【ベートーヴェン(1770〜1827)第1期】

『音楽に対する情熱は、住民のあいだで非常に増大している。
ピアノフォルテもまた、とくに愛好されている。
当地にはアウグスブルクのシュタインの作った
ハンマークラヴィーアが数台あるし、
ほかにも、これに見合う良い楽器がいくつかある。
若いフォン・グーデナウ男爵が、
ピアノフォルテを立派に正しく弾きこなしている。
そのうえ、楽長の子ども(孫)の若いベートーヴェンもともに、
賞賛すべき早熟の才能を発揮している点で
特筆に値する。』(1787年「クラーマー音楽雑誌」ボンからの通信)

1787年(17歳)、ウィーン旅行に出発したベートーヴェンは、
モーツァルトを訪ね即興演奏をします。

「彼を見守りたまえ。
今に彼は世の話題となるだろうから。」

モーツァルトがこう語ったというエピソードは有名です。
その反面ベートーヴェンはこのときのモーツァルトの演奏を
弟子のチェルニーにこう語っています。

「モーツァルトの演奏は見事であったが、
ボツボツと音を刻むようで、レガートではなかった。」

チェンバロとピアノフォルテの奏法の違いを
物語っているように私には聞こえます。
逆に受け止めれば、
モーツァルトの楽曲をベートーヴェンの楽曲のようなレガートで弾いては、
モーツァルトらしくない重ったるい演奏になってしまう・・・ということなのでしょうね。
このウィーン旅行の帰途、ベートーヴェンはシュタイン工房を訪ねています。

母の危篤でボンに帰ったベートーヴェンは、
母が亡くなり仕事をしなくなった父の代わりに、
家族の面倒を見なければならなくなりました。
そこで知り合ったのがブロイニング家の人々です。
自分の子どものようにかわいがってくれるブロイニング夫人のもと、
ベートーヴェンは多くの名士と出会います。

その中の一人ワルトシュタイン伯は、
ベートーヴェンの才能を賞賛し、
ベートーヴェンにシュタイン製のピアノを贈りました。
以降、ボン時代のベートーヴェンの作品は、
すべてこのピアノから生まれています。

ベートーヴェンがウィーンに定住するようになったのは1792年のこと。
ハイドンなど何人かの先生につき、
対位法や作曲の勉強をしました。
この頃のベートーヴェンが使用したピアノは、
ウィーン式メカニズムのピアノばかり、
発展途上の様々なピアノを使いました。

ベートーヴェンのすごいところは、
ベートーヴェンの才能に惚れこんだ人々が、
ベートーヴェンにピアノを贈っているということです。
モーツァルトのようにピアノ購入に苦労することはなく、
新しいピアノが続々とベートーヴェンの前に現れたのです。

1795年までのベートーヴェンは、
リヒノフスキー侯爵に贈られたフォーゲル製のピアノを使用しました。

【1792-95頃・・・使用楽器フォーゲル製F1-f3】
 〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.2 協奏曲No.2 協奏曲No.1

その後1803年までのベートーヴェンは、
アントン・ヴァルター製の膝ペダル付き、
5オクターブのピアノを使用しています。
1800年頃ヤケシュのピアノを購入したとも言われています。
少なくとも、ヤケシュのピアノを持っていたことは事実のようです。

『ライヒャと私は、ヤケシュのピアノで私の芸術を披露するという
楽しみをともにするのです。』(友人ズメスカルに宛てた手紙より)

【1795頃-1803頃・・・使用楽器ヴァルター製F1-f3】
 〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.49、Op.7、Op.10、Op.13、Op.14

【1800頃-1802・・・使用楽器ヤケシュ製F1-f3】
 〜ウィーン式5オクターブ〜
ピアノソナタOp.22、Op.26、Op.27、Op.28、Op.31 協奏曲No.3

1803年春エラールのピアノに出会うまで、
ベートーヴェンが使用した楽器は5オクターブが標準でした。
もちろん、この時期に作曲された楽曲はすべて5オクターブの音域内で
作曲されています。
とはいえ、「本当はこの音が欲しいのに!」とベートーヴェンが思ったであろう箇所を、
楽譜に見出すこともできます。
ベートーヴェンのもどかしさを感じるのです。

例えば低音の不足。
他の低音はすべてオクターブで書かれているのに、
そこだけオクターブになっていないとか・・・。(ソナタOp.2No.3第2楽章26小節)
その逆で他の高音はすべてオクターブで書かれているのに、
そこだけオクターブになっていないとか・・・。(ソナタOp.10No.1第1楽章128小節)

また、興味深いのは1800年以降から、
”コン・ソルディーニ” ”センツァ・ソルディーニ”という指示が
楽譜に書き込まれるようになったことです。
ソルディーノとは弱音器のことですが、
ベートーヴェンはダンパーの意味で使っていました。

例えば月光ソナタの”Sempre pianissimo e Senza Sordino”は、
ダンパーを使用せずに・・・という意味になります。
鍵盤下にあるレヴァーを膝で押すとダンパーが持ち上げられ、
すべての弦が開放され、倍音が共鳴しました。
現代のピアノでダンパーペダルを踏み続けて月光ソナタを演奏し続けると、
モワモワしすぎて耳に心地悪いですが、
当時のピアノで試すと響きが美しく交じり合い、
本当に幻想的な雰囲気になるのです。
是非一度聴いてみてください!
 ・・・なかなかそういう機会はないのですが、
   最近古楽ブームなので演奏会を探していれば見つかるかも?!