四月になれば


「ええーっ! それってまじ?」
  メイの驚きようがあんまりだったので、そっちの方にシルフィスは面食らったようだった。
「そんなに驚くことですか?」
「いや、だってさ〜」
  シルフィスはかなりレオニスに懐いていた。それは端から見ればわかることだ。
  だからこのまま隊長さんと恋愛して女の子になるんじゃないか、とメイは予想していたのだった。それにしてが、あまりにも意外すぎる行動だ。
「まじで隊長さんにそんなこと聞いたの?」
「でも教えてはいただけませんでした」
「それを聞いてどうするつもりだったのよ」
「参考にしようと思っていました」
「シルフィスに告白したい子がいるってのも意外だったけどね。このあたしが気付かないなんて。隊長さんもショックだったんじゃない?」
「ショック? なぜですか」
「だって、シルフィスに好きな女の子ができて、しかもその子にいう台詞を、自分に聞きにくるなんて、いくら父親役としても、ちょっとショックだと思うよ」
「メイはそう思うのですか」
「何を」
「私が隊長以外の人が好きで、だから隊長に聞きに行ったんだと」
「あたしがそう思うっていうか、誰だってそう思うよ」
「では、隊長も、そう思われたのですね」
「ちょっと、シルフィス?」
「私が他の誰かに言う言葉を教えてもらいに行ったのだと、隊長は、そう、思った、と」
  シルフィスの表情が歪む。笑ったようにも、逆に今にも泣き出しそうにも見えた。
「シルフィス、まさか、もしかして・・・・・・?」
  メイはそれ以上言わず、言葉を飲み込んだ。それは追い討ちをかけるようなものだと気付いたからだ。
  いくらなんでも、告白の台詞を、まさに告白するその相手に尋ねるということがありうるのか。そんなことを思い付くことということが、この世にありうるのか。
  あまりにも相手に気を遣った結果、そういうことになってしまうのかもしれない。
「でも、なんでまた、そんなことを」
「誕生日のプレゼントは、何がほしいか聞いてもいいと伺ったので、だから、直接聞いたらいいんだ、と思って」
  今やシルフィスにも、自分が大変な失敗をしてしまったことが、わかったようだった。
「やっぱり、クラインの文化は難しいです」
  ずれている、とメイは思う。
  そういう天然なところがシルフィスの魅力なのだが、やはりずれている。
  シルフィスに惚れた男は大変だろうなあ、と思いつつ、レオニスの日頃の態度から彼が何を考えているか想像するのは、それこそ難しい。
「ま、もう一度やり直せばいいだけのことじゃん。だいたい、隊長さんはなんて言ったのさ」
「言いたいように言えって。そんなこと自分に聞くなって」
「だったら、その通りにすればいいんだよ。大丈夫。隊長さんは、怒ってやしないって」
「私が言いたいことを、そのまま言っていいんでしょうか」
「好きなら好き、愛してるなら愛してるって、そのまんまでいいの」
「いえあの、そういうんじゃなくて・・・」
  ガゼルが恥ずかしい、と言っていた意味が今ならシルフィスにもわかるだろう。
「分化した後なら、いろいろパターンもあると思うんですけど、未分化のままでは、何と言ったらいいのか」
  ここでようやく、メイにも話が見えてきた。シルフィスの悩みの素は、クラインの言葉がわからないということではない、自分の未来が見えないことへの不安なんだということが。
「いーじゃん、男でも女でも未分化でも」
「それに、四月になれば村に帰るかもしれないし」
「それがなに! 愛があれば、年の差も、遠距離も、性別も関係ないわー!」
  かなり過激だが、間違ってはいない。もしも本当に二人の間に愛があるのなら。あるのかないのか、今の時点ではまだわからないとしか言いようがない。
「愛があるかどうかなんて・・・・・・」
「だから、それがわかるためには、ちゃんともう一度自分の気持ちを伝えなくちゃ。いい?」
「もう一度、ですか」
「そう。とにかく自分の言葉で言えばいいのよ。隊長さんも誤解したままになっちゃうし。必ず成功するなんて安請け合いはできないけど、このままじゃ、きっと後悔するから」
  確かに、このままではあんまりだ。
  メイのおかげで、シルフィスも少し落ち着いて考えてみる。
  とにかく誤解を招いたのは確実らしいので、それだけはなんとかしなくてはならない。
  それでも、もう一度自分の気持ちを伝えるというのは、シルフィスにとってはためらわれることだった。
  メイならきっと、いつでも上手く自分の気持ちを言えるのだろうなあ、と思い、少しだけこの女友達が羨ましくなる。
  自分の言葉ってなんだろう、などとまた考え込んでしまうシルフィスが告白できるのは、まだまだ先のことで、メイが期待するように、すぐに上手くいくというわけではなさそうだ。
 

  自分の間違いに気付いてしまった以上、隊長と顔を合わせるのが気まずい日が続いた。
  だから、ガゼルからお見合いの話を聞いた時も、思わず「行かない」と言ってしまった。
  気にならないと言えば嘘になり、内心は大いに気がかりなのだが、それをどのように行動に表せばいいのか、シルフィスにはわからない。
  そんなこんなで二週間が過ぎ、あっという間にお見合い当日になってしまった。
  邪魔してやる、と意気込んで出かけたガゼルはまだ帰って来ない。
  あれはムリヤリでよくない、とガゼルは言ったけれど、隊長は望んで行ったのかもしれない。それを思えば、邪魔するなんてできない。そんな風に考えながらも、お見合いが成功してほしいとは、全然願っていない自分がいる。
  「隊長を信じている」と言った自分は、いったい何をどう信じているのだろう。軍団長からの結婚話を隊長が断ることを信じているのなら、あまりにも虫が好すぎる。
  考えてみても、そんな風にしか自分の気持ちを整理することができない。
  この気持ちを正直に自分の言葉で話したとして、相手に理解してもらえるのだろうか。
  あれやこれやと思いを巡らしながら廊下をうろうろしていたら、ちょうど戻って来たらしいレオニスとばったり出くわした。
  お話というのは、そういうふうにできている。
  請われるまま、シルフィスはレオニスの執務室にお茶を運ぶことになった。
「疲れるものだな」
  カップを口許に運びながらつぶやくレオニスは、どこか投げやりだ。いつもは無愛想と言われる中にも真摯さがあるのに。
「結婚、されるんですか、やっぱり」
  いきなり、聞いてしまった。さっきからぐるぐると考えていた続きで、思わず直球ど真ん中の質問をしてしまった。いきなり核心に触れてしまったのに、少しも慌てないシルフィスは、大物というより、やはり天然である。
「・・・・・・断る理由が無いのでな」
  そう言ってから、
「そういうお前の方はどうなったんだ。この間のあの話は」
  レオニスの方から話題を変えてきた。
「この間のって、何のことですか?」
「好きな娘ができたんだろう。うまくいったのか」
「そのことですか」
  シルフィスは大きく目を見開いた。びっくりしたのではない。やはり誤解されていたか、と得心したからだ。
「違うんです。私のやり方がまずかったのはわかっていますが、それは違うんです」
「うまくいかなかったのか」
「そうじゃないんです。私が隊長にあんなことを伺ったのは、他の人に言うためじゃないんです。誤解されるような言い方をしてしまったことは、申し訳ありませんでした。謝ります」
「別に、謝るようなことではなかろう」
「いいえ、かなり失礼なことをしてしまったようで・・・・・・隊長に言われたこと、あれからずっと考えてたんです」
  シルフィスはスイッチが入ったかのように話し続ける。この数週間、心の中にわだかまっていたものが、今飛び出そうとしていた。
「自分の言葉で言えばいい、と隊長はおっしゃいました。私は、去年の春から王都に、この騎士団に来ることができて、たくさん勉強させてもらって、こういう機会を作ってくれた王宮の方々や村のみんなに、とても感謝しています。何より、隊長の下につくことができて、本当に幸せでした。ずっと隊長の部下でいたかったくらいです」
「なぜ、過去形なんだ」
「え?」
  突然レオニスが割って入ってきたので、今度は単純に驚いた。
「幸せだったとか、部下でいたかったとか、なぜ過去形にする」
「もちろん、今も幸せだと思っています。ですが、春になれば、おそらく自分は騎士団にはいられないでしょうから」
「なぜそう思う。きっかけはともかく、騎士になるために努力してきたのではないのか」
「それはその通りです。ですが」
  さっきから、口答えする形になってしまうが、しかたがない。
「男性に分化すればともかく、今のままでは到底騎士にはなれません」
  シルフィスの直感は正しい。性別はともかく、現実問題として、ダリスに潜入して敵のスパイを倒し、戦争を終わらせるほどの功績を上げなければ、騎士にはなれないことになっている。
「女性になりそうなのか」
「自分ではよくわかりません」
  レオニスの問いに、シルフィスは首を横に振った。
「どちらにせよ、このまま騎士団にいるのは、多分つらくて、できません」
「つらい?」
「隊長がご結婚なさるなら、ここにはいられません。できることなら、ずっとお側にいたかった。そうできたら、よかったのに」
  そこまで口にしてから、シルフィス自身にもようやくわかった。自分が言いたかった言葉、伝えたかった心のうちは、これだったのだ。
  これまでの感謝と、これからへの希望。
  問題は、シルフィスが自分で既にそれを諦めているところにある。
「・・・・・・まいったな」
  そしてレオニスにもようやくわかった。シルフィスが告白したい相手というのが自分だったということに。
  問題は、この男が恋愛沙汰に関しては著しく勘が悪かったところにある。メイの二十倍は鈍いと言われても、否定できないだろう。
  そしてそれはシルフィスも同じことが言える。
「お前が望めば、世界を手に入れることができるだろうに」
「隊長?」
「それがお前の望みなら、私もそれに従おう」
  そうしてレオニスは、シルフィスの腕を取って引き寄せた。
「四月になろうが、騎士になっていようがいまいが、関係ない。未分化のままでも、お前はお前だ」
「隊長!」
「もう、隊長はやめないか」
「あ・・・・・・」
「お前と過ごした時間を幸福だと感じたのは、私も同じだ。てっきり、お前が他の誰か、しかも女性に恋をしたのだと思った。だから、先走ったことをしてしまった。まさか、そんなふうに思っていたくれたとは、思わなかった。
  シルフィス。私から頼む。私の側にいてくれ。今も、そしてこれからもずっと」
  レオニスと目を合わせたまま、シルフィスは固まっている。
「これが、この間の質問への、私の答えということになるな」
「ありがとうございます。私の方こそ、隊長が・・・・・・あなたが、そう望まれるのなら、いつまでもお側に」
  そう言って微笑んだシルフィスを、レオニスはしっかりと抱きとめた。
  無駄に遠回りをしたけれど、これはこれで、この二人らしい結末なのかもしれない。
 

  シルフィスの恋の顛末を、ディアーナとメイは笑顔で迎えた。こうなることがわかっていたのは、本人よりも二人の女友達の方だったのだろう。
 
 

  もう、四月になることを恐れる必要はない。
  四月になれば、新しい生活が始まるのだから。二人で歩く新しい道が。
 
 


    2003年の8月に発行した『Univers−世界−』のために書いたものです。
    みかるさんにしては、まっとうなレオシル!最後で笑いに逃げてない!
    お笑い狙いで書き始めたはずだったのに、なんだかこんなことになってしまいました。
    しかも、レオシルの告白シーンを正面から書くなんて、ありえないと思っていたのに、書いてしまいました。お、おかしいなあ…(汗)
    私にしてはがんばったので、見逃してください。
    ゲームのED、隊長の告白のしかたが実は不満なので(理想が高すぎるとも言う)、ほんの少しだけ、自分の中で補完できたかもしれません。
    「四月になれば」というタイトルは気に入ってます。
    というか、思い付いてしまったタイトルに引きずられ、こんなになってしまったとも言えます。
    「四月になれば彼女は」というのはサイモン&ガーファンクルの名曲。四月になれば彼女は戻ってくる。九月になれば彼女は行ってしまう。
    シルフィスと隊長は、四月になっても、九月になっても、幸せです。
 

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