夜の夢

 

 夜中に不意に目が覚めた。
 不安になって手を伸ばす。
 だが、隣にいるはずの啓太がいない。
 ベッドの中は白く冷たいシーツが広がっているだけだ。
 どうしていいかわからなくて、そのままシーツの中で丸くなる。
 小さく、小さく、丸くなる・・・・・・。
 

 今度こそ本当に目が覚めた。手を伸ばすと、啓太の方からその手に触れてきた。
「俺はここです」
 そう言って啓太が微笑むのが、暗闇の中でもわかった。
「・・・・・・夢を見ていた」
「少しうなされてました」
「すまない。嫌な夢だったから」
「あ、いえ、気にしないで下さい。夢なんですから、しょうがないですよね」
 そう言った後、啓太は遠慮がちに聞いた。
「嫌な夢って、どんな夢ですか」
 聞いてから、慌てたように一気に付け加える。
「俺は、テストの夢が嫌だな。数学とか、答案が真っ白なんです。あと、演劇部で公演直前なのに大道具ができてなくて困る夢とかも、時々見ます。変ですよね、演劇部なんてちょっとしかいなかったのに」
 啓太が何を気にしているのかは、見当がついた。
 心配してくれているのがわかるので、正直に言ってみることにする。
「啓太の夢だ」
「えっ、俺の夢ですか」
 予想外の答えだったのだろう、本気で驚いている。
「夜中に目が覚めると、一緒に寝ていた啓太がいないんだ。それで、ものすごく寂しいと思うんだ」
「それって・・・・・・」
 少しの沈黙の後、啓太が続ける。
「最近見るんですか。それとも子供の頃も時々?」
「啓太と付き合うようになってから」
 それを聞いた啓太が、シーツの中で体を近づけた。
「俺、何か、不安にさせるようなこと、してますか? もしもそうなら・・・・・・」
「すまない、啓太のせいじゃないんだ」
 言い方が難しいと思いながらも、正直に言うと決めたのだから、言わなければならない。
「子供の頃の俺は、たとえば母がいないとか、そういう恐い夢は見ることがなかった。たいてい、夢は現実よりも楽しくて、醒めないでいてほしいものだった。
 だけど、啓太を好きになってから、啓太がいなくなって、不安で不安でしょうがなくなる、そんな夢を見るようになった。
 啓太と過ごすようになってから、初めて悪夢というものがわかった」
「俺のせい・・・・・・?」
「悪い意味じゃない。啓太を知って、初めて、啓太を失ったらどうしよう、そう思って怖くなった」
「そんなはずないです。お母さんだけじゃなくて、絵とか」
「いや。違う。描きたい絵を描けない、そういう苦しみはあったが、絵を失うとか、そういうことは考えていなかった。自分で描いた絵を、燃やしてしまえるほどだったんだから」
「・・・・・・」
「啓太がいない夢を見るようになって、本当に寂しいという気持ちがわかるようになった。そうしたら、順番は逆なんだが、子供の頃の自分の気持ちが、ただつらいとか悲しいとかじゃなくて、寂しさだったんだ、とわかった」
 それは、啓太に恋をしたからだ。
 恋をして初めて、悪夢を知る。底なしの不安を知る。
 甘美なだけではない、苦味も痛みも、あって当然だろう。
「だから、俺は、啓太を好きになってよかったと、本当にそう思っている」
 ありがとう、と言おうとしたのに、啓太の方からぴたりと身を寄せてきた。
「俺も、あなたのこと好きになって、本当によかったです」
 そうして耳元で囁いた。
「気が付いてましたか。お誕生日になっちゃいました。朝一で言おうと思ってたのに、俺的にはなんだかフライングです」
 そのまま啓太の声が続く。
「お誕生日おめでとうございます」
 柔らかい唇が降りてきた。


 



 
2007年3月のヘヴンオンリーのために書いたもの。
テーマはずばりお誕生日!
これ、確か、ラジオかなんかで聞いた歌で、まさにこういう歌詞の歌があったんですよね。
恋をしてから初めて苦しみを知った、みたいな歌。
一年前のことなのに、詳細を思い出せません(爆)
ありがちな小品ですが、まあ雰囲気はいい感じになったかな?

 
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