第4章 二週間が過ぎ彼女との約束の日。 シルフィスはなぜかいつもよりずっと早い時間に目が覚めた。 例によって窓の外を見ると今日もすごくいい天気である。 朝霧が街を包んでおり、数分ごとに馬車が通ってゆくもののまだまだ静かな雰囲気。 シルフィスはエルディーアに初めて出会ってからどこか変化し始めていた。 それが具体的にどうなったかというのは説明はできないが、彼女が心の中に存在する時間が日に日に長くなっているのである。 しかもそれは現在進行形であり、まだまだ増大する余地を十分に残している。 中でも特に心を支配している源はあの屈託のない笑顔である。 あんな純粋な笑顔を見せる人にシルフィスは今まで全く出会ったことがなかった。 「さぁ、早く彼女の所に行かないと」 シルフィスは、せかされるように最低限の身支度をしてから家を出て、彼女の待つ森へと駆け足で向かった。 一歩、また一歩・・・ 森の茂みに足を踏み入れていく。 何か不思議な力に引き寄せられるようにシルフィスはひたすらまっすぐに歩を進めていく。 10分ぐらい歩いたであろうか。 やがて木々に囲まれた大きな泉に辿り着いた。 そしてその脇には既にエルディーアがおり、こちらを向いて立っていた。 シルフィスの姿を確認し、恥ずかしそうに微笑む。 「お待ちしておりましたわ。本当に来て下さったんですね、嬉しいです。」 「エルディーア様、私になにか御用があるそうですが・・・」 彼女にあって噴き出しそうになった自分の中の感情を必死にこらえ、とりあえずシルフィスは平常心で話しかけることができた。 「シルフィス、私のお話、聞いて下さる?」 エルディーアは若干不安そうな心配そうな顔をして今近くにいる自分の憧れ人に声をかけた。 「はい、そのつもりで今日ここに来ましたし。」 真摯に返答するシルフィス。 「私・・・」 エルディーアはそれだけ言うと急にガタガタと肩をふるわせ始めた。 「エ、エルディーア様?」 シルフィスは彼女の普段と違う雰囲気を敏感に感じ取った。 そして彼女の目に煌めく涙に気づき、ドキリとした。 「ご、ごめんなさい。私、ちょっとどうかしちゃってる・・・」 作り笑いをしながら一生懸命冷静さを保とうとするエルディーアだが、余程深刻なのだろうか。 再び大粒の涙を流し始めた。 「私ね。あなたが好き・・・好きなの。」 そして突然エルディーアは自分の衣服のボタンに手をかけるとそれを一つ一つ外していく。 「???」 シルフィスは何が起こっているのか分からず、唖然としている。 やがて彼女は一糸纏わぬ姿となり、シルフィスに一言囁いた。 「お願い、抱いて・・・」 シルフィスは思ってもみなかった彼女の側からの告白を聞いて一瞬不意打ちを食らったような錯覚を受けた。 しかし、臨界点の部分で意識はかろうじて冷静さを持っていた。 「私もエルディーア様のことが気になっていますよ。しかし今日のあなたを見ているといつもと違いますよね。なにか心の中に大きな蟠りを持っているような気がしてなりません。何かあったのですか?」 エルディーアはその言葉を耳にすると、シルフィスに飛びついた。 「・・・私、もう自分が分からない・・・もしかしたらこのまま悪の道に身を染めることになるかもしれません。ただ、早いうちにあなたに会えて良かった・・・」 エルディーアの言うには、こうである。 最近彼女は隣国の上級の役職の人物から神官に扮しクラインを偵察するようにとの命令が下った。 主な目的はセイリオス王子暗殺で、隙が在れば自ら実行しても良いとのことである。 いわゆるスパイとして彼女がこの国の神殿で働くようになったのはつい1ヶ月ほど前のことで、 最初は断ろうとも思ったが反抗すると死が訪れるのは確実であり、それが恐くてしぶしぶ承諾したというのである。そうして過ごすうちに心が得体の知れない物に徐々に蝕まれ、それが耐えられなくなってきていたのだ。 「お願い、私を助けて下さいな。こうやって今のありのままの私を全て受け止めてくれるのはあなたしかいないと思いましたの・・・」 子供のように泣きじゃくるエルディーアから伝えられたショッキングな話を聞いてしまった以上、シルフィスにはもはや彼女を放っておくことはできなかった。 「エルディーア様。私はあなたの限りなく澄み渡ったその心に惹かれました。その透明さを少しでも濁らせるような事があるならその相手が誰であろうと決して許したくはありません。あなたにはピュアなままでいて欲しいのです。こんなに輝いている人に会えたことにある種の運命を感じています。もっともっと今のあなたを知りたい・・・ですから私があなたをお守りいたします。必ず・・・」 シルフィスはエルディーアから1メートルほど距離を置き、スルスルと衣服を脱ぎ捨てた。 「これが私の全てです。あなたに隠すものは何一つありません。ふふっ、おあいこですね。」 アンヘルにとって素肌を晒すことは最愛の人に対してのみ許される・・・承知の上のことであった。 ただそうすることで彼女に対する今の自分の気持ちを最大限に伝えることができると思ったのだ。 いや、今のシルフィスにはそうすることでしか表現することができなかったのかもしれない。 シルフィスはそれから何も言わずにエルディーアの手をグッと握りしめると泉の中へと静かに誘導した。 彼女はその誘導に素直に従い、まだ温度上昇の少ない冷ややかな水に足を入れてゆく。 シルフィスは泉の中央まで導くと、エルディーアをグイッと引き寄せた。 「あぁ、シルフィス・・・」 そうされることでエルディーアは心の中に芽生え始めていた暗黙が解き放たれ、浄化されるような錯覚に襲われた。 ただ、今はそうしていて欲しかった。 いつまでも。 「怖がるものなんてもう何一つもないですよ・・・私が全て吸収してあげます・・・信じて・・・」 シルフィスは彼女の方に手を回すと深紅の輝きを見せるエルディーアの唇を自分のそれで塞いでやった。 「エルディーア様・・・いや、エルディーア・・・あなたが・・・愛しい・・・」 それに応えるように抱き合う彼女の細い腕にもより一層の力がこもった。 それはまるで心を開くことのできた唯一の存在であるシルフィスの存在を少しでも近くに、少しでも強く感じたいかのように。 「ねぇ。私に関わると本当に危険が多くなるかもしれませんわ。もしかしたら死が訪れるかもしれません。それでもよろしいですの?」 「あなたと心中する覚悟はできましたよ。私はもう迷いませんから。」 時折、翠の風が二人の体に触れては去ってゆく。 数秒の静寂の後、雲間から太陽が顔を覗かせたかと思うと、その輝光が泉に全てそそぎ込まれ、やがて鮮やかな七色のアーチが天に向かってまっすぐにぐんぐんと伸びていった。 「わ、エルディーア、見て下さい。綺麗な虹が。」 「本当、美しいですわね・・・ねぇ、シルフィス。もしこの橋を歩いていけたならどこに辿り着くんでしょうね?」 すっかり泣きやんだエルディーアはクスリと笑ってみせる。 「そうですね。きっと悩み事のない、平和のみが存在する世界なのかもしれませんよ。」 「平和か・・・行ってみたいな・・・」 「じゃあ、今から行ってみましょうか?どこに続いているのかは分かりませんけどね。でもエルディーアとならいつかは辿り着ける気がします。」 「私もあなたとなら必ず・・・楽しみですわね。」 二人は互いに手を取り合うと、永遠の未来への一歩をゆっくりと歩みだした。 まだ見ぬ世界を求めて・・・ ****** 「童心を忘れることは人本来の持つ魅力を失うことに等しいのかもしれないよね。」 「でも、もし失うことなく生き抜くことができたらどんなにすばらしいことでしょうね、あなた。」 「そうだね。丁度今の僕たちのように、かな?」 「ふふふ・・・・・・・・」 ****** 【Fin】
シルフィスとのEDで見られるようなたおやかなノーチェの姿を、正統派ラブロマンスタッチで決めて下さいました。 あくまでもノーチェ×シルなんだそうです。 私にはこんな可愛らしいノーチェ=エルディーアはとても書けません。 Noaさん、ありがとうございました。 |