『心が込められた音』

寄稿者:中嶋@管理人

想い出の樹2009年2月24日より)



軽度知的障害を持つ40代の女性。
私にとって知的障害を持つ自分より目上の方へのレッスンは、この方が始めて。
初めてのレッスンはドキドキだったけれど、
接してみるとやっぱりすごくすごく純粋で付き合いやすいのデス。
私は発達障害の方々と、とっても相性がイイ♪
発達障害の方々には心の垣根がないので、素直に気持ちよく付き合えるのデス。

初めてこの方にレッスンしたとき、
あまりにも手がギシギシしているので驚きました。
指先を使うということをあまりしてこなかったのでしょう。
もしくは、大人になってそういった指導を受ける機会がなくなったからなのかもしれません。

私は通常、脱力からレッスンすることが多いのですが、
手首を幽霊の手みたいにフワッとすることがなかなかできない。
もちろん誰でも最初からできるわけじゃぁないのですが、
 ・・・・特に自閉症で手先が不器用なタイプのお子さんは。
この方の腕や手首の硬さはその比ではなかったのです。

そこで、これは脱力からレッスンしたんでは楽しくないなと、
いきなり弾くことからレッスンを始めることにしました。
手の形も指の形も注意せず、伸ばしたままの指で構わないから、
まずは鍵盤に触り指を動かそう、というレッスンです。

使用することにした楽譜はコレです。


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まずは片手ずつからゆっくりと。
レッスン時間は1時間あるので、たっぷりじっくり一緒に練習することができました。
また、今後通うことになる作業所が決まるまでは、
外出する機会を多く設けたいということでレッスン日は週に2回。
家で練習する機会がないとはいえ、
週に2回1時間じっくり練習できるというのは大きいですネ。

ギシギシと硬く動きにくかった指が、次第にスムーズに動くようになり、
伸ばしていた指が丸くなり、姿勢が良くなり、
今では両手奏へ挑戦するまでになりました。
弾けるようになった曲はレパートリーとして、
頭が疲れるほどにがんばった後、気分転換に楽しく一緒に連弾しています。
現在は、教本の中にある「月の光に」と「鐘が鳴る」がレパートリー。
このレパートリーも弾き続けてきたことで随分こなれてきて、
それほど大きな集中力を要さなくても気持ちよく弾けるようになってきました。

そこで、今日は音色についてレッスンすることにしたのです。
指を動かすので精一杯の曲ではなく、
もうすでに楽しく弾けるようになっているレパートリーを使ってのレッスンです。
楽譜の隅に、


「1つ1つの音に心をこめてひきましょう。」


と書き、それを読んでもらいました。
それから全く心のこもっていない汚い音で弾いてみせ、
その直後に心を込めた音を聴いてもらいました。
もうすでに汚い音で弾いてみせたとき、
うなずきながら理解を示してくれた彼女。
私がきれいな音で弾いてみせている頃には、
もう弾きたくて弾きたくて体がウズウズしています。
そこで説明は早々に切り上げ、早速連弾。

1音目で感じました。彼女の内にある豊かな豊かな感性を。
この際姿勢なんてどうでもいい!
頭を指に近づけて、1つ1つの音を丁寧に心を込めて弾いてくれました。
ないがしろにされた音が1音もないってすごい!
そこには正直な心がありました。
適当に・・・なんて雑念は微塵もなく、
1本1本の指へ込められた強い意志と正直な心。

彼女の指から奏でられる音は、
1つ1つの音をギュッと抱きしめたくなるほど、
いとおしく感じる音でした。
これが音楽というもの。これぞ音楽というもの。
連弾でこんなにも心が洗われるような経験、
そうそうできるものではありません。
こういう経験のできる私は、すごくすごく幸せ。

発達障害の方々は、このようにドキッとするような
それはそれはすばらしい演奏を聴かせてくれることがあります。
そのたびに、私は初心を思い出すんです。
本当の音楽って何なのか?
そして、自分の奏でる音や指導法をフッと振り返ります。


本当の音楽を忘れて弾いてはいないか?
本当の音楽を忘れて指導してはいないか?



ピアノが弾けるってどういうことをいうのでしょう?
人によって立ち位置は様々。
ベートーヴェンのソナタが弾けなきゃ弾けたことにはならんだろうと思う人。
いやいや、1本指でもピアノは弾けると思う人。

ある演奏会でのこと。
小児麻痺の女の子がお姉さんとの連弾でキラキラ星を演奏しました。
もう何年も前のことなのに、今でもはっきり覚えています。
あの美しくキラキラとした純粋な響きが耳の奥に残っているのです。
なんの支えもなく椅子に座っていることはできないので、
体をベルトで椅子に固定し弾いていました。
演奏は1本指。

その1本指からは、
まるで魔法がかけられたかのような美しい音が生み出されていました。
生涯忘れることはないだろう美しい響き。
会場にいるすべての人がその美しい音色に耳をそばだてているのを感じました。
そのとき私が会場から感じた空気感は、
障害のある人が弾いているから、という興味本位の空気感ではなく、
あまりの美しい響きに全員が恍惚としている・・・という空気感だったのを覚えています。
あのとき会場にいる誰もがこう思ったのではないでしょうか?


これが音楽というものなんだ


あの演奏が聴けた人は幸せです。
それは音楽の本当にあるべき姿に出会えたから。
ピアノって必死にがんばってがんばってがんばって、
やっと指が動くようになったと思ったら音楽がなくなってしまって・・・。
そんなことが多々起こり得る楽器です。

指が動けば動くほど、
指を動かすことに夢中になって、音に心を込めるのを忘れてしまう。
音に心を込めようと思ったところで、
大切だと思う1音は丁寧に弾けても、
楽譜に書かれた全ての音に心を込められる人って、そうそういないものです。

音数の少ないキラキラ星の単旋律を、
あれだけ美しく奏でられる人が、
ベートーヴェンのソナタを弾ける人たちの中に、一体どれだけいるでしょう?
私はかなり確率が低いのではないか・・・と思うんですヨ。

今日私に美しい音色を聴かせてくれた生徒さん。
この曲も右手だけ、左手だけ・・・と単純な単旋律で書かれた曲でした。
単純であればあるほど、不純なものは目立つものです。
1音1音に素直な気持ちを込められなければ純粋な音にはなりませんし、
少しでもちゅうちょした気持ちがあれば純粋な音にはなりません。
私が、彼女の音を「正直な音」と表現したのは、
そこに1つ1つの音への真摯でまっすぐな気持ちを感じたから。

本当に私は幸せだなぁと・・・・あぁ、つくづく思うんです。
ときどき私の横で、こういう美しい響きを私に聴かせてくれる生徒さんがいるからです。
そういう音に出会うたび、私は毎回感動して涙が出そうになります。
今夜は、今日の生徒さんの音が耳にこびりついてなかなか寝付けないだろうな・・・。
こういう感動を味わった日は、じわりじわりじぃっくりと、
一晩かけてその味わいを堪能するのが私流なんですヨ。