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目の端に騎士見習いの二人を捕らえながら、ノーチェは忌々しそうに舌打ちをした。
やはりあの時始末出来なかったのは痛かった。あれっきり機会は回って来なくなった。
それというのも、あのサルが事あるごとにシルフィスの回りをうろちょろしている所為。いっそ二人とも始末してやろうかしら。
半ば諦めているところに、二人が路地を挟んで分かれたのが見えた。
シルフィスは路地に入っていき、ガゼルはそのまま行き過ぎたのだ。
好機。さっさと始末して気分良く仕事に戻りましょう。
シルフィスが路地の向こうに出るまでに追いつかなければならないので、急ぎ、ガゼルが通りを走っ抜けるのを見逃していた。
路地には人気はなく、何をしても心配しなくて済みそうだ。
幸い奥に人の気配はまだある。剣をゆっくり引き抜き、音から距離を測る。
そして助走を付けての跳躍。相手は振り向きざま剣を受けた。
今度は相手を見ても差ほど驚かなかった。
ガゼルがすりこぎ状の物で剣を受けていた。受け止めては見たものの、所詮は剣と棒、棒は真中に大きく亀裂が入った。
「うわっちゃー。もう使えないな。」
「この私にそんな物で対抗しようと思っていたの?」
「だって、見習いは帯剣を許されていないんだ。仕方ないだろ。」
飄々とした口調で答えはしているが、二人に実力差はありすぎる。ノーチェの剣を受けた両の腕は痺れて使いもにならない筈である。
「やはり、気が付いていたのね。」
「う、ばれてたのか。」
あれだけしつこくシルフィスをガードしていれば嫌でも気が付く。
それにしても、いつ正体を知られる失態を冒したのだろうか?
「一体、いつから?」
シルフィスが話さなくとも上司から暴漢の話を聞き、手当てをした傷と結びつけたのかもしれない。それとも、まさかとは思うがシルフィスを狙っている自分の姿を見咎められたのかもしれない。今後の参考のために聞いておかなければならないだろう。
「…始めっから。」
まさか!
ノーチェは目を見開き我が耳を疑った。
「じゃあ、何故。大人しく手当てをしたの。どうして誰にも言わない。」
ガゼルは困ったように頬を掻いた。
「だってさ。怪我している女の人って助けるべきだろ?」
勿論、少しばかり違うのだが、その理由は彼女のプライドを傷つけることだろうと判断した。
「呆れた正義感ね。それで満足させた自尊心の代償が命って訳ね。」
これにはガゼルは答えなかった。
おおかた、考えなしに自分を見逃して、後になってから後悔し、これまた正義感にあかせてシルフィスの為にと体を張ってみたのだろう。下らぬ茶番だ。
「それで?どうやってシルフィスと入れ替わったの?」
「簡単さ。別れた後、ダッシュで路地の向こう側に回って入れ替わったんだ。」
「シルフィスは?」
答えるとも思えない問いだったが、返事は期待していなかった。
「ガゼル!」
そこへ態々返事の方からやってきてくれた。ガゼルの舌打ちが小さく聞こえる。
「うう、先回りで現れたかと思ったら人を殴り飛ばして…何のつもりだ。」
痛むのか、患部と思わしき頭を押さえている。足取りも何処か弱々しい。
「白鴉…。」
ノーチェの姿を捕らえ、シルフィスの表情に緊張が走る。そして、どういうことだとガゼルをにらみつけたが、これをガゼルはとぼけてやり過ごした。
「ようやく役者が揃った訳ね。」
じりっと、ノーチェの刃が近づく。対して二人は残念ながら丸腰であった。刃が牙を向くのも時間の問題である。
二人ともノーチェを見据えたまま、動けない。
「シルフィス! シルフィス、しーるふぃす〜♪」
まさに絶体絶命のその時に、天から思わず腰も砕けるのーてんきな声が降って来た。
三者は咄嗟に天をいぐ。その中の声が名前を呼んだ人物目掛け、天からの飛来物は真っ直ぐに突っ込んでいった。
「うああーー。」
叫び声諸共後ろに倒れこみ、飛来物…いや者はがばーっと顔を上げた。
「メイ!」
「あはは、メイ様参上。」
ガゼルの声にメイは少々疲れた様子で答えた。
「いやー、やっぱり探し人は空から探すに限るわね。細かいところまでよく見えるわー。難点といえばどこかに突っ込まないと止められないってところか。まあ、急いでいたし、無事着いたからよしとしましょうか。」
無事? 突っ込まれた当の本人は疑問符を思い浮かべたが、何せまだメイを腹に乗っけているわけである。声が出ようはずもない。
よいしょっとメイが起き上がり、シルフィスもやっと解放された。
きょろきょろと辺りを見渡し剣を構えたノーチェと視線がぶつかる。
「うわー、もしかして取り込み中ってやつー?」
やっと気が付いたのか緊張感も全くない声を上げる。
「ま、それどころじゃないって、」
と、意に関せずシルフィスの方に向き直る。
をい
ノーチェの剣柄がカチャリと鳴った。
「この間ようやくダリスから戻れてね、バッチリ証拠掴んでやったわ。んで、しばらく殿下んところでその事で雑用やっててね。何せ貴重な証人だからさ。殿下がんばって周りの国を巻き込むことに成功してね。要するにさ、ダリスの陰謀もこれまでって事よ。」
ダリスの瓦解。それでは、自分のやっている事は意味を成さなくなる。
ノーチェは成り行きに耳を傾ける。
「ダリス? メイ、ダリスに行ってたのか?何で?」
「話せば長ーい事ながら、詳しい事情は後でね、ガゼル。」
「メイお帰りなさい。」
どうやらシルフィスは事情を知っているらしい。後で聞き出さなくっちゃとガゼルは思う。
「ただいま。だけどね急いでダリスにトンボ帰りしなくちゃね。」
「え?」
「『え?』じゃなーい。ディアーナ迎えに行かなきゃでしょう?
ほらほら急いだ。」
そうだ。このままでは何も知らないディアーナがダリス王の元に着いてしまう。切羽詰ったダリス王が無事に帰す可能性は薄い。
「分かりました。でも、ちょっと待っててくださいね。」
そう言うと、シルフィスはノーチェに視線を投げた。
「分かっているわ。上が居なくなった以上。何をしても詮無い事。無駄足掻きは性に合わないもの。」
「これからどうするんですか?」
「分からないわ。国に帰っても仕方ないし、かといってこれ以上神殿で生活するのも無理でしょうね。」
正体を知る人間が三人に増えてしまった。今更どうこうするつもりもない。
「今まで通りで駄目なのか?」
ガゼルの瞳は真っ直ぐにノーチェに向けられる。純粋という名の愚かさの象徴。だが、ノーチェは目を外す事が出来ない。
「言いませんよ。私たちは。」
覆い被さる様に、シルフィスが続けた。そして、同意を求める為振り返るシルフィスに、ガゼルも力強く頷いた。
「ねえねえ、そろそろ急がないと。」
メイがシルフィスの袖を引っ張る。どうやらイマイチ状況を把握していない様だ。それに困った様に振りかえるがシルフィスは動かない。
「そうね。」
ノーチェの言葉に三人の視線が集まる。
「それもいいかもしれないわね。」
ホッとした表情のシルフィスとガゼルをメイが引きずる様に連れて行く。
「ガゼルも来るの!」
「一体どーなっているんだ? さっぱり分からないぞ。」
「いいから。これまでの事は道行きで話すから。」
最後にシルフィスが軽く会釈したのが見えた。
騒がしい気配は消え、風の音も戻る。
取り残された路上でノーチェは顔を覆っていた布を捨てた。
(先程まで命を狙われていたというのに、本当に愚かだこと。)
ガゼルの視線に肯定のニュアンスで答えた。ああ答えなかったらガゼルはこの場を離れただろうか?
それに、シルフィスは気が付いたようだが、本当のところは分からない。
何の必要があって?
あそこまで愚かだといっそ小気味がいいのかもしれない。若しくはささやかな敬意といったところか。
くすりと笑う。
(今まで通りで…なんてことが出来ればいいわね。)
ノーチェは暫く三人の消えた方角を見つめていたが、ややあって振りきるように背を向けた。そして正反対の方向に歩みを進めていく。
ノーチェの捨てた布だけがその後を追うように風にあおられていった。
同人誌用にいただいた原稿です。
戦う女ノーチェ。かっこいい!
最初ガゼル×ノーチェと言われて「?」…こういうのは無理にカップリングに分類しない方が好き。
でもガゼルの活躍は個人的に嬉しかったです♪
アルムEDとも繋がるなんて、こういうところが同人創作の醍醐味ですね。
空葉月さん、ありがとうございました。
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