「Partner」  すうりん様

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
美しい音楽が響き渡り、周りにいる人たちはそれなりに楽しげにステップを踏んでいた。しばらくすると曲が終わり、先生が前で皆に呼びかける。
「はい、今日はここまでにしましょう。」
それぞれペアを組んでいた相手に礼を述べて、皆それぞれ帰り支度をし、準備の出来たものから帰っていく。金髪、翡翠の瞳の少女もため息をついて舞踏場から帰っていった。

彼女の名はシルフィス・カストリーズ。救国の英雄の一人であり、かつクライン王国初の女性騎士でもある。しかし今日の彼女は元気がなかった。
「やっほーーー、シルフィスーーーー!!」
自分を呼ぶ声に振り向くと、走ってくるのは親友でありまた自分と一緒にダリスで暗躍した魔導士見習、今は正式な魔導士であるメイ・フジワラだった。メイはシルフィスの近くまで来ると、シルフィスの様子がおかしいのを感じ取った。
「どうしたの?シルフィス、なんか元気なさそうだけど・・・・・」
「そんなことはないんですが・・・・・・」
といいつつ微かに笑顔を見せたがどことなく元気がない。いつものシルフィスならその輝くばかりの美貌でにっこり笑顔を向けてくれるのだが今日は違う。メイはシルフィスのことが心配になってきた。
「本当にどうしたの?なんかあったの?」
シルフィスはメイに心配をかけまいとして努めて普通に振舞うようにした。
「いえ、本当になんでもないんです、心配しなくでください、メイ」
「そお?」
メイは絶対何かあるな、とは思ったがシルフィスがこれ以上聞いて欲しくなさそうだったのでとりあえず黙っておくことにした。
「メイは、今日はどこへ行ってたんですか?」
「あたし?んとねーーーー、大通りの魔道の店に必要な道具類を買いに行ってたのよ。キールは相変わらず研究室にこもっちゃってるからさ。」
「そうですか。」
しばらくたわいもない会話をした後、二人はそれぞれの帰るところへと戻っていった。

一週間後、シルフィスは舞踏場へやってきた。しばらくフロアを見つめていたがため息をついた。そう、シルフィスの気持ちが沈んでいるのはまさにこの「ダンス」のせいなのである。礼儀作法の一つだから、ということで分化してから習いにきているのだった。本当はあまり気は進まないが、仮にも王家に使える近衛騎士が礼儀作法の一つであるダンスも踊れないのはまずいので仕方なしに通っている、というのが正直な気持ちだった。
しばらくすると先生がやってきて、中央に立ち合図をした。
「はい、まずは軽く先週のおさらいから始めましょう」
先生がそういうと、男性は女性を誘いペアを組む。シルフィスはその日老紳士とペアを組むことになった。相手はとても優しそうな方だ。だがシルフィスは申し訳なくていくらか緊張してしまう。
曲が鳴り、各々踊り始める。もちろんシルフィスも踊るには踊るのだがどうもしっくりこない。相手の老紳士も時々怪訝な顔をする。もっとも相手はシルフィスに向かって文句を言うということはないのだが。しかし先生には毎回注意を受ける。
「シルフィスさん、もっとパートナーの方と息をあわせてくださいな」
「相手の方のリードを意識してください」
「ホールドを崩さないで」
シルフィス自身もできてないことがよくわかっているだけに、つらかった。女性として踊るのがこんなに難しいなんて思ってもみなかった。なぜなら一般に男性の方が女性よりはるかに難しくて上達するのに3倍くらいはかかると言われている。実はシルフィスは見習の時に、やはり最低限の礼儀作法として男性パートならば一通り習っているのだ。その時はこれほどひどくはなかった、と思う。もっとも見習の相手をしてくれる女性達のダンスの腕は素晴らしいものであったというのも大きな要因なのだろうが。そのとき一緒に踊ってくれた女性達は首をかしげたりすることはほとんどなかったのだ。
しかし、今自分と踊ってくれる男性もダンスの腕はそれなりのはずだ。なのに自分はこんなに相手をてこずらせているということはやはり自分に原因があるのは間違いないのだ。
(私はやはり女性として不完全なんだろうか・・・・・・・)
そういう思いが嫌でも頭をよぎる。恋をしてやっと女性になれたというのに・・・・・・・・・

レッスンが終わったあとシルフィスは先生に呼ばれた。
「シルフィスさん、あなたは決してダンスに向いていないわけではないのですよ。ただ、少し・・・・・・・相手の方に合わせて踊ることに慣れていらっしゃらないだけですので頑張ってくださいな。慣れてくればわかることもあるのです。ただ・・・・・・・」
いったん言葉を切って先生は続けた。
「10日後にある王宮での舞踏会は、欠席なさった方がよろしいかもしれないですね・・・・・・・あなたはおそらくいろんな方からお誘いを受けられるでしょうが・・・・・・あなたに嫌な思いはして欲しくないですから。」
瞳を伏せて先生は言った。舞踏会で最低限のダンスができないのは礼儀作法を身に付けていないということになり、例え救国の英雄であっても騎士としての評判を落とすことになる、それを先生は心配してくださっている。
「もっとも、欠席となるとあなたの上司であるクレベール大尉にもご報告しておかなければなりませんが・・・・・・・・」
シルフィスはぎょっとした。隊長にこんな無様な醜態をさらすわけにはいかない。そう、私が未熟だということは上司である隊長の名にも傷がつきかねない。新米の騎士が任務でもないのに王家主催の舞踏会に欠席するのはあまりに外聞が悪い。下手をすると上司である隊長の教育不行き届きということにもなりかねないのだ。それくらいなら自分の評判が落ちるほうを選ぶ。自分がひそかに恋しているその相手の名誉を傷つけるわけにはいかない。
「いいえ・・・・・・私の評判はどうでもいいです。私は出席します・・・・・・」
シルフィスはそれこそ決死の覚悟で言った。
先生は優しく微笑むと
「そうですね。まだ時間はありますし、夜であればここはいつでも空いてますからよかったら練習に使ってくださいな。必要ならいつでもお相手をしますわ。」
そういって先生は舞踏場の合鍵をシルフィスに差し出した。
「ありがとう・・・・・ございます・・・・・」
シルフィスは鍵を受け取り、舞踏場を後にした。
 

(ああはいったけど・・・・・・・・・どうしようかな・・・・・・)
シルフィスは正直悩んでいた。今から10日ほどで急に上達するとはとても思えない。だが、このままではやはり相手にも不愉快な思いをさせてしまう。広場のベンチに座りぼんやりと考え込んでいたその時。
「シルフィス」
頭の上から自分を呼ぶ声。低くて深みのある響きのよい声。
見なくても誰だかわかるその声に振り向くと予想通り自分の想い人がいた。
「隊長・・・・珍しいですね、広場に来られるなんて・・・・」
「ああ、巡回が終わったところだ。お前は何をしてる」
「そ、その・・・・・・・・・・」
まさか今悩んでいることをいうわけにもいかない。シルフィスは返答に困った。レオニスは黙ってシルフィスの隣りに腰かけた。
「先週メイが私のところへ来てな・・・・・お前が元気がないと心配していた」
そしてレオニスはシルフィスの持っているダンスシューズを持ち上げた。
「その原因は・・・・・・・・・・・これか」
シルフィスはあまりのことに恥ずかしくて俯いた。レオニスに知られてしまった。自分が女性として不完全だということを・・・・・・・・・
「ご存知だったんですか・・・・・すみません、未熟者で・・・・・」
「いや、気付かなかった私が悪い。シルフィス、これから暇か?」
「・・・・・ええ、特に用事は・・・・・・・」
シルフィスは恥ずかしさでわけがわからないまま答えた。
「そうか。・・・・・・・・・・ならいくぞ」
レオニスは立ち上がって歩き出した。促されてシルフィスも後をついていく。

レオニスが連れてきたのはさきほどの舞踏場。
「隊長???」
「鍵を持っているのだろう?入るぞ」
シルフィスは言われるままに鍵を開けた。レオニスと二人で中に入り電気をつける。
「まず何も考えずに一通り踊ってみよう」
そう言って手を差し出すレオニスにシルフィスは焦った。
「ええっ!!あの、その、それって・・・・・・隊長が、わ、私と踊って下さるってことです、か・・・・・?」
レオニスは少し自嘲気味に笑って
「先生ほどうまくはないが・・・・・・・お前さえよければ」
シルフィスは顔が熱くなるのを感じた。恋してやまない人と踊れるなんて嫌なはずがない。これは本当に現実なんだろうか?と信じられない気持ちだった。でもレオニスはダンスができない自分のためにわざわざ相手をしてくれると言っている。それに応えなければと思ったシルフィスは黙ってレオニスに手を差し出した。

優雅なワルツの曲が流れる。シルフィスは頭の中は真っ白で何をどうしているのかさっぱりわからなかった。ただレオニスの手の熱さ、自分を支える腕の逞しさ・・・・・・・それだけがシルフィスの鼓動を早くしていた。
しばらく踊った後、レオニスは動きを止めて言った。
「・・・・・・ステップ自体は問題ないようだな。ただ、お前は自分一人で踊っている」
シルフィスの心にレオニスの言葉がつきささる。
「まあ、お前はもともと男性のフィギアを習っていたから止むを得ないと思うが・・・・・・・」
そういうとレオニスはホールドを取り、シルフィスを自分に引き寄せた。
腹部が接触している状態でシルフィスはどきどきしていた。
「いいか、ダンスは二人が一つになって動かなければならない。つまり私が前に出るときはお前が後ろに退がるのだ。男性のリードで女性は動くので女性は男性についてくる形になるのだ。例えば」
そういうとレオニスは前にゆっくり一歩踏み出す。それにつられてシルフィスも後ろに退がる。
「そうだ、相手の体の動き、それに合わせるんだ」
「は、はい・・・・・・」
しばらくホールドを組んだまま、ウォークを続ける。そして今度はレオニスが後ろへさがる。シルフィスは前へ動くレオニスの動きを感じて前へステップをする。
「そんな感じだ。もういいだろう」
レオニスはホールドを解いた。
「すごいです、今までと全然違う・・・・・・」
シルフィスは驚いていた。今まで練習していたときとは体の動きが違うのだ。今までは相手の動きと微妙にずれていて、時々つまることがあった。でもレオニスの言う通りにするとずれもしないし、寄り添うように動いているのがわかる。
「慣れれば相手と密着しなくても踊れるようになる。・・・・・・・・遅くなってしまったな。そろそろ戻って休んだ方がいい」
レオニスはそう言って帰る準備をし始めた。
「あ、あの隊長・・・・・・・・もしお時間があれば、なんですが明日も稽古をつけていただけませんか?」
レオニスは優しく微笑んだ。青い瞳が自分を見てくれている、シルフィスはまたどきどきしてきた。
「お前さえよければ気のすむまで相手をしよう」

こうしてレオニスとの練習の日々が続いた。最初はゆっくりしか動くことができなかたシルフィスだが、徐々に慣れてくるにしたがって曲に合わせて動けるようになっていた。シルフィスは踊りながら考えていることがあった。
(この安心感は何だろう・・・・・?)
レオニスの腕の中で踊る時、自然に動くことができるのだ。心から安心できるのだ。前まで舞踏場でのレッスンとは違うものをシルフィスは感じていた。ワルツ、ウィニーズワルツ(曲の速いワルツ)タンゴもなんとか踊れるようになり、舞踏会当日を迎えた。
 

煌びやかな会場。タキシードの殿方に美しい貴婦人達。
皆輝いていて各々にダンスを楽しんでいる。シルフィスは練習をしたとはいってもあれからレオニス以外とは踊っていないのだ。練習でうまくいったのはレオニスがうまいからで他の人だとやはり自分はうまく踊れないのではないかと不安は拭いきれなかった。
「シルフィスーーーーー」
自分の側にやってきたのは親友でもあり仕えるべき第2王女のディアーナだった。
「こんばんわ、姫。とても御綺麗ですよ」
シルフィスは深深とお辞儀をした。ディアーナは薄紫とピンクのオーガンジーのドレスを身につけていてとても可愛らしく美しかった。
ディアーナはふふふと含み笑いをして言った。
「あら、シルフィスの方が断然綺麗ですわよ。シルフィスほど美しい方はいませんわ。わたくしの選んだドレスは気に入って頂けて?」
「ええ、ありがとうございます、姫」
シルフィスは肩からはクリーム色のショールをかけた淡いグリーンのドレスを着て、黄金色の髪は美しくまとめ結われ髪には美しい髪留めが留められていた。この姿はディアーナがシルフィスのために用意してくれたものだった。シルフィスは彼女の好意が純粋に嬉しかった。
「やあシルフィス。 来てくれて嬉しいよ」
ディアーナの後ろに現れたのはセイリオス殿下だった。シルフィスはスカートを軽く持ち上げ女性のお辞儀をした。
「ご機嫌よろしゅうございます、殿下」
「ディアーナ、アルムレディン殿がお前を探しておられたぞ?」
「まあ、アルムが?」
ディアーナは頬を染めて、行ってまいりますわと言い残して婚約者のもとへと去っていった。
「一曲お相手してもらえるかい?」
セイリオスはロイヤルスマイルでシルフィスの手を取り膝をついた。
「え・・・・・・・ですが・・・・・」
シルフィスは困った。ただでさえ、自分のダンスにはまだ自信がなくましてこの中では王族の最高位である殿下の相手などできないのではと思っていた。辺りを視線だけ泳がせてレオニスの姿を探したが、シルフィスの視界の範囲には彼はいなかった。殿下はそんな彼女の様子に心配はいらないという口調で言った。
「レオニスなら今は外の警備にあたっている。もう少しで戻ってくるとは思うが、しばらくの間私の相手をしてくれないか?」
どうしてわかったのだろう?とシルフィスは赤くなってしまう。
「さあ」
セイリオスにそこまで言われてはシルフィスは断れない。殿下に手を預けるとフロアの方へ向かった。

曲はタンゴだった。殿下はさすが王族の方でいらっしゃる、とシルフィスは思った。動きがとても滑らかでとても動きやすかった。自分でもレオニス以外の人とこれだけ踊れるとは思いもしなかった。もちろん殿下のリードがうまいからなのは確かなのだが。
一曲終わった後、セイリオスは感心した様子で微笑んでシルフィスに言った。
「君は本当になんでもできるんだね。まだ女性になって間もないというのにここまで踊れるとは思わなかったよ。実に素晴らしかった」
殿下に誉められてシルフィスは礼をした。
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「すまないが貴族達の相手をせねばならないので、これで失礼させてもらうよ。今日はゆっくり楽しんでいくといい」
セイリオスはシルフィスの手の甲に軽く口付けて去っていった。

先ほどの殿下とのダンスを見ていたのであろう、多くの男性からダンスの申し込みをされたがシルフィスは踊る気にはなれず、疲れましたので、と断りを入れていた。
殿下はたしかに上手だった。リードも完璧で自分でもよく踊れたと思っている。だが踊りながら心のどこかで何かがひっかかっていた。何かが違う、そんな気がしていた。
「隊長・・・・・・・・」
口から出たのは愛する人のこと。お仕事で警備に出られているとのこと。邪魔をしてはいけない。そうでなくてもここのところ、夜に自分のダンスの練習につきあわせていたのだ。これ以上ご迷惑はかけられない・・・・・・・・・そう思っているのに自然と涙が頬を伝う。レオニスがこういう華やかな場所は好まないのを知っているがでも、それでも、今日の自分を見て欲しかった。あなたのために、あなたのおかげでここまで上達しましたと・・・・・・

「踊らないか?」
舞踏会も終盤にさしかかった頃、シルフィスの前に現れた一人の男性。
シルフィスは思わず顔を上げてみる。そう声だけでそれが自分の想い人であることはわかっていたから。
レオニスは黒のタキシードに身を包み、いつもと違って見えた。
シルフィスの鼓動ははやくなり顔は熱くほてる。
「泣いて・・・・・・・いたのか?」
レオニスがそっと頬をなでる。
「隊長・・・・・・・・・お会いしたかったです・・・・・」
そういうとシルフィスはレオニスに抱きついた。
そうだ。レオニスの腕の中にいるときのぬくもり、安心感。

ああこの人だ、この人でなければ自分は身も心も任せることはできない。シルフィスはもう胸の内に秘めた想いを隠すことなどできなかった。
「愛しています、隊長・・・・・・・・」
レオニスはシルフィスを強く抱きしめた。
「・・・・・・・・・お前にダンスを教えたのも少しでもお前の力になりたかった。お前の笑顔を見たかったからだ。知らないうちに・・・・・・・・・お前を、愛していた。」
レオニスの告白にシルフィスは耳を疑った。まさか、隊長がこんな自分を?レオニスはシルフィスの顎をそっと持ち上げ上を向かせた。
「途中までは迷っていた。お前にわたしの気持ちを伝えていいものかと・・・・だが殿下と踊った後、一人でいるお前を見ていると我慢できなくなった。お前と踊りたくてここまできた。わたしが愛しているのはお前だけだ。」
シルフィスはにっこり笑って
「嬉しいです・・・・・・・・・隊長・・・・・」
互いにみつめあう二人。

ふいに最後の曲がなり始めた。
「ラストワルツ・・・・・・・・・か」
レオニスはシルフィスの手を取り膝をついて手の甲に口付けた。
「踊っていただけますか?」
シルフィスは恭しく礼をして
「喜んで」
輝かんばかりの笑顔をレオニスに見せた。
 

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