Happy Lucky Pink
 
 
皇太子セイリオスが、いつものように執務室の机に向かっていると、文官アイシュが 
「殿下、たいへんです〜、姫様が?」 
とあたふたと飛び込んできた。 
「なにっ!ディアーナがどうした!」 
『姫』という言葉に反応して、セイリオスは椅子を蹴って立ち上がる。 
「また授業をさぼって抜け出してしまいました〜。姫様は最近、買い物にばかり行っているのです〜。」 
ディアーナの家庭教師も兼ねているアイシュの訴えに、セイリオスの顔色が変わる。 
「午後から賓客を迎えるセレモニーがあるというのに、困ったものだ。」 
セイリオスは、王宮魔導士のシオンと近衛騎士団のレオニスに、姫を捜索して連れ戻させるよう、アイシュに命じた。 
王国屈指の戦士に数えられる二人を、こんなことに使っていいのか、という疑問はさておき、命令を伝えられた二人は、早速街へと向かった。 
  
  
先にディアーナを見つけたのはレオニスだった。 
「姫、殿下がお待ちです。王宮にお戻り下さい。」 
周りを気にして低い声で言ったが、ディアーナは首を振る。 
「わたくし、どうしても今日中に買い物をしなくちゃいけないんですの。お願いですわ。見逃して下さらない?」 
両手を顔の前で組み、潤んだ瞳でレオニスを見つめるお願いのポーズは、かなりぷりてぃーだったが、こんなことで動揺していては、近衛の騎士は勤まらない。 
わがままを言わないで下さい、と続けるレオニスに向かって、ディアーナは突然、小さな手帳を取り出した。 
「レオニスは何月生まれですの?」 
「・・・12月ですが、それが何か?」 
「12月生まれの今週の運勢は、水難に注意、あと、恋愛運が悪いですわね。」 
「・・・?・・・」 
戸惑うレオニスに、ディアーナは胸をそらして得意げに答える。 
「この占い、とってもよく当たるんですのよ。だから、占いの通り、わたくし、今日のうちに、絶対買わなくちゃいけない物があるんですの。」 
「・・・申し訳ありません、おっしゃることがよく理解できないのですが・・・」 
とはいえ騎士レオニス、姫が訳のわからないことを言っているからといって、任務を放棄したりなどしない。 
王宮に帰るよう説得しようと、ディアーナにもう一歩近づいたその時。 
ざっぱーん 
突然、頭上から水が降ってきて、レオニスはびしょ濡れになった。 
「きゃああっ!水っ!」 
驚いたディアーナは、 
「やっぱり当たるんですわ!これはもう予言ですわ!」 
と叫びながら、走り去ってしまった。 
「・・・・・・」 
さすがに面食らったレオニスが立ち尽くしていると、 
「水もしたたるいい男ってのは、このことだねえ。」 
「う、シオン・・・様・・・」 
いつのまに来たのか、レオニスの背後には、シオンがにやにやしながら立っていた。 
説明しよう。別にシオンが水をかけたわけではない。この時、二人の上空4、5メートルの窓辺では、鉢植えに水をやろうとして手を滑らせ、近衛の騎士に水を浴びせてしまったと気付いてパニックになっている一市民がいるのである。 
とんだところを見られて、思いっきり嫌そうな顔をするレオニスの肩を、ぽんぽんと叩くと、 
「ま、あとは俺に任せとけって。」 
そう言って、シオンは、ディアーナの後を追っていった。 
  
  
ディアーナは、すぐに見つかった。 
買い物に行く、と言っていたのだから、店の並ぶ繁華街に行けばすぐ見つかるだろう、と思ったら、案の定だった。 
「よっ、ひーめさん♪」 
「きゃっ、シオン?」 
ディアーナは、とびあがらんばかりに驚いた。 
「さっきの話、聞いてたぜ。占いって、なんのことだ?」 
「聞いてたんですの?」 
ちょっと困ったような顔をしたディアーナだったが、すぐに正直に答えた。 
「メイが向こうの世界から召喚した本に、書いてあったのですわ。」 
「姫さん、向こうの文字が読めるのか?」 
「いいえ。メイが読んでくれたのを手帳に写したのですわ。」 
そう言うと、ディアーナは、さっきレオニスの前で開いた小さな手帳を、再び取り出すと、またもや得意そうなポーズを取った。 
「生まれ月ごとに、今週一週間のいろんな運勢が占ってあるんですの。さっき見てたのなら、わかるでしょう?とーってもよく当たるんですから。」 
ディアーナが言っているのは、さっきの水のことだろう。 
占いを信じるかどうか、という前に、(どうしてメイの世界の「今週の運勢」がこの世界にあてはまるのか?)とか、(そもそもその「今週」っていつのことなのか?)という素朴な疑問が、シオンの頭に生まれる。 
しかし、シオンがいつも、女性との間に友好的以上の関係を結ぶことができるのは、そんな無粋な突っ込みをしないからだ。 
「へえー。てことは、6月生まれは今日の買い物運が最高なのか?」 
「6月?」 
ディアーナは不思議そうに首をかしげた。 
「だって、姫さんの誕生日は6月だろ。ずいぶんと今日の買い物にこだわってるみたいだし。」 
シオンの言葉を最後まで聞かないうちに、ディアーナの頬がピンク色に染まる。 
「わたくしの誕生日、おぼえていてくれたんですの?」 
「ああ。女の子の誕生日は、忘れないぜ。」 
「・・・シオンはそういう人でしたわね。」 
今度はむくれて、不満そうに頬をふくらませる。 
ころころと変わるディアーナの表情を見たくて、わざとそう言ったシオンなので、思った通りの反応が楽しくてしかたない。 
「・・・違いますわ。わたくしの運勢じゃありません。」 
そう言ってから、ディアーナは、少し考えるように間を置いて、おそるおそるという風に、シオンに尋ねた。 
「シオンには、最近、悪いことは起きていませんの?」 
「あん?悪いこと?そーだなー、姫さんが授業をサボって出歩くんで、セイルに怒られてるなー。」 
「そういうことじゃなくて!いつもと違う、特別に悪いことですわ!さっきのレオニスみたいに!」 
「うーん、確かに、姫さんのお忍びはいつのものことだからな。」 
今度もさりげなくからかってみたが、ディアーナが真剣な様子なので、シオンも真面目に答えてあげることにする。 
「べつに、特別に変わったことはないな。どうしてそんなこと聞くんだ?」 
「それならよかった、ですわ。」 
ほっとしたように笑ったディアーナは、さっきの手帳の、とあるページを開いて、シオンに見せた。 
『4月生まれの今週の運勢。最悪。何事も裏目。』 
「れれ、これってー。」 
「シオンは4月生まれでしょう?明日、なんだか大事なお仕事があるって、言っていたから、だからわたくし、心配だったのですわ。でもね、ほら、ここ。」 
ディアーナが指差した先には。 
『ラッキーカラー、ピンク。ラッキーアイテム、人形。』 
「シオンが危ない目に遭わないように、わたくし、今日のうちに、絶対ピンクのお人形を買って、シオンにプレゼントしようと思ったんですの。」 
これは、シオンにとっても予想外の展開だった。 
ディアーナが自分の誕生日を知っていた、というのも意外だったが、まさか、自分のために、占いを信じて王宮を抜け出したとは。 
(ピンクのお人形か・・・) 
なんだか心がくすぐったくなるような気がして、シオンは苦笑した。 
(俺のそばにはいつも、すてきなピンクの幸運のお人形があるようなもんだけどな・・・) 
「よし、姫さん、一緒に買いに行こうぜ。」 
「ほんとですの?」 
ディアーナの顔がぱあっと明るくなる。 
ほんとうに、思ったことがすぐ顔に出るお姫さまだ。 
「うれしいですわ。」 
「うるさい兄貴には、隊長殿が言っといてくれるだろ。さ、行こ行こ、姫さん♪」 
そうしてシオンは、主君にして親友であるはずのセイリオスの命令をあっさり捨てて、ディアーナとともに、繁華街の雑踏の中に消えていった。 
  
  
その週の間、クラインの4月生まれの人々が、全員最悪の運勢だったのかどうかはわからない。 
だが少なくとも、皇太子兄妹とお茶会をしていたその週の土曜日、日頃から全然謙虚でないシオンが、自ら「まぐれ」と言うほどの幸運をもって、魔法を成功させたのは事実だ。 
それは、ディアーナと二人で選んだ、小さなピンクのお人形のおかげなのか。 
それとも、シオンの心の中にいる、ピンクの髪の少女のおかげなのか。 
  
  
後日、『ディアーナを口説いていたレオニスがシオンの水系魔法で撃退された』という噂がセイリオスの耳に入り、神経を尖らせた皇太子は、無意味にレオニスを付け回し、その間にとんびに油揚げをさらわれる、という事態に至るのであるが、それはまた別のお話。 
 

    初期の作品です。これが初めてのいわゆるカップリング創作です。 
    シオンを書くのはけっこう好きです。彼にはどのヒロインも似合うと思います。さすが色男。 
    しかしここでも何となく殿下が貧乏くじ・・・? 
    お話を作る時、ネタとタイトルが同時に出てくることが多いのですが、これは最初に思いついたタイトル通りの展開にできなくて、 
    苦労してタイトルを考えた思い出があります。 
    そのネタはまだ取ってあるのですが、さて、うまく使える日が来るでしょうか。 
 
 
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