面会謝絶
 
 

  ある秋の朝。
  目覚めたシルフィスは、身体が熱っぽいのを感じた。
(夕べ、ちょっと肌寒いような気がしたけど……)
  今日は訓練が休みなので、ディアーナの部屋でメイとお茶をごちそうになる約束だった。
  キャンセルした後の二人の暴れっぷりを想像すると、なるべく休みたくなかったが、これでは出かけられそうにない。
  ガゼルの部屋に行って伝言を頼む。
「大丈夫なのか?」
「うん。今日寝てれば大丈夫だと思う。明日の訓練には出ないといけないし」
「そうだな。今日が休みでよかったな」
  ついでに隊長に報告してくれて、後でひとっ走り研究院まで行ってくれる、というガゼルにお礼を言ってから部屋に戻ると、再びベッドに入ってうとうととまどろんだ。
  目が覚めたのは、空腹を感じたせいだったろう。
  朝ご飯食べるの忘れた……と思って身を起こした時、突然、窓を叩く音がした。
「やっほー、シルフィス、来ちゃった」
「メイ?」
  慌ててガウンを着て、窓を開けに行く。
「どうしてこんなところから? あ、姫までご一緒なんですか」
「こんにちはですの」
「さっき表に回ったんだけどさー。隊長さんに見つかりそうだったからこっちに来たんだ」
  メイの言葉にディアーナが澄ました顔でおほほと笑う。
  確かに、風邪で寝ているという部下の部屋に王女が行くのを見つけたら、隊長は必ず引き止めるだろう。
「だからって窓から来ることはないでしょう。そんなにまでして来なくても……」
「嫌ですわ。今日はシルフィスとお茶をいただくのを楽しみにしてたんですのよ。せめてお見舞いくらいさせてくださいな」
「そうそう♪ 邪魔はしないからさー♪」
  既に十分病人の邪魔をしている状況なのだが、だいぶ調子のよくなっていたシルフィスは、苦笑しながら二人が窓から入るのを手伝った。
  とはいえ二人とも、一応遊びに来たつもりではなかったので、シルフィスにベッドに入るよう勧め、シルフィスもそれに従ってベッドに入り、枕を背に上体を起こす。
「よく眠れるお茶を持ってきましたの。寝るならこれを飲むといいですわ」
「思ったより元気そうで安心した。ガゼルったら面会謝絶だなんて言うんだもん。ほんとはしばらく窓から覗いてたんだけど、シルフィスが起き上がったから合図したんだよ」
「そうだったんですか。面会謝絶は大げさですね」
  そんな会話の最中に、ぐうー、とシルフィスのお腹が鳴った。
「あ」
  赤面するシルフィスに、
「お腹が空くってことは、元気になったってことだね」
  メイは片目をつぶると、席を立った。
「ちょっと食料調達してくる」
「あ、メイ」
「いってらっしゃいですわ」
  堂々とドアから出て行くメイを見送りながら、ディアーナが言う。
「本当は食べるものも持ってこようと思ったのですけど、とっても具合が悪いのかと思ってやめたんですの。ごめんなさいですわ」
「いいえ。お気持ちだけで嬉しいです、姫」
「ケガは魔法で治せても、病気が治せないのは残念ですわね」
「魔法は目に見えるものしか治せませんからね。でもこれくらい、寝てれば治りますから」
「大したことがなくてよかったですわ。シルフィスが病気と聞いて、最初はどうしようかと思ってしまって……でもどうしても会いたくて、押しかけてしまいましたのよ」
  ディアーナもメイも、自分が好きだからこうして無理に来てくれた、というのはシルフィスにもよくわかっていた。
  まだ分化していない自分にとって、二人は大切な友人だ。
  そうこうしているうちに、メイがガゼルを小脇に抱えて戻ってきた。
「ただいまー」
「ぐえ〜ぐるじい〜」
「あらメイ。それが食料ですの?」
「姫……それはガゼルがかわいそうです……」
「ちょうどシルフィスに遅いお昼を持ってくるところだったんだってさ」
  やっとメイから解放されたガゼルは、首筋をさすりながらランチボックスを差し出す。
「ほら、食堂のサンドイッチだ。ったく、なんで俺がこんな目に〜」
「なによー。そもそもあんたが面会謝絶なんて言うからでしょ。そうでなかったらあたしたちがお菓子とかいっぱい持ってきたのに」
  口を尖らせるメイに向かって、ガゼルはため息をついた。
「隊長が決めたんだよ。午前中は見舞いに来たいって見習いが山ほどいて、追い返すのが大変だったんだからな。面会謝絶で正解だって」
  メイやディアーナのように窓から入って来るなんて、他の者には絶対できない。
「シルフィスは人気者ですものね」
「ありがとうガゼル。朝ご飯食べてなかったから、助かるよ」
「あー、じゃあもうお茶にしちゃおうよー」
  部屋の主であるはずのシルフィスの意向を無視して、ディアーナとメイはいそいそとお茶の支度を始めた。
  それって眠くなるお茶だったんじゃ、と思ったが口を挟むすきもない。
  ガゼルと顔を見合わせて、自分も手伝おうとすると、遠慮がちなノックが聞こえた。
「はい」
  返事をしたシルフィスに代わってガゼルがドアを開けると、そこに立っていたのはイーリスだった。
「ごきげんよう」
  意外な人物の登場にびっくりしている一同に向かって、イーリスはにこやかにバスケットを持ち上げてみせた。
「お見舞いですよ。薬湯をと思って来たのですが、どうやらこちらの方が役に立ちそうですね」
  見ればその中には、薬草のほかに色とりどりの果物が入っている。女の子たちがわあっと歓声をあげる。
「ありがとうございます。思いがけない方のお見舞いは嬉しいですね」
「イーリスがここに来るなんて、珍しいんじゃありませんこと?」
「どケチのあんたが見舞いの品を持ってくるとは、おどろき〜!」
「果物はもらい物ですから」
  しれっとした顔で言うイーリスだったが、少なくとも薬草は自前ということだ。
  シルフィスは心から感謝した。
「ふうん。でもまあ、よくあの隊長さんの面会謝絶攻撃を突破できたもんだよね」
「薬草を持って来たと言ったら、通してくださいましたよ」
  見舞いに来るにも頭を使わなくてはね、というイーリスの呟きが聞こえたのはガゼルだけだった。
  見舞いを止められたのは、見習いたちだけではなかったのだ。
  ガゼルは目撃していた。
  花や菓子を持って見舞いに来ようとした皇太子や文官や魔導師たちが、厳格な隊長にことごとく阻まれ、追い返されるところを。
  部屋で寝ているはずの部下が、こうして大勢で飲み食いしていることを隊長に知られたら、きっと怒られるに違いない。
  だが隊長は、未分化の部下に気を遣って、この部屋を訪れることはないだろう。
  今回はイーリスの頭脳の勝利ということか。
  みんなの間でにこにことサンドイッチをほおばるシルフィスを見ながら、ガゼルは思った。
(こいつ、これから男になっても女になっても、大騒ぎになりそうだよな……)
  シルフィス=カストリーズ。いまだ分化を迎えない、罪作りな秋の一日のことだった。
 


    2000年春にシルフィスの企画本に投稿したものです。いわゆるシルフィス総モテ。
    設定は、ちょうど10月に入って、みんなと親密度が高い、というイメージです。気持ちはオールキャラ。
    本の方ではまさささんがかわいい挿し絵をつけてくださって、幸せでした。 
    日本語が固いですが、狙いは今でも気に入ってます。オールキャラのライトな物、上手に書けるようになりたい… 
 

 

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