「得意なことは人それぞれ」  primula様
 
 
「そうね・・・もう少し、お願いするわ。 
 ・・・このくらいでどう?」 
 
 店の前で交渉をすすめる女性が一人。 
 長い髪をなびかせ、微笑みを浮かべた絶世の美女。 
 側を通る人が思わず振り返ってしまうような光景だが、 
 やっていることは・・・商品の値切りである。 
 
「ちょっと待ってくださいよ!」 
 
 示された価格を見て、相対する青年の方は半泣き状態である。 
 ・・・それもしかたのないことかもしれない。 
 なにせ件の彼女、ノーチェが目をつけた品はすでに 
 仕入れ値を割っているのだから。 
 
「もう、ほんとにぎりぎりなんです。 
 これ以上安くしたら大損ですよ!!」 
 
 ・・・そこまでいうのなら売らなければいい・・・と 
 思うかもしれないが・・・しょせんは男は美人に弱いものである。 
 
「あれ? どうしたんですか、ノーチェ。」 
 
 不思議そうな様子で駆け寄ってくる気配。 
 聞き慣れた穏やかな声。 
 振り返るまでもなく、ノーチェにはそれが誰かわかっていた。 
 
「今日は見回りなのね、シルフィス?」 
 
「ええ、ガゼルと一緒だったんですけど、またはぐれちゃって・・・」 
 
 この人混みですから、と笑顔で答える金の髪の少女。 
 いつもと変わらない、側にいるだけで心がなごむのがわかる。 
 シルフィスは騎士になりたてとはいえ、救国の英雄として有名な人物である。 
 もっとも民衆にはその名声よりも美貌の方で知られているが。 
 
 そこまで考えたとき、ふとノーチェは店の青年を横目で見た。 
 職業柄、服装はボーイッシュだが、 
 女神の再来とも言われる美少女が側にいるのである。 
 これで平静を保っていられるような男は、まずいない。 
 案の定、彼女の登場で青年は呆然としている。 
 ノーチェがこの隙を見逃すはずがない。 
 
「ほら、シルフィス。綺麗でしょう、これ。」 
 
 先程からノーチェが交渉していた品を指さす。 
 細かい金細工に緑色の宝石をはめ込んだブローチである。 
 宝石のほうは小粒だが、趣味のいいデザインである。 
 
「うわぁ、ホントに!・・・でも高いんでしょう? 
 これだけの細工物なら。」 
 
 騎士といえども、シルフィスは女性である。 
 装飾品に興味がないわけでもない。 
 目を輝かせてブローチを手に取る彼女を見て、ノーチェは 
 是非とも手に入れなくては、と密かに決意を固めていた。 
 
「お店の人が安くするって言ってくれたのよ。 
 あなたが騎士になったお祝いに贈ろうと思って。」 
 
 チラリと目をやると、店の青年はまだ呆然としている。 
 
「ねぇ・・・さっき言った値段でいいわよね? 
 彼女によく似合うわ、このブローチ。」 
 
 ノーチェは、極上の笑顔を浮かべて確認をとった。 
 ブローチを手にしたシルフィスの方も嬉しそうにはしゃいでいる。 
 それに見惚れていた青年は、もう交渉のことなど頭にない。 
 
「え、あ、はい、もちろんです!! 
 よく、お似合いです。ホントに!」 
 
 この時点でノーチェの勝ちである。 
 
「じゃあ、頂いていくわ。またよろしくね。 
 行きましょう、シルフィス。」 
 
「ええ。ありがとう、ノーチェ。」 
 
 帰り道、いい買い物をした、とノーチェはご機嫌だった。 
 贈った相手も喜んでくれたのだから、これは当然とも言える。 
 もともと取引が得意なノーチェだが、今回はシルフィスの存在も大きかった。 
 
 タイプの違う美人が二人とも、笑顔で返事を求めてくるのである。 
 今回の青年に限らず、「はい」と言ってしまう人間は多いだろう。 
 
『大きな買い物をする時には、シルフィスを誘うことにしよう。』 
 その方が交渉しやすいということに気づいたノーチェは、 
 これからさき、どれだけの商人を泣かせることになるのやら・・・。 
 
 神のみぞ知る、である。 
 

    メールで「ノーチェが好きだ」という話から創作をプレゼントして下さいました。
    感激です!今度は私が約束を果たす番です!待ってて下さい!(いつ?)
    まさにしなやかにしたたかなノーチェですね。 
    シルフィスはやっぱり天然風味かな? 
    私も二人のショッピングにこっそり付いて行きたいです。
    primulaさん、ありがとうございました。
 
 
 
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