「・・・・・・今度は実習室の棚を三つ、壊したらしいな。」
保護者たる緋色の魔導士がメイの部屋にやってきて、一言言った。
「わ、悪かったとは思ってるわよ。でも、あんな方向に発せられるなんて思わなかったんだもん。」
「・・・・・呪文は最後までちゃんと唱えたのか?」
「・・・・・・・ちょっと、だけ・・・・・はしょった・・・・かなぁ・・・なんて・・・・はは」
メイは乾いた笑いをした。
彼はまたか、といった顔をして更に言い募る。
「まったく、お前は何度言ったらわかるんだ。呪文は魔法の基本中の基本だ。お前のように経験の少ないやつがそれをおろそかにするととんでもない結果を招いちまう。実習室内で結界が張ってあったから、あの程度で済んでるんだ。」
メイはえんえんと繰り返される小言を最初こそ大人しく聞いていたが、そのうち我慢できなくなる。
「だって、呪文てやたらと長いんだもん。あんなに沢山一度に唱えられないよ。」
「お前がきちんと覚えていないからだろ。」
「そ、それは・・・・・・そうだけど・・・・・・・・」
キールはふうとため息をついて前髪をかきあげた。
「実習がちゃんとできないと、魔法術が身につかない。それだけ帰れる可能性が低くなるんだぞ。それでもいいのか」
「・・・・・・・・・・・」
「メイ?」
キールは急に何も言わなくなったメイに対して呼びかける。
「もういい・・・・・・」
聞こえるか聞こえないかのか細い声でそう告げるとメイは、外へ飛び出していった。
「メイ!!」
キールが慌てて振り返ったときには、メイの姿は小さくなっていた。キールの胸がずきんと痛んだ。
それから一週間後の休日、メイは友人の元へとやってきた。
「シルフィス」
「いらっしゃい、メイ。」
「今、いい??」
「ええ大丈夫ですよ、今日はもう特に用事はありませんから」
アンヘル族の金髪と翡翠の瞳を持つ美しい友人はにっこり微笑んでメイを招き入れた。彼はまだ未分化で性別がないのだが、その美しさは女のメイでも惹きつけられるほどだ。シルフィスは故郷のものだという香りのいいお茶を入れてくれた。メイは入れてもらったお茶を飲むと、はあーーーとため息をついた。
「キールがね・・・・・・・・変なの・・・・・・」
「え?どう変なんですか?」
「最近全然課題を出さないのよ・・・・・・・研究に没頭してわき目も振らず、ってのは別に珍しくもなんともないけど、それも一層ひどくなってるような気がするし。」
メイは更に言い募る。
「最初のうちは楽でラッキー!!って思ってたんだけど、あんなに勉強熱心なキールが何も言わないなんて変じゃない?」
そういうとメイは寂しそうに目を伏せた。
「あたし・・・・・・・あまりにも出来が悪いから、見放されたのかな・・・・・・・」
「そんな・・・・・・・・・きっと何か訳があるんですよ。」
シルフィスはメイをなぐさめたが、確かに変だと感じてもいた。自分の研究はあっても彼は今までメイの面倒を見ていたし、突然責任を放り出すようには思えない。
「そうかなぁ・・・・・・・やっぱ、あたしに関わるのが嫌になったんじゃないのかなぁ・・・・・」
そうこういってる間に、門限が近づいてきたのでメイは帰ることにした。
食事も済ませもうそろそろ寝る前という時間、ベッドに寝転がった。
「はあーーーーーー、なんだかなぁ・・・・・」
この世界に召還されて4ヶ月ほど過ぎようとしている。耳鳴りがして意識を失い気が付いたときにはこの世界にいた。そこで初めて会った人がキールだった。はじめはずいぶんとえらそうな奴だと思ったっけ。頭は良さそうだけど物の言い方がね・・・・・・それは今もあんまり変わってないか。
それからいろんな人と知り合いになった。親友とも呼べる王女様と美貌の騎士見習・・・・・殿下におちゃらけ魔導士にのほほん文官に近衛騎士隊長、わんぱく騎士見習に綺麗な吟遊詩人・・・・・・・そして、あいつ。
みんな親切にしてくれた。キールだって。
ぶつぶつ文句をいいながら、あたしの失敗の後始末してくれた。魔法も教えてくれた。そこまで考えてメイは、がばっと起き上がった。
じゃあ、なんでよ。どうして今になってあたしを放っておくの??やっぱりあたしと関わりたくないからなの?じゃあ、あたしはどうしたらいいの?
胸が、いたい。
あたし、きっと、嬉しかったんだ。最初はとんでもないことになっちゃったなぁと思ってたけど、でも、魔法の勉強もキールに教えてもらうのも、そんなに嫌じゃない。ううん、むしろ楽しかった。なのに、どうして・・・・・・・・
思い立ったらじっとしていられない性分のメイは部屋を飛び出していった。
もう夜もだいぶ遅い時間になっていた。研究室のいつも遅くまで灯りのついている一室に向ってメイは真っ直ぐに向っていた。
「キール」
わずかに開いていたドアを開いて呼びかけた。自分の部屋を出たときには頭の中でいろいろな思いがぐるぐると回っていたのだが、実際研究をしているキールを目の当たりにすると言葉がうまく出てこない。
キールは驚いた様子でメイに尋ねる。
「どうしたんだ?もう夜中だぞ」
「うん、ちょっと・・・・・・・」
そういってメイはキールの部屋に入った。
「まだ研究?最近ほとんど休んでないんじゃないの?」
「たいしたことじゃない」
キールはペンを置いてメイの方を向いた。
「何かあったのか?」
「キール・・・・・・・・・なんで課題出さなくなったの?」
「え?」
「だから」
メイはストレートに聞いた。
「なんで課題だすのやめたの?あたしが物を壊してばかりいるから?もうあたしと関わるの嫌なの?」
「な、何言ってるんだ、お前」
たった一人異世界からやってきた少女が思いつめた表情をしている、それだけでキールはかなり動揺していた。
「だって・・・・・・・前はあんなにうるさく課題課題って言ってたキールがひとことも言わなくなるなんておかしいじゃない!!あたしの出来が悪いからもう教えたくなくなったの? ほんとのこと言ってよ」
メイは今にも泣き出しそうだった。
「違う、そうじゃない・・・・・・・」
そんなメイの様子にキールはなんとか言葉を紡ぐ。
「じゃなんなのよ??」
「・・・・・・・・お前は何も悪くない。悪いのは俺だ。」
キールはメイを近くにあったいすに座らせ、自分もいすに座って話し出した。
「お前がここにいるのは俺の実験のせいであって来たくて来たわけじゃない。前にも言ったようにお前自身の魔法技術が高くなればそれだけ帰還魔法が成功する確率は高くなるのは確かだ。だが何の落ち度もないお前に努力を要求するのは理不尽なんじゃないか、本来なら俺の力でお前を帰してやるのが筋なんじゃないか、と思ったんだ。だから、課題を出すのをやめた。やりたくない努力をお前に押し付ける権利は俺にはないからな。」
キールは沈痛な面持ちで話していた。メイは信じられない、というのが正直な気持ちだった。キールがそんなにあたしを召喚したことを気に病んでいたなんて。そんなに自分を責めていたなんて。
「ごめんね、キール、あたしあんたの考えも知らずに文句ばっか言って・・・・・・・・・・でもね」
メイはキールの側まで近づいた。
「そんなに自分を追い詰めないでよ。あたしこれでも魔法結構楽しいんだよ。この世界に来たことも、ディアーナやシルフィス、殿下やシオン達、そしてキールあんたに会えたことも。もちろん元の世界の家族や友達も大事だけど、でもあたし今の状況を悔やんではいないわ。それにキールがこんなに頑張ってくれてるじゃない。絶対帰れるよ。」
そういってメイはにっこり笑った。
彼女はなんてまぶしいのだろう、まるで太陽のようだ。メイがそういうと本当にそうできるような気になってくるのだ。不思議な少女だ、キールはそう思った。
「自分では気付いてないだろうが、お前はかなり強い魔法力を持っている。経験を積めばいい魔導士になれるだろう、と思うとつい・・・・・・・」
「え、ほんと???うっれしっいなーーーーー。今度もうちょっと高度な魔法つかってみよっかなぁーーーーー」
メイはすっかりいつもの調子に戻っていた。
「なにぃ?先週の実習のことを忘れたのか!あんな真似を何度も繰り返すんじゃない。今のお前では無理だ。」
メイのことを心配している、ということにキール自身は気付いてはいない。
「ええーーーーーーーなんでよーーーーーーー、キール素質あるって言ってくれたじゃんーーーーー」
「素質はある。だが、それを生かす術を知らないと命取りになる。明日からまた課題だ。」
「ええーーーーーーーーーーー」
「もっと高度な魔法使いたいんだろ?それにはもっと勉強が必要だ。」
こうしてまたメイには課題の日々がやってきた。
「メイ、そこ綴りが違う。」
「もっと意識を集中しろ」
口では注意をしているキールの表情がどことなく穏やかだったりするがもちろん二人は気付くはずもなく。
(ああ・・・・・あれって実はすごく貴重な一週間だったのかも・・・・・)
そう思いつつも心の中が暖かくなるのを感じるメイであった。
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