星よりも長く」 Sayaさん
 
 
  空を見上げていた…… 
 
  夜目にも鮮やかな白い夜着が暗闇に浮かび上がっている。灯りのランプを足下に置いて、
彼女は広がる夜空を見上げていた。 
  木々が微かに風に揺られている。虫の音が心地よく、上空の星々がきらきらと瞬いていた。 
星と星は点と線。 
  以前メイから教えられたこと。 
「星と星を結ぶと、ほら何かの形に見えるときってない?」 
  そう言って、親しい友人は屈託なく笑った。メイとシルフィスでディアーナの部屋にお泊まり
していた夜のことである。友人の一人は既に夢の中にいた。その為、彼女を起こさないように、
注意を払ってぼそぼそと二人は窓辺で話をしていた。 
「私の元いた世界では星座って言ったんだけどさ」 
「星座、ですか?」 
  シルフィスは小首を傾げる。 
「うん、そう」 
  メイは頷いて空を見上げた。きっと、向こうの世界を思い出しているのだろうか。 
  シルフィスはあえて問わずにじっと友人を見守る。メイは空の一点をすっと指した。 
「こうやって…」 
  そう言って、彼女はまたもう一つの星まで線を引く。 
  ……不思議だ。 
  と、思った。空はキャンパスではないのに、そうして彼女が指を示すと本当にその為に
星の位置が存在しているかのようだ。 
「妖精とか、白鳥とか、蟹とか」 
  呟きながら、彼女の指は星空に六角形を描く。 
「いろんなものに見立ててさ。まあ、結局は人が考えた理屈だけど。その絵が何故夜空に
できるようになったのかって、神話とかもあってね。私、それが好きでさ〜」 
「へえ。私も読んでみたいですね」 
「面白いわよ。今度聞かせてあげようか?」 
  興味が沸いたシルフィスにメイは目を輝かせて振り向いた。 
「本があるんですか?」 
「ううん、結構頭の中で覚えてる」 
  だから、原作とは少し味付けしてるかも…。そう言葉を付け加えて彼女は笑った。 
 
      *** 
 
  星をゆっくりと眺めるなんて久しぶりのことだった。村にいたときは、こうやって静かに
星を見ているのは退屈しなかったのに、何故だろうか。ここへ見習い騎士として来てから、
なんだか空を見上げることが少なくなっている。 
  騎士団の宿舎の側に小さな中庭がある。そこで、シルフィスは夜着の上にショールを羽織って
一人空を見上げていた。自分にはこの星空に幾つの絵が見えるだろう。 
  そう思ったときだった。 
「シルフィス」 
  呼びかけられ、彼女ははっと我に返った。 
「隊長…」 
  振り返ると、恋人の人影。正体がわかり、ほっと息をつく。 
「どうした……? この夜中に」 
  少し不安そうなレオニスの声だった。近くまで歩み寄り彼女の頬に手を触れる。 
「少し、冷えてるな」 
  そう言って彼は自分の上着をかけた。 
「いえ、星を」 
「星?」 
「星を眺めていたんです。先日、メイから星座の話を聴いて」 
「星座か」 
  一人空を見上げている姿から、何か悩みでもあるのかと心配したレオニスだった。彼女の
説明に一安心する。 
「隊長も知ってるんですか?」 
「いや、初めて聞いた言葉だ。だが、星座とは星の座と読むのだろう?」 
  それならば、だいたい予測はつく。レオニスはそう答えた。 
「星空に作られた絵画のことだそうですよ」 
「絵画か…」 
  シルフィスは、メイの話を簡潔に説明した。 
「星と星を結んで絵画ができるなんて、ロマンチックですよね」 
「ああ」 
  少女らしい言葉だ。美術品を眺めるような目でシルフィスは空を見上げる。 
「他にもいろいろメイから教えてもらって。それで何だか急に星を見たくなったんです」 
「星ならば、ここより湖畔へ行けばもっとよく見えるのではないか?」 
「そうですね。でも一人だと、危険だと思いまして」 
「私も行こう」 
「え」 
  彼女は目を瞬かせた。 
「私も星が見たくなった」 
  レオニスが何でもないことのように返事をする。夜も遅い時間だった。だからこそ、
中庭で空を楽しむだけに止めたのに、出かけても大丈夫なのだろうか。 
  言いよどむ彼女を説き伏せ、レオニスが肩に手をかける。 
「たまにはゆっくりお前と空を眺めるのもいい」 
「……そう、ですね」 
  こんな夜のデートもいいのかも。そう思い直して少女は微笑した。 
 
 
  湖には当然誰の人影もなかった。湖畔の柔らかな草を踏みしめて、シルフィスはその場に
立ちつくす。夜の湖面は星の光を反射して、対の鏡のようにきらきらと輝いていた。 
  黒い─── 
  空も湖も限りなく黒い。その中で、星だけが色を持ち自己を主張している。 
  やはり中庭よりずっと多くの星が見えるようだ。来て良かったと、彼女は思った。 
  村の空を思い出す。懐かしい空。メイの気持ちが今はわかる。 
「星にもいろいろな色があるんですね」 
  眺めるうちに、シルフィスは星にもいろんな色があることに気づいてぽつりと呟いた。 
  白く若々しい星。青く穏やかな星。赤くその鮮やかな光の星。星の数だけ千差万別。 
  似通っていても一つとして同じ星はない。人の数と同じだ。 
  見上げる彼女の横に立ち、レオニスも空を仰いだ。 
「星の光は何億年もかかって届くらしい」 
「そうなんですか?」 
  何億年。気の遠くなるような年月である。 
「キール殿からの受け売りだがな」 
「へえ」 
「今、私たちが見ている光はずっと大昔の光ということになるな」 
「そんなに長いこと旅をするんですね」 
「ああ」 
  ぽつりぽつりと、二人はたわいもない話をする。昼とは違うのどかな空気にシルフィスは
故郷を思い出して口にした。 
「私…」 
「なんだ?」 
  優しい彼の声。目を閉じてシルフィスは思う。もう少し彼の声が聴きたい。聴きたいから
引き出すように言葉を繋いでいく。 
「よく、村では星を眺めているのが好きだったんです」 
「そうか…」 
「昼間とは違って、とても静かで」 
  昼の空はそれでいて、好きだった。シルフィスはもともと静かなところが好きだ。雑多な都と
違い、村は昼間でものどかだった。この静けさは故郷を思い起こす。 
「それに星の光って太陽の光とはまた違って、可愛いんですよね」 
「……そうだな」 
「………」 
「どうした」 
「何だか、私ばかりしゃべっているみたいで…」 
「いや、話を続けてくれ」 
「…え?」 
「お前のことは、とても興味があるからな」 
「…隊長」 
「付き合っていく上で、互いのことを知るのはとてもいいことだ」 
「………知るのが恐いと思ったこともありました」 
  シルフィスは答える。昔の想い人。恋人同士になる前は怖い時期もあった。 
「そうか」 
「でも、今は私も隊長のことがもっと知りたいです」 
  そうまっすぐ瞳を向けて、レオニスの手を取る。 
「あなたのことが好きだから」 
  彼の大きな手のひらを自分の頬に押し当てた。 
「だからもっと知りたいんです」 
  珍しく積極的だ。シルフィスの行動に、レオニスは驚いて彼女を見つめるばかりだ。 
  私もどこまで彼女と共にいられるだろうか。二人して同じことを考えている。 
  内心、レオニスは苦笑した。だが、彼女は彼の心は読まずに目を伏せた。 
「なんだか、このままずっと一緒にいたいなんて思ってしまって」 
「………」 
「もう少し、この時間が続けばいいのに…」 
  長い睫に陰が落ちる。 
「ずっと一緒だ…」 
  レオニスがさらりと金の髪を撫でた。 
「?」 
  シルフィスが顔を持ち上げる。向かい合う緑と蒼の瞳。 
「改めて問おうか?」 
「何を、ですか?」 
「私と一緒になる気はあるか?」 
「それは…」 
  一緒って、ずっと永遠に?突然の彼の答えにシルフィスの唇が震える。 
「結婚しよう…」 
  だが、彼の言葉はシルフィスの幻聴ではなかった。誓いの言葉のようにシルフィスの白い
手の甲に口づける。 
「……ええ」 
「お前とはあの星の光のように、いつまでも共にいたい」 
「隊長…」 
「yesならば、名で呼んでくれ、シルフィス」 
「ええ」 
  シルフィスは頷いた。彼のことが好きだった。ずっとずっと一緒にいられるなんて、 
まるで夢のようだ。 
「ええ、もちろんですレオニス」 
  世界で一番愛しい人の名。 
  呼んだ途端、彼女の細い身体はレオニスに抱き込まれてしまった。 
 
  星の光よりずっと。 
  ずっとずっと。 
  共にいよう。 
  例え、死がふたりを分かち合っても。 
 
 
  end 
 
 
 
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