弱き者、汝の名は

 クライン郊外、湖に程近い奥まった森の中に、その二人はいた。
 他所では見かけない風体の女が二人。
 否、そのうちの一人は、ある意味見慣れた格好と言えたかもしれない。
 他の誰も履かない短いスカート。上衣も独特の形をしていて、このクライン中探しても、それどころか ガダローラ中探したとしても、同じ服装の者は見つけられないであろう少女。
 その珍しさゆえか、はたまた生来の存在感の強さなのか。その少女メイの姿形は、一年ほどの滞在のうちに、クラインではすっかり見慣れたものになってしまった。
 そしてもう一人の女。
 水浅葱の束ね髪を背中に垂らした、その髪形は珍しいものではない。
 だが、女だというのにスカートでもローブでもなく、機動性を重視した身体にぴったりとした服装は、まったくもって見慣れない姿である。
 神殿でエルディーアを呼ばれているその女は、動きやすい服装であるのをよいことに、いまここで、激しく動き回っていた。
 エルディーアだけではない。メイもまた、大きく息をしながら、エルディーアの動きに付いていこうとしている。
 しかし、圧倒的に運動量でもスピードでも勝るエルディーアに翻弄され、メイはその場に釘付けになっていた。
「遅い!」
 エルディーアの声にメイが振り向いた時には、既にそこには彼女の姿はない。左足に力を入れて踏ん張った後、メイはキッと右を睨みながら、
「そこっ!」
 右ひじを伸ばして、手に握った金属の武器を突き出した。
「まだまだ」
 エルディーアが大きく後方に跳び退る。
 間合いを詰めようとしたメイだったが、足が体に付いて来ず、たたらを踏むような形になってしまう。
 その隙を逃さず、エルディーアはメイの真後ろに回りこんだ。振り上げたメイの右手の先の武器を、後ろから素手で握ると、エルディーアはメイのほとんど耳元で言った。
「もうおしまい?これではとても――」
 メイが振り向きざまに声を上げようとした、その時。
 二人の元に駆け込んでくる人影があった。
「何をしているんですかっ!」
「あ、シルフィス?」
 肩で息をしながら、二人のそばに立ち止まったシルフィスは、大きな目で二人を睨みつける。
「二人とも、またこんな勝手なことをして!」
 言われた二人は、悪びれる様子もなく、組み手をほどくと、しれっとして言った。
「いーじゃん、シルフィス。あたしが頼んでやってもらったんだし」
「そうよ。誰にも迷惑かけてないでしょう」
「そういうわけにはいきません。だいたい、エルディーア様、何ですか、その格好は。神殿の人じゃなくても、見たらびっくりしますよ」
「ちょっと白鴉の真似事してみたかっただけよ。たまには息抜きしたいもの」
「まねごとって……本人のくせに……」
 シルフィスはため息をつく。
「エルディーア様は神官なんですから。もっと態度に気をつけて下さらないと」
「だからー。神官生活が退屈だって言ってんでしょー。すっかり平和になっちゃってー、体が鈍ってんのー」
 わざとらしい口調のエルディーアに、シルフィスはこめかみを押さえた。
 確かに、第二王女ディアーナのおかげで、この国は平和になった。刺客を廃業したエルディーアに神殿で働き続けるよう勧めたのは自分だし、メイが元の世界へ帰らなかったことを心の中で喜んだのも自分だ。しかし、だからといって。
「平和で退屈だと、ここでメイと乱闘するんですか」
「違うって。あたしがお願いしたの」
 今度はメイが口を開いた。
「あたしも、もっと強くなりたくてさ。せっかく魔法できるようになったんだから、次は体術とか格闘系をマスターしたら、レベルアップかジョブチェンジができるかもって思って」
「……意味がわかりません」
「つまりね。魔法使うのに、いちいち呪文唱えるの、かったるいじゃん。体術技をマスターしたら、拳を出しただけで魔法が出せるようにならないかなーって。こう、カメハメ波ーっとか、昇龍けーん!みたく」
 腰を落として手のひらを突き出すメイの姿は、確かに何かの武道の形にも見え、そうやって戦うのだとしたら、画期的な戦闘スタイルのようにも思われる。
 だが、シルフィスはそれには騙されない。
「その、右手に持っているものはなんですか」
 メイはさっきから右手に金属製品を握ったままだった。
「あ、これ?もちろんフライパンよ。あたしの初期装備」
「どうしてフライパン持ったまま、魔法出そうとか格闘しようとか思うんですか」
 シルフィスにしてみれば、真面目に戦いにのぞんでいるとは、到底考えられない。
「だって、その方が面白いし」
「面白いってなんですか!」
「いーじゃん、なんでもー」
 メイは大仰に頭を振った。
「わざわざこんな森の中まで来て練習してんのに、なんで怒られなくちゃなんないのよ」
「そうよ。本当は神殿の裏庭でやりたかったくらいなのに」
「やめて下さい!神殿の裏なんて!」
 シルフィスの声は悲鳴に近かった。この二人なら、本当にやりかねない。
「二人は聞いてないかもしれませんが、森に怪しい二人組が出るって、もう噂になってるんです。街の人はこの辺に来るの、怖がってるんですよ」
「あら。それは好都合」
「だよね。このあたりもともと物騒だし。いいんじゃないの?」
「そうじゃなくて!そのうち騎士団から討伐隊を出すって話になりますよ!」
 それほどおおごとなのだ、とシルフィスは伝えたかった。それなのに。
 二人の女は、顔を見合わせると、そろって眉根を寄せた。
「なんかさー。シルフィスって、騎士になってから、口うるさくなっちゃったよね」
「本当に。あの気難しい隊長にどんどん似てくるわね」
「友達思いだっていうのは、わかってるけどさー」
「騎士団なんて堅苦しいところにいるからだわ。真面目すぎるのも考えものよ」
「…………」
 そろそろシルフィスの我慢も限界に来ていた。
「こんなに言っても、わかっていただけないんですか」
 怒りを通り越して悲しみの表情を浮かべたシルフィスに、笑顔で追い討ちをかけたのは、まずエルディーアの方だった。
「わたくし、弱い者の言うことは聞かないことにしているの。帰れというなら、わたくしと一勝負なさい」
「その勝負、あたしも見たい!あたしじゃまだ、シルフィスと勝負は無理だもんね〜」
 朗らかに言い切るメイも笑顔だ。
「……またこの展開ですか〜〜」
 いつもの通り、結局は女二人組に押し切られ、無理やり稽古の相手をさせられるシルフィスであった。
 恐らく、問題解決のためには、クラインにトレーニングセンターとかボクシングジムとかを作って、暇を持て余している武闘派の二人に汗を流させればよいと思われるが、それが実現する日は永遠に来ないだろう。
 「弱き者、汝の名は女なり」と書いたのは、とある時代のとある国の作家であった。
 シルフィスが「弱き者」たちに振り回される日々は、当分の間続きそうである。
 


    ネットの企画に投稿したものになります。シルフィス受難のお話。
    「弱き者、汝の名は女なり」というのは、シェークスピアのハムレットに出てくる台詞です。
    ここでは逆に、女は全然弱くない、というコンセプトで書いております。
    シルメイに見えなくもないんですが、ノーカップリングということで。
    カップリングにこだわらなければ、アンヘルの特性を生かして、別に性別がどうでもいい話があってもいいとおもうんですけど、どうですか!
 

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