「あーあ、これで三回連続で見られちまった」
中庭から回廊に入ったところで、シオンは大きく伸びをした。
夏から秋にかけて、ちょいと気に入った女官の子を、続けて口説いた。
遊びと割り切って付き合ってくれる子も多いのに、今回はなぜか思いつめるタイプの子ばかりで、気が付けば短期間のうちに三人連続で別れ話をするはめになってしまった。
とはいえ、それ自体はシオンにとって大したことではない。
問題は、その三回とも、それぞれ別の人物に見られてしまったことだ。
第三王女と騎士見習いと異世界の少女。
その三人に見られたのが特に困るというより、別れ話の度に誰かに目撃される、というのが気に入らない。
一応それぞれに口止めはしたが、とっくに各方面にバレているだろう、というのは自分でも思っている。
さよならした女官の応対はどれも似たようなもので、しかも、立ち聞きした三人の反応も似たり寄ったりだった。
だから自分の台詞も同じようになってしまった。
――女は好きだぜ。それはホント!
まったくもって嘘ではない。
女は好きだ。
あの女もこの女も、いっときは好きだった。
だが、一番好きなのが誰かと聞かれたとき、残念ながら答えがその女ではなかった、ということだ
円柱の並ぶ廊下を抜けたシオンが目指すのは、毎日訪れる決まった部屋。
遊び人の看板をしょった自分とは対照的に、切れ者と評判の皇太子が日々執務をしている部屋だ。
「よー、セイル、ひまか」
「暇なわけないだろう。ちょうどいい、探していたんだ」
大きな執務机で顔を上げたセイリオスは、軽くため息をつきながら言った。
少しも嫌みに聞こえないのは、身に備えた品の良さというものか。
「なーんだ。呼んでくれればすぐ来るのに。お呼びとあらば即参上、ってな」
「仕事以外の話なら、だろう」
「そのとーり! 仕事なのか」
「いや・・・仕事というか何というか・・・」
セイリオスは珍しく言葉を濁す。
「公式の話ではないんだが、お前に関して二件、私のところに陳情が来ている」
「陳情? 苦情のことか?」
「苦情もある。察しがいいな」
「日頃の行いがいいもんでね」
「そうだ、すべては日頃の行いが原因だ」
眉間に縦じわをくっきりと刻んで二通の書面を手に取ったセイリオスの様子に、さては女絡みの苦情か、とシオンは腹をくくった。
どこかの貴族が、娘に手を出したとでも文句を言ってきたに違いない。
後腐れがないように、本人とはきれいに別れてきたつもりだが、親が筋違いの文句を言ってくることは充分ありえる。
だが、主君とはいえ公私混同したりすることのないセイリオスが、そんなプライベートな問題を皇太子に持込んできたからといって、一々まともに取り上げるのも、なんだか妙な気がして、ひそかに首をひねる。
「一通は明らかに苦情だ。儀典部のルードヴィヒ=エッシェンバッハから、自分の子供が口説かれるかもしれないのは困る、と手紙が来た。あまり大ごとにはしたくないから、私からシオン=カイナスに注意してくれ、と書いてある」
「エッシェンバッハ? あの堅物のおっさんな・・・・・・つーか、待てよ、あそこに娘なんていたか?」
王宮関係、否、王都にいる妙齢の女性(ストライクゾーンはかなり広い)はすべて把握しているつもりのシオンだったが。
「娘はいない。総務と研究院に息子がいる」
「・・・・・・・・・・・・ってことは、なにか」
「・・・・・・・・・・・・そういうことになるな」
セイリオスは、苦虫をかみつぶしたような顔で続けた。
「もう一通は、レオナール=メディシスからだ。シオン=カイナスを夜会に招待したいので、私の許可をもらいたいというものだ。とても丁寧で低姿勢な文章だが、不可思議な内容だ。そんなことに私の許可がいると思っているのか、理解に苦しむ」
言いながら明らかに不機嫌になっていくセイリオスの手元を、シオンは何も言わず覗き込む。
しばしの沈黙。
それを破ったのは、シオンのさもおかしげに響く高らかな笑い声だった。
「はははっ、こいつは傑作だ」
「何がおかしい」
「レオナールってのは、軍部にいるくせに、美しいものが好き、とか抜かしてやがる気取った奴だ。俺とは趣味が合わないんで無視してきたが、むこうから誘ってきやがったか」
文字通り腹をかかえて笑うシオンに対し、セイリオスの口もとはへの字に歪む。
「なんでそんな奴がお前を誘ってくるんだ。日頃何をしている。それに、どうしてそこに私が出てこなくてはいけない」
そうして怒りの表情になったセイリオスは一気にまくしたてる。
「そもそも、なんでこんな風に男絡みのことで私のところに手紙が来るんだ。山のように来る女関係の苦情だけでも持て余しているのに、どうしてこう、あちこちで問題を起こすんだ!」
笑うの止め、にじみ出る涙を指で払う仕草をしたシオンは、
「殿下、論点をはっきりさせよう」
腕組みをしてセイリオスを見返した。
「まず第一に、俺はエッシェンバッハの息子に手を出した覚えはない。俺はこの通り、わけへだてなくフレンドリーに人に接するから、誰にでも冗談言ったり軽〜くスキンシップしたりする。お堅いオヤジさんのことだ、おおかた何か見聞きして、面食らっただけだろう。あのおっさん、もともと風紀にはうるさいほうだしな。
次にレオナールの件だが、それを俺に言うのは筋違いってもんだろう。レオナール本人に言えよ」
「だから、誤解を招く日頃の行いが問題だと言っている」
「誤解だとわかってくれてるんだ」
シオンはにやりとして、セイリオスとの間合いを詰めた。
「それよりセイル、今、女の苦情だけでも大変だって言ってたよな」
声を荒げているわけでもないのに、相手を追いつめる響きがある。
「知ってたんだな、いろいろ。なのに、女のことで来た苦情は握り潰して、どうして今度の件だけ、わざわざ伝える気になったんだ?」
「どうしてって・・・・・・」
その声音に動かされるように、狼狽の色がセイリオスの顔に走る。
「初めてのケースだったから、重要視しただけだ」
「ふうん、そうなのか?」
また一歩、間合いを詰める。
「そういうの、やきもちって言うんじゃないのか。女と遊ぶのは許せても、自分以外の男と遊ぶのは許せないってやつ」
「勝手なことを・・・・・・」
シオンの口調は、反論する間を与えない。
「レオナールの野郎がセイルに手紙よこしたってのは、要するに、俺と遊ぶには殿下に断らなきゃ、と思ってるってことだろ。それって、俺たちを特別な仲だと認めてるってことだよな」
「・・・・・・おい、シオン・・・・・・」
「俺は別に、男もオッケーと思われても問題ないし。困るのはむしろ、男なら誰でもいいと思われることなんで。俺って本気の相手にはけっこう一途なわけよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「案外、エッシェンバッハのオヤジも、わかってて言ってよこしたのかもな。恋人には手綱をつけとけって・・・・・・」
ぱっこーーん!
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「っ痛〜〜〜」
目の前に迫ったシオンの頭に、文箱の角を叩き付けて、セイリオスは赤い顔のまま肩を震わせている。
「誰が恋人だ。恥ずかしいことを言うな」
「図星だからって照れることないだろ」
頭を押さえて、それでもシオンは片目をつぶってみせる。
「もういい。お前に言った私が馬鹿だった。とにかくこれ以上、くだらないことで私を煩わせるな」
ぷいと横を向いたセイリオスに、シオンは馬鹿丁寧に頭を下げた。
「承知いたしました、皇太子殿下」
悪戯心が過ぎて、真面目な相手を怒らせてはたまらない。
シオンの本気。
女は好きだが、今自分は心から求めている相手は、この世の女の中にはいない。
――・・・シオン様に愛されている方が羨ましいですわ。
――そうかな。・・・迷惑がられてるかもしれない。
いずれはばれても構わない。
だが今は、相手の気持ちを慮って少しだけ遠慮しているところだ。そう、ほんの少しだけ。
この想いを諦めることなどありえない。
――恋に本気になれる奴の方が、少数だと思うがね。
これは目撃者のお子様たちに言った台詞。
本気でなくても恋はできる。
けれどもこれはただの恋ではないから。
これは二人の運命だから。
シオンの辞書にはそう書いてある。
同人誌の企画のために、必死で書いたシオンセイルです。
今だから言いますが、シオンセイル担当だった方が急遽参加できなくなって、編集長の責任で、必死になって書きました。ゼロからネタ出しして、短期集中で書き上げたものです。
友人のシオンセイルの偉いひと(笑)に事前に見せて、ちゃんとシオンセイルになってるかどうか、チェックしてもらいました。
今読むと、なんか強引な展開の話ですな……つーか、相変わらずわかりにくい(汗)
タイトルはほとんどやけっぱちです。もうひとつの候補は「本気と書いてマジと読む」でした。
それから、実はちょこっと仕掛けというか、遊んだ部分があるんですけど、わかりますでしょうか(小ネタです)。
塩沢さんがアニメで演った役にひっかけてあるところが、数箇所あります。わかったあなたは、みかると同世代。
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