タッチ(1)
〜 想い出の樹2006.10.30より 〜

今回はなんとも文章にしづらいことに挑戦。「置く」というタッチについて。
はねるわけじゃない。押すわけじゃない。突くわけじゃない。
「置く」んです。

鍵盤に手をそっと載せてください。
1本の指先をそっと上げ、鍵盤にその指を置く感じで弾いてみてください。
そして、スッと鍵盤からその指を離してください。
このとき、手首は一切使いません。
置く時も離すときも、その指だけで。

いろんな音の長さで試します。
「長さ」を完全にコントロールします。妙な余韻は入りません。
鍵盤からゆっくり指を離すと余韻が生まれてしまうので、ここではスッと離します。

音への意識がグッと高まります。
楽曲の仕上がりが、すごくすごく丁寧になる。
ということは、音色が美しいということでもあります。

例えばモーツァルトのソナタK545。
k545-1

ソナチネアルバム 第1巻 今井顕 校訂 初版および初期楽譜に基づく校訂版

この楽譜には、一切記号が書かれていませんが、
私たちが見慣れている楽譜は、以下のように書かれていますね。

k545-2


最後の「ソ(G)」にスタッカートが打たれています。
スタッカートというと「はねる」というイメージがありますが、
「はねる」ばかりがスタッカートではありません。
あらゆる長さのスタッカートがあるんですよね。

編集者は何故ここにスタッカートを打ったのか?
それは、
1拍目という強拍を感じるためだろうと私は思っています。
k545-3

ドミナント→トニックという解決の和声もあって、フレーズはこのように捉えられますね。
スタッカートが打たれていなければ、「ソ(G)」を
フッと抜けた音で弾きかねません。

楽曲全体を眺めてみるとここは展開部の始まりで、
今まで長調だったものが突然短調になるところです。
ここで「ソ(G)」をフッと抜いて弾いてしまったら、
せっかくの緊張感が失われてしまいます。

では、どんなスタッカートで?
私は、ここをはじいたスタッカートで弾きたいとは思わないんです。
重たく深刻な緊張感が、はじいた音のせいで飛んでしまう。
しかも、とてもとてもに響いてしまいます。

私はここで1拍目をきちんと感じ、
スタッカートの長さを張り詰める緊張感のある長さにコントロールするために、
手首を使わずに指で「置く」タッチを使います。
これは「ドラファラ→ソ」と16分音符の
惰性で「ソ」を弾いてしまわないためにも、
とても大切なことだと感じます。

生徒さんが、どうしても
惰性と勢いで弾いてしまい、
この「ソ」をないがしろにしてしまうとき、私は「止める練習」を勧めます。
「ドラファラ」で止めて、「ソ」をイメージします。どんな「ソ」が欲しいのか?
きっちりと左右の準備が整ったら「ソ」を弾きます。

「置く」というタッチは音をないがしろにせず、しっかりと意識して弾くことに繋がります。
自分で練習していてもそうですが、ないがしろにしてしまう音の多いこと!
何故そこに気づかない?と自分が嫌になってしまうほど・・・。<(;~▽~)

やさしい4期の名曲集 2 〔全音〕
「やさしい4期の名曲集2巻」に入っている、
13.ロンド クーラウ


ハ長調の軽やかなリズムで始まる曲です。
rondo

しかし、途中で短調にかわるところがあるんです。
左の伴奏も流れるような伴奏に変わります。
rondo-2

「ここはどんな雰囲気のところ?
楽しい?はずんだ感じ?暗い?やさしい?悲しい?」

「最初のハ長調のところは、軽やかにはずむ感じだったね。
でも、ここも同じようにはずんだ感じかな?」

「はずまないスタッカートもあるんだね。」


では、はずまないスタッカートをどのように弾くのか?
ここでも「置く」というタッチなんです。
手首を使わずに、指で弾きます。
ここで大切なのは4小節の流れを感じること。
その流れがプツプツ言うようなスタッカートにはならない。
一度レガートで全部弾いてみて、
それを少し切るくらいが丁度いいと思います。

特に、
バロック古典初期のものは、
手首を多用しすぎずに、このような指で「置く」というタッチを使うことで、
「飛び出しすぎる音」を避けることができます。
飛び出しすぎた
コントロールの利かないタッチで弾くと、
雑な音楽に聴こえてしまうんですよね。
この時代の音楽はごまかしがきかないので難しいですね。