コンコン。
「誰だ??」
執務室でデスクワークをしていたレオニスはドアの方へと誰何する。
「ディアーナですわ、失礼致しますわね。」
「!!姫?!!!」
その声はまさしく彼の仕える王家の第二王女のもの。レオニスが立ち上がると同時にドアが開き、ディアーナが部屋に入ってきた。
「どうなされました?お一人で出かけられるのは危険ですと何度も申し上げているのですが。」
レオニスはふうとため息をついた後、進言した。
「あら、一人ではありませんわ。」
「そうそう、あたしも一緒なの。やっほーーー隊長さん!!」
そういってディアーナの後ろからひょこっと顔を出したのは、異世界人の新人魔導士の少女であった。そういってディアーナとメイはにっこり微笑む。
「ですからなんの心配もありませんのよ。」
そういってディアーナはえっへんと誇らしげに手を腰に当てて見せた。
(・・・・・・だったらなおさら心配なのだが。)
レオニスは心の中でそう思ったが口に出さない方が身のためだと熟知しているので敢えて沈黙を選ぶ。
そしてレオニスはふとあることに気が付いた。この二人が一緒に出かけるときはたいがい自分の部下が一緒についているはずなのだが今日はその姿が見えない。
「・・・・・・今日はシルフィスは一緒ではないのですか?」
シルフィスはディアーナ付の護衛になっている。そのシルフィスがここにいないというのは明らかにおかしい。
「シルフィスは今わたくしの頼んだお使いに行ってもらってますの。わたくしが行くつもりだったのですけれどどうしてもというものですから。」
シルフィスの性格と彼女の任務からすると当然の判断だな、とレオニスは思った。もっとも目の前の二人がそれを利用してシルフィスに内緒でレオニスのもとへ来ているなどと彼女は思いもしないだろうが。
「そう、今日はそのシルフィスのことで来たんだよ。」
メイの言葉にレオニスの眉が少し跳ね上がる。
「シルフィスがどうかしたのか??」
「今度の舞踏会にシルフィスも参加するようにお願いしてみたのですけれど、警備のお仕事があるからと断られてしまいましたの。」
レオニスは瞬時に騎士たちの配置、そしてシルフィスの任務スケジュールを頭の中で思い出していた。
「王家に仕える騎士としては当然でございましょう。」
レオニスのもっともらしい答えにメイはすかさず反論する。
「そうだけどさ、あたしたちとしてはシルフィスと一緒に参加したいわけよ。だぁってあんなに美人なのにもったいないじゃない。シルフィスのドレス姿、絶対綺麗だと思うんだけどなぁ・・・・・・・・・・・」
メイは窓の外を見ながら独り言のように呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
(言われずともあれの美しさは近くで見てきた私が一番よく知っている・・・・・・・だが・・・・・・・・・)
自分のもとで大切にし愛しく想う少女の艶姿を見たいと願うが、王家の方々のために警備は万全のものにしなければならない。己の欲求と王家への忠誠心との狭間で揺れるレオニスであった。
「わたくしのお願い、ですわ。シルフィスを舞踏会に参加させていただけませんこと??」
駄目押しとばかりにディアーナが真摯な瞳でレオニスに迫る。自分の主君の言うことを無下にすることもできず、レオニスは頭の中でシルフィスの穴埋めやらシフト調整やらに考えを巡らせた。
「・・・・・・・・わかりました。シフトを調整致しましょう。ですが、あくまでシルフィスには特別任務を与えます。」
シルフィスの性格から判断してそれが一番妥当な方法だろうと納得したディアーナとメイは快諾した。
「ありがとう、隊長さん!!!!」
「ドレスの方は私の方で用意致しますわ。ふふふ、シルフィスは何でも似合うでしょうねーーーーーーどんなものに致しましょう・・・・」
「それは後で決めようよーーーーー、んじゃよろしくねーーーー隊長さん。」
すっかり二人で盛り上がり執務室にはレオニス一人が残された。
「・・・・・・・・・ドレス、か・・・・・・・」
実は一番楽しみにしているのは他ならぬレオニスだろう。
舞踏会当日。
当然のように騎士の正装である白い軍服を纏ったシルフィスが朝の報告のためにレオニスの元にやってきた。
「おはようございます、隊長。本日は王宮舞踏会の警備にあたります。」
美しい金色の髪を邪魔にならないよう束ねている。それはそれでとても凛々しく美しいのではあるが、ディアーナとの約束ともう一つの欲求に従いレオニスは行動することにした。
「ああ、今日はお前には特別任務を任せる。」
するとシルフィスの翡翠の瞳が大きく見開かれる。
「特別任務・・・・・・・私に、ですか??」
「ああ、お前にしかできないのでな。」
「私にしか・・・・・・・・・」
いったいなんなのだろう???シルフィスには訳がわからず頭の中は疑問符だらけになる。
「まずは準備だな、私についてこい。」
そういうとレオニスは部屋を出てシルフィスもそれに続いた。
そうして二人が着いたところは王宮内の控え室前。
「隊長・・・・・・・???」
シルフィスは思い余ってレオニスを呼び止めた。レオニスはゆっくりと振り返り説明をしだした。
「今日のお前の任務は会場内部の警備だ。招待客の振りをして不審者や事故等がないかチェックし、何かあれば近くの警備の者に通達すること、できるな??」
シルフィスはレオニスの言葉を一つ一つ確認しては頷いていた。そしてレオニスはさらに続けた。
「そのためにはその軍服では敵に警戒心を抱かせてしまうので、会場内の貴婦人と同じ装いに着替えること。準備は既にしてある。」
そうしてその横にはディアーナとメイの姿があった。
「シルフィス、こちらですわ。」
「姫、それにメイ・・・・・・・・・・・隊長、これはひょっとして」
シルフィスが言いかけたのだがレオニスは遭えて言葉を遮った。
「言っただろう???これはお前にしかできない任務だ。護衛される立場でみると今の警備のどこが優れていてどこが足りないのか知るいい勉強にもなる。もっともお前が不本意なのであれば無理にとは言わないが・・・・・・・・・・」
横ではディアーナとメイがうるうると懇願の目でシルフィスを見ている。
(どうしよう・・・・・・)
シルフィスは戸惑っていた。いきなりドレスに着替えろと言われても・・・・・・・・もちろんシルフィスとて分化をすませた女性、美しいドレスや装いに心惹かれないわけではない。ただ自分にそれが似合うのか???となるとピンと来ない。ディアーナやメイのように愛らしいところも自分にはないのだ。
それに・・・・・・・・目の前にいる自分の上司、彼の目には自分はどう映るのだろうか、いつのまにか尊敬以上の感情を持つようになった相手に一人の女性として記憶の隅にでも残ってくれるだろうか・・・・・・・・・・・・そしてこれは自分の勉強のためにとレオニスが言ってくれている任務である。彼の期待には答えたいとシルフィスは強く思っていた。ほんの少しの望みと自分の勉強のためにシルフィスは迷った挙句、やってみることにした。
「わかりました。至らぬところもあるかと思いますが、誠一杯努めます。」
シルフィスの口から承諾の返事がもらえたことで一番ほっとしたのはレオニスだろう。彼は心底ほっとした表情を見せその後シルフィスの肩を叩いた。
「頼んだぞ。基本的にお前は姫のお側で任務を続けるといい。何かあればすぐに私に連絡しろ、いいな。」
「はい。」
「さあ、シルフィス、こっちだよ。」
シルフィスはディアーナとメイに引っ張られながら控え室の方へと入っていった。
舞踏会が始まり、会場内部では心地よい旋律が流れ、煌びやかな衣装が舞うのが灯り越しに目に入る。レオニスは会場全体の警備地点の確認とシフトチェックなどを念入りに行っていた。仕事は完璧にこなしている彼だが心は別のところにあった。
慣れない衣装で戸惑っていないか、相変わらず気を張り詰めているのではないかとさまざまな心配が募ってくる。これではまるで親ばかだな、と我ながら苦笑している自分がいる。それと同時にシルフィスのドレス姿はどれほど美しいだろうかと愛しい少女の姿に想いを馳せる。
そうして巡回をしている途中で内部を見てみたところ、シルフィスの姿を見つけた。レオニスの目は彼女に釘付けになっていた。髪はいつもと違って半分はすくい上げて頭の高い位置の髪飾りで止められていた。ドレスは細身ですっきりとしたデザインをしていており、色は艶やかな落ち着いた赤でとても彼女によく似合っている。ドレスの赤と瞳の翡翠、そして流れるような金髪それらが互いを引き立たせていて気品すら感じられる。
(・・・・・・・・・・・)
レオニスは感動のあまり言葉を発することも忘れてしばし彼女に見とれていた。
ふと我に返りよくみると、彼女は一生懸命自分に与えられた任務を全うしようとしていた。平静を装ってはいるものの常に回りに目を光らせ、ダンスの誘いはことごとく断っていた。彼女にしてみれば任務中にそれどころではないのだろうが、舞踏会に来てあれではかえって不自然だろう。レオニスは苦笑した。元はといえば自分のせいなのだから何とかしなくてはならないな、そう判断した彼は会場内に入り、ゆっくりとシルフィスの元へと歩いていった。
「隊長!!!・・・・・・・・・・あっ」
シルフィスはレオニスの姿を見かけると嬉しそうに答えてしまってから慌てて口を押さえた。レオニスはそんなシルフィスに微笑むと側まで来て囁いた。
「どうだ?」
自分のすぐ側で囁かれる声にどきどきしながらもシルフィスは律儀に答えた。
「はい、今のところ大丈夫です。」
「そうか・・・・・・・・よく似合っている」
「え??」
シルフィスは驚いてレオニスを見た。自分の聞き違いではなかろうか、でも今確かにそう聞こえた。
「その姿だ・・・・・・・・・・・・・」
レオニスはシルフィスを見てかすかに微笑んだ。その笑顔が自分に向けられたことが嬉しくてシルフィスは頬を染めた。
「あ、ありがとうございます。・・・・・」
レオニスはシルフィスの目の前に手を出して言った。
「踊らないか?」
シルフィスは最初なんのことを言われているのかわからなかったが、ぶんぶんと首を振って答えた。
「今任務中ですので・・・・」
「だからこそだ。」
そういうとレオニスはシルフィスの手を取りそのままフロアの比較的目立たないところに立ち、周りの人には聞こえないようにそっとシルフィスに囁いた。
「あまり気を張るな。緊張すると空気が変わるからな。もし敵がいたら気取られてしまうぞ。」
「はい、すみません・・・・・」
シルフィスを落ち込ませたくはなかったので、レオニスは何食わぬ顔で続けた。
「いや、いきなり命じた私が悪い。それにこういう場で一度も踊らないのは却って不自然だろう。」
「ですが」
シルフィスは言いかけたがレオニスに遮られる。
「適当に動いていればいい。」
レオニスの言うことももっともだし、自分はまだまだ半人前なのでシルフィスはレオニスについていくことにした。
「はい・・・・・・・・・」
レオニスはシルフィスを促してホールドを組む。シルフィスは言われるままに右手をつなぎ姿勢を正して立つ。
「・・・・・・・・ブルース、か。慣らしとしてはこれでいいだろう」
フロアの端に立ってはいたが十分すぎるくらい目立っていること、それは自分が今組んでいる女騎士の美貌ゆえだということをレオニスは知っていた。もっとも実際は申し分ないルックスを持つ近衛騎士隊長であるレオニス自身も注目を浴びていたのだが。
曲が流れる。それにあわせてレオニスがステップを踏み出した。クォーターターンでレオニスがバックするそのとき。
キュッ。
(!)
「す、すみません!!!!」
シルフィスの小さな声が聞こえる。なんのことはない、シルフィスの靴のつま先がレオニスの足のつま先の上に乗ってしまったのである。レオニスは足先に多少痛みを感じてはいたものの、そんなことはおくびにも出さずに平然とした表情で答える。
「気にするな。」
「でも・・・・・・」
「下手に止まると却って目立つ。このままいくぞ。」
「はい・・・・・・・・」
実は止まれない理由は他にもあった。パーティなどでは体調不良など特別な理由がない限り基本的に最低でも一曲の間は組んだ相手と踊るのが礼儀だ。それを途中で踊るのをやめたとなれば当然目立ってしまう上に外聞がよろしくない。騎士になりたてでクライン初の女騎士であるシルフィスの評判を落とすような真似はレオニスにはできなかったのである。
一方シルフィスはシルフィスでレオニスの足を踏んでしまうという失態をしてしまった申し訳なさで本当にすぐにでもやめようと思っていたのだが、レオニスが自分のために踊ってくれているのだと思うとやめるわけにもいかない。何より目立ってしまっては場内警備としては失格だろう。レオニスのためにもやめられないんだとシルフィスは心を決めるのだった。
そしてしばらくの間はクォーターターンばかりを続けることにした。それが一番簡単で基本のフィギアだったからだ。それでもその間数回レオニスは足を踏まれるはめになった。
キュッ
(!)
「すみません!」
ギュ
(!!)
「ごめんなさい!」
キュキュ
(!)
「!・・・(申し訳なくて何もいえないらしい)」
その度にレオニスの心の叫びが聞こえてきそうであるが、見た目はまったく普通で全然動じた様子が見られない。無口、無表情、無愛想と言われるレオニスそのものの表情なので、ごく一部の例外を除いて周りにいるほとんどの人はこのペアに起こっている出来事に気付いてはいないのだった。
そうしているうちにシルフィスも慣れてきたのかレオニスがよけるのがうまくなったのかそれはさておき、ほとんど足を踏まなくなってきたのだ。少しほっとしていたシルフィスだったが(きっと心の中ではレオニスも)、レオニスが体の角度を変えてナチュラルターンに入ったそのとき。
ムギュッ
(!!!)
「あっ!!!!すみません隊長!!」
久々にシルフィスが声を上げた。今まで踏まれているところもしびれているだろうし、いくらシルフィスが気をつかっているとはいっても全体重が足のつま先に乗っているのだ。さすがのレオニスといえども足の甲は鍛えられてはいないだろうから、かなりつらいはずである。
だがしかし、彼はクライン一の剣豪レオニス・クレベールである。痛みには慣れているのかシルフィスを守りたいという想いゆえなのか何事もないかのように踊り続けているのである。
シルフィスとしてはとても不安になっていた。だいたい隊長の足を踏むこと自体がとんでもなく失礼極まりないことなのにレオニスは黙って続けているのだ。踏まれた足が痛まないはずはないのに、それもこれも自分のためなのかと思うと申し訳なさで一杯になっていた。
「すみません」
「大丈夫だ・・・・気にするな」
この台詞のやり取りをいったい何度繰り返しただろう。シルフィスがいくら謝っても返ってくるのは気にするなという言葉。そしてシルフィスに気を遣わせないためにごくごく普通の態度で接してくれている。とすれば自分にできることは・・・・・・・・できるだけ踏まないように注意するしかない。そうなると必然的に歩幅は狭くなりしかも足の位置を確認しようと俯きがちになる。
「シルフィス」
「は、はい」
「上を向け。そのままでは動きづらい。」
「でも・・・・・」
「私のことなら心配ない。自然にしていてくれ」
もう十分迷惑をかけているので、レオニスの言うことを聞こうと思ったシルフィスはまたもとの通りに姿勢を正した。
曲も終盤に差し掛かった頃、コーナーに差し掛かった。ここで向きを変えるためにレオニスは最後だと思いピボットターンをすることにした。シルフィスにとってははじめてのフィギアでうまくできるはずもなくレオニスが左足を引いた瞬間。
ギュギュゥゥゥゥ!
(!!!!!!!!!!!!!!)
今までにない踏まれ方、なんとレオニスの足の甲にシルフィスの靴のヒールが乗ったのである。つま先に比べてヒールはほんの少ししか表面積はない、その小さな個所にシルフィスの全体重が乗っているのだからはっきりいってその圧力は今までの非ではない。
ほんの少しだけレオニスの眉間に皺が入ったが、すぐにそれはもとに戻り周りの人、シルフィスですら気付くことはなかった。
シルフィスはレオニスの方を涙をためた目で見て謝った。
「本当に・・・すみません・・・・」
「心配するな、もう終りだ・・・・・・・・・・」
そうこういっている間に曲が終わった。ホールドを解いてそれぞれお辞儀をする。これほど一曲が長く感じられたことはなかった、とレオニスは思っていた。
「ったくよくやるぜ、レオニスも。」
「全くだ。あの涙ぐましい努力はとてもじゃないが真似できないね。」
「当然ですわ。レオニスはシルフィスがそれはそれは大事ですもの。シルフィスを傷つけるような真似はぜったいしないですわよ。」
「ま、いいんじゃない。シルフィスのドレス姿も見られたし、一緒に踊れたし隊長さんとしては本望でしょ???」
「言うねぇ、嬢ちゃん。」
そう、ここにごく一部の例外な人たちが貴賓席で渦中の二人を見ていたのだった。
「シルフィス・・・・・・・・ダンスは初めてだったのだな。」
踊っている間ずっと思っていたことをレオニスは口にした。運動神経のいいシルフィスがここまでついてこれないのはどう考えてもおかしい。が、根本的にダンスを知らなければその可能性は十分にあると思っていたからだ。
「はい・・・・・」
「騎士見習の授業に男性のフィギアでやらなかったか?」
「どうやらその授業はダリスに行っていたときだったみたいなんです。私はそのとき騎士位を賜りましたから騎士昇格試験を受けてませんし・・・・・・・・・」
迂闊だった、とレオニスは思った。なぜ今まで気付かなかったのだろう。
「そうか、すまなかったな。」
「いいえ!!!!私こそ、何度も隊長にご迷惑を!!!!」
そういってシルフィスは感極まって声を詰まらせた。そんなシルフィスの頭を軽く撫でてレオニスは言った。
「私が誘ったのだからそれはいい。それより、今度お前に女性フィギアの授業をつけてもらうよう頼んでおく。」
「はい、お願いします・・・・・・・・」
「そしてまた踊りたいと思うことがあったら・・・・・・・・・私に言うといい。」
こんな状態であっても自分を気遣ってくれるのが嬉しくてもったいなくてシルフィスは深深と頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。」
その後、約三週間ほど大通りの小さな町医者のもとへ通うクライン一の剣豪の姿をみたとかみないとか・・・・・・・・・・・・・・・
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