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茹だるような暑さの中、その中でも取り分け熱いのが騎士団の修練場である。 夏という季節もとっくに過ぎたというのに、残暑はそんな事はお構い無しにズルズルといつまでも居残っていたりする。 その中で汗だくになりながら稽古をしている連中はどう贔屓目に見ても暑苦しい。 そう、たった一人を除いては。 「やっぱりシルフィスは綺麗ね。」 窓から中を伺っていたノーチェは感嘆のため息を吐く。 アンヘル族という特異な種族の為というのは知っていたが、他のアンヘル族を見た事がないのでやはりシルフィスが特別に見えてならない。 それにしても・・・・ 「最近、休日は何をしているのかしら。」 シルフィスは以前は毎週のように神殿に通っていたのだが、最近パタリと来なくなったのだ。 その原因を探るべく、奉仕活動を抜け出してこうして調査している訳だ。 隊長の号令は午前中の稽古の終了を意味する。 シルフィスも構えていた模擬刀を降ろし深く息をはく。 「どうしたシルフィス。なんか集中してなかったみたいだけど。」 シルフィスの相手をしていたガゼルが後片付けを始めながら聞いた。 「う〜ん。なんかどうも視線を感じて。」 それに習ってシルフィスも模擬刀を片づけようと後を追う。 「視線? 入り口には誰も居なかったよな。」 「いや、入り口ではなくあっちから。」 と、シルフィスは入り口とは反対の方を指差す。 「あっちって・・・・・・・・・・」 つられてガゼルもそちらを伺うが、返ってきたのは無言な視線。 「気のせいですよね。はい。」 向こうから伺えるような窓など無い。 「天窓ならあるけどな。」 はるか頭上の。 「そんな所から人が覗いてる訳ないね。」 でも、居るんだな(笑) 天下の白鴉さんをなめるなよ。 「ところで、先週の日曜はありがとう。」 「なんだよ改まって」 ガゼルも悪い気はしないらしく笑顔である。 「あんな所にあんな美味しい店があるなんて知らなかった。流石はガゼル。」 「地元民の強みだよな。あそこはあまり有名じゃないから人も少ないし、」 「勿体無い。あの塩ラーメンは絶品だったのに。」 「店主が商売に興味ないんだよ。自分の納得いく麺が作れりゃあそれでいいって人でさ。」 「職人ですね。」 うんうんって・・・・シルフィスあんた・・・ 「気に入ったならまた行こうな。」 「是非。」 顔を見合わせてニカっと笑い会う二人であった。 「そう・・・、 全てはあのサルのせいなのね。」 注:先程までの会話は全てノーチェが読唇術で読み取っています。 「何とかしなくては。」 *** 明けて運命の日曜。 あれから続けたシルフィスの身辺調査。 昼にレオニスと中華に行ったり、休暇に偶然キールと喫茶店で会ったり。 そのおかげで邪魔なのはガゼルのみではないと分かったノーチェ。 何かを仕掛けるの必定だろう。 朝、ガゼルが目覚めると世界は真っ暗だった。 「何だこれぇ!」 どうやら手足を縛り上げられているらしい。必死にもがくがうんとも寸とも言わない。 彼が梱包されているのはポリ袋。 しかしそんな事は知る良しも無かった。 「おや?」 その日気が向いたので湖にでも行こうと向かっていたイーリス。 道端に小銭が落ちているのが目に入った。 ネコババは自分の格が下がるのでしない主義であったが妙に気になった。 ぽん、 「拾ってそれから考えましょう。」 手を打ってそうする事にした。 小銭を拾うと、その少し先に同じように小銭が落ちていた。 「やれやれ、誰かのズボンのポケットに穴でも空いていたのでしょうか。」 そう言いながら二枚目を拾う。そしてその先に三枚目を見つけた。 三枚目を拾いながらイーリスは嫌な予感がした。 「やっぱりね。」 丁度10枚目を拾おうとした場所には大きな穴が突如出現した。 落とし穴である。 ここは静かな森の中。果たしていつ助けがくるものか・・・・ とんとん。 「何だ?」 「今日は隊長さん。私に用事って何?」 隊長の部屋に入るなり本題に入るメイ。 「用事? 何の事だ。」 「え? 態々手紙で呼び出しておいてそれはないんじゃ・・・」 「手紙? 知らない。」 「誰かのイタズラかな・・じゃあ、お邪魔しました。」 と速攻で帰ろうとするメイ。しかし、扉の所から動かない。 「どうした。」 「・・・・扉が開かない。」 それではと隊長も挑戦したがやっぱり扉は開かなかった。 「これは向こうから何かで押さえてあるな。人が気付くまでどうにも出来ない。」 「えーー。」 「私と二人では嫌か。」 「そんな事はない。」 ぶるぶると首を横に振り赤くなるメイ。レオニスも滅多にお目にかかれない笑顔を向ける。 「紅茶でも出そう。」 と、中を促がすレオニスに付いてメイも部屋の奥へと進んでいった。 ・・・・なかなか粋な嫌がらせだね。 とうとう夜を徹してしまったキール。 昨夜から引き続いて古文書の解読を続行中である。 その扉が開かないのも気が付く筈が無かった。 ・・・・同じ手。飽きてきたようだね。ノーチェ。 「皇太子の部屋も宮廷魔道士もあの文官も部屋に閉じ込めてきたしこれで安心ね。」 まあ、王宮では発見も早かろうがそれも計算の上。 王宮に賊が入ったとなれば外で遊んでいられなくなるだろう。 これでシルフィスも今日こそは神殿に来るだろう。 「さ、早く帰って、エルディーアを演じなければ。」 しかし、彼女は知らない。 宮廷魔道士と文官は部屋で既にぐるぐるに縛り上げられていた事を・・ *** 「やあ、シルフィス。先週は来なかったね。どうしたんだい?」 執務室でいつもの様ににこやかに話し掛けるセイリオス。 「あ、先週はガゼルに美味しいラーメン屋を紹介されたんで一緒に行ってたんです。」 (昼にレオニスと中華に行ったり、休暇に偶然キールと喫茶店で会ったり。)うん、日曜じゃないね。 「美味しかったかい。」 「はい。」 「じゃあ、今度私も連れていってくれるかな。」 「喜んで。」 にこにこ・・・ 勤勉な彼はノーチェがやってくる頃には自室を出た後だった。 勤勉な? 「そうだ。アイシュから貰ったケーキとシオンがくれた紅茶があるのだが、一緒にどうかい。」 「はい。頂きます。」 貰った? くれた? 「今日はお二人とも見掛けませんけど、どうされたのですか?」 「さあ? 仕事でもしてるのではないか。」 「いつもはここに来る時に必ず会うのですけれど・・・仕事ですか大変ですね。」 「ああ、何故か廊下で必ずすれ違うんだという話だったね。」 「ええ、すっごい偶然ですよね。」 セイリオスはケーキを口に運ぶシルフィスを見ながらそんな会話を交わす。 「偶然ねぇ・・・」 ぼそっと呟いたセイリオスの目は笑っていない。 「殿下も大変ですよね。公務の為に一時期神殿に通ってらして・・・。 「ああ、神殿と公費の事で話し合いがこじれてね。」 「おかげで私も休みの日にお会いするのに神殿に通う形になってしまいました。」 にこ、 その無邪気な笑みに、激しい動悸・息切れを覚えるがそんな事はおくびにも出さないのがセイリオスという人間だ。 「もうそんな事もないだろうから、遠慮なくここに来てくれ。」 「はい。」 その日いつも以上ににこやかだったエルディーアは夕方になると何故か不機嫌なオーラを発していたという。
この作品は、同人誌『ノーチェがライバル』に寄稿いただいたものです。 ご好意でアップさせていただきました。 シルフィスをめぐってノーチェと張り合う、というのがテーマでしたが、 それにぴったりのコメディ。ありがとうございました。 |