『裾野のピアノ講師

寄稿者:中嶋@管理人


 
 

世の中にはいろいろなピアノ講師がいます。地域に密着したピアノ講師から大学教授、演奏家までさまざまです。はて、私はどの位置にいて、どういったスタンスで教えるべきなのだろうか?ここ2年教えてきて、このことについてよく考えるようになりました。私のところへ「将来演奏家になりたいんです」又は「演奏家になってもらいたいんです」と言ってくる生徒さん、親御さんはいらっしゃいません。みなさん趣味、ピアノが楽しく弾けるようになったらいいな、と思われて来ます。私はこういう生徒に対してどのようなレッスンをするべきなのか?まず、いえるのは「質を落としてはいけない」ということです。4才の子が趣味で・・・と習い初めても、いつか音楽の道へ進みたい、音楽に関わる仕事をしたいと思うかもしれません。そのとき手遅れではいけないのです。ですから、質を落とさず、基礎をしっかりと身につけさせることが大前提だろうと思います。また、裾野の先生に位置しているということで、「音楽好きに育ってもらいたい」という思いが強くあります。ピアノを習ってクラシックが嫌いになった・・・じゃ、やはり片手落ちです。たくさんの音楽好きを裾野の先生方が育て上げることによって、聴衆が育ち次世代の音楽家の質を高めることに繋がるだろうと信じるからです。

こうした生徒の中から、才能を感じさせる生徒に出会うことがあるかもしれません。また、長く教えていて育ってきた生徒について、この子は自分の手を離れ、もっと質の高い内容の濃い本格的な指導をしてくれる先生に預けた方が伸びるだろうと思うことが出てくるでしょう。そのとき、そういった先生を紹介してあげる、ということも大切な義務だと思います。私は自分を裾野に位置するピアノ講師だと自負しています。そして、その裾野にいるピアノ講師が日本のピアノ界の底力になっているのです。裾野のピアノ講師の質が、今後の頂点に位置する指導者・演奏家たちの質の高さに影響してくることでしょう。

この裾野の講師の上に位置しているのが、演奏家を目指す生徒を中心に育てるピアノ講師だと思います。こういった先生方は、海外に精通しコンクールに精通していなければなりません。生徒自身が「演奏家になる」という目標を持ち、さらに深みのある指導を受けます。裾野のピアノ講師にとって重要なのは、ここに位置する先生方との繋がりをもつということです。先ほど述べたように、ここに生徒を紹介することができるのとできないのとでは、生徒の才能を潰す、伸ばすに重要に関わってくるからです。裾野のピアノ講師は、自分の手元を卒業することに喜びを感じられなくてはなりません。そして、その上に位置する講師は、自分の手元を離れ自立した演奏家になることを目標としなければなりません。

日本のピアノ教育はロシアのような一貫した教育機関というものがありません。企業による音楽教室やそれぞれ個人ピアノ講師が独自に指導しているのです。そして、最悪自宅で教えるだけ・・・それ以外の世界とは繋がりを持たない講師という存在が生まれてきます。今日本のピアノ講師に必要なのは、ピアノ講師同士の繋がりだと思います。縦と横に繋がりを持つことによって、生徒の世界が広がっていき、ピアノ界の質も高くなっていくことでしょう。

裾野という言葉に嫌な思いを抱かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、「裾野」だからといってバカにはできません。演奏家を育てる講師だけが質の高い講師なのかというとそうではないからです。裾野に位置する先生が、いかに質の高いレッスンをするかによって、演奏家を育てる講師のもとにいかに質の高い生徒が集まるか変化してくるからです。また、裾野の先生は「導入」に深く関わっています。導入が苦手な先生は裾野に位置すべきではないと思うほどです。導入で生徒をピアノ嫌いにしてしまったり、基礎作りを怠ってしまうと生徒はピアノから離れていってしまいます。このようなことから裾野が高まれば、ピアノ界全体の質が高まっていくのだと自負すべきだと思います。そして、演奏家を育てる講師についても、導入が苦手な先生は導入を受け入れるべきではないのではないか・・・と思います。中には、導入から演奏家まですべてに精通し指導能力の高い講師もいることでしょう。しかし、すべての講師がそういった能力を持ち合わせているかというと、やはり向き不向きがあると思います。自分にとって一番得意とする分野で生徒を育てること、それがとても大切な気がします。そうすれば、裾野に位置するピアノ講師がコンクールのためだけにレッスンし、いずれ生徒が伸び悩みピアノをやめてしまう・・・なんて悲劇もなくなるでしょうし、演奏家を育てるべき先生が導入期の生徒に厳しくレッスンし、ピアノ嫌いに育ててしまうという悲劇もなくなるでしょう。

ピアノ講師同士に上下があるべきではないと思いますが、それぞれの持ち味、それぞれの特性というものを認識すべきだろうとは思います。一環した教育機関がないということで、それらを分業化することはできませんが、それとなくそういった線は見えているはずです。クラシック音楽が日本の文化でない以上、国が一貫した教育機関を作るとは思えません。私たちピアノ講師が、横と縦の繋がりを作っていき、それらをカバーしていくことになるのだろうと思います。ありがたいことに、現在文部省管轄の機関「日本ピアノ指導者協会ピティナ」という団体があり、ここ1、2年で会員数が大幅に伸びています。やる気のある先生方がここに集まり縦横の繋がりを持つことによって、コンクールのあり方そのものも変化していくでしょうし、生涯学習のあり方も充実してくることでしょう。裾野のピアノ講師は、演奏家を育てる講師以上に柔軟であることを求められています。いかにそれに反応し、ピアノ界をリードしてくか・・・・。音楽好きを育て、ピアノを楽しんで「弾ける」人を育て、次世代に繋げていくことができたら・・・・。今、私はそんなことを考えながら裾野のピアノ講師をやっています。