【フォルテピアノの誕生】

クラヴィコードは、強弱がつき感情表現豊かな楽器でしたが、音量が貧弱でした。
ハープシコードは、音量は充分にありましたが、微妙な感情表現ができませんでした。
クラヴィコードのように豊かな表現が可能で、
なおかつ音量の大きな楽器はないものか?

現代のピアノに繋がるピアノが誕生したのは1709年のこと。
フィレンツェのクリストフォリの考案でした。
残念なことに、この史上初のピアノは現存していません。
ただ、クリストフォリは改良を続けたので、
現存しているピアノもあります。
  ・・・・1709年はバッハとヘンデルが24歳の頃です。

そのうち最古のピアノは1720年製のもの。
ニューヨークのメトロポリタン美術館が所有しています。
 ・・・・・ニューヨークへ行った際に見ることができたのですが、
     触れるわけでもなく、実感を持てぬまま帰ってきてしまいました。(_ _;)
クリストフォリ最後のピアノとして残っているのは1726年製のもの。
ライプツィッヒのライプツィヒ大学(旧カール・マルクス大学)の楽器博物館が所有しています。

この頃のピアノは、まだチェンバロの箱を借りての作品。
現代のピアノに比べるとハンマーも驚くほど小さいですし(親指くらい)、
弦も驚くほど細く短いです。
ハンマーの素材が現代とは違うせいか、
実際の音はというと、現代のピアノよりチェンバロに似て聴こえます。

驚くことに、クリストフォリのピアノにはウナ・コルダ・ペダルが備わっていました。
キーに対して弦2本が張られており、
ウナ・コルダ・ペダルを踏むと、鍵盤が横にずれて弦1本を打弦する仕組みです。

その他にも現代のピアノに備わっている様々な機構が備わっていました。
例えば、エスケープメント。
ハンマーが弦を叩いたあと、すぐに弦から離れるようにする機構です。
そして、バックチェック。
戻ってきたハンマーがはねかえって再び弦を叩いてしまわないようにし、
次の動作へ移れるよう元の状態に戻しておくという機構です。

「ピアノもフォルテも出せるチェンバロ」(クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ)、
を発明したクリストフォリ。
クリストフォリが仕えたメディチ家の楽器目録には「アンピチェンバロ」と書かれています。
「小さなハンマーのついたチェンバロ」(クラヴィチェンバロ・ア・マルテレッティ)と
呼ばれたこともあったそうです。

クリストフォリのピアノは、「新しいチェンバロ」として受け止められたのですね。
「クラヴィチェンバロのための」と書かれた曲でも、
一概にチェンバロのためとは言い切れないということでもあります。

いつも当時って現代より自由だったんだろうな〜と思うのです。
バロック時代の楽曲は、ただ楽譜通り演奏するだけではなく、
途中にアレンジ(即興)が入ったりします。
舞曲形式の楽曲はリピートがついていますが、
2回目の演奏では楽譜通りに演奏せずに、
装飾音をつけてみたり、ハーモニーをつけてみたり。
様々に即興されたそうです。

楽器についてもそうです。
チェンバロで弾いたり、クラヴィコードで弾いたり。
場合によっては、あるソロ楽器のための楽曲を、
合奏曲に編曲してあったりもします。
1つの楽曲をいろんな編成で使いまわす・・・というか。(笑)
そういうことが日常的に行われていたんですよね。
ショパンの時代ですら家庭で楽しめるようにと、
ピアノコンチェルトを室内楽用に編曲して出版していたりするのですから。

バッハのフーガの技法は楽器指定がなされていません。
レオンハルトは、この曲をチェンバロのための曲だと解釈し演奏しています。


バッハ:フーガの技法&クラヴィーア練習曲集第2巻


パイプオルガンのための曲だと解釈する人もいます。
弦楽四重奏団がこの曲を演奏することもありますし、
他の編成による合奏で奏でられることもあります。
私はトン・コープマンとティニ・マトーの、
2台のチェンバロによるCDを持っています。


バッハ:フーガの技法



私はというと、どの楽器のためだという正解はなく、
バッハ自身も「この楽器編成でなければダメだ。」という意識は、
あまりなかったのではないかなぁ、などと想像しています。
大切なのはどの楽器・・・ということではなく、
音はどのような音形を形作っているのか、
ハーモニーはどこへ向かって進み、
旋律と旋律はどのように掛け合っているのか・・・ということだと思うからです。
それって、どの楽器にだって表現できることですよね。

っと、話が大分逸れてしまいましたが。<(;~▽~)
楽器博物館って楽しいですヨ♪


浜松市楽器博物館
武蔵野音楽学園楽器博物館
国立音楽大学楽器学資料館