最高の微笑みを」  片加 凪様

 クラインで最高に似合いの1対、と人は言う。

「シルフィス、すっごく綺麗だよ♪」
「隊長も、かっこいいぜ!」

 エーベ神殿の前で、レオニスとシルフィスは仲間に囲まれ、祝福を受けていた。
 人付き合いは決していいとは言えないレオニスだ。だが、その剣の腕に憧れる者は多く、さらに部下の面倒見は意外といい。もっとも、そうでなくては騎士の見習いから新米までの監督は務まらないのだろうが。
 そして、彼の妻になるシルフィスも騎士である。しかも、クライン初のそれは美しい女性騎士とくれば、当然紅一点の彼女に憧れていた者も多いわけで…ともかく、今日この場には多くの騎士達が集まってきていた。もしや、クライン近衛騎士団のほとんどなのではないかという数だ。
 そんなことで、はたして王族の警護の方は大丈夫なのか、といえば、現在のクライン王族3名のうち2名までがこの場にいるのだから、何も問題はない。本日、不幸にも王宮の警護当番に当たった騎士達の多くは、涙を呑んで同僚にいったものだ。「頼むから、あとでどんな様子だったか、事細かに教えてくれよな!絶対だぞ!!」と。

 シルフィスは白いウェディングドレスに身を包み、白いレースのベールの下から微笑んで祝福を受ける。
「ありがとう、みんな。」
 一方のレオニスはといえば白のモーニング姿で、さすがにいつもの仏頂面よりは幾分柔らかいとはいえ、相変わらず笑顔とはほど遠い顔をしていた。

「レーオーニース?もうちょっと笑ったらどーだ、せっかくのめでたい席なんだからさー。」
 レオニスとは犬猿の仲らしいシオンが言えば、皇太子のセイリオスも苦笑しつつ言う。
「まったくだぞ、レオニス。クライン1幸せな男だといわれているのだ。もっと嬉しそうにしたらどうだ?」
「…そう言われましても…これが地なもので…」
 困ったように言うレオニスに、シルフィスの友人のメイが言う。
「…ま、でも、隊長さんいつもよりは顔が優しい気がするけど♪」
「あ、だよなー。それは言えてる!」
 横から、レオニスの部下でシルフィスの親友のガゼルも便乗する。
 
 みんなにわいわいと取り囲まれて、すっかり困り顔(であることは、レオニスをよく知っている人にしか分からないのだが)になったレオニスを助けようと、シルフィスは言った。
「レオニスは、充分喜んでいますよ。みんなで、こうしてお祝いに来て下さったのですから。」
 その声にほっとしたのか、レオニスの表情がゆるんだ。

「あっ!レオニスが、笑いましたわ!!」
 めざとかったのは、王女のディアーナ。
「えっ?ウソ!見てないよ、あたし!!」
「くっそー、オレも見逃してたぜ。」
 悔しがるメイとガゼルの横で、ほんわりと微笑みつつシルフィスの友人のアイシュは言った。
「僕は見れましたです〜。いい顔をされるんですね〜、レオニス様。」
「うう、ずるいよ、アイシュ〜。はっ!ちょっと、あんたも見たの!?」
 メイが詰め寄ったのは、アイシュの双子の弟にして、メイのこの世界での保護者、キールである。
「…見たよ、だったらどうしたって言うんだよ?」
 メイの剣幕にいささか呆れつつ言う。
「ずるい〜。あんたは、シオン?」
 どういうわけか、そういう決定的シーンは見逃すことのないシオン。もちろん、ここでも外さない。
「悪いな、嬢ちゃん。俺もばっちり。いや〜、珍しいもん見せてもらったわ、レオニス。」
 途端にレオニスの顔が険しくなったのは、言うまでもない。
 メイは恨みがましそうな視線を、今度はセイリオスに向けた。
「…すまない、メイ。」
「…ううう、殿下まで〜。残るは…」
 視線を向けられたイーリスも、そつなくしっかり微笑んだ。
「私も、しっかりと拝見した口ですよ、メイ。」
 どうやら、見逃したのは騒がしい2人だけだったようだ。
 それだけに、その後の嘆きようも、騒がしい。

「隊長さんってば。ね、お願いだから、もう一回!」
「隊長〜。頼みます!」
 2人声をそろえて、ぺこりと頭を下げる。
「笑って!!」

 笑えといわれて、心から笑える人間というのは少ない。
 まして、ほぼ無表情が常のレオニスには、どう考えたって出来ない芸当である。
「…無理だ。」
 すげなく却下されても、仕方がない。
 
 そんなレオニスの隣で、本日より妻になったシルフィスは言う。
「そのうち、また見られるかもしれませんから。とりあえず今は、勘弁して下さい、2人とも。」
「そのうちって、いつよ?」
「さあ。それはわかりませんけどね。」

 そんなやりとりをする妻とその友人を見て、内心深く深くため息を付いているレオニス。
(…疲れる…)
 そんな彼の横に並んだシオンが、こっそりと悪魔のささやきをする。
「大変だなぁ、レオニス。結婚式の主役は注目あびまくり、質問されまくり。良いように遊ばれるってのが常識なんだからな。お前さんの何より苦手なこと、だよな〜。」
 心底楽しそうに、シオンは続ける。
「まして、騎士団至高の花、シルフィスを手に入れたとなっちゃ、恨み妬みの視線も山ほどだし?」
 にやにやにや。
 笑って、シオンは言う。
「ま。お幸せに。」
 

 王宮の警護より、国王、皇太子の護衛より、王女のお守りより、なにより緊張した…とレオニスが後にシルフィスにこっそりと語った結婚式の日は、こんな風に多くの者に祝福されて過ぎ去ったのである。

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「レオニス?大丈夫ですか?」
「…二度と、こんなのはご免だな。」
「ふふ、随分疲れたみたいですね。」
「ああ、疲れた。」
「でも、楽しかった。」
「…そうだな。」
 ふ、とレオニスは笑った。
 メイとガゼルがあんなに見たがっていたレオニスの笑顔は、彼の愛する者の前で作られるのだ。

(ごめん、メイ、ガゼル。)

 心の中、そっと謝りつつ、シルフィスは最愛の人のくれた最高の笑顔に最高の笑顔を返した。
 

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