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ざー、と音を立てて天からの恵みが大地を潤す。 突然の大雨に人々は慌てて辺りの軒下に身を寄せた。 「参ったな。」 午後から買い出しに来ていたシルフィスも例外ではなく、大きな包みを抱えたまま身を寄せた喫茶店の軒から天を伺った。 午前中の稽古を終え、本日の買い出し係にじゃんけんで負けたシルフィスがなる事になった。 不定期ではあるが、見習い間で必要な代物を買い出しに行ったりする。じゃんけんで決めるのは恒例なのだ。 しかし、運が悪い。 来る前は確かに快晴であった筈なのにいつのまに雲が出ていたのだろう。 雨は止む気配を見せないが午後の稽古はには宿舎に戻らないといけない。 諦めて走ろうか、それとももう少しだけ待ってみようか・・・・ 少なくとも自分の抱えたこの荷物をぬらす訳にもいかないし、かといってこれ以上雨が酷くならないとも限らない。 「お使いになります? 騎士様。」 突然の声にシルフィスは反射的に身構える。別に相手を認知しての動きではなかった。 「まあ、すいません。驚かせてしまいましたね。」 違う。 シルフィスは声の主が誰だか分かるとようやく、自分の動きにも合点がいった。 相手は自分に傘を手向けて話し掛けた。にも関わらず全く気配がしなかったのだ。 勿論、相手も態と気配を消してその上とぼけているのだ。 「いいえ、結構ですエルディーア様。あなたも困るでしょう。」 シルフィスはにこりともせず言葉を返す。 「私は、ほらあそこに神殿の仲間が居ますもの。入れてもらいます。」 見れば確かに向こうに神官らしき人の姿が見える。 斜向かいにの軒先を指差し。だからどうぞと、にっこりと笑って再びノーチェは傘を差し出す。 ふーん。仲間ね。 神に仕えるエルディーアが彼女にとって仮の姿だと言う事をシルフィスは知っていた。 数日前に謎の男と交わしていた密談。 彼女が王宮を襲った白鴉と同一人物だと知ってしまった。 「警戒していますのね。可愛い方。」 ふふふ、とノーチェが笑う。 「まあ、当然ですわね。王宮の一件では貴方は全く役に立たず、むざむざ総務長様を殺されてしまった。」 相手が自分を挑発しているのは分かっている。黙ってじっと耐えた。 「賊をも取り逃がし、事件は表沙汰になり貴方の庇っておいででしたあの文官も罪に問われた。」 歌うようにノーチェは言葉を繋げる。 外は雨。 店の軒先とは言えシルフィスは邪魔にならない様に出入り口から遠い所で雨宿りしていた。 外は勿論、中に居る人達にも二人の会話は聞こえないだろう。 「ところで騎士様。賊はあの文官をそのまま生かしておくと思いますか?」 「な!」 彼女の柔らかい微笑み。表情はまだエルディーアのままだ。 「きっと邪魔でしょうね。あの総務長のように。」 ざーーー。 降りしきる雨が一際大きく響く。 ノーチェに掴み掛かろうとしたシルフィスの喉にノーチェが忍ばせた短剣の切っ先を向けていた。 ごくりとシルフィスの喉が鳴った。 「何をするつもりですの? こんな町中で、」 ゆったりとした仕種でノーチェは短剣を懐にしまった。 「貴方が相手にしようとしているのは神官エルディーア。何の言われも無く騎士団の人間が神官に手をあげたとあっては困るのは貴方ではありませんよ。」 シルフィスの脳裏にレオニス隊長やガゼルの顔が浮かんだ。悔しいがその通りだ。 「それとも言います? エルディーアが白鴉と同一人物だと。 果たして何人の人間が信じる事でしょう。」 エルディーアは信心深い神官で有名だ。例えそれが仮の姿だとしても・・・・ シルフィス自身、つい最近までそうだと信じきっていた。 また自分は何も出来ないのか・・・ 「それに今の貴方が私にかなうとも思えませんけど。」 振り上げた手は止めざるえなかった。それでもノーチェは髪一つ乱さないで・・・・ ギリっと奥歯が鳴る。 それを見てノーチェがふふと笑う。 「安心して下さい。あの文官には未だ手を出しませんよ。必要になるかもしれませんしね。」 機密を解くことの出来る人物が必要。あの男は確かそう言っていた。 「・・・・それは、機密と関係しているってことですか。」 「そこまではお教えしませんわ。」 今度はノーチェの笑みで答えて、彼女は背を向け天を仰ぐ。 「やはり止みそうにありませんわね。」 無駄話は終わりということだろうか。 黙るシルフィスを振り返って神官に戻った彼女が傘を差し出す。 「傘は純然たる好意。受け取って下さいませ。」 半ば強引に渡すと、雨の中斜向かいの軒へと小走りに飛び出る。 「何故、私を野放しにしておくんですか。」 ノーチェの秘密を知っている要注意人物。シルフィスは文官よりも邪魔な人間の筈。 問いを彼女の背中に投げつける。 彼女は足を止め振り返った。 「言いましたでしょう。あなたに興味があると・・」 言い残すと今度は振り返らずに走って行ってしまった。 強くなりたい。 誰かを守れるくらい強く。 ノーチェの姿が見えなくなってもシルフィスは凍り付いたように動かなかった。
雨の情景が静かな緊迫感を盛り上げて、見事です。 この作品は、同人誌『ノーチェがライバル』に寄稿いただいたものです。 ご好意でアップさせていただきました。ありがとうございました。 |