【パニックになる】
パニックになると周りの人間は困ります。どう接して、どう落ち着かせたらよいものか悩んでしまう。でも、ここで私が大切にしたいと思っていることは、パニックになっている本人が一番辛いだろうと想像する気持ちです。私たちでもイライラしたり不安になったりすることがありますよね。イライラして辛いのは自分。イライラしないで爽快な気持ちでいる方がずっとラクです。不安になって辛いのも自分。発表会前の不安や人間関係で「あんな風に言っちゃったけれど、相手はどんな風に思ってるだろう。」などといった不安。いろんな不安がありますが、辛いのは自分ということに変わりはありません。
そして、そういう不安感やイライラ感、焦燥感といったものを自分で食い止めることは、とてもとても難しいこと。私たちは、それぞれに気分転換を図るコツを持っているかもしれませんが、それはこれまで生きてきた経験からくるものです。気分転換を図るコツをまだ知らない人にとって、気持ちの落ち着きどころがないまま自分の感情に振り回されるのは、本当に辛いこと。
私は、パニックってそういうものなのではないかと感じています。自分で自分の気持ちをどうすることもできない。我侭なのではありません。自分だって気分転換できるものなら気分転換したいのです。私は自閉症ではないので、本当のところは理解できていないかもしれません。でもその反面、似たような経験は誰にでもあるのではないか・・・とも思うのです。そして、そういうところから相手を知ろうと思うことも大切なのではと。
私は音楽療法士でもなければ研究者でもなく、専門家でもありません。あくまでも一人の人間として交流する中で、感じていることを書くしか方法がないのです。しかし、だからこそ感じられること、受け止められることがあるようにも思います。現在試行錯誤中のことばかりですが、そういった私なりの視点と、そこからくる試行錯誤中のアプローチ方法をここに書いていけたらと思います。 |
| 原因は? |
必ず原因があるように感じています。そして、そのおもな原因は、大きく2つに分けられるような気がしています。(私は医師でも研究者でもないので、あくまでも私が感じていることとして受け止めてください。)
@不安や焦りがあるため
・環境が変わって不安
・新しい曲で不安
・いつもと違う順序のレッスンで不安
・理解できないことへの不安
・思った通りに弾けない焦り
様々な理由があるように思いますが、これらの不安は私たちが想像する以上に大きな不安として感じるのだと思います。最初からこのような不安材料を与えないように気をつけることも大切ですが、それには限界があります。大切なのはそれだけではなく、「何故不安に思ったんだろう?」とわかってあげようと思う気持ちだと思います。
「たかだかこんなことでパニックになるなんて我侭だ。」というのは誤解です。例えば、私たちは自分の過ごしている地域内で道に迷っても、大したこととは思いません。しかし、それが言葉の通じない外国だったとしたら?私たちにとっては大したことのない不安でも、自閉症の生徒さんたちにとっては、大した不安だったりするのです。
自閉症のお子さんは、自分の気持ちを自分の言葉で言い表すことの苦手な子が多いと聞きます。「どうして不安になったの?」と聞いても、答えが返ってこない。そんなときは、どうしてだろう?と一生懸命原因を考えます。お母さまも巻き込んで考えます。私が気づくこともあれば、お母さまが気づくこともあります。大切なのは、そういう愛情のあるコミュニケーションなのではないかと思います。
A納得できないことがあるため
これは、@の理解できないことへの不安にも似ています。ただ、@の場合は「不安」、ここでは「怒り」だと感じます。同じパニックでも、不安な気持ちのパニックと、怒りの気持ちのパニックがあるように感じるからです。これは言葉で本人から説明を受けているわけではないので、「そう感じる」としか言いようがないのですが。少なくとも私はそう感じています。
一瞬思い通りにいかない我侭に見えるかもしれませんが、我侭ではなく「納得のいく説明を受けていない」からだと感じます。この点については、また後ほど書きたいと思います。 |
| 環境の変化への不安 |
自閉症のお子さんが始めてレッスン室へ訪れてきたとき。落ち着いている子はまずいません。場合によっては、新しい環境に入ったことへの不安感でパニックになる子もいます。それは仕方のないこと。私は以下の方法で対応するように心がけています。
@家の中を案内する
ここがどういうところなのか?場合によってはお風呂場や台所まで見せてあげることがあります。自分のいる場所がどういうところなのかがわかると安心するようです。
Aレッスンでどういうことをするのか文字で伝える
音声による言葉は、理解するまでに時間がかかったり、よく理解できなかったりします。口に出して文字に書いてあげると、落ち着いて聞いてくれることが多いようです。また、レッスンで何をするのか?がわからないのは不安なもの。順序立てて、こういうことをすると説明します。
(例)@ドレミの鍵盤をさがす
Aファソラシの鍵盤をさがす
Bドレミのうたをうたう
C打楽器で遊ぶ
初めてレッスンへ来たときはどうしようもありませんが、次回レッスンに来たときはこういうことをするよ、と伝えてあげます。大人になっての手習いで、初めてお教室の門戸を叩くときの不安は、私たちでも経験することがありますよね。それと同じです。その不安感が、私たちの不安感を大きく上回る不安感なのだと思います。
また、発表会などで普段と違う環境になると不安でいっぱいになることもあります。私は以下のような方法で、少しでも不安を解消してもらおうと思っています。
@おじぎ→弾く→おじぎ の練習を取り入れる
A事前に会場を下見してきてもらう
Bリハーサルで流れを把握してもらい、会場に慣れてもらう
C他の人のリハーサルを見てもらう
一度Bのリハーサルでパニックになった子がいました。事前に下見してはいたのですが、下見の段階ではライトがありません。ライトの当たっている場所と、楽屋のようにライトの当たっていない暗い場所。本番を迎える雰囲気にのまれてしまうのだと思います。このとき、他の人のリハーサルをちょっと見ていてもらうようにお願いしました。一体ここで何が行われるのか、客観的に見ることで不安が解消されるのではと思ったからです。リハーサルではパニックになりましたが、本番は気持ちよく出演してもらうことができました。
また、本番を迎える上で私が気をつけていることは、生まれて始めての舞台を一人で経験させないということです。舞台に上がるだけでも不安になるものです。たった一人でなんてなおさらです。手を繋いで舞台に上がったっていい。まずは舞台に上がることができ、気持ちよく観客に迎え入れてもらうことで舞台を好きになること。それを一番に考えて初舞台を迎えるようにしています。ということで、初舞台は連弾にしています。 |
新しい曲で不安 いつもと違う順序のレッスンで不安 |
習い始め3ヶ月〜1年の間は、こういう不安がつきもののようです。レッスンで行われる内容が一部変更する上、新しいものへの挑戦という不安も加わるからです。ある程度年月を重ねると、レッスン内容が一部変更するのは当然、新しい曲へ挑戦するのも当然ということがわかり、不安は目減りしていくように感じます。
@曲の終了
まずは、丸をもらえるということがどういうことなのかがわからないので、「レッスンで一緒に練習しなくても弾けるようになったから、これはレパートリー(もしくは卒業)にするよ。」と文字に書いて説明します。
A新しい曲の導入
いきなりピアノへ向うと不安でいっぱいになってしまいます。まずは、その楽曲に慣れてもらうよう歌うことにしています。その後、楽譜にあるリズムで叩いたり、ドレミで歌ったりして一週間を過ごしてきてもらいます。
B新しい順序の提示
全部新しくするわけではありません。そんなことをしたら不安でたまらなくなってしまいます。レッスン始めにやることを同じにするとよいようです。例えばレッスンの始まりの曲を決めておくとか、何でもよいのです。レッスン開始の合図のような感じで、安心してくれます。また、リズム読譜系、鍵盤把握系、指の練習系、楽曲系と、ある程度同じような練習順番を決めておくのもいいように思います。その中の一部分、終わったものと新しいものを入れ替えます。 |
| 理解できないことへの不安 |
これは自閉症のお子さんだけではありません。障ガイのない子でも、理解できないことを求められたらやる気が失せるものです。私だってそうです。「私には無理!」なんて思ったら、聞く気も失せます。
想像してみてください。ノーベル賞をもらうようなIQの高い人が、聞いたこともない単語を並べて研究内容について説明してきたら?途中で嫌になりません?パソコンの説明書ですら読む気が失せる私。そんなIQの高い話なんて、脳みそが痛くなるだけで耐えられないと思います。
それぞれの子には、それぞれに理解しやすい言語があります。そして、それぞれに理解しやすい視点があると思うのです。それを発見していきたい。相手が理解できない言語で説明しても意味がないのですから。
(例)
先日ある生徒に符げたの話をしました。全音符と2分音符の違いを知ってもらいたかったからです。「縦線があるでしょう?」 この子は理解力の高い子なので、普通に説明していたのですが「わかんないよ〜」と眉間に皺。考えてみれば、楽譜って線が多いですよね。線上と線間の見分けがつかない子は、この線の多さに錯覚を覚えてわけがわからなくなるのではないかな、と思うほどです。もしかしたら、こんな風に見えている可能性だってあるんですよね。
また、あまりにも線が多くて、こんな錯覚を覚えるのかもしれません。

5線は中間部分で分けがわからなくなり、その上小節線やら符げたやらで、どこにどんな縦線があるのかわからなくなっているのかもしれません。この子の場合、楽譜を離れて音符だけでのリズム練習をしてはいたのですが、
5線譜から左図のような塊としての音符を抜き出せていなかったのかもしれません。
まず「これが縦線でしょ、これが横線だよ。」と縦線と横線の違いを楽譜に書き、楽譜から縦線のある音符を探してみようね、と1音目から「ある〜」「ある〜」と音符の符げたを鉛筆で指し示していきました。4,5音目くらいから音符から線が出ていることに気づき、そのまま3小節続く符げたを確認していきながら、4小節目にある全音符には縦線がついていないことに気づいてくれました。
この子はパニックになる子ではありませんが、見え方が私たちとは違うというよい例だと思い、ここにご紹介することにしました。
先生が何を言ってるのかさっぱりわからない!こういうことが多々あるのだと思います。それをいかに解消してあげ、理解できるように伝えていくか。何人も指導したからといって説明が上手くなるわけではないと感じています。それぞれにそれぞれの見え方、わかりやすい言語があると感じるからです。Aちゃんに理解できたアプローチ方法がBちゃんに通用するとは言えません。大切なのは障害を理解しようと思う以上に、その子自身を知ろうと思うことなのでしょう。 |
| 思った通りに弾けない焦り |
自閉症の子は、基本的に完ぺき主義だと感じます。真面目なんです。真面目すぎて、息抜きが出来ないんだなぁと思うことしばしば。ちょっと息抜きしたら?と息抜きする方法を教えてあげたいと思うことが多々あります。
これからご紹介する例は、パニックを起すお子さんではありませんが、そういう完ぺきさがどれだけその子自身を縛り付けてしまうのか、わかりやすい例だと思うので、ここにご紹介したいと思います。
(例)
ちょっとでも間違うとイライラし始めるお子さんです。パニックにはなりませんが、イライラ度の高い子。弾けていない自分をわかっていながらも「間違ってないもん!」とイライラ気味に言います。自閉症のお子さんは特に、「間違ってるよ」といった否定的な言葉は使わない方がいいなぁと感じます。間違っていることからくる不安感は、私たちの比ではありません。完ぺき主義なのですから。
私はこの子のこの態度を我侭だとは受け止めていません。事実、イライラで一番苦しんでいるのはこの子。自分の感情が辛くてたまらないときは、お母さんに背中をトントンしてもらいます。そうすると、少し気持ちが落ち着くからです。
しかし弾けないから練習するのであって、最初から弾ける人なんていないんですよね。このまま「間違ってないもん!一切ボクに口出ししないで!」という姿勢を許したままだと、レッスンができなくなってしまいます。
ここで私が思うのは、「練習」という意味がわかっていないということです。「練習」は弾けないからするもの。最初から弾けていれば練習の必要なんてないのです。ところが、最初から弾けていないと気が済まない。「こういう音楽だ」とわかっているのに、そういう音楽が自分の指で奏でられていない不完全さに耐えられない。
そこで、ある日こんなお話をしました。この子の場合、文字にして説明すると伝わりやすいので、文字に書きながら「先生がこれから書くことを読んでくれるかな?」と文字を読んで理解してもらっています。
練習では弾けなくてもいいです。
弾けないから練習します。
弾けなくてもイライラしません。
練習すれば少しずつ弾けるようになります。
この子の場合、たったこれだけの説明でイライラ度が低くなり、レッスンがしやすくなりました。
弾けなくてイライラしたり、パニックになったりするのは、完ぺき主義だから。こちらまで完ぺきを求めてしまったら、本人の神経が持たないでしょう。「ここが弾けてないよ。」なんて指摘しながらレッスンするのではなく、「弾けなくてもいいのよ」くらいのアプローチで丁度よい気がしています。
↓
弾けないことからくる不安感で「ここをこうやって弾こうね」というレッスンが普通の2割くらいしか受け入れてもらえない子でも、成長していくうちに4割、6割と受け入れ口が広がっていくものです。こちらは焦らずドンと構え、今はこれくらいかな・・・と小出しにしながら、今できることを楽しくレッスンしていきたいと思っています。 |
| 納得できないことがあるため |
怒ったようにパニックになったり、駄々をこねているような態度の時、大概は我侭でなく理由があるものです。軽く駄々をこねる場合は我侭の可能性もありますが、その態度が激しいときは理由があると感じています。
「いつもシールをくれるのに、今日はくれない!」これが原因でパニックになったり、イライラしてレッスンに集中してくれなかったりした子たちがいました。原因は私の説明不足。「ちゃんと説明していなくってごめんね。」謝るのは私の方。ルールにのっとってシールをあげていたとき、そのルールを理解していると思い込んでいた私がいけなかったのです。
本人が理解できるように説明し、本人が理解したかどうか確認するべきだったのです。きちんと相手が理解してくれるまで説明をしていれば、止めることができないほどのパニックにはならなかっただろうと思います。
ルールを理解しているのにも関わらずイライラしたら、それは我侭。そのときは私も「ルールだよね」と身を引くことはしません。「ルールはルール。ルールを守ってレッスンしよう。もうイライラはしません。ピアノを弾きます。」と多少強引な感じになってもレッスンへ気持ちを切り替えてもらうようにします。大概納得していれば、「仕方ないや」と気持ちを入れ替える努力をしてくれるように思います。
納得できないことを強要されると、私たちは理不尽だと感じます。私はその理不尽な態度で彼らに接したことになるんですよね。そんなときは「ごめんね。」と素直に謝りたいと思っています。 |
| つねる |
私は、この「つねられる」ということを2人経験しています。しかし、同じ行為なのにも関わらず中身は違うようです。
@不安、イライラ、不満から
これはパニックになってしまう子のつねりです。自分の気持ちがマックスに達すると、抑えがきかなくなるようです。「つねりません!」と言っても止まりません。自分で自分が止められないのだと思います。
・数をかぞえる
・他の対象物をつねってもらう
ひまわり勉強会で教わったこと。数をかぞえる、という行為はとても気持ちが落ち着く行為のようです。不安などからくるパニックの場合、パニックがひどくなる直前に数をかぞえるように伝えると、ひどいパニックになりにくいと感じています。私の生徒さんは、タオル生地のハンカチを手に持ち、数を数えることを覚えてくれつつあります。自分で歯止めを利かせたいと思っているときは、自らハンカチを取り出したり、数を数え始めたりします。ただ、納得がいかないことが原因だった場合、一瞬一瞬は落ち着いたように見えても、結局レッスン30分気持ちを引きずったままで終わってしまいます。この場合、納得いかない原因を取り除かないとどうしようもないと感じています。
他の対象物をつねってもらうこと。つねり甲斐のある弾力性のあるボールとか、タオル生地のハンカチとか。この場合、ご家庭や学校などでも、人はつねらないということ、つねるのならその対象物をつねるということ、を伝えていかないと身に付かないだろうと思います。お母さまや学校の先生のご協力が必要になってくるので、お教室だけではどうしようもない面もあります。
A面白いから
「痛いぃ〜〜!!Σ(×_×;)」という大きなリアクションが見たくてつねる子がいました。不安や怒りがきっかけだった時もあったかもしれません。でも、それだけでもない・・・。お母さまから対処法を伺ったところ、「つねられた人のリアクションを面白がるので、リアクションしないのがいいと学校の先生に言われた。」とのこと。痛い!というリアクションを一切せずに「つねりません!」と、わざと怖い顔を作って厳しく言うようにしていました。 |