは、あの堅物で知られるレオニスが、どんな風に告白したのか知りたがって、シルフィスを質問攻めにした。
  メイも一緒になって冷やかしたが、でもメイは本当は知っている。
  レオニスがなんと言ってシルフィスを口説いたのか、シルフィスがそれになんと答えたのか、まるで見たきたかのように知っている。
  白いドレスを着たシルフィスにレオニスが口紅を塗ってあげたりすることがあるのも知っている。それが過去か未来か、そこまではわからないけれど。
  こうしてひとつの物語が終わり、そして新しい物語が始まることになる。
  あとはメイの物語の結末だけど・・・・・・順当に進めばメインEDでクラインを離れるか、あるいは三月の時間切れED。
  ごめんね、メイ。
  「帰してあげる」と言ったけれど、できることなら、嵐の前の静けさというこのささやかな幸せを、メイにも、他のみんなにも、続けさせてあげたい。
  だからしばらくは、このまま時間を止めておこう。
  今しばらくの間だけ。
 
 

  じゃあ今度は、ディアーナで最初からやってみようかなー♪
 


    2002年の12月に発行した『Etincelle−花火−』のために書いたものです。
    タイトルからして、まっとうなラブラブを想像する人はいないでしょうけれど、ごめんなさい。きっと私だけが楽しい話です。
    よくアンケートで「ファンタキャラになれるとしたら、誰になって何をしたいですか?」という質問がありますよね。
    私の答えは「メイになってシルフィスと隊長をくっつける」。
    そしてこれが、ズバリこのお話のテーマです。
    ついに作者がここまで作中に出張ってきました。
    メタ小説ってことでひとつよろしく!(意味わかって言ってんのか)
 

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