秋姫」  片加 凪様

side 1・・・アルムレディン
 

秋のある日の森の中。
僕は、秋の姫を見つけた。

それは、一風変わった服装をしたひとりの少女だった。
青い短いスカートと、胸の黄色のリボンが印象的な服。
服装からして、異国の少女だろうと思った。

指から、小さな炎を出して、じっと眺めている。
なんとなく、寂しそうだと思った。

ふと、目が合う。

その途端、彼女の瞳に、吸い寄せられた。
強い光を宿した、茶色の瞳。
茶色の髪と共に、鮮やかな印象になる。

…秋だ、と思った。

「こんなところで、何をしているんです?」
 深い、森の中だ。
 女の子がひとり、ふらふらするのに適した場所とは決して言えない。
 意を決して話しかけてみた僕に、彼女は言う。
「うーーん、ちょっとね、一人になりたくって。…でも、あなたに会っちゃったけどね。」
 笑った彼女に、苦笑させられる。
「…それは申し訳ないことをしたな。邪魔をしてしまったようだ。」
「あははー、いいのよ、気にしないで。こんないい男に会えたんなら、それもまた一興♪」
 はじめに身にまとっていた寂しさなど、みじんも感じさせない、真夏の太陽さえ屈してしまいそうな笑顔。彼女は秋から一転して夏のイメージになる。
「…貴女はおもしろい人だ。」
「そう?」
「…はじめは、自殺願望を持った人か、放火魔かと思ったんだけれどね。」
 くすっと笑って告げると、彼女は明るく笑い飛ばした。
「あたしが!?まさかー。」
「確かに、話してみた今ならそんな思いはためらいもなく却下するよ。」
「…あなたも、不思議な人。金の長い髪、青い瞳。白い服が凛々しくて、カッコイイけどダークな薫り漂うお兄さんってカンジだけど…どこか、品の良さも漂ってる気がする。あたしに何してるの?って聞いたけど…あなたこそ、人があまりいないこんな森の中、何してるの?」
 くるくると良く動く彼女の瞳は、見通すように僕を射抜く。
 鋭い感性の持ち主なのだと悟らされる。

 僕がどんな人間なのか。
 決して、人にむやみに告げることは許されない身分の僕は、その問いに答えることは出来ず、ただ彼女を見つめた。
 彼女も、僕を見つめる。
 互いに無言で、探り合うかのように僕たちは瞳を交わす。

 彼女の瞳は、まっすぐに強い意志の輝きを放つ。
 その瞳に、僕はどう映っているのだろう。

 やがて、彼女が笑顔になる。
「あなたが誰かは知らないけれど、なんとなくそう悪い人じゃないような気がする。会えて良かったわ。なんとなく、似たような空気を感じるのは、気のせいかな?なんだかほっとしたわ。ありがと♪」
 それは、僕も感じていた。
 なんだか、共通の寂しさを抱えた人間だと。
 だから、僕も言う。
「こちらこそ。貴女に会えて嬉しかったですよ。」
「じゃあ、ね。またいつかどこかで会えたらいいね♪」
「…ええ、女神のお導きのあらんことを。」

 これはおそらく、女神のくれたつかの間の気まぐれな出会い。
 …願わくば、また。
 夏の輝きと秋の切なさを併せ持つ、秋の姫に出会えますように。

 立ち去る彼女の背中に、僕は祈った。
 

side 2・・・メイ
 

 いつまで、この時間は続くんだろう。
 最近、あたしはそんなことを思う。

 クライン王国に来たのは春のこと。そして季節は巡って秋がやってきた。
 クラインでの日々は毎日楽しい。お気に入りの店も見つけたし、門限とか礼儀とかにちょっと口やかましい保護者付きとはいえ、曲がりなりにもきちんと住む場所があって日々やるべきコトがあって生活できる。なにより友達がたくさん出来て、日々の色んなコトを分かち合えるっていうのは楽しいものだ。

 だけど、やっぱり思い出す。故郷のこと。家族のこと。…元の世界。

 友達とわいわい過ごすのは大好きだけど、そんな時はちょっとひとりになりたくなる。
 そうすると、あたしは森へ行く。
 静寂を求めて。

 秋の森は、色鮮やかな自然のじゅうたんを作ってる。
 そっと踏みしめながら、あたしは森の奥へとむかう。
 …そういえば、元の世界には「秋の遠足」なんてのが、あったなあ。紅葉狩りとかブドウ狩りとか家族でも行ったし…

 ふと、耳に声がよぎる。思い出の中からの声が。
「芽衣!」
 それは、両親の声のような、弟の声のような、友人の声のような…

 思わず、足が止まる。
 …みんな…どうしてる??

 声が、思い出がよみがえる。
 …会いたい。
 でも、帰る方法はわからない。

 せめて、姿だけでも見られたらいいのに。
 魔法が使えるようになったんだから、昔話の魔法使いみたいに、鏡にむかって呪文を唱えたり水に魔法をかけたりして、会いたい人を映し出せたらいいのに。
 あたしに出来るのは、火の魔法だけ。

 …火?
 火って言えば、なにかなかったっけ?
 なにか、火を使って映し出す…
 
「あ。」

 浮かんだ。ひとつの昔話。
 マッチの炎に自分の願いを映し出した、少女の話。

 …馬鹿げてるかな。炎を作ってみよう、と思うのは。
 …子供じみてるかな。その炎の中に、懐かしい人を思い浮かべようとするのは。

 自分で自分を笑いつつ、あたしはそっと炎を灯す。
 魔法で作った、小さな炎。
 じいっと目を凝らす。
 けれど、そこにはただ、火があるだけ。

 …当たり前だよね。

 落胆して顔を上げると、少し離れたところに人がいた。
 …やだ、いつから見られてたんだろう。全然、気づかなかった。

 金の長い髪が印象的な男の人。
 どうやら、アブナイ人ではなさそうなのに一安心する。

「こんなところで、何をしているんです?」
 かけられた声は、とろけるような声色。
 どうやら、心配してくれてるらしい。
「うーーん、ちょっとね、一人になりたくって。…でも、あなたに会っちゃったけどね。」
 心配してくれた彼に答えを返す。軽く。
「…それは申し訳ないことをしたな。邪魔をしてしまったようだ。」
「あははー、いいのよ、気にしないで。こんないい男に会えたんなら、それもまた一興♪」

 金の髪。青い瞳。
 穏やかな気遣い。
 ほんとに、カッコイイ人なのだ。
 怪しいのは、確かだけど。

「…貴女はおもしろい人だ。」
「そう?」
「…はじめは、自殺願望を持った人か、放火魔かと思ったんだけれどね。」
 彼は、笑って言う。
 …さっきのあたしは、そんな暗い顔をしてたのかな?
 それにしても、放火魔だなんて…冗談じゃないわ。
 あたしは、笑い飛ばすことにした。
「あたしが!?まさかー。」
「確かに、話してみた今ならそんな思いはためらいもなく却下するよ。」

 …なんだか、会ったばかりなのに見透かされてる気がする…。
 うう、悔しいから、逆襲。

「…あなたも、不思議な人。金の長い髪、青い瞳。白い服が凛々しくて、カッコイイけどダークな薫り漂うお兄さんってカンジだけど…どこか、品の良さも漂ってる気がする。あたしに何してるの?って聞いたけど…あなたこそ、人があまりいないこんな森の中、何してるの?」

 返事は、ない。
 ただ、まっすぐに、彼はあたしを見てくる。
 あたしも、まっすぐ見つめ返した。
 
 彼の澄んだ切れ長の青い瞳は、どこか愁いを帯びている気がする。
 けれど、とても優しい瞳。

 なんだか、嬉しくなってあたしは笑う。
「あなたが誰かは知らないけれど、なんとなくそう悪い人じゃないような気がする。会えて良かったわ。なんとなく、似たような空気を感じるのは、気のせいかな?なんだかほっとしたわ。ありがと♪」
 寂しさを知ってる人だという気がする。
 なんとなく、何かと戦ってる人だと思う。
 あたしが、孤独と不安と戦ってるように。

「こちらこそ。貴女に会えて嬉しかったですよ。」
 彼は、微笑んであたしに告げる。
 別れの言葉。あたしも返す。
「じゃあ、ね。またいつかどこかで会えたらいいね♪」
「…ええ、女神のお導きのあらんことを。」

 あたしをこの世界に連れてきたのが、女神のお導きってヤツなら。
 あたしは言おう。
 気まぐれな出会いをありがとうって。
 

side 3・・・感謝の心。

 森を出て、あたしはこの世界でのあたしの部屋へと急いだ。
 門限は、とっくに過ぎてる。
 きっと、保護者のキールが怒ってるに違いない。
 そうあたしは思って、あたしの部屋のある魔法研究院の入り口をくぐった。
 その途端。
「メイーっ、遅かったじゃありませんの!待ってたんですのよ!?」
 焦れているような声があがる。
 驚いてみれば、そこにはなんだか人だかりが出来ていた。
「…ディアーナ?お姫様がなんでこんな時間にこんなところに…」
「今度のお茶会に誘いに来たんですけど、メイったらいないんですもの。ずうっと待ってたんですわ!」
「…う、それはごめんね〜。」
 両手をあわせて謝ると、ディアーナはふるふると頭を振った。
「いいんですのよ。それより、お兄様からもお誘い状を預かってきてますのよ?是非、今度のお茶会、いらしてくださいましね!」

 品のいい上質の紙に、ディアーナの兄にして皇太子のセイリオス殿下の御直筆の誘いの手紙と、ディアーナの笑顔。
 もちろん、断るはずもない。
「ありがとう、行くね、ご招待ありがとう。…で、今ここにキールがいるのは当然として…アイシュにシオンにイーリス、シルフィス、ガゼルも?」

 キールが、こつんとあたしの頭を小突いて言う。
「…門限、過ぎてるんだからな。課題追加だぞ。」
「うっ。」
 キールの課題は、きついのに…さらに、追加なんて…。うう、つらい…。
「素直じゃないですね〜、キール〜。心配してたって素直に言えばいいのに〜。」
 キールの双子の兄のアイシュは、やんわりと微笑んで言う。
 それにうるさい、と呟いたキールの顔はほのかに赤かった。

「お嬢ちゃん、あんまり遊び歩くなよ?危ないところにいくときは、俺をお供にしろって♪」
 あたしの顔をのぞき込むようにして、シオンが言う。
「…遊び人のあんたには言われたくないわ…だいたい、あんたを連れてったほーが、もっと危険な気がするわ…。」
「あはは、それは言えてますね、メイ。確かにシオンを連れて行ったら危険度は増すばかりです。」
「イーリス〜!!」
 軽口をたたいてるシオンとイーリス。
 いつも仲の良い、親友二人。
「こんなこと仰ってますけど、遊びに来られてメイが帰ってきてないのを知って、心配して待っててくださったんですよ、おふたりとも。」
 シルフィスがそっと囁いてくれる。
「…そう言うシルフィスも、待っててくれたんだね。ありがとう。」
 そう言うと、シルフィスと、一緒にいたガゼルはそっと柱の影を指さした。
「まったく、遅くなるときは伝言くらい残せよなー。あっちに隊長もいるんだぜ?」
「…隊長さんが?」

 のぞきに行けば、そこには確かに黒髪の長身の騎士がひとり。
「隊長さんも、いてくれたの?ありがとう♪」
「……いや、私は…部下の門限破りも気になったし、殿下の身辺警護もあるし、な…。」
「レオニスも、素直じゃないヤツの仲間入りか?」
 横からとんでくるシオンの声に、にらんだ隊長さん。

 …ああ、みんな、いるよね。
 この世界に来たときは、あたしはたったひとりだと思ってたけど、今ではすっかり、友達がたくさんいる。
 あたし、クラインが大好きだわ。
 素直にそう思えたことに、そっと、みんなに感謝する。
 

side 4・・・その後のふたり
 

 女神の気まぐれは、また起こる。
 数年後の、あるパーティ会場で。

「…失礼。秋の姫君。僕と踊っていただけますか?」

 茶色の髪を綺麗に結い上げたメイに、彼はダンスを申し込む。

「ええ、喜んで。…ところで、あなたの名前、まだ聞いてなかったわ。」
「…アルムレディンと申します。」
 

・・・・・・・
これは、あったかもしれない運命の糸の1本。
まわったかもしれない、運命の糸車。
行き着く先は、どこなのか…それは、今はわからないけれど…
きっと、幸せでありますように!
 

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