「んーーーーーーーーー、気持ちいいなぁーーーーー」
メイは休日を満喫していたところだった。今日は朝からいい天気で、しかも久しぶりに課題がない週末だった。(たまたま昨日までに終わらせたからであるが)
部屋の掃除をしてから騎士団のアンヘル族の友人の元へ行き、たわいもないお喋りをしてついさっき別れてきたところである。
「まだ日が沈むには少し早いし・・・・・・・どこにいこうかなぁ?・・・・・そうだ!!何か美味しいものでも食べようっと。」
すっかり上機嫌のメイ。彼女は楽しげな様子で大通りの喫茶店に行こうと目を向けたそのとき。
「????キール???めっずらしいわねーーーーー・・・・・・」
とつぶやいたその瞬間。
(・・・・・・・・・・・・・・・!)
何かがメイの心の中ではじけた。メイは踵を返して急いでその場から走り去った。
郊外の森。気が付くとメイはそこにいた。辺りはすっかり暗くなり、ぽつぽつと雨が降り始めていた。がメイはそんなことも全く気にせず、ただただ気持ちの方はどんどん沈んでいくのを感じていた。
「なにやってんだろう、あたし・・・・・・・・・」
大通りの喫茶店にはキールがいた。それも驚きだが彼女をさらに驚かせたのは彼と一緒にいた相手、それが自分の親友でもあるクライン第二王女だったからである。メイは彼女が大好きだ。王女にしてはお忍び好きで城下をうろうろしたりするお転婆な面もあるけれど、緋色の長い髪につぶらな瞳、それに可愛らしい声など容姿は申し分なく、しかも非常に心の優しい少女であることはメイ自身よくわかっていた。
(ディアーナ・・・・・・・すごく楽しそうだったなぁ・・・・・)
メイはさきほどショックを受けた光景を頭の中で何度も何度も反芻していた。ディアーナの嬉しそうな顔、キールの表情はこちらからはほとんど見えなかったが、いったいどんな顔してたんだろう??いつもみたいに眉間に皺よせてぶつぶつ言ってたのかな・・・・・・・それとも・・・・・・・・・・笑って・・・・??
メイの胸はズキンと痛む。雨はかなり激しさを増していて、メイはすっかりびしょぬれになっている。
めったに外出などしないキールが外にいて、しかも女性同伴となればその相手はかなり近しい心を許した相手だろうということはメイにも想像がついた。偶然会ったとしても、二人だけでお茶をするなんて、人付き合いのいいとは言えないキールにはあまり考えられないことだ。
(そっか、キール、ディアーナのこと・・・・・・・・・・・どうして苦しいの?・・・・・・・あの二人はお似合いじゃない・・・・・・・・・・・)
そう思った瞬間、メイの頬を暖かいものがつたって落ちた。
(え・・・・・・・・?どうして・・・・・・?)
心が、痛い。なんだか心がひどくしめつけられているような気がする。
(そうか・・・・・・・・・・・・・・あたし・・・・・・・・・・・)
「どういうことなんだ・・・・・・・・・・」
必死になって辺りを走り回っていたキールのもとに筆頭宮廷魔導士がやってきた。彼の口調はきわめて冷静だが、怒りをこめているのがありありと感じ取れた。
キールはその筆頭魔導士と彼の手の中にあるものをみて、顔を強張らせた。シオンが抱きかかえていたのは全身びしょぬれでひどく顔色が悪く気を失っているメイの姿だった。
「メイ!!!・・・・・・いったい、どこに・・・・・・」
キールは門限を過ぎても戻らないメイを探していた。昼間はなかった雨も降っているし、あとは郊外しかないと思ったところだった。
シオンはきっとキールを睨みつけて命令した。
「説明は後だ。まず嬢ちゃんを部屋に運んで医者に診せるのが先だろ。」
シオンの後ろには彼が呼んだ医師と看護婦が立っていた。シオンはメイの部屋に入るとメイをベッドに降ろし、彼らに任せて部屋を出た。
「シオン様、メイはどうなんですか?」
部屋から出てきたシオンにキールは尋ねた。
「熱が高いみたいだな。森で見つけたが、ずっと雨に打たれていたみたいだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「何かなけりゃこんなことはしないだろ、普通」
シオンはメイの気持ちを知っていた。おそらく本人よりもはっきりと。メイがこんな風になる原因はキール以外思い当たらないのだ。
シオンはキールを見据えて言った。
「本当は俺のところに連れて行ってもよかったんだぜ。次はないからな。」
そういうとシオンはそのまま帰っていった。確かにメイがこうなったのは保護者たる自分の責任である。でもそれ以上にメイが苦しんでいるという事実にキールは唇をかんだ。
次の日の朝、キールはメイの部屋を訪れた。
そのベッドではメイが寝息を立てている。熱はまだ少しあるみたいだ。だが、昨日の顔色に比べれば生気を取り戻していることにキールは少し安堵を覚える。
自分の魔法実験のせいで異世界からやってきた少女。快活で生命力にあふれる太陽のような少女。でも周りのことをよくみていて、自分に何度も暖かさをくれた少女。自分の中でメイが特別な存在になっていたのはいつのことだろう。
「ん・・・・・・・・・、あれ・・・・・」
不意に声がしたかと思うとメイが目を開いていた。
「気が付いたのか。」
キールはメイのベッドの側まで近づいた。
「キール・・・・・・・・・なんで・・・・・・・・・・・」
まるで何があったのか?とばかりのメイの態度に、キールは昨日からほとんど眠れずにいた自分が馬鹿らしくなってきた。こいつにとっては俺はいてもいなくても同じなのかと思ったりもする。
「覚えてないのか。昨日、森で雨に打たれていただろう。」
「昨日・・・・・・・・???」
メイはぼうっとする頭で一生懸命思い出してみる。
(森・・・・・???なんであたし森なんか行ったんだろう・・・・・・あっ!!!!)
メイはやっと思い出した。昨日のことを。そして自分の気持ちを。
キールは昨日から気になっていた疑問をメイに尋ねてみる。
「なんで森なんかに行ってたんだ。」
だが、メイとしては答えられなかった。彼の気持ちが自分にないのだから迷惑以外の何者でもない。それに自分のせいで親友を苦しめたくない。
「・・・・・・・別に・・・・キールには関係ないよ。」
メイとしてはこれ以上聞かれたくないためにそう言ったのだが、キールにとっては拒絶に感じられ、彼の心はざわつく。
「なに!?お前のためにどれだけ走り回ったと思ってるんだ。」
本当はメイが心配だから、なのだろうが口から出てくる言葉はどうしても保護者のものになってしまう。
「迷惑かけたのは悪かったわよ。でも探してなんて・・・・・・・頼んでないわ。」
昨日のシオンの言葉がキールの頭をよぎる。
『何かなけりゃこんなことはしないだろ、普通』
自分にはどうあっても言いたくない、ということか。
「お前に何かあったら俺が困るんだ!」
(キールは保護者だから、あたしを放って置けないだけなんだわ。)
わかってたこととはいえ、メイにとってはつらい言葉であった。
「もう、あたしに構わないで!!放っておいてよ!!!」
メイは布団を頭からかぶって叫んだ。
キールは己のふがいなさに歯痒い思いで一杯だった。だがこれ以上メイにかける言葉がみつからなくてそのまま部屋を出て行った。
お昼をとっくに過ぎた頃、メイの部屋をノックする音が聞こえた。
だが朝にキールと喧嘩した後、メイはまだ少しあった熱と疲れのため眠りこんでしまっていたため気づかなかった。
「メイ、いますのーーーー?」
遠慮がちな声が響く。ややあってドアを開けてディアーナが部屋に入ってきた。彼女は昼食をのせたお盆を手にしていた。ベッドの側まで行くと、メイは少し目を開けた。
「メイ、お体はどうですの?」
「ディアーナ・・・・・・・・・来てくれたんだ。」
親友の姿にほっとするメイ。
「もちろんですわ。シオンから聞いて大急ぎで参りましたの。」
「シオンから?」
「ええ、メイを見つけたのはシオンだそうですわ。」
「そう・・・・・・・」
しばらくメイの様子を見ていたディアーナだったが、持って来た食事を思い出して言った。
「何か、食べられます?少しは食べないとだめですわ。」
「うん・・・・・・・・・ありがと・・・・・」
メイは体を起こす。ぐっすりと眠ったおかげで体も大分楽になったような気がする。おかゆを膝の上にのせてスプーンですくって口に運ぶ。
「おいしい、よ・・・・・これ・・・・」
ディアーナはふふふ、と微笑んで言った。
「ええ、わたくしが先ほどここに来たとき、キールがずっとうろうろしてたんですの。どうしましましたのって聞いたら食事を作ったからこれをメイに運んでやって欲しいと頼まれたんですのよ。」
「キールが?」
あのキールが料理をするなんて、メイはとても驚いた。
たくさん眠っていくらかすっきりした頭でメイは考えた。
(今朝はずいぶんとひどいこと言っちゃったな。キールはあたしを心配してくれてたのに、あたしったら嫉妬であんなこと言っちゃって・・・・・・・・・)
自分の想いが届かないのは悲しいけど、でもこのままではやっぱりよくない。メイはおかゆを全て食べ終わった後、ディアーナに向かって言った。
「ディアーナ・・・・・・・キールのこと頼むわね。あいつ、頭はいいけど人付き合いとかはさっぱりだからさ・・・・・」
「メイ、何を言ってますの??」
ディアーナが目を見開いて驚く。
「だって、あいつ、ディアーナのこと好きだよ、きっと。」
「そんなわけないじゃありませんか!!」
ディアーナはピシッと言い切る。
「だって・・・・・・・・昨日あんたたち喫茶店で一緒にいたでしょ。ああいう面倒なこと嫌いなキールがつきあうなんて、それ以外考えられないじゃない。」
ディアーナは首をかしげてつぶやいた。
「あら、あれは偶然あそこでキールに会ったんですのよ。で他の席が空いてなかったから同席したんですわ。」
「え、そうなの???」
「ええ、しかもキールはわたくしにはずっと文句を言ってましたわ。お忍びが過ぎるだの姫らしくしろだのって。」
もっともメイの話をしている時のキールの顔はひどく穏やかで幸せそうだったというのは言わなかったが。
メイは訳がわからないという顔をしていた。が、ディアーナが言うのなら間違いはないのだろう。キールがディアーナを好きだというのは誤解だということになる。
(うわ・・・・・どーーーしよ。それって思いっきり勘違いじゃん・・・・・)
とにかく今朝のこと謝らなくちゃ、そう思ったメイは起き上がってとりあえず着替えた。
「あたし、キールんとこ行ってくる。ごめんね、ディアーナ、おかゆありがとう。」
「動いたりして大丈夫ですの?」
さっきまで寝ていたメイがいきなり起きて動くことに対して心配をするディアーナ。
「うん、ちょっと歩くくらいなら平気だよ。大分すっきりしたし。」
「そうですの。ではいってらっしゃいませ。」
そうしてメイは部屋を後にした。部屋に残されたディアーナが一言つぶやいた。
「知らぬは本人ばかりなり、ですわね・・・・・・・」
メイはキールの部屋へと向っていた。体が本調子でないことから少し歩くスピードは遅めだが。
(ああ、あたしってなんてばかなんだろう・・・・・・)
そしてキールの部屋をノックした。
「誰だ?」
「あたし・・・・・」
メイが入ってもいいかと言おうとしたその瞬間、ドアがガチャリと開いた。
「メイ!・・・・・・」
キールは驚いた顔をしてメイを見ていた。
「ごめん、ちょっと・・・・・・・いいかな?」
メイは遠慮がちに聞いてみる。
キールははっと我を取り戻したのか、ドアを開けてメイに中に入るよう促した。近くにあった椅子にメイを座らせて視線を泳がせながら言った。
「大丈夫なのか、動いたりして・・・・・」
「うん・・・・・・・・・いっぱい寝たから大分よくなったみたい。それと」
メイはキールの方を向いて話し出した。
「今朝は、ごめんね。それと・・・・・・・・・おかゆ、ありがとう。」
言い合いになったことを言っているのだろう、とキールは思った。
「いや、俺こそ病人相手に怒鳴ったりして、すまない。」
しばらく沈黙が流れる。
メイは昨日のことはディアーナの話から偶然だとわかった。が、キール自身の本当の気持ちはどうなんだろう?知りたい・・・・・・・・・そう思った瞬間メイは昨日まで信じてたことを口にしていた。
「キール、あんたはディアーナのこと好きなの?」
キールは何のことだ?と言いたげな表情を見せた。
「なんだよそれ。」
「だって昨日あんたディアーナと喫茶店でお茶してたじゃん。だからあたしはてっきりそうだと思ったんだけど。それでショック受けちゃってさ・・・・・・・気がついたら森の中、だったってわけ。」
「なんでそうなるんだ。姫にはあそこで偶然会ったんだ。しかも話題はお前のことばかり・・・・・・」
そこまで言ってキールははっとして口を抑えた。心なしか顔が赤い。
「あたしの、こと?」
それって、まさか。メイの心はどきっと跳ねる。
今度はキールの反撃だった。
「それよりさっきお前、ショック受けたって・・・・・・・・・」
「え、ええと、あれはね、その・・・・・」
今度はメイが赤くなる番。
どうやらお互い相手の考えていることがわかったらしい。
しばらくしてから、メイはにっこり笑ってキールに抱きついた。
「メ、メイ!」
「・・・・・今なら言えるかな。大好きよ、キール。」
キールはメイの体をそっと抱きしめる。メイの手が声が、キールの心を震えさせる。
「俺もだ。愛してる、メイ。」
なかなか気付かなかった、自分の気持ちと相手の気持ち。二人はそれをしっかりと感じていた。
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