「ある挿話 〜古い手記より〜(3)」  HENNA様
 
 
○月○日 
 
 今日は久しぶりにエルディーア先生が王宮にいらっしゃった。わたくしの授業が再開されるのは来週からなのだけど、その前にお母様に挨拶にみえたのだ。意外なことに先生とお母様は古くからの知り合いなのだそう。ちっとも知らなかった。 
 先生に会ったお母様はそれは嬉しそうで、目を輝かせて話される様子は、今よりずっと若返って――まるでわたくしと同じ位の女の子みたいに見えた。 
 ひとしきりお二人の間で昔話に花が咲いた後で、お母様はわたくしを側に呼び、先生に向かってわたくしのことをよろしく頼む、とおっしゃった。 
「王妃、姫はとてもしっかりしたお方ですわ。初めてお会いした時の貴方よりも今の姫の方がお年は下ですが、よほど頼もしいと思います。」 
 先生の言葉にお母様は吹き出すと笑って抗議し始めた。先生は澄まし顔でそれを遮ると、 
「でも、やはり親子でいらっしゃいますわね。よく似ておいでになる、本当に…」 
 そこで先生は言葉を少し切り―ごくごく小さなため息をつかれた―ような気がした。 
「本当に、お血は争えませんこと…」 
 ――血は争えないわね、本当に。 
 いきなり頭を殴られたような気がした。この声、この言葉…どこかで。 
 がんがんと耳鳴りがして、お母様がどう受け答えされているか聞き取れない。 
 わたくしはぼんやりと先生の横顔を見詰めた。長い長い青銅の髪。青白いほどの白い肌。…深く鋭い、宝石のような青い瞳。 
 息を吸って、また吐き出す。胸の奥から悲鳴がせりあがってきて、油断すると口から漏れてしまいそうだった。 
 その時、彼女は不意に真っ直ぐわたくしの方を見た。そして、すっと立てた人差し指をご自分の口元に持っていき、にこりと笑ってみせた。ドキリとするような綺麗な笑顔だった。 
 ――何も言わない方があなたのためよ。 
 そう耳元で囁かれたような気がした。 
 ―――は、どう? 
「え…?」 
 はっと気が付くと、お母様がわたくしに話し掛けていた。 
 ――先生のことをどう思う?気に入った? 
「先生のこと…」 
 わたくしはもう一度深く息を吸ってまた吐いて、それからきっぱりと申し上げた。 
 ――ええ。だって先生はわたくしの理想のレディですもの。先生のような素敵な女性になりたいです。 
「えっ」「まぁ」 
 お母様と先生は、わたくしの返事に顔を見合わせて困ったように笑った。その笑顔になんだか秘密めいたものを感じてわたくしははっとした。もしかしたらお母様は、先生のことを――先生の秘密を――よくご存知なのかもしれない。ご存知の上でこんなに親しくされているのかも。 
「ずるい!」 
 わたくしは思わずそう言って、お母様の腕にしがみついた。 
「ずるいです、お母様も、先生も。」 
 ――いきなりどうしたの。 
 お母様は軽やかに笑ってわたくしを抱きしめてくださった。 
 ――おかしな人。急にまた赤ちゃんに戻ってしまって…。 
 わたくしは、お母様の胸に顔をうずめなから、横目で先生を見た。先生は変わらずにこにこと微笑んでわたくしをご覧になっていた。 
 ――いつか、きっとわたくしも仲間に入れていただくの。もっと勉強して、世界の秘密を知って、お二人みたいな大人のレディになるの。いつか、きっと。 
 わたくしはそう心に固く誓っていた…。 
 
<<以下省略>> 
 
 
 
<<付記>> 
 
 この手記をを現代語に改めるにあたって出来るだけ元の文章の雰囲気を損なわないように努めたが、わかりやすさを第一に考えたため、原文にあった子供らしい表現、綴り誤り、意味不明な言葉などをより平易な「大人向けの」表現に置き換えていることをご了承されたい。原文は日記文の合間に落書き、似顔絵、自作の詩などが垣間見られる微笑ましいものであることを付け加えておく。 
 この手記の作者は、その内容からクライン王セイリオス1世の息女と推定される。 
 作者の双子の兄であり次代の国王となったセイリオス2世も端々に登場している。 
 また、冒頭に顔を出している人物「シオン」なる人物は当時名宰相とうたわれたシオン=カイナスを指すと思われる。 
 
 尚、この手記にて語られている謎の女性については、一切の歴史的資料は残されていない。 
 
 
 

    同人誌用にいただいた原稿です。
    途中まで騙されませんでしたか?私はすっかり騙されました。てっきりディアーナの話だと思ってました。
    母上様は読者の好きなキャラをあてはめていいそうで、ちょっぴりお得な気分です。
    こんな二次創作ができるなんて、ファンタって奥が深いですね。というよりHENNAさんがすごいです。
    HENNAさん、ありがとうございました。
  
 
 
 
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